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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
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異郷(二)

   (二)

挿絵(By みてみん)


新天地での船外活動はデリアにとって見るもの、触れるもの全てが新鮮で珍しく感動の連続であった。今まで宇宙ステーション内の人工的なイミテーション相手に擬似体験したり、或いは映像では眺めたことはあるものの、実際大自然に直に接する事がこれほど素晴しいことだとは思ってもみなかった。

しばらくの間は、時間が経つのを忘れて行く手をガレ場や草木に阻まれるのも苦にせず、宇宙船の周りを何度も駆け巡った。そして感激を充分満喫した末に、改めて自分の置かれている境遇が頭をよぎり、次に為すべき事を思い出した。

決して忘れていた訳ではなかった。むしろ優先して行う必要があったのだ。けれどもそれは彼女にとって悲しむべき作業に他ならない。

彼女以外の乗組員の安否の確認。

レアの情報から判断しても、船内の静まり返った雰囲気からも、もはや生存は絶望的としか言いようがない。もし母親も含め親しい知人の遺体を目にしたら。もっとも乗組員のほとんどが家族同様であったが、そのような場面に胸が張り裂けてしまいそうで正気でいられる自信はなかった。悲痛と恐怖に生まれて初めて直面し涙がとめどなく頬をつたった。が、泣き暮れている場合ではなかった。今こうして嘆き悲しんでいる間に、万が一助けを求めている仲間がいたとしたら。傷つき苦しんでいる人々が救助を待っていたとしたら。

そう思うと居ても立ってもいられなくなり、双子犬と一緒に大急ぎで船に駆け戻ったのであった。そしてレアに協力を依頼し勇気を振り絞って船内の探索を始めたのである。


通路は爆風の衝撃で床や天井、壁面があちこちで剥がれ、変色していたものの、長期に亘る乗船で船内の構造や位置は把握していた。とりあえず乗降口に最も近い部屋を調べることにした。そこの住人は両親と子供一人、もちろんデリアの顔見知りで親しくしていたため、とても辛かったが、双子犬も傍に付いてきて幾分励ましにはなった。

入口の扉は傾き隙間が出来ているが、中に入れるほどではなかった。


「レア、このままでは入れないわ。開けられる?」


船内の部屋はそこの住人か特定の人間しか入室出来ないようになっていた。


『緊急マニュアルに従ってデリアの指示を実行するための作業を開始します』


すると、軋み音を立てながら徐々に扉が開いた。

その瞬間デリアは息を呑んだ.

意を決して足を踏み入れる

 部屋の中は酷い惨状であった。船体が回転飛行を続けたこともあって、様々のものが床に散乱していた。それを踏みつけないように注意して、恐る恐る部屋の中央まで進む。

周囲を眺めたが人の姿はない。

念のため洗面所やクローゼット等も覗いたが同じであった。


「三人とも外に出てしまったようね」


 デリアは外に出て、隣の部屋に向かった。そして同様にレアに扉を開けてもらい中を調べたがやはり無人であった。けれども腑に落ちなかったのは鳥籠があったものの飼われていたインコもいなかったことである。

更に別の部屋や集会室、メインブリッジまで足を延したが人影はなかった。


 「不思議としか言えないわ。どの部屋も通路も壁にひびが入っていたり天井に穴が合いたりしてる。物が散らかっている所もあちこちあるわ。けれども無くなった物はなさそうよ。ただ肝心な人が居ないの。生き物の姿が見えないの。生きていても亡くなっていても、あれほど多くの乗員、動物が居なくなるなんて。レア、推測でもいいから理由を教えて」


ある意味では彼女の母親も含め仲間達の悲惨な姿を発見せず大いに安堵した。けれども彼女達以外の乗員、ペット類全ての消滅は想像の域を超えていた。

食事途中の飲食物が散乱している部屋。書物、資料類が床を覆っている区画。明らかに入浴中だったと思われる一室等、生活をしていた痕跡はあるものの当事者である人の気配はなかった。


『デリアの質問に対する回答として、生命体の消滅の時期は、未知の宇宙船から攻撃を受けた直後と想定できます。又、消滅原因として、被害を受けた外壁の損傷箇所の調査結果からは、人体もしくは生体組織の船外放出の可能性は低いと思われます』


