対決(二)
「陛下、リーラ様、お二人と同行した警護兵士が戻って参りました」
国政最高責任者であるパスカル政務卿が、国王の執務室に入ってきて報告した。
「もう帰って来たのですか。早かったですね」
新国王パリスが首を傾げるとすぐに説明があった。
「実はアダンで敵に悟られる恐れがあるので、ここからは二人だけで行動したいとアモン殿から申し出があったそうです。まだ暗い内に北辺境に向かわれたと」
「それは恐らくデリアの意向だと思うわ。二人ともアダンから先の目的地を知らないのだから」
リーラ母后が推測するとパリスも頷く。
「もしかしたらそこで姉上からデリアに入れ替わったのかもしれませんね」
「それはわからないけれど、かなりの強行軍よ。よほど急いでいるのね」
「国軍の方もサライ卿からの指示で緊急警戒態勢に入りました。以前、異星軍団の侵入の際に激しい戦闘を経験しておりますので、万全の体制を敷いております」
「サライは何度も特異な敵と戦ってきているわ。普段軍に対しても今まで以上に鍛錬を強化しているし、ぬかりはないと思うわ」
「私のほうもリーラ様からの指示通り、天空の監視を図るため専門の要員を配備しました。日中と夜それぞれ途切れることのないよう対応して参ります」
「私ではなくてデリアからの忠告なの。空からの攻撃に注意を払いなさいと。でもいったい何が現れるか分からないのが正直なところよ」
「とにかく打つべき手は何でも実行に移します。それと対外的にはどのように知らせましょうか?」
「ロンバード国の兄宛てには、私のほうから手紙を送ります。以前幼いタミアの体を借りたデリアと対面しているから驚かないはずよ。相応の対応策を講じると思うわ。その他の国については、未確認だけど侵略者の情報があったことを知らせば警戒すると思うわ」
「わかりました。今回の式典に参列いただいた礼状と合わせお知らせするようにします。国王名で発信したいと思いますが陛下のほうからもご意見ございますか?」
「いえ、私も母上と同意見です。よろしくお願いします」
「さっそく私のほうで手配します。ではこれで失礼します」
パスカルは部下に指示するため慌ただしく退出していった。
それを見届けたパリスは言った。
「あの二人、今はどのあたりなんでしょうかね」
リーラが真剣な表情で答える。
「もう目的地に着いているかもしれないわ。とにかく無事に戻って来てほしいわ」
*
アモンとタミアの体を借りたデリアの目の前に、白黒交互の帯状になった渦があった。
手前は人が入れるくらい広さであるが奥は狭まりその先は見通せなかった。
しかもその渦は一定の速さで動いており、直視すると目が回り身体が吸い込まれていきそうな気がする。顔を左右に振り、思わずアモンが尋ねた。
「これはいつからあったのでしょうか?」
「あの病原菌をまき散らした異生物が通ってくるために造られたのだと思うわ」
「では父から聞いたのですが、以前襲ってきた異星獣や異星軍団はまた別の場所から侵入したのでしょうか?」
「彼らの場合はもっと大きな次元の裂け目が必要になるらしいの。ただ維持するにはかなり強い力が必要となるためすぐに閉じてしまうそうよ」
「では今回、敵から巨大な衝撃を受けたのも同様の覚悟が要るわけですね」
「ここ北辺境はこの世界で時空を操るには最も適した場所なの。でも今回の次元の破れは巨大すぎてこの場所では無理だったみたいよ。だから空の果ての遠く離れた宇宙空間を利用したと創造者は言ってるわ」
「そうすると今回はとんでもない力を持った相手が現れることになるのでしょうか」
「そう、放置しておけばこの世界は破壊されるかもしれない。だから相手を確かめるためにこのトンネルをくぐることにしたの。今度は逆に敵が造った異世界に通じる通路を利用することにしたのよ。でもこのトンネルがなぜ残してあるのかわからないの。もしかしたら敵の罠かもしれないわ。どう怖くなった?」
デリアの問いにアモンは首を横に振りながら答えた。
「確かに恐ろしい気がします。でも大丈夫。それ以上に好奇心が勝っていますから」
「ホホホ、さすがサライの子ね。いや、タミヤと同様私の子孫だけあるわね。じゃああまりしゃべっていると敵に感づかれる恐れがあるからもう行くわ。私の手を握ってくれる」
