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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
27/35

破壊者(一)


挿絵(By みてみん)


 「お疲れ、また明日ねー」


「バーイ、気をつけてね」


「今度帰りに誘うから絶対よ、パット」


「楽しみにしてるわ、バイバイ」


夕刻、上級カレッジの講義を終えた彼女たちは、めいめい声を掛け合いながら帰路についた。

いずれも同年代で別のスクールに向かったり、ショッピング等のプライベートを楽しむグループ、真っ直ぐ自宅に戻る者、日課を終えた自由時間の過ごし方は様々である。

ほとんどが次の目的地まで高速エレベーターやムービングウォークを経て地下に張り巡らされたカプセルカーを使用する。

ここパールシティーと呼ばれる都市の交通網は移動に便利なように設計され、最寄のターミナルには短時間でほとんど遅滞なく着くことが出来る。

ただ、一旦郊外に出ると、ほとんど手がつけられていない自然のままの原野がどこまでも広がっており、自由に行き来出来ないようになっていた。


この地、即ち自然環境が人体に適合し、生活が可能な新惑星に人類が初めて足を踏み入れてから既に十数年が経っていた。

その間、遠方にある宇宙ステーションや母星周辺の居住区から頻繁に移民船が到来し、瞬く間に人口が膨れ上がった。

そして更に移住を希望する人々が順番待ちで控えており、今後も増える一方であることは間違いなかった。それだけ映像でしか見ることが出来なかった緑や青の色彩豊かな新天地に人々は憧れ、熱望していたのである。

その為、先着の開拓メンバーで構成された受け入れ側は都市計画を綿密に作成し、主要設備の建設、住居の増設につぐ増設、各種構造物の設置、交通網やインフラ整備を急ピッチで進めた。

今までに蓄積してきた最新技術を駆使して最短でしかも理想的な街づくりを目指したのである。

そして今後もその規模が拡大することは間違いなかった。


一方で母星が環境汚染で崩壊した愚行を二度と繰り返さぬよう、自然保護の取り組みが徹底された。

都市及び居住地は一定区域でのみ開発を行い、それ以外の地域は自然のままの姿を残すことにした。

従って、広域の保護地帯は観光ルート以外、特別な許可なしではスカイカー等乗り物も制限され、無断侵入は禁止された。

もちろん法を破った者は厳罰に処せられる。

しかし、それでも人々は生活を充分満足していた。

今までの宇宙ステーションや隔離された施設での暮らしでは味わえなかった大自然の景観を、思う存分満喫することが出来たからである。


 パットは毎日の帰宅を地上の遊歩道を利用することにしている。多少時間は掛かるが緑豊かな草原や遠くの山々が彼女の気分を和ませる。

更に夕日が落ちる際の赤みがかった色調の変化によって、心の奥に宿る望郷の念を自覚するのであった。

そして自宅に近づいた頃、星が輝きだすと記憶に残る懐かしい顔が浮かびあがるのである。


「パット、パットじゃないか?」


彼女を呼ぶ男性の声が背後から聞こえてきた。

足を止めて振り向くと最も親しい笑顔が目に入った。


「まあ、ビリーじゃないの、久し振りね。技能訓練終わったの」


「いやあ、とんでもないまだまだこれからだよ。一週間程度の休暇で帰って来たんだけど、それが終わるとまた航空基地に戻ってしごかれるのさ」


「大変ね、操縦士になるって。色々な知識を覚えないといけないそうね」


「まあ、結局僕も親父の後を継ぐことになってしまったな。でも最初の頃に比べると大分慣れてきたよ。ところでパットも医学センターで頑張っているんだってな。おふくろから聞いたよ、君が同期では一番の成績だって」


「そんなことないわ。優秀な人が多くいてついていくのが精一杯」


「謙遜してパットらしいよ。でもやっぱり医学博士のお祖母さんの血を引いているんだな。おっと、こう言ってはいけないんだったな」


「いいわよビリーと二人だけの時だったら。パパとママと普段呼んでいても実際には祖父母には違いないんだから」


「ああ、その事は移民船一号機のメンバーだけしか知らないんだったな。あまりに超現実的な出来事なので公にはしないで、君はパジル博士の養女ということになったって。確かにいまだに信じられないよ。船室で君が僕と同じ年のデリアと一瞬にして入れ替わり、更に彼女の子供だと聞いた時はびっくり仰天。こんなこと言って気を悪くしたら謝るよ」