「という事は、どういうことなの?」


『当船が被弾した武器の種類との関連が予想されます。例えば生命体がある条件で被害を被った場合に、細胞組織が破壊される性質を備えた武器。あるいは、瞬間移動を目的とした装置からの攻撃を受けた可能性』

「そんなことがあり得るの?」


『以上の説明はあくまで生命体の消滅を船内の実態と合わせ推測した仮説でしかありません。それもかなり高度なテクノロジーを保有している異星人からの攻撃を想定した内容で、現在の連邦の科学技術では実例はありませんし確率は大変低くなります』


「原因を調べる方法はあるの」


『損害を受けて相互に応答の出来なくなっているホストやターミナル、装置類とのコンタクトを再開することによってデータを解析することで、ある程度の状況把握は可能です。そのためには修復プログラムを実行する必要がありますが、被害のランクによっては時間のかかる場合もありますし、断念する事態も予測されます』


「分かったわ。時間が掛かってもいいから試してみて。それからこの惑星から脱出する方法も調べてくれる」


『了解しました。修復プログラムの実行と当宇宙船の運転再開の可能性の調査に取り掛かります』



 デリアにとって時間は限りなく豊富に存在するといっても過言ではなかった。船内を隈なく視察し、破壊箇所がほぼ全体に及んだ様子を目にした感想からは、とても短期間で動くようになるとは思えなかった。今まで組み立て工具や補修器具等を手にしたこともない彼女にとって、修理をすることなど不可能に違いなかった。また、道具やその取り扱いの見当もつかなかったし、知識ももちろん無に等しい。連邦本部に救援を要請するにしても全てを知能型コンピュータのレアに頼る以外なかった。

そのレアにしても電気的なソフト関連の作業は出来たとしても、ハードの仕事、修理は無理であること、また、救助を要請する手段が見付かったとしても、途方も無く日数が掛かる事も幼いながらも理解できたのである。つまり、当分の間、双子犬は別にして一人で暮らさなければならないと覚悟した。


 一方で母親や移住の仲間達が無事である可能性も出て来たのである。もしかしたら再会することも夢ではないかもしれない。そのわずかな期待がこの地で生きる心の支えとなった。それと、この惑星にも生物の進化レベル次第で、彼女と同等の人間が存在しているかもしれない。そう思うと矢も盾も堪らず再び船外に出て、周囲の探索活動を開始した。


 宇宙船を見失わないように慎重に位置を確認しながら、周囲を繰り返し廻った結果、緑葉樹で覆われた高山の中腹に追突したことがわかった。山の斜面の一部に盛り上がった台地があり、その平坦な場所に位置していた。丁度その部分の樹生林に突っ込んだ為、一種のクッション効果が作用したようで致命的な損害を免れたこと、そして斜面への転落を防いだことは運が良かったと言えよう。ましてや海や湖でなかったことは不幸中の幸いであった。

 ただ難点なのは、見晴らしのいい場所からはるか遠くに望める広々とした原野まで、相当距離があり、徒歩での短時間の往復が難しいことであった。遠目に見ると河川が平原を蛇行して流れている様子がうかがえ、はるか地平線まで筋となって続いていて、想像もつかない広さに思われた。逆方向は高く険しい山岳の稜線に阻まれ、その先の状景をあえて見えなくする障害物であるかのような錯覚を抱いた。頂は真っ白に覆われていて低地の緑、空の青さとの対照はまさに最高に贅沢な理想の絶景そのものであった。時折、頭上を鳥の群れがさえずりながら飛ぶ姿も目に入り、色彩豊かで生命力溢れるパノラマのシルエットにいつまでも見飽きることがなかった。


 そうした体と目の休息を繰り返しながら、徐々に探索の範囲を広げていった。数え切れない植物を観察して触れながら、時には調査のため採取した。リスや山猫、野猿等の様々な動物とも遭遇した。もちろん虫の種類を特定するにはきりがないほど多かった。けれどもその一つ一つの対象をレアの助けを借りながら、熱心に根気よく覚えていった。好奇心が旺盛だったこともあるが、そうすることがこの世界で生きる上で、必要不可欠と肌で感じたのだった。