アモンは左手で横にいるデリアの右手を握った。
右手には唯一の武器である木剣を握りしめている。
それを確認したデリアは首輪に触れながら言った。
「レア、いいわよ。始めてくれる」
次の瞬間、アモンは自分の体が硬直し縮んでいくのを感じた。
ほとんど感覚はなかったがみるみる身体が変形していく。
そして縮小が限界に達した時、後ろから何かに押され渦に飛び込んだ。
そして体が回りだし奥に吸い込まれていく。
目は開いたままで、閉じようとしても無理だった。
声を発しているのかもわからなかった。
回転速度が上がりデリアと離れ離れになる恐れがあったが、その心配はなかった。
どうやら手をつないだまま二人は一体となっているようだった。
そしてある段階で速度は下がってきた。回転しながら徐々に出口に向かっていく。
少しずつ向こう側の景色が目に入るようになった。
そろそろ出口と思ったが、ある瞬間左右の揺れに変わり、そのまま放り出された。
どうやら異世界に到着したようであったが、横たわったまま目にした景色は大変奇妙なものだった。
アモンは転がった状態で、横眼で景色を眺めた。
目に入ったものは平面に描かれた風景であった。
色合いが変わってはいたが地面とその上に生えた草や木。遠くには丘や空も見える。
けれどもそれは画紙に描かれた絵のようで、立体ではなかった。
まさかこれが敵側の世界なのか。そうだとすればなすすべがないではないか。
体も動かせずアモンは茫然とただ見ている以外なかった。
ところがすぐに風景が変化しはじめた。
目の前の草木が立ち上がり始める。
その背後の丘や空もゆっくりと上部に移動していく。
そして今まで平坦だったものが厚みを増していく。
異様な光景を目にしながらアモンの身体にも変化が見られた。
木片のような硬直した体が元通りの人の形に戻っていく。
地面に横たわった身体は間違いなくデリアと手をつなぎ、右手には木剣を握っていた。
二人は辺りを見ながらゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
「あ、い、え」
アモンは口を開き、声を出して体を動かした。
「どうやら息が出来ますし、体も大丈夫ですよ」
「そのようね」
デリアも周囲に注意を払い頷く。
「でも良かったですね。あのまま平面の世界が続いていたらどうしようもなかったのですから」
「私たちが最初に見た光景は二次元の世界だったわ。それが次第に三次元に変化したの。なぜそうなったのかわからないけれど」
「それにしてもここは全てが妙な色ですね」
彼らの目の先には、地面や岩は白、草と思われる部分は青色、樹木とみられるものは赤、空は黄色の世界が開けていた。
近くの石や草に慎重に触れてみると、色が違うだけで元の世界のものと同じ感触であった。
そして所々に生えている木は枝が伸びているだけで葉は一切無かった。
そして、空には雲ひとつなく、ただ黄一色で覆われていた。
まるで配色された高い天井の下に居る感があった。
「ここは光や空気はあるけど風はないわね。私には気流を操る力があるのだけど、ここでは無理なようね」
「父から聞いています。祖父や叔父たちがその力を使って異星獣を倒したと」
「それにこの世界の色のことだけど、私たちの肌や衣服、あなたの持っている木剣の色は変わってないわ。だとすれば誰かが意図的にこのような風景にしたのかもしれないわね」
デリアは思い出したように振り返った。
そこには岩穴があり黒白の渦があった。
二人はそこから飛び出してきたのだ。
「ここでじっとしているわけにはいかないわ。あのトンネルもいつまであるか分からないから。さあ探検に出発よ」
二人は前方の未知なる世界に歩み始めた。
*
アモンとデリアは用心深く周囲を見回しながら、とにかく見通しのいい場所を目指して進んだ。
とはいってもあてがある訳でもなく、道らしい道もない。
ただ、同じような青い草と赤い樹木を横目で見ながら一歩一歩進む。
しばらく行くうちに分かったことは、ここには二人の動き以外に物音一つしないこと、そして生き物の姿は虫一匹見られないことだった。
何度か丘を登り下り繰り返していくと、前方に川とみられる水路が立ちはだかった。