「いえ、私も今から思うと不思議な体験よ。夢じゃなかったのかって。でも私にパジルと言う祖母と同じ名を付けたのはお母さんよ。ただ祖母は紛らわしいからってパットに変えたの。忘れることなんかあり得ないわ。いつも歩いて帰ることにしているのよ。あの星を見ていると、お母さんやお父さんそれに兄達がどこかで元気に暮らしているんじゃないかって」


「パット、君はこの世界に来て後悔しているのかい」


「ううん、そんなことないわ、ママやパパも私にとっても親切で今の学業も充実していて毎日が楽しいわ。でもあの時は好奇心の旺盛な子供だった。お母さんの住んでいた世界に行ってみたかった。だから代わりに行くかと聞かれた時、二つ返事で引き受けたの。まさか二度と会えなくなると思ってもみなかったわ。時々、皆どうしているのか知りたい気持ちになるのよ」


「その気持ち僕にもよくわかるよ。僕もデリアとはよく遊んだからな。彼女は今何をしているのかなって思うときもあるよ。ああ、もうすぐ君の家だな。ところで、僕も休暇中は予定がないんだ。どうだろう今度オープンされたばかりの生物博物館に行ってみないか。この惑星の動植物、水中生物が展示されているそうだよ」


「まあ素敵、ぜひ行って見たいわ。今ママが仕事で生物の分類作業をしているのを手伝っているのよ。すごく興味あるわ。誘ってくれる」


「もちろん。よしそれじゃあ明日連絡するよ」


「楽しみね。連絡待ってるわね。じゃあここでバーイ」


「お疲れ。バイバイ」


パットは手を振りながら自宅の門に向かって声を掛けた。


「レア、私よ。帰ってきたわ」


『パットですね。お帰りなさい、開門します』


電子音声と同時に正面の防護壁が消え中庭に通れるようになった。

パジル博士の夫婦やこの惑星の開拓者のメンバーの自宅は、いずれも厚遇され広い敷地が提供されている。彼女は中に入った途端、路面に放置されている物を目にして思わず悲鳴を上げた。