 食料の心配はなかった。飲料も含め食物精製ユニットの稼動には支障はなく、双子犬の分も含めリクエスト通りの食べ物を味わうことが出来た。その他、衣服、日用品、医薬品、雑貨の類、通信機、武器等も今までと同様に不自由なく手にすることができた。従って一旦、船外に出て遠くまで足を運んで遅くなったとしても戻って来さえすれば安心であった。又、直接レアとの通話が可能で、希望する方向、場所にも迷わず移動することが出来た。ただ残念なことに、新惑星現地での乗組員の足となるスカイカー等の乗り物については、格納ゾーンが被弾箇所に近く、壊滅的な被害を受け、ほとんど使い物にならない有様であった。


 日数を重ね、新天地での生活に徐々に馴染んでいった。その間に依頼していた件についてレアから報告があったが、いずれも芳しい内容ではなかった。他の乗員等の蒸発の原因については結局解明出来なかったし、ましてや彼等の安否を知るすべもなかった。又、宇宙船の再運航についても、当地で資材の調達が不可能であること、設備もなく作業要員もいないとの理由で、現状では困難であるとの結論であった。

それはデリアにとって、この地で一人で生きて行く以外、他に選択肢がないことを意味していた。そして彼女にとって新天地における生存への挑戦と未来を創造する決断の日でもあった。






雨は次の日も降り続けた。日が明けても雨足がひどく、外に出る事も叶わず、日課である仕掛けの見回りも捕獲が期待出来ないため中止となった。妹のカリンは外出出来ないことが不満で盛んに愚痴をこぼしながら恨めしそうに雨空を見上げていた。母親のサラが苦笑しながら慰め宥めると、ようやく諦めあまり気乗りしないながらも室内での糸より等の手作業を手伝った。ムラトも慣れない細工仕事に精を出す傍ら、晴れた時の外出の準備も怠らなかった。ところが次の日も雨の止む気配はなかった。カリンが退屈し始め、ムラトに冗談を言ったり、悪ふざけをするようになり、サラから窘められる事が何度かあった。

 それはこの家族にとって、いつも通りの日常の光景そのものであった。ただ、様子が違ったのは、雨漏りがし出したのと、表の地面に水溜りが出来て室内に流入しそうになり、父親のマロンと一緒に皆で盛り土等の防止作業をする必要があったことだ。この時点では厄介な負担が生じたと感じる位で気持ちに余裕があった。


もしこのまま天候が回復していれば、一家で協力し合った懐かしい思い出となったかもしれない。

けれども、三日目も雨は降り続き、更に状況は悪化、天気は雷鳴を伴いながら土砂降りの様相を呈した。マロンは見回りの為、慌しく外に飛び出して行った。これほどの激しい雨量は過去に経験していなかった為、不測の事態を感じ取ったようで、もはやずぶ濡れになることなど構っていられなかった。カリンもうんざりした表情で落ち込んでしまっていたが、その横でサラがマロンを心配しながらも親身に励ましている。ムラトは突然嫌な予感に襲われ、全身に鳥肌が立った。説明のつかない不安に戸惑ったが、取り越し苦労であると自分に言い聞かせる。


 けれどもその悪い予感が的中した。マロンが蒼白な顔をして戻って来るや、すぐ森の方に避難するように伝えた。川が大雨の影響で水嵩が増し、氾濫寸前でこの村も危ない。一刻の猶予もなく、すぐに移動したほうがいいとの忠告であった。彼は他の住人に知らせるため再び出て行った。


 それを受けてサラも機敏に行動し、兄妹を急かせ必要最小限の荷物を手にし、住居を後にした。外は風も強く横なぐりの雨が全身を濡らし、前に進むのもままならなかった。途中で数家族の村人とも合流し高台にある憩いの森の入り口に着いた。

ところが、カリンが家に大事な物を忘れて来たので戻りたいと言い出した。父親のマロンに彫ってもらった木製の人形だと言う。

サラはもちろん反対した。

危険が迫っているし、人形ならまた作ってもらえると諭した。が、カリンは一旦こうと決めたら聞く耳をもたなかった。あの人形は自分の宝物でほかの物では代用は利かないと言い張った。彼女の執拗な訴えにサラも躊躇いながらも折れざるをえなくなり、もし危ないと思ったら途中で引き返すこと、マロンに出会ったら一緒に行ってもらう事を条件に渋々行かせたのだった。