ただ、不思議なことに水面は黒く、おまけに傾斜があるにかかわらず流れはなく、音もしなかった。
念のためアモンが転がっている石を投げ入れてみると、一応水音がした後、波紋が広がった。
「妙なところですね。まるで風景だけが描かれているみたいだな」
「そうね。私たち以外は全てが止まっているようだわ。錯覚だといいけれど」
そのまま川を渡らずに並行して下り坂を辿る。
しばらくすると、目の前に比較的大きな木が立っていた。
ただ、今までと違っていたのは、上のほうの枝に大きな丸い実がぶら下がっていることだった。
表面は桃色で中が透けて見える。
「何でしょうね?」
「果実にしては大きいわね。それに中に陰のようなものが入っているのが見えるわ」
その声に反応したのかそれはゆっくりと左右に揺れ始めた。
その時、遠くの方から甲高い軋み音が聞こえてきた。
この世界に来て初めて耳にする音であった。
その方向を眺めると、まだ離れてはいるが、何かがやってくるのが見える。
と同時にデリアの首飾りが振動し声が流れてきた。
『危険です。危険です。すぐに隠れて下さい!』
二人ともその声に驚いた。首飾りが翻訳機も兼ねていることをデリアは気が付いた。
「誰?誰が私たちに話しかけているの?」
『上です。あなた方の頭の上にいます』
二人はもう一度、木にぶら下がっている大きな実を見つめた。
確かにうっすらと中の陰が動いているのが見える。
「なぜ危険なの?あなたはなぜそこにいるの?」
『彼らに見つかると、あなた方も私のように繭に閉じ込められてしまいます。一刻も早く隠れてください』
どうやら悪気はなさそうである。
もう一度軋み音の方向に目をやった。
確かに正体不明の集団がこちらに向かって来る。
彼の言うように隠れたほうが良さそうだとデリアは判断した。
「わかったわ。でもどこに隠れたらいいの?」
『この木の後ろ側に大きな岩があります。その窪んだところに身を寄せてください。それと私が話しかけるまで決して喋らないでください』
デリアはアモンを伴い、木の反対側に回った。
そこに大きな岩があり、その後ろに二人の体が収まる窪みがあった。
そこで物音立てずに様子を窺うと、未知の集団が近づく気配が感じられた。
彼らはギシギシという音を発しながら木の横を進んでいく。
そして、通り過ぎたことを確認して、そっと彼らの姿態を覗き見ると、およそ二十体ほどがほとんど同じ格好をして歩行している。
顔は四角で一応目や鼻はあるのだが、まるで絵に描かれたような表情で、口は目いっぱい広がっていた。胴と脚は円形で左腕の先端は穴が開いており、逆に右腕の先は尖り三叉になっていた。
そして各々が左右を見回しながら同じ速度で進んでいく。
どうやら怪しい者がいないか偵察に来ているようだった。
二人は彼らが見えなくなるまで息を殺して動かずにいた。
『もう大丈夫です。行ってしまいましたね』
その声で二人は前方に回り、再び木の実を見上げた。
「あなたは誰?なぜそこにいるの?」
『お願いです。僕をここから出してください。その後で詳しくお話します』
「どうすればいいのかしら」
『この繭の表面を尖ったもので突いてください。中からは無理ですが、外からは簡単に破れます』
デリアがアモンに合図すると、アモンは頷き木剣を肩に置き狙い定めた。
そして放り投げた剣先は実の隅に当たった。
その瞬間、桃色の皮が破裂し、中から物体が飛び出してきた。
『ありがとう、ありがとう、自由になれたの久しぶり、助かった!』
感激しながら現れたのは、二人にとっては見たこともない奇妙な生物だった。
その生物は人間の子供くらいの大きさで、胴から伸びた手足以外に肩から羽根が付いていた。
その羽根を上下に振りながら宙に浮いており、頭に触角、顔には大きな耳、黒く丸い目、そして嘴があった。
『僕はキュピット族のキテカと言います。あなた方のおかげで外に出ることができました。お礼を言います』
「私はデリア、彼はアモンよ。私たちは人間といっていいのかしら。ところでなぜあなたはあの中にいたの?」