「キャー!」


その声を耳にし、ビリーが戻って来た。


「パットどうしたんだ一体?」


彼は閉まりつつある門壁越しに尋ねた。


「レア、彼なら大丈夫よ、通してあげて」


再び開いて、ビリーが中庭に入って来た。

よく見るとどうやら人が倒れているようであった。

彼が近づいて行く。


「レア、この辺りを明るくして」


彼女がそのように言うと、路面に照明が当たり姿形が確認出来た。


「女性のようだ。でもなんだろう妙な服を着ているな」


着衣は前時代的なものをまとっている。

彼が覗き込むと意識混濁の状態で、手を触れると体が異常に熱かった。


「これは相当重症なようだな」


パットも近づき、額に手を当て、更に脈を調べた。

彼女はスクール実習で医学知識を身につけており、ある程度病状を予見できた。


「大変よ。このままでは死んでしまうわ」


彼女は再び背後の建物に向かって声を掛けた。


「レア、ママを呼んでくれる。至急よ」


『承知しました。パジル博士を呼び出します』


二人は彼女を注意深く見守った。

症状が明確でないためそれ以上の行動は避けた。


「でも不思議だな。ここのセキュリティーは厳重に思えるけど、どうしてこの中庭に入ったのかな」


ビリーが首を捻っていると、建物からパジル博士が現れ、二人に近づいて来た。


「どうしたのパット。あらビリーも一緒ね。久し振りね」


「ママ、女性が倒れていたのよ。容態がひどく悪そうだわ」


パットが説明すると、博士は女性の前に座り、調べ始めた。


そしてほとんど時間を掛けず振り向いて言った。

「二人ともこの娘さんに触れたのね」

二人はお互い顔を見合わせ頷く。


「じゃあ、後で殺菌処理が必要ね。どうやら伝染性の病気に罹っているようよ。でもその前にこの娘さんを建物の中に運んでくれる」


「わかりました。僕一人で充分ですよ。場所を言ってもらえますか」


ビリーは倒れていた女性を両腕で抱えて立ち上がり博士の後に続いた。


玄関を通り奥の部屋に進む。

ぐったりとしてほとんど虫の息の彼女は、後に続くパットと同年代の女性のように見受けられた。

けれども派手な色彩のガウン、衣服はもとより、ネックレスや腰紐、髪型に至るまで凡そ現代的な感覚から懸離れていた。

そしてリラクゼーションルームに入り、博士の指示で寝台の上に横たえた。

顔色は悪く油汗をかき、呼吸は荒い。

意識はなく明らかに重態であった。


「すぐに応急処置しないと助からないわ。出来るだけのことをするけど、この娘さんどこから来たのかしら、見かけたことあるの」


パジル博士がてきぱきと治療準備に掛かりながら二人に尋ねた。


「僕は彼女を見るのは初めてですね。パットはどう?」


「いいえ、私も初めてだわ。でも・・」


彼女はその後の言葉を飲み込んだ。

パットはその娘の格好を見て、遠い昔を思い出していた。


「待って、彼女の腰に紙のような物が挟んである」


ビリーはそれを外し開けた。

そこには薄黒い文字が書かれていた。

それを読み彼は驚きのあまりパットと博士を交互に見詰めた。

そしてすぐに二人に見せた。

その内容に二人とも一瞬動きが止まり愕然としてしまった。

そこにはこう書かれていた。


(パパ、ママ、私デリアよ。お願い、この娘を助けて!)