この判断が一家に深い悲しみと永遠の別れをもたらす事となる。

カリンを見送った後、村落から続々と人々が避難してくるのをサラとムラトの二人は迎えた。ほとんどが知らせを受けて着の身着のままで出てきており、飼っている家畜を連れて来ることなど不可能だった。

 時間を経るに従って心配が高じ、村人と擦れ違うたびに、カリンと出会わなかったか聞いたが、気づいた者はいなかった。マロンも村民全ての誘導にあたっており遅くなっているようだ。更に時間が過ぎ村人の到着もまばらになった。まだカリンの姿は見えない。

そしてどうやら最後の住人と一緒にマロンが登って来るのが視界に入ったが、それと同時に川の水が村に押し寄せているとの声が上がった。

 マロンに会うなりサラは、


「お願いカリンを助けてやって、お願いマロン!」


と必死ですがり付き泣きながら訴えた。彼はムラトから事情を聞くと、かなり疲れているようであったが、


「わかった。俺が連れ戻してくる。大丈夫。安心していい。だから、サラ、ムラト、皆と一緒に行くんだ」


そう言いながら村の方に踵を返した。そしてそれが彼を見る最後となった。



 結局二人とも戻って来なかった。サラは半狂乱になって今度は自分が捜しに行くと言い張った。それを村人達が必死で引き止める。

その間、ムラトは全身ブルブル震えながら村の方向を見詰めていた。彼は母親のように自ら引き返すとは言わなかった。いや、言えなかったのだ。怖かった。恐怖が頭を覆ってしまっていた。ただ、ひたすら二人が無事に合流することを念じた。

父親のマロンは彼にとって、偉大な族長であり、誇れる父親であり、尊敬し見習うべき人間であった。そういう人が水流に飲み込まれるとは考えられない。成すべき事を必ずやり遂げると信じていた。それは彼の願望でもあった。

しかしながらその願いも空しく二人を目にすることはなかった。


 時間が過ぎ、雨も上がり陽が射してようやく目前の景色が眺められるようになった。けれども高台から見下ろす村人達の前には、村落のあった場所の無残な姿が横たわっていた。住居のあった所は完全に水没していた。濁流が次から次へと押し寄せ通り道になっている。皆、茫然自失で変わり果てた有様を眺めている以外なかった。


 サラはすっかり消耗し切っていたが、それでも夢遊病者のように水辺に向かって行こうと試みた。周囲の者が必死で引き戻し、祈祷師が薬草を飲ませてなんとか眠らせた。ムラトは自分の不甲斐なさに腹を立てていた。父親と妹の遭難に対して祈願するだけで何も出来ず、臆病で足が竦んで動く事すらままならなかった自分を情けなく感じた。けれどもそのような親子を村人達は同情し親身に世話をした。彼等にとってマロンは族長である以上に、災害から救ってくれた命の恩人でもあった。

完全に水が引くまでにはなお数日かかった。住人達にとっては、元にさえ戻れば、家屋、家財道具等が使えるのではとの淡い期待があった。


 が、その希望も粉々に砕かれてしまった。

あたり一面泥の海で、建物は跡形も無く消え去り、全て流されてしまっていた。誰が見ても以前のように暮らすことは困難に思えた。そして行方不明の二人もほとんど絶望的であった。サラはすっかりやつれ生気を失っており、ムラトは自信を無くしてしまっていた。

 そして、一族は新たな住まいを探すため長い放浪の旅の一歩を踏み出した。






 デリアが新天地での生活を始めてから三十日以上が過ぎた。

その間、目にし耳にした初めての体験は、戸惑いと驚きの連続であった。大地の自転により、日中と夜の一日の変化が存在することですら、宇宙ステーションには無かった事である。一応母星の暦に従って、昼夜の区切りの時間を設けていて、チャイムの種類や各種通報で主な標準時刻を知ることは出来たが、気温も湿度も設定を変えない限り常に一定で、体感により知覚することなどなかったのである。ましてや、予想もし得ない方向から風が吹きつけたり、日射しの強弱、雨天等の気候の変化は予備知識としてあったが、勝手が違い慣れるまでに時間が掛かった。更に空調付きユニフォームを着用しているため支障はないものの、徐々に寒くなる予感があった。レアに尋ねると、この惑星の場所に応じて四季が存在し、現在地は冬場に向かいつつあるとの回答であった。