『僕が住んでいた星は異常な高温による旱魃のため、生き物はすべて滅んでしまいましたが、キュピット族のうち僕だけがこの地に連れてこられました。ただ、助けられたわけではなく標本になるためだったんです。ここに着いた途端、先ほど集団で通っていった城兵につかまり、繭に閉じ込められ木に吊り下げられたんです』
「城兵?それにあなたは誰に連れてこられたの?それに標本って何?」
『はい、この地を支配しているのがこの地の中心に位置する大きなお城の主のようです。黒い雲に覆われ本当の姿を見たことはないんですが、僕も体を雲に包まれこの地に移動してきたんです。城兵は主の意のままに行動し、僕たち標本を彼らの左腕の噴出孔から繭になる粘膜を浴びせて見世物のようにしてしまいます』
「標本はあなた以外にもいるのかしら」
『はい、時期は違いますが様々な星から集められてきました。皆助けを待っているはずです』
「いつからあの中に閉じ込められているの?」
『それがよくわからないのです。ここは普段時間が止まっています。今回のあなた方のように誰かがこの地に入ってはじめて時が動き始めます』
「ということは、ここに踏み入れた時に見たのは平面の世界だったわ。私たちが来なければあの状態が続いていたわけかしら」
『その通りです。もし僕やあなた方が繭に閉じ込められてしまうと再びあの状態に戻ります』
デリアは納得し、アモンの方を向き言った。
「そういうことであれば私たちも覚悟しなければならないわね。下手をするとここから二度と戻れなくなるわね」
「その通りですね。でもなぜこのような世界になったのでしょうね」
「決まっているわ、破壊者よ。破壊者が自分好みの世界に作り替えたのよ」
木の枝に止まったキテカが二人に質問した。
『あなた方はどうしてこの地にやってきたのですか?』
「私たちの住んでいる星も危機が迫っているのよ。それを防ぐためにここにやってきたの」
そして、彼らの敵である破壊者の意図を確かめに次元のトンネルを潜ってきたことを説明した。
『もしかしたら破壊者というのはこの地の主で、目指すのは城ということになるのでしょうか』
「どうやらそのようね。私たちはもう引き返すことは出来ないのよ。城のある場所さえ教えてもらえれば助かるわ」
キテカにとってそれは大変無謀なことに思えた、しかしながら選択肢は一つしかなかった。
『いえ僕が案内しますよ。ここにいたところで結局城兵に見つかってしまいますから。』
そしてキテカの先導でデリアとアモンは黒い川に沿って進んだ。
キテカから城兵と遭遇した時の注意点を聞いた。
右腕で相手と格闘し、左腕は粘膜を放出し標本にする繭を作る。
そして離れている相手には、口を開け長い鎖状の舌を出して巻き付け引き寄せる。
更に肉体は金属製のため、剣では倒せないという。
かなり厄介な敵であると言っていい。
しばらくしてキテカが少し待ってほしいといいながら、川の方に飛んでいく。
よく見ると水面に桃色の繭が浮かんでいた。
知り合いだから助けたいと言いながら、繭に向かって急降下する。
嘴で表面を突くと、破裂音がして中から生物が飛び出してきた。
『ありがとうキテカ。助かったわ』
上半身は銀色の長髪に顔の輪郭は人間に似ていて両腕もあるが、胸から下はうろこ状の体で背中や尾にひれの付いた魚の姿だった。
『久しぶりだね、モナ。元気そうで良かった』
どうやら言葉が通じるようで、話し合っていたが、しばらくしてキテカが戻ってきた。
『彼女はマーメイ族のモナといって僕と同じ星から連れてこられたんだ。マーメイ族は雌だけの単性で水の中にしか居られないんだ』
「ここの水は黒いけど大丈夫なの?」
『黒いのは表面だけで、水中は変わらないって。マーメイ族は特殊な能力の持ち主で、口から吸いこんだ水を異なった性質に変えてしまうことが出来るんだ。役に立てるかもしれないって。水路沿いに一緒に来るって言ってるよ』
「それは心強いわね。仲間が一人増えたわ」
そして再び歩き始めた。
キテカが頭の上から盛んに話しかける。
『僕らの世界で水の上を飛んでいると、マーメイ族が冷水や温水を浴びせていたずらするんだ。びしょ濡れになって悔しい想いをしたもんさ』
かつての思い出話は尽きることがなかった。
*
だが突然一行の前に意外な相手が現れた。
彼らが通ろうとする岩場の狭間に立ち塞がっていたのは、デリアが知っている種族である。