****


 それは北辺境の山間の村に突然現れた。

厳密には近くの渓谷の川原にうずくまっているのを、遊びに来ていた子供達が見つけた。

それは最初、全く不思議な生き物であった。

四つん這いの状態で屈みこんでいる姿は、見たところ人と言ってもよかったが、首から上はのっぺりとした土色の塊が乗っているだけである。


「なんだ、なんだお前は気味が悪いな!」


「こんなの見た事ないや」


それを見て子供達は口々に騒ぎ立てた。

恐々ではあったが興味津々で正体を確めるため近づいた。


「キキーッ、キキーッ」


不意にそのものが声を出すと、驚きのあまり皆一斉に引き下がった。

その後それは妙な動作をした。

その場で顔らしき塊を子供達に焦点を当てるように揺らした後、首を屈め両腕で覆ってしまった。

そしてしばらくその体勢を続け、再び首を持ち上げると驚くことに塊の上に目らしきものがついていた。


「ウワー、いったいどうしたんだその顔は!」


「目が三つもあるわ」


それは子供達の反応を見て、再び首を覆い同じ動作を繰り返す。

すると、今度は目は二つになったが、口と鼻が逆にくっついていた。

皆唖然としてその様子を眺めていた。

そして更に同じ動作を繰り返す。今度は口と鼻が正しい位置につき、耳らしき物も出来上がった。

更に何回か続ける内にようやく人の顔に近づいた。

正面にいた子供がいたずら半分に口を尖らせると、そのものも蛸のような顔を形作った。


「ウハハハ、面白い、ハハハ」


それを見て子供達も笑いはじめた。

同じようにお多福顔をすると、途端に真似をする。

別の子供も面白半分に滑稽な顔を見せると、同じような顔に作り変える。


「アハハハ、変な奴」


子供達は一斉に腹を抱えて笑いこけた。


「百面相だ、百面相だ」


ところが今度はそのものが口を動かし始めた。


「ひゃく・・めんそう・・ひゃくめんそう」


「おい、お前しゃべれるのか」


「しゃべる・・しゃべる・・」


まだとってつけたような顔の造作ではあったが人に近づき、言葉も真似しようとする様子が見受けられた。


「お前裸じゃないか、寒くないか」


しゃがみこんだ状態にはあったが、首から下は人と同じ体型であった。


「さむい、さむい」


言葉も徐々に発声がまともになっていくようだ。


「村まで行くと服を貸してあげられるけど、付いてくるかい」


「むら・・いく・・むらいく」


質問の意味もどうやら呑み込めているようだった。

顔をほころばして何度も頷いた。その無邪気な表情を見て、子供達が喝采する。


「よし行こう。俺たちについて来いよ。大人達も百面相を見て喜ぶだろうな」


子供達が歩き出すと、そのものも四つ足状態で動き出しよたよたと後に続く。その滑稽な様子を振り返りながら思わず噴出した。

ところがしばらくすると、そのものは彼らと同様立って二本足で歩くようになった。

背丈は子供達より高く大人くらいはあるようだった。

そして時間が経つにつれ歩行や動作も人と変わらない程度にスムーズなものになっていく。

そのものにはどうやら模倣する機能が備わっているようだ。

村まで来て大人たちが彼等に気が付いた。


「おい、お前達どこまで行ってたんだ。それとその後ろの奴は誰だ」


「谷川で見つけたんだ。面白い芸が出来るんだよ」


そう言いながらそのものを大人達の前に出させ、顔を極端にゆがめてみせた。

すると同じように両腕で顔を作り変える動作をして、表情を真似た。

そして、続けて蛸やお多福の顔も巧みに真似る。

大人たちににとってもそれは可笑しく大声で笑い始めた。

その騒ぎにつられ村人達が集まって来た。

そのものはリクエストに応え、嫌な素振りも見せず何度も披露する。

その内こころなしか徐々に人の顔に近寄っていく。


「いやだ彼裸よ。誰か服を持ってきてあげなさいよ」


「あいよ、俺の服をあげるよ」


一番近い住居の男が戻って行った。

その間も百面相の見世物が続く。

男が戻ってきて服を差し出した。

着かたが分からないようだったが、村人達が助けて身に付けさせた。

村人の一人が自宅で飼っているウサギを持ってきた。

動物に真似ることが出来るか興味があった。

いくらなんでも無理だろうとの意見が大勢である。

ところが何を思ったか、そのものは道端に置かれていた土瓶を拾い上げひっくり返した。

中には何も入っていないようである。

そしてもとに戻し上から中に手を入れた。

そして皆の前でゆっくり中の物を引っ張り出し始めた。

笑みを浮かべながら徐々に外に出始める。

それはウサギそのものであった。


「手品だ。いや魔法だ」


これには村人は皆びっくり仰天してしまった。

拍手喝采し褒め称えた。

今度は誰かが空を飛び交う鳥を指差した。

すると同様に土瓶から小鳥を取り出した。

もはやそのものが何者であるかを忘れて、その芸に見入っていた。

更に一人が木に咲く花を指し示した。

彼は満開になるよう望んだ。

彼の希望をそのものは理解したようであった。

そして再び土瓶に手を突っ込んだ。

その時その目が一瞬赤く輝いた。今まで見せなかった表情であった。

手を引っ張り出すやいなや、無数の花びらが中から飛び出し宙に舞った。

それは村人達の頭の上に降りかかった。

あまりの艶やかさに見惚れ、全ての者が我を忘れてしまっていた。


「お父様、お母様からのお手紙が届いたわ」


「ああ、私あてにも来たよ。タミアには何て書かれていたのかな」


「もう首都ソロマは皇太子ご成婚のお祝いムード一色らしいわ。とても王城周辺は賑やかで慌しい雰囲気だったけど、お母様やパリス達も大歓迎されたって」


「そらそうだろう、リーラは何といってもロンバード王の妹だし、パリス王子は我がギリア王国の跡継ぎだからな。それに婚礼の祝賀使節としてはパスカル卿をはじめトップクラスを総動員しているのだから、ロンバード王国としても当然最大級のもてなしをするだろう」


「王城に到着してすぐに婚儀用に改装された式場や披露会場に案内されたらしいわ。内装がすごく豪華で色鮮やかだったそうよ。そして特別にリチャード皇太子妃になられるアナシア国のカシミア王女のウェディングドレスを見せてもらったそうよ。見たことないぐらいとっても美しくて優雅だったって。挙式の当日が来るのが待ち遠しいって書いてあったわ」


「確かあと三日後だったかな。ロンバード王国にとっては久し振りの大きな行事で国をあげての祝典になるだろうな。現ロンバード王の即位式の時は、前国王戦没の葬儀や戦役後の疲弊した国土の立て直しが先で、お祝いどころの騒ぎじゃなかったからな。今回はアナシア国は当然としても、世界各国から元首クラスの使節が訪問しているらしいよ」