 また、様々な音声にも驚いたり興味を抱く毎日で、虫の音、鳥のさえずり、動物の鳴き声、自然現象等、その都度発生原因を確かめていった。

更に困った事があった。船が山の中腹に位置しており、一旦遠く離れてしまうと樹木、茂みに覆われ思い通りの方向に進む道が見当たらないことである。都合よく前方に障害物がなかった場合でも、足場が悪かったり、崖になっていて危険な箇所もあった。更に雨が降ると滑りやすく難渋を極めた。徒歩での周辺の調査も試行錯誤の上、行動範囲を徐々に広げていく以外なかった。


 手っ取り早く観察するため、双眼鏡を出してもらった。もともとが移住惑星の探査用としての必携品で倍率も高く、長距離まで見通せた。遮蔽物のない岩場で何が見えるかワクワクしながらレンズを覗く。案の定彼女が期待した通りの光景が目に入った。近くの木でリスと思われる動物が果実を食べている姿が見える。その先に小鳥が飛び回っており、山猿であろう集団も発見した。視界を下方に傾けると、キツネの親子、野ねずみやウサギが走り廻っているのが目に入った。数多くの生き物が生息していることがわかり興味は尽きなかった。

倍率を拡大し遠方にピントを合わせた。するとそこには彼女にとっての楽園が広がっていた。下界の草原には更に多くの動物が暮らしていた。群れをなしてシカや野牛が草を食べていたり、寛いでいる一方で、獲物を求めて狼達が徘徊している場面も飛び込んで来た。水辺では喉を潤すために集まってきた動物、水浴びをするもの、カモやツル等の水鳥も戯れている。デリアは様々な動物たちが繰り広げる日常の様子を無我夢中で眺めた。そこには今まで味わった事のない大自然の生き物の素朴で多種多様な生活があった。長時間飽きることなく、徐々に双眼鏡での観察に費やす時間の割合が増えていった。場所を変えてみたり、別の方向を見たりして調査範囲を広げていったが、景色も異なっており、新たな動物の発見もあって興味は募っていった。


 そして四方の景観を充分に堪能すると、関心は次の段階へと移っていった。


人間の存在。

 それはデリアにとって最も重要で切実な願いでもあった。また悪い結果を知る羽目になる恐れもあった。しかしながら、もはや移住船の乗組員との再会も母船からの救援も困難と思われる事態にある以上、先送り出来ない課題であった。確かに豊かな自然はある、パートナーである双子犬、心和ませてくれる動物達もいる。しかしながら、彼等とは対等には意思疎通が出来ない。高度な知性を備えたコンピュータのレアは、質問にはなんでも答えてくれるし、相談相手として困らないが、人や進化した動物が保持する喜怒哀楽の概念はなく、生命実体のない機械そのもので、親密な愛情や友情を分かち合う相手ではなかった。

 何度かレアに高度な能力を持った生物がいないか打診したが、


『今までのところ当惑星には、人間と同レベルか頭脳の発達した生物がいる痕跡は見当たりません。又、人為的に作成した電波の受信もありません』


否定的な答えが返ってくるのみである。

デリアは心細くなった。この星に人間が自分一人しかいなかったとしたら。このまま一生ここで暮らすことになったとしたら。そう思うと無性に寂しい思いが心を乱し、頭が一杯になった。毎日食い入るように双眼鏡で観察しているものの、映るのは自然の風景と動物達の営みで、人や知的な生物らしきものは見掛けられなかった。苦労して山頂まで登り、反対側の方角が眺望できる場所でも試みたが、景色が違ってはいたものの徒労に終わった。日が経つに従って、大自然から恩恵を授かった満足感よりも、一人ぼっちの孤独感に襲われ気が滅入ることが多くなった。