『お前たち、俺がいる限りここを通すわけにはいかない』
彼が放った声は低音で凄みがあった。
デリアが即座に答える。
「あなたはゴール族ね。やはり標本として連れて来られたのかしら?」
その顔は耳が尖り頭の上部に突き出ており、目が緑色の複眼、口からも鋭い突起がはみ出し狂暴な印象がうかがえた。
『ほうよく知っているな。俺はガンダルと言う。最強の戦士として選ばれたようだ。お前たちを捕らえるように言われている』
「私たちには目的があって、どうしてもこの先にある城にいかなければならないの」
『それはまた無謀な試みだが、ここは俺を倒さないと一歩も進めないぞ。だがお前たちでは不可能だと思うがな』
デリアは思い出していた。以前に彼らゴール族がギリア国に攻め込んできたとき、彼ら一人に対して二人がかりで戦ったことを。
最終的には兵士たちを操っていたボスを倒し、全員の戦意を喪失させて勝利に導いたが、強力な相手であることに相違なかった。
どうやら目の前のガンダルは自らの意思で行動できるようだ。
「ここは僕が相手するよ」
アモンが木剣を片手に一歩前に出た。
「アモン、大丈夫?彼はかなりの強敵よ」
「大丈夫です。父さんから聞いていますから」
『ほう、小僧が相手か。俺の剣はこの世界に持ってこれなかったが、お前が相手ならこの木片で十分だ』
そう言いながらガンダルは適当な長さに折った木の枝を片手に身構えた。
この様子をデリアと上空で見下ろすキテカもハラハラしながら見守っている。
アモンに比べガンダルは背丈、胸幅ともかなり上回っており明らかに不利に思われた。
お互いがにらみ合い、先に動いたのはアモンであった。
木剣を両手で握りしめ渾身の力で打ちかかる。
これに対してガンダルは片手で握った木片で防御し打ち返すと、アモンの方が力負けし後ろにぐらついた。
今度は腰を屈め思い切り突いたが、簡単に払われる。
何度か構えを変えて攻撃したが、ガンダルはびくともしなかった。
『お遊びはここまでだ。これからは本気でいくぞ』
ガンダルが動き、木片が打ち下ろされる音がした瞬間、アモンの木剣がはじき飛ばされた。
次の一閃では、アモンは地面に転がり辛うじて身を避けた。
まともに木先が当たれば間違いなく大怪我をするだろう。
更に空気を切る音を耳にしながら、反対側に体を回転させ、打撃から紙一重で逃れた。
アモンはふらつきながらも起き上がり中腰で対峙する。
『もはやこれまでだな』
と言いながらガンダルは木片で狙い定める。
デリアが止めさせるため叫ぼうとした瞬間、アモンが予想外の行動をとった。
彼はガンダルの両足の間に飛び込み、くぐり抜けて背後に回った。
木片の先が地面を叩く間に、ガンダルの背中に跳躍し両足で腕を押さえ、さらに自分の上着を素早く脱ぎ頭の上から首まで被せた。
その間ほんの一瞬の出来事であった。
どうやら打ち合いでは敵わぬとみてとったアモンの奇襲のようだ。
アモンは上着の上から両手でガンダルの首を絞めつけにかかる。
ガンダルは引き離そうと必死に抗った。
けれどもアモンは懸命に両腕に力を込める。
するとガンダルは立ったままであったが、徐々に弱っていくのは明らかでであった。
この様子を見てデリアはアモンに声を掛けた。
「アモン、もういいわ。そこまでよ。離してあげて」
アモンは頷き、力を緩めた後、上着をガンダルの顔から抜いて地面に飛び降りた。
そして言った。
「父さんから聞いたんだ。ゴール兵は夜には動けなくなったと。もしかしたら目を覆って暗くすると戦意を無くすのではないかと。それでとっさに思い付いた戦法なんだ」
ガンダルは片膝を付き、首に手を当て、息を整えてから言った。
『なるほどそういうことか。だが瞬発力は大したものだな』
「ああ父さんに言われて訓練を繰り返したんだ。様々な相手を想定してね」
『だが負けは負けだ。なぜ俺を助けた。ゴール族に慈悲は通用しないぞ』
その問いにデリアが答えた。
「私たちはここを通りたいだけよ。あなたも標本として連れてこられたのでしょう。私たちの敵ではないわ」
ガンダルは少し考えた後言った。
『わかった。ここを通るがいい。だが条件がある。俺を一緒に連れていくことだ』
「それは私たちの味方をするということなの。大丈夫なの?」