「私、カシミア王女にお会いしたことがあるわ。以前に王侯貴族の交歓会でソロマを訪問した時、リチャード皇太子から紹介されたの。美しい方だったわ。あの頃からお二人の婚姻は決まっていたんだわ」


「私から見ればタミア、お前はすごく綺麗だし淑女だよ。もう既に各国の元首や王族から照会がきているよ。私はまだ早いと言って保留にしているんだが、一方ではお前に幸せになってほしいからな。誰か気に入った相手がいるのかい。もしそうなら私の方から申し出をしてもいいよ。もちろんタミア、お前の時はとびきりの衣裳を用意してあげるよ。もちろん私も付きそうさ、ウェディング姿を見るのが夢だからな」


「まあお父様、まだ考えてもいないわ。それにそんな派手な衣裳、相手が嫌がるわ」


「ということは誰か意中の相手がいるんだな」


「まあ、お父様意地悪ね。仮にいたとしてもまだまだ先のことよ」


「そうか、ある意味では安心したよ。でも私に言い難いのならリーラに相談すればいいよ」


「ところでお父様には何て書いてあったの」


「タミア宛のと内容はほとんど同じだよ。ただ弟のパリス王子が今回公式の場に初めて出席するので緊張気味だったそうだが、皇太子や王族から親切にされてすぐに打ち解けて話しするようになったので安心したと書かれてあったよ。同国に滞在中は出来るだけ多くの知遇を得られるように紹介するそうだ」


「そう羨ましいわ。おそらくこれから色々なイベントが催されるのね」


「タミア、お前は今回の訪問を、私が一人で残るのが寂しがるからと断ったそうじゃないか。私はそれを聞いて嬉しかったんだが後悔しているんじゃないかい」


「ううん。そんな事ないわ。ソロマには何度も行っているし、これからも機会あるわよ。でもお手紙の最後に書かれていたわ。留守中、出来るだけお父様の話し相手になってあげてって」


「ははは、それはリーラらしいな。私の心配をするとはな」


「そう言えば、お父様とお母様はご結婚以来いつもご一緒で、離れて過ごされることはほとんどなかったって。まれに見ぬ睦まじい理想的なご夫婦だって執事が言っていたわ。お父様のことが気に掛かるのよ」


「そうか。そうだったな。いや一度タミアが小さい時に、私を残して北辺境にお前を連れて探索に行ったことがあるな。あれ以来だろうな。もちろんお前は覚えてはいまいが」


「今回はお母様の里帰りということもあって、挙式後もしばらく思い出の土地を巡るそうよ。だからお戻りになるのは少し先になるそうね」


「確かにリーラが居ないと何となく気が抜けた気分になるんだが、お前がいてくれて助かったよ。リーラが言うように、せいぜい話し相手になってくれると有難いな。ところで周りの者も私が寂しいだろうと気を利かしてくれて、明後日に謁見の広間で珍しい催しをしてくれることになったよ」