彼女は決心しレアに伝えた。


「私、この山から降りてみる。そしてレンズで捉えられない物がないか確かめて来るわ」


それは道を探り、切り開きながら進まねばならず今までの様に日帰りは不可能で、外で泊まる必要があった。又、狼や熊のような肉食獣から身を守る方法も考慮しなければならなかった。更に冬季は迫っており、実行は急がれた。もちろんレアは忠実に手早く食料、寝具等の必要な物を準備した。そして、初めての単独旅行についての注意事項、心得を彼女に伝えた。双子犬は置いていく以外なかった。


 当日、早朝に出発、出来るだけ時間を節約するため経験済みのコースを辿る。体力の消耗を少なくするため、可能な限り軽装備で臨む行程であった。

数刻の後、初体験の山麓を覆う樹林地帯に足を踏み入れた。草木が密生し特定の道筋など無きに等しいため、歩行に相当時間を費やした。探検用の防護服を全身に装着しているため、植物にかぶれたり、毒虫に刺される心配はなかった。ただ打ち身や捻挫したりすると、回復するのに時間が掛かるため、慎重に足場を選び安全なルートを進んだ。途中で珍しい草花、生き物を見掛けたが、今回は止まらず先を急いだ。帰り道の心配はなかった。常にレアとの連絡が取れ、歩行ルートの情報もフィードバックしており、いつでも逆進は可能であった。途中で沢部に入り、川沿いに進む。足場が濡れて滑りやすくなっており進行は更に手間取った。


 そして、ようやく山間部を抜け目指していた原野に辿り着いたのは、夕刻近くであった。暗くなって動く事は危険なため、岩場の窪みを捜し、腰を落ち着けた。食事は固形物で済ませ、寝具をリュックから取り出しワンタッチで簡単に膨張させて、その中に潜り込んで横になった。念の為、危険な動物から防御する為、携帯用の電磁バリアの作動も怠らない。

彼女は船外の大地で一夜を明かすのは初めての体験であったが、疲れが溜まっていたのであろう、すぐに眠りに引き込まれてしまった。

そして夢を見た。


鮮やかに輝く陽の光を背にして大勢の顔馴染みが集まっている。彼女の母親、移住船の仲間達、そして父親もその中に含まれている。

彼等は目指していた新惑星の、かつてホログラムで見たことのある草原に並んで立ち、にこやかに笑みを浮かべ彼女の方を眺めている。


『こちらにいらっしゃいデリア、どこに行ってたの、皆であなたのことを捜してたのよ』


母親が彼女に向かって手を差し伸べている。


『ママー、ママー!』


デリアは懐かしさで声を震わせ精一杯の声で叫んだ。


『まあ変な子ね、べそを掻いたりして。一体どうしたの。さあ行くわよ。これから私達が住む所をパパが案内してくれるのよ。早くいらっしゃい』


あくまでも優しく手招きしながら彼女と反対方向に、皆と一緒に歩き出す。デリアもそちらに必死に進もうとしたがなかなか追い付けない。


『待ってママ、待って・・』


むしろ彼等は徐々に遠ざかって行く。近づこうとするものの体が動かない。背後で何かが彼女を引き止めようとしている感触があった。


『どうしたんだい。ここは素晴らしい所だよ。デリアもきっと気に入るよ』


今度は父親から声が掛かった。一生懸命進もうと努力したが体が言う事を聞かない。


『パパ、私も行く、待って!』


彼女は焦った。いったいどうしたと言うんだろう。このままでは置いて行かれてしまう。

誰かが後ろから押さえている。

何のために。

考えている余裕などなかった。皆どんどん離れて行ってしまう。理由は定かではないが後ろを見るのが怖かった。けれどもこのままでは一人ぼっちになってしまう。彼女は涙ぐみながら勇気を振り絞ってゆっくり振り返った。

と同時に遠くで騒音が聞こえ出す。地面も揺れだした。

そして完全に振り向き自分を押さえ付けている者の正体を見て驚愕した。

その瞬間、騒ぎも揺れも激しくなっていく一方で、耐え切れなくなってその相手に向かって悲鳴を上げた。そして目が覚めた。



 思わず上半身を起こしていたが、興奮状態であったせいか体中汗びっしょりであった。現実に戻っても振動は激しくなるばかりで、瞼を擦りながらよく見ると、目と鼻の先をバッファローの一群が通り過ぎて行く所である。一斉に吠え声を上げながら力強い足取りで駆けて行く生の迫力に、完全に圧倒され見取れてしまった。眠気も吹き飛び夢の内容も頭から消え去っていた。後で観賞出来るよう持参したミニビデオカメラのスイッチをオンにする。データは宇宙船に常時送信し保存する。デリアは前方に広がる原野の調査の為の活動を開始し始めた。バッファロー達は次ぎの餌場を探して遠ざかって行く。