『ああまったく問題はない。もともと俺はここの主の配下でなければ恩義も感じてないのでな』
そしてさらに仲間が一人増え再び一行は歩き始めた。
しばらくして狭間を越えると頭上を飛ぶキテカが声を掛けた。
『城が見えましたよ』
デリアやアモンも高台に到着し遠くの城を望み見た。
青色の草原と白土が入り混ざった荒野の先に茶色の建物が立っていた。
この地に来て人工的な建造物を見るのは初めてであった。
後ろから付いてきたガンダルが言った。
『見晴らしは良くなったが、逆に城兵から気づかれ易いということだ。ここを通り抜けるのは容易ではないぞ』
彼らは用心しながら坂道を下る。
少し離れた位置に水路があり、マーメイ族のモナが手を振っている。
別のルートでここまで来たようだ。その時、キテカがあるものを指さした。
『あそこに大きな岩のようなものがありますね』
彼らの行く手に赤茶色の塊が目に入った。
「あれは岩ではなさそうね。今まで見てきた色と違うもの」
その時その塊が動き出した。
そして立ち上がり彼らの方に振り向いた。
「あ、あれはまさか!」
デリアは思わず絶句した。
『なんだあの怪物は?』
ガンダルも驚き質問を投げかけると、デリアは答えた。
「あれは異星獣よ。私たちの世界に侵入し闘いの末に絶滅したはずだったのに。こんなところにいるなんて」
人間の十倍以上の大きさで体全体に瘤があり赤い目とは別に額に穴が見られた。
鋭い歯を剥き出しにして、腕も脚も太く醜悪な風貌であった。
「どうやら逃げたほうが良さそうね」
異星獣は一行を認め近づいてくる。
巨体の割には動きが速い。
「あれから距離を開けるのよ。額から火を吐くわ」
デリアが叫ぶと同時に異星獣は火炎を噴出した。
まだ距離があり彼らに届かなかったが、その威力は十分な脅威だった。
まともに高温の炎を浴びれば、無事では済まないため元来た道を速足で戻る。
キテカも出来るだけ高く飛び難を避ける。
『あいつをやっつける方法はないのか?』
ガンダルが走りながら問うと、デリアが答える。
「駄目ね。あの怪物を倒すためには武器が必要よ」
『それじゃあ俺たちはこれ以上進めんのか』
「とにかく今は身を守ることが先決よ」
「それよりデリアさんは大丈夫ですか」
アモンが気づかってデリアに問い掛ける。
「私の首飾りには身を守るためのバリア機能があるの。ある程度炎を浴びても大丈夫なはずよ」
ところがガンダルが立ち止まり異星獣のほうを振り返った。
『俺が奴を引き付ける。その間に二人で行くがいい』
そう言いながら異星獣を引き寄せ煽り立てながら、二人と別の方向に移動する。
ガンダルは異星獣の放つ火炎を辛うじて避けながら離れていく。
「どうします。彼の好意に甘えますか?」
そのまま反対側を駆け抜けることは可能だったが、様子を見ると、異星獣が徐々に距離を縮め、さすがのガンダルも苦慮していることが窺える。
「駄目よ。このまま見捨ててはいけないわ。私たちはもう仲間よ」
「わかった。なんとかしてみるよ」
と言いながらアモンは異星獣の背後に近づき思い切り持っている木剣を投げつけた。
もちろん相手は当たってもびくともしなかったが、気を引くことはできて、進行を止め振り向かせた。
そして今度はアモンに照準を定め火炎を噴出する。
その後、ガンダルとアモンが入れ替わり立ち向かっていくものの止めを刺すことは不可能であった。
一進一退を繰り返し有効な手立てがつかないまま膠着状態に陥っていた。
その時上空のキテカが、後方を指さして声を掛けた。
「何かがこちらに近づいて来るよ」
デリアが振り返ると、二つの物体がかなりの速度で向かってくるのが見えた。
新たな敵が現れたのかと緊張したが、その正体がわかる位置に来てデリアの顔は喜びに変わった。
「まあ、あなたたちだったのマックスにマギー。応援に来てくれたのね」
それはかつてデリアが生活を共にし、遺伝子に手を加え戦闘用に強化した双子犬であった。
デリアとは家族といってよく、異星獣と戦い倒したこともあった。おそらく創造者が蘇らせたのであろう。
「ガオウ!」
二匹の双子犬はデリアの前に来てうなり声を上げた。
二匹とも目が赤く口から2本の鋭い牙が飛び出ており、額や背中は厚い甲羅に覆われていた。