「それは私の耳にも入っているわ。楽しめる見世物のようね」


「そう今この国に来ている各国の芸達者が自慢の技を見せてくれるそうだよ。曲芸もあるし奇術や手品の類もあるそうだ」


「まあ面白そう。私もぜひ見てみたい」


「あはは、タミアも出席するがいい。大いに楽しもうじゃないか」


その後も二人の歓談が続いた。

ただこの会話が幸せな家族にとって、暗転することになろうとは知る由もなかった。


 北辺の山間部を目指して二人の男達が馬を操っていた。

前を行く年配者は辺境の地理に精通したサライで息子のアモンを伴っていた。

彼は昔父親のサラミスと共に魔獣の出現に備えるため、この地域の起伏形態を精査したことがあり、僻地の山里や奥深い村落に詳しかった。

今その一つの最深部の部落に向かおうとしていた。

彼は現ギリア王国のバイブル王と従兄弟であり、望めば上位の王族に列することも可能であったのだが、あえて一介の軍務官に留まった。

役職はギリア国の周辺境界部の探索、偵察で秘境と呼ばれる地域に足を伸ばすこともあった。

彼は魔獣との戦いに専念するため王族から離れた父親の影響や、更に兄ハーンが犯した大罪を償う気持ちもあり、もはや地位や名誉には未練はなかった。

もっぱら未知のものへの憧れ、冒険精神に強く惹かれ、今でも険しい山岳地帯が活動の中心となっていた。そして息子のアモンもその血を受け継いでいたのである。


この部落は昔敵対種族に追われ山中に逃げ込んだ人々の末裔が暮らしており、定期的に足を踏み入れていた。

その都度、土産物や生活用品等を持参し村人からも歓迎されている。

数十人足らずの人々は素朴で、サライ達がもたらす都会の最新の情報に喜び、子供達は文字を教えてもらっていた。

大きくなると若者のほとんどが都市部に出て行くが、いずれも就職先をサライが世話をしていた。


「お父さん、見えてきたよ」


「ああ、ここまで馬に乗り詰めでさすがに息が上がったよ。これでゆっくりくつろげるな」


ここまでアップダウンの多い山道を進んで来たが、ようやく最後の峠を越えて奥山の狭間にある村落の展望が見渡せる所に到着した。

茅葺の民家が数件目に入った。

周辺は初夏になるがまだ所々雪が残っている。

人影は見当たらなかった。


「今日は陽気がいいのに誰も外に出ていないとはな」


二人は村の入り口に馬を乗り入れた。

いつもこの時間帯なら、子供達の元気のいい声が聞こえ、大人たちが忙しく動き回っている姿があった。

ところが今日は辺りはひっそりと静まり返っている。


「変だな、皆どこかに行っているのかな」


「おーい。アモンだ。誰かいるかー」


大きな声で名乗ったが返答はなかった。

小さな部落であるため、家屋の中にいても聞こえるはずであった。

二人は首を捻りお互い顔を見合わせた。

そして馬から降り、番近い民家に向かった。

ところが、近づくにつれ異臭が彼等に襲いかかった。

何かが腐敗したような臭い。

サライは思わず立ち止まった。

よく似た臭いを以前嗅いだ記憶があったからだ。

入り口に戸はあるが開けっぱなしになっている。

息子のアモンは我慢してそのまま中に入っていく。


「おーい、皆居るのか、入りますよ」


サライが引きとめようとしたが間に合わなかった。


「ウワー、・・と、父さん・・」


アモンの悲鳴が聞こえた。

その声でサライも戸口の中に入った。

そして、顔を引きつらせ棒立ちになっているアモンの前を見ると、部屋の床に折り重なって倒れている大人と子供が目に入った。

いずれも顔が青白く目は宙を舞い死んでいることは疑いなかった。


「こ、これは酷い・・」


サライも思わず絶句した。

死後かなり日数が経っているようで、肌は変色していた。

アモンが表に駆け出して行った。

サライの耳に苦しげに吐いている声が聞こえて来た。

さすがに彼は何度も修羅場を目にしてきており、冷静であったが、けれども悲惨な状況であるのは間違いなかった。

奥の部屋も調べたがやはり同様に親子の遺体があった。

屋内は特に荒らされた形跡がなく、床は嘔吐して汚れてはいたが血が流れた跡はなかった。

更にいずれも寝具の上で亡くなっていた。

彼は数点調べた後で外に出て、アモンに近寄った。


「大丈夫か」


彼は目からこぼれる涙をさかんに拭っていた。