 一刻の時間も無駄にしたくないため、食事もそこそこに平原に向かって出発した。足場はなだらかで山間部のような難路はなく歩行し易かった。丈の短い雑草に混じって色彩豊かな野草が咲き乱れていた。恐らくいずれかの茎や葉の陰に身を寄せているのであろう虫の音が耳に心地よく聞こえてくる。束の間、自分が楽園の住民であるかのような錯覚を覚えた。時折、目の前の足元を以前図鑑や映像で見たことのある小動物が駆け抜ける。


そう、彼女は思い出していた。移住船で行くはずになっていた新惑星の生体系がまだ進化途中の小型生物が中心の世界であったことを。この地は大型の動物も生息しているようだが、人間のような種にまで発展するには相当な年月と偶然が必要なことを学んだことがある。やはりいないかも知れないという一抹の不安が頭をよぎった。

様々な思いが交錯しながらも、道なき道を突き進む。途中で鹿やアライグマ、ヤギの仲間とも出会った。近寄っても人間に対して拒絶反応はなくほとんど逃げようとはしなかった。害がないと思われているのか、それとも人との初めての対面であるためか。

 水辺に辿り着いたが、ここにも多くの生き物のドラマが見られた。岸には野生馬等が喉を癒しに集まってきていた。鳥の種類も多種多様で、この湿地で暮らす鳥類に混じり、鶴、白鳥等の渡り鳥が体を休ませている姿も目についた。休み休み双眼鏡を覗いているが、どうやら山向こうから飛翔し、反対側を目指すルートの一団の仲間もいるようである。かなり広範に湿地帯が続いているようで、食物の豊富なこの地で暮らす動物達の営みを見飽きることはなかった。かなりの場所を見ながら距離をかせぎ二日目が終わった。


 三日目は更にその先を目指し前進した。目の前になだらかな丘陵が広がっていた。ここでも数多くの草食動物が生活していた。場所によっては背丈より高い葦が一面を覆っていたが、風景に変化があってむしろ気分転換になった。珍しい生き物がいると熱心に撮影をしていった。

体に吹き寄せる風が徐々に冷たくなってきているように感じた。レアに尋ねると、冬季が近づいており、雪の降る確率が高くなっているとの説明があった。

そして、昼過ぎに前方が開け大きな河川に到着した。山の展望で見えた、延々と蛇行が続く大河である。対岸まで相当な距離がありこれ以上進むのは困難であった。水面には餌を漁る鳥類が泳ぎ、亀や魚類、得体の知れない水棲動物が顔を覗かせている。この水が一体どこから集まってきて、川下のどこに注ぐのだろう。海があると聞いてはいるが、途方も無く遠くに感じた。残りの半日は川岸に沿って観察して行った。ここにも多くの動物が水浴びや水分補給に来ていたが、デリアの関心は人の生活の痕跡の捜索にあった。

道具や廃棄物、その他証しとなるものがないか、しらみつぶしに調べ回った。しかしながら夕刻になっても結局手掛かりは見付からずに終わった。


 色々なケースを考えてみる。

大地はあまりにも広く人がこの地方まで移動するには遠すぎるか、もっと温暖で生活に適した場所があるのでは。海の近くの方が便利であるとか、出来るだけ悲観的に考えないように努めた。一方で、レアからはそろそろ切り上げる時期とのアドバイスがあった。


そして、次の日も朝から本来の調査目的に専念し歩き廻った。レアとの連絡が取れる限界の地点まで足を伸ばした。けれどもこの日も期待は空振り続きで、この地は無人ではないかという意識が徐々に強くなってくる。

空から白いものが降ってきた。初めて見る雪。本来であれば嬉しい自然現象であったろう。が今は逆に歓迎できない天候の変化であった。もはや一刻の猶予もなく船に帰還する必要があった。あまり積もり過ぎると、山道の登りに困難をきたす恐れがあった。デリアは芳しい結果が得られず意気消沈しながら帰り道を急ぐ。気のせいか平原の動物達も冬の到来の準備のために、忙しなく移動している気配が感じられた。春の訪れまで三ヶ月は掛かるそうで、それまで宇宙船に閉じ込められると思うと気が重かった。