見た目に魔犬といって差し支えなかったが、デリアにとって我が子同然であった。
「あなたたち覚えているわね。あの異星獣が相手よ。倒すのよ」
デリアの指示で双子犬は勢いよく走りだす。
そして、異星獣の火炎に怯むことなく攻撃を加える。
アモンとガンダルは思わぬ援軍に胸をなでおろしたが、その壮絶な戦いに目を見張った。
「双子犬は異星獣と戦うために何代もかかって身体を改造したの。だから火炎を浴びても大丈夫よ」
一匹が脚を攻略しもう一匹が上半身に噛みつく。
異星獣も防御するため太い腕を左右に振りながら動き回る。
何度か攻撃を受け、異星獣も堪らず仰向けに倒れてしまった。
起き上がろうともがくも、双子犬が許さない。
けれども火炎は噴かなくなったが、異星獣の動きを止めることはできそうにない。
「これからどうすればいいのでしょう」
両者の攻防を見ていたアモンがデリアに問い掛けた。
「異星獣の息の根を止めるためには電磁スティックが必要よ。あの額の穴に突き刺し短絡させれば体が崩壊するの。残念ながら、今それは手元にはないわ。もうひとつ方法があって、あの穴の奥にエネルギー球体があるのだけど、それを取り出せば動けなくなるの。でもかなり難しいわね」
アモンにとっては難しい説明であったが、なんとなく理解できた。
「とにかくやってみます」
唯一の武器である木剣を手に取って、異星獣の頭の位置に駆け寄った。
その間も双子犬が起こさせないよう上半身と脚に絡みついている。
そしてアモンは素早く額に上り木剣を突き立て、穴に片腕を突っ込む。
が、奥まで届かず、熱さと顔の揺れがあってすぐに断念し地面に降りてしまった。
「駄目だ。穴が小さくて片腕しか入らない」
アモンが嘆息すると、上空から見ていたキテカが声を掛けた。
「僕がやってみるよ。あの穴の大きさなら体が通りそうだから」
確かに、人間の半分もないキテカの体なら通るかもしれない。極めて危険であるが今は彼に託すしかない。
「わかった。穴に入れたらすぐに引っ張り上げるから」
「ちょっと待ってて体を冷やして来るよ」
キテカはそう言って大急ぎで水路に向かい、成り行きを岩場に上り見守っていたモナに声を掛けた。
「モナ、大至急僕の体に冷水を掛けて!それと滑りやすくしてほしい」
「わかったわ」
モナはそう言いながら水路に戻り、口から大量の水を吸い込んだ。
そして仰向けになり頭上にいるキテカに向かって噴出した。
「ヒヤー、冷たい!」
キテカが浴びた水はモナの体内で、低温でしかもぬるぬるした液に加工してあった。
キテカは再び異星獣の頭上に戻り目標に狙い定める。
同時にアモンも頭部に飛び乗ったが、
「俺も手伝うよ」
と、ガンダルも続いた。そして、キテカは上空から穴に向かって急降下。
異星獣は顔を左右に動かしてはいたが、狙い通りに両手を伸ばして頭から内部に突っ込む。
その間一瞬の出来事であった。
キテカの体は滑りやすいこともあって、完全に内部まで入り込む。
そして次の瞬間、異星獣の動きが止まり、穴の内部でキテカの足が動いているのが見えた。
引っ張りあげる時だと察知し、アモンとガンダルは同時に手を入れて足の先を掴んだ。
二人で素早く引き上げると、体中熱さで赤く変色しながらも両手に必死で球体を持ったキテカが現れた。異星獣の身体は完全に停止し、徐々に硬化していく。
そして、外見はそのままの石塊に変貌してしまった。
「やったわ、キテカ。ありがとう」
デリアが感謝すると、球体を持ったまま飛び上がったキテカが答える。
「なんとかなったよ。熱かったけどね。ところでこの球体はどうするの?」
「それを異星獣の中に入れると復活するわ。だから見つからない場所に隠してほしいの」
「わかったよ。それだったらモナに渡して水中に沈めてもらうよ」
そう言ってキテカは再び水路に向かって飛んで行った。
「正直最初はどうなるかと思ったけど、双子犬とキテカのおかげで助かったな」
アモンが安堵して言うと、ガンダルが城の方を見ながらこれを制した。
「安心するのは早いぞ。これだけの騒ぎだ。奴らに気づかれないはずがないさ」
彼らが同じ方向を見ると、城兵の集団がこちらに向かって来るのが目に入った。