無理もなかった、目にした遺体は親しい子供達とその家族ばかりであった。


「いったいだれがあんな酷い目に」


アモンが震える声で事件の可能性を示唆すると、すぐにサライは打ち消した。


「いや、どうもそうじゃなさそうだ。お前はここにいろ。他の家も見てくる」


「僕も一緒に行きます。もう大丈夫ですから」


彼は深呼吸をしてアモンの後に続く。

そして隣の家屋に入ったが状況はまったく同じであった。

そこでももの言わぬ遺体が整然と並んでいた。

村人どうしで死人を弔い埋葬することすら行われていなかった。

全く不可解としか言いようがなかった。

藁をも掴む思いで生存者を捜したが、残る家屋も同様の惨状が待ち受けていた。

村人全員がほとんど同時に亡くなったとしか思えなかった。


「分からん。一体ここで何が起こったんだ」


アモンも悲しみを通り越して虚脱状態に陥ってしまったが、ふと我に返った。


「毒、毒をのまされたんじゃあ・・」


「いや、毒なら炎症が体に残るはずだが、どうやら可能性はなさそうだ」


「そうだ。日記だ。僕が文字を教えていた子がいたでしょ。あの子は日記を付けていたはずだよ。何か書いているかもしれない」


そう言って隣の家屋に戻った。

そして、子供用の机の引き出しを開け、日記を取り出した。

日付は記入されていなかったが文字が順番に書かれていた。

たどたどしい文章で一日の出来事と感想がごく簡単に書かれていた。

二人とも一番最後に書かれた文章に目が止まった。


(ひゃくめんそうがきた。みなでみた。おもしろかった)


「何でしょうねこれは?」


「さあ、さっぱり分からん。だがいずれにせよ村人が皆同時に同じ病に掛かったとしか思えん」


と言って、サライは思わず固唾を呑み込んだ。


「病・・待てよ。これは大変だ」


彼は血相を変え、アモンに指示した。


「アモン、すぐにここを出るんだ。私に付いて来るんだ」


サライは駆け出した。

アモンも訳が分からず後に続く。

サライは森を掻き分けて水が流れる方向に走る。

そして数刻後、谷川に到着し冷水の中に飛び込んだ。

そして後から来たアモンにも促した。


「服を脱ぎ捨てるんだ。そして全身を洗え」


アモンは父親の言う通り、寒さに震えながら裸になり水の中に入った。

そしてしばらく体を清めた後、サライは説明した。


「疫病だ。彼等は何らかの疫病に集団で感染したとしか思えん。我々も遺体にこそ触れなかったが、家屋で物に触っている。だから水で洗ったんだ」


「じゃあ、村人全員が同じ病気に掛かって亡くなったって言うの。原因は何なの」


「分からない。間違っているかもしれないが、もしこれが正しければ大変なことになる」


「僕達にもうつる可能性があるわけだ」


「そうならないように祈るのみだ。馬の鞍に別の服があるので着替えるんだ。そして二三日人との接触をなるべく絶つんだ。私達が感染していれば広めることになってしまう。変わりが無ければ大丈夫だろう」


「村人達はどうするの」


「燃やすんだ。専門化に見てもらうにもここは時間が掛かりすぎる。気の毒だがそうするしかない。このまま放置すると大変危険だ」


「ここから出て行った家族にはどう説明しよう」


「正直ありのままを話すしかない。悲しいことだが納得してもらうしかない」


親子は変わり果てた村の方向を見ながらやりきれない思いに捕らわれていた。


王城内の謁見の間は興奮と笑い声が渦巻いていた。

普段、王族や重臣が面談や会議で利用する大広間が、各種芸能を披露する娯楽会場として開放されている。参加者としては、ギリア国内や他国から来ている選りすぐりの技能者や人気芸人が招かれていた。

日頃の堅苦しい国務の息抜きとして、バイブル王を初めとする国政のトップクラスが鑑賞のため出席していたが、王の特別な計らいで家族や侍従、側近クラスの見物入場も許されており、会場は満員の状態であった。

もともとがリーラ王妃がロンバード王国の皇太子成婚式に出席のため、長期不在で淋しいだろうと王のために急遽企画された催しで、出場者も大いに楽しめるような異色なメンバーが集められた。

昼過ぎからスタートして、綱渡り、玉乗り等の軽業士、曲芸師、力自慢が技を見せる一方で、特殊な楽器演奏や声楽、舞踏、手品や奇術の類まで腕によりをかけた出し物は満載であった。