 かなりの強行軍で夕刻湿地帯を通り抜ける所まで来ていた。照明器具もあり夜も動けなくはないが、疲労が溜まり適当な場所で一夜明かすことを考えた。


 その時、少し離れた草むらに、一羽の鶴のもがいている姿が目に入った。よく見ると、片足が茂みの枝か何かに絡まり、自由が利かなくなっているようである。少し様子を窺ったが、一生懸命羽根をバタつかせ逃れようとするが無理なようであった。周りを見ると仲間達は次の目的地に旅立ったようで、一羽だけが取り残されていた。

このまま放置すれば、狼や獣達の餌食になるか、衰弱して死んでしまうだろう。その場所まで泥水が覆っているようだが、デリアは同情し助ける決心を固めた。


「待っててね、今助けに行ってあげるから」


水中での活動を想定していなかったため、ブーツを脱ぎ裸足になり膝上まで衣服をたくし上げてゆっくりと水に浸かる。


「冷たーい」


底は意外にも平らになっていたが、滑らないよう慎重に近づいて行った。その間も鶴は飛び上がろうと悪戦苦闘している。デリアはようやく辿り着き、落ち着かせようとなだめにかかった。


「よしよし、いい子ね。外してあげるから大人しくしてね」


鶴はその言葉が通じたのかどうか、素直に動きを止めた。よく見ると、紐の様なものが足に結ばれてしまっていて、片側の端の輪が茎に引っ掛かっている。


「あらあらこれじゃあ取れないわね。じっとしててね、今外してあげるから」


そう言って諭しながら、足首の紐の結び目を取り外しにかかった。割合緩めに引っ掛かっていたせいか、案外簡単に外れた。


「さあもう大丈夫よ。皆のところに行っていいわよ」


鶴は体が自由になり、羽根を大きくはばたき飛び上がった。そして開放してもらったことの感謝の気持ちを伝えるためか、上空で三回円弧を描き、そのまま仲間を追って飛んで行った。

その行方を見送りながらデリアは胸を撫で下ろし、しばらく満足感に浸っていた。親切な行為は多少とも落ち込んだ気分を和らげる効果はあった。

陸地の方に引き返し始める。


「不思議ね。あんな紐が足に絡むなんて。誰かが捕らえようとしたのかしら」


その瞬間、彼女の脳裡に衝撃が走った。


「紐!」


そう口走るや、振り返り鶴が居た場所に駆け出した。

慌てて足を滑らし前のめりに水の中に倒れてしまった。全身ずぶ濡れになったが構わず起き上がって無我夢中で前に進み、捨ててしまった紐を再び手にした。

それは明らかに繊維を撚り太い糸状にしたものであった。更に輪の部分は強い結び目があった。


「私ってなんてバカなの。いるじゃない。誰かいるのよ」


デリアは思わず感涙に咽びながら喜びを声に出した。

更にその紐を高々と手に掲げて、


「やった、とうとう見つけたのよ。あの鶴さんのおかげだわ」


と感激と感謝を何度も繰り返した。

そして陸地に駆け上がるや、衣服が濡れていることも気にせず、帰り道を急いだ。心が弾み疲れなど吹き飛んでしまったようで、夜道も平気で突き進む。

途中でレアにも報告し、鶴の渡りのルートについての自分なりの意見も伝えた。彼女にとって、誰かがいるという事実が分かれば充分で、相手がどのような存在かは関係なかった。

さすがに山道は危険を伴うため、麓で一泊した。


 翌日は陽が昇るやすぐに出発、雪が小降りになってきたが気持ちが充実していたこともあって苦にならなかった。そしてかなり早く昼過ぎには宇宙船に到着した。そして出迎えの双子犬との再会の喜びもそこそこに、部屋に入り開口一番レアに伝えた。


「私、決めたわ。春になったらあの山を越えるわ。そしてこの紐を作った人を見つけるのよ」


その手には片側が輪になった紐がしっかりと握られていた。



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