それぞれの出場者の演技や芸が披露される都度、会場内はどよめき、歓声に包まれた。

人々は共に感激し、喜び、驚嘆し、ハラハラした。

犬や小鳥、ウサギ、鳩のような動物も飛び出し、子供や若者達も拍手喝采した。


「お父様、今の子供達の曲芸息が合って可愛いかったわね。皆喜んでいるわ。でも日頃の練習大変なんでしょうね」


「ああ、そうだろうな。大人でもあれほどの技術を見につけるのは並大抵ではないよ。全く幼い子供とは思えないな。頭が下がる思いだよ」


バイブル王とタミア父娘も次から次に出てくる出し物にすっかり魅入られている。

そして催しも終盤に差し掛かった。


「次の出演者は南国から来た旅芸人一座です。世にも不思議な奇術をお目に懸けるそうです」


案内者が紹介すると、派手な衣裳を身につけた5名の男女が中央舞台に現れた。

会場は正面奥にバイブル王の席があり、その周囲をタミアを始め王族達、重臣達が取り囲んでいる。

更に中央に設えられた舞台の左右を広間の出口付近まで見物客の席が並べられ、皆熱心に演壇の見世物に目を奪われている。

演台に置かれた等身大の空き箱に美人が一人入った。

リーダーの男性が扉を閉める。

そして掛け声もろとに開け放つと、一瞬にして男性が現れる。

再度扉を閉め合図をした後同じことを繰り返すと、最初に入った美人が戻って来る。

どういう仕掛けなのかいつ入れ替わったのか客は目を皿のようにして見守ったが誰にも分からない。

更に、箱の中から動物が出てきたり、中に美人を入れたまま剣で串刺しにしたりでスリル満点のトリック芸が続いた。

次に出演してきたのは、スタイルのいい整った顔の若者であった。

場内の若い女性から思わず溜息が洩れた。彼は手に布袋を持っていた。

もちろん中は空で何も入ってないことを満場に示した。

そして、優しい微笑みを投げかけながら奇術を披露し始めた。

その袋から色々なもの取り出す。

最初は花で次に蝶、小鳥、鳩、そしてうさぎも出てきた。

だがそれはまだ序の口であった。

その次の芸に人々は我が目を疑った。

まず彼は会場の客を指差した。

そして袋を自分の顔に被せ、しばらくして外すとその客の顔と瓜二つになった。

その後の老人、女性、子供の顔もそっくりに真似て見せた。

何回かその行為を繰り返し元の顔に戻った時は満場から驚嘆の歓声が沸きあがった。

けれどもそれで終わりではなかった。

今度は袋を再び手にし前に突き出した。

その時彼の目が一瞬真紅に変化したが誰も気が付かなかった。

そして片方の手をその中に入れ、奇声を発しながら、中のものを外に放り投げた。

それは真っ白い雪であった。

何度も同じ動作を繰り返す。

淡い雪粒が場内に舞った。

それは王を始め見物客の頭の上に降りかかった。

そして目の前で徐々に消えていく。

まるで幻を見ているような不思議な光景であった。

人々はうっとりと夢身心地の気分に酔った。

彼の演技が終わると場内は一段の拍手喝采が沸き起こった。

もはや種明かしを探ろうとする意思は誰にもなかった。

そのあまりの美しい現象に人々は皆感激していた。

その後も演目が続き全てが終わったのは夕刻近くであった。

バイブル王の感謝のお言葉の後、閉会が宣言され催しは各自充分満足して大成功の内に終わった。


その日のバイブル王と娘タミアとの夕食では、出演者とその演芸の話でもちきりになった。


「ありがとう、お父様。今日はとっても楽しかったわ。世の中には今まで知らなかった超能力を持った人や不思議な人もいるのね。またぜひ見てみたいわ」


「ああそうだな。私も驚いたよ。機会があればぜひ同様のイベントを提案するよ」


「まあ、嬉しい。次の演芸会が待ち遠しいわ。そうだ、この事をお母様にお手紙で知らせるわ。でもお母様もだけどパリスはきっと羨ましがるわね。やっぱり止めとこうかしら」


「ハハハ、そうだね王子からもねだられそうだな。でもお前が知らせなくても、きっと誰かが伝えるよ」


「そうね。皆あれほど感激していたもの。しばらくこの話題で盛り上がるわね。私なんだかまだ興奮状態よ。体が熱いもの」


「私もだよ。昼間の余韻が残っているのだな。今日は早めに寝るとしようか。また明日があるからな」


そして国王親娘は夕食を終えて直ぐに床に就いた。

けれども夜遅く二人の体に異常が生じた。

ほとんど同時に発熱した。








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