デリアの復活(エピローグ)
リクとカミラは気がつくと自分たちに世界に戻っていた。
彼等は同時に戻ったゴール兵士が自分達の故郷に帰って行くのを横目に見ながら、砦に向かった。
彼等が別世界に移されてからもうどれくらい時間が経ったのであろう。
二人には仲間と再び巡りあうのは難しいのではという懸念があった。
砦から脱出し未知の地域に移動しているのか、それとも最悪はゴール族に滅ぼされているのでは。
心の中で不安と期待が交差しながら、一歩一歩近づいていった。
辺りにはカミュー族の姿はない。
見張りの者もいそうにない。
静けさが気持ちを重苦しいものにさせる。
やはり誰も居ないのか。
二人はお互い固く手を握り合いながら前進した。
そしてようやく砦を見渡せる丘の上に辿り着いた。
そこで二人は見た。
心配は全く杞憂であった。
砦の中のあちこちで新たな住居、或いは小屋らしき物を造っているカミュー族の姿が見られた。
皆生き生きと動き回っている。驚くべきことにゴール族の姿もその中に混じっている。子供たちの遊び相手をしているゴール族もいた。
二人はこの様子を呆気に取られて眺めていた。
「おーい、リクとカミラじゃないか」
カミュー族の一人が二人に気がついた。
その声で何人かが近づいてきた。
「お前たち無事だったのか。よかった、よかった」
「もう遭えないのじゃないかと思ってたんだ。こんな嬉しいことはない」
仲間たちが次々と思いがけない帰還を歓迎した。
感激がしばらく続いた後、リクは気になっている事を尋ねた。
「あの後ゴール族は襲ってこなかったの? なぜ彼等が一緒にいるの?」
「ああ、彼等が再び砦に向かって来た時は、とても敵わないと思い山間部に逃れたんだ。けれども我々が期待していた住みかは見つからず、岩穴で雨風をしのいだんだが、環境が悪く日が経つにつれて病人が増える一方となった。それでもゴール兵に見付かるよりもましだと思って我慢した。ところがある日ゴール族の探索者に仲間が遭遇してしまい、もう駄目だと覚悟したんだが、彼等の一人がこう話しかけてきた。
『君たちには悪い事をした。今回の無差別の殺戮は全て今のゴール王とその子供達がした事だ。我々には彼の血が入ってなくて、非道なことだと思っていたものの、彼等のすることを止めることが出来なかった。反対する者は徹底的に粛清され手も足も出なかったからだ。ところが突然彼等はこの地から消え去ってしまった。我々にとっては狐につままれたような出来事であったが、喜ばしいことでもあった。元のお互いが助け合いながら暮らしてゆける生活に戻れると感激し合った。そして君たちカミュー族の生存者を捜したんだ。砦にまだ多くの人達がいると聞き、そこに向かったんだが、出て行った後だった。我々は手分けして、ゴール兵がいなくなりとりあえず安全になったことを知らせるために、君達を捜してたんだ。そしてようやく巡り会えた。今までに多くのカミュー族が犠牲になり、我々ゴール族が行った仕打ちを許せないとは思うが、昔のように我々と協力しあって平和な世界を築いていきたいんだ』
彼等は大変親切だった。その中に医師がいて、動けない病人を丁寧に診察し治療してくれた。そしてゴール族が病人や老人、子供を抱えて砦まで連れてってくれたのだ。彼等は我々が暮らしやすいようにあらかじめ住居を手直ししてくれたり、畑や家畜の面倒を見てくれもした。恐らく彼等の仲間が犯した悪業に対する贖罪の気持ちからだろう。そして今彼らと一緒に過ごすようになったのは見ての通りだ」
その説明をリクとカミラは充分に納得したのだった。
「ただ心配なのは、ゴール王が再び戻ってこないかということだ」
それに対し二人は即座に否定し、自分達の体験の一部始終を話し始めた。
彼等が移された異卿の地で王は命を落としたこと。
それによってゴール兵士も全てが大人しくなって再びこの地に戻ってきたこと。
更に異種族と出会い、その内の幼女が戦いを指導し勝利に導いたこと。
そして彼女の知識は限りなく、誰からも信頼されていたこと等、話はいつまでも尽きそうになかった。
そう彼女は「デリア」と言った。
生涯二人の胸に鮮烈な思い出として残ることは間違いなかった。
*
老人は痩せ細った犬を見詰めていた。
どれくらいそうしていたのだろうか、ふっと我に返った。
「おや、俺は何をしようとしていたのかな」
野犬はみすぼらしいなりで、甘えるような仕草をした。
「じっちゃん、早く来いよ、皆待ってるよ」
孫達が前方から呼び掛けている。
「おお、そうだったな。食事だったな」
彼は再び歩き始める。
「どうしたんだろう、何だか気分が良くなったぞ」
そう言いがてら痩せ犬に声を掛けた。
「そうだ、お前なら俺の武勇伝を聞いてくれそうだな。一緒に来るか」
老人は皺深い顔に笑みを浮かべて手招きしながら、ゆっくりと村に向かう。
その後を野犬が嬉しそうに尻尾を振りながらついていった。
*
北辺境からギリア国に辿る街道に幼女を含む数人の男女の姿があった。
異種族の侵攻を防いだバイブル国王夫妻の一行だった。
馬に揺られた娘のタミアが母親のリーラに盛んに話しかけている。
その仲むつまじい様子を目にしながら、サライ、ダン、アリスも和やかな気分で傍らに従っている。
彼等の行く手に相当数のギリア軍団が現れた。
先頭のリーダーが彼等を認め早足で馬を走らせて近づき声を掛けてきた。
「殿下、それにリーラ様、ご無事で何よりでございました」
「おお、軍務卿、ご苦労であったな。戦況はどうであったかな」
立ち止まったお互いの顔に安堵の表情が窺える。
「ハハッ、殿下がこちらに向かわれた後、苦戦していた当方にロンバート軍が応援に駆けつけてくれまして激戦となりましたが、突然ゴール兵が戦いを止めてしまいました。彼等は武器を捨て棒立ち状態で無抵抗に殺られるばかりでしたので、私も戦闘を停止させたのですが、その後もっと驚くべきことが起こりました。あたり一面霧がかかり視界が全くきかなくなったのですが、すぐに晴れ間が戻り辺りを見ますと、ゴール兵が全て消え去っていたのでございます。何が起こったのかさっぱり分からず申し訳ないことにご説明のしようがございません」
「うむ、困惑するのは無理はない。私達も同様に幻を見てきたばかりだからな。だが、道々私の知っていることを説明しよう」
彼等は再び動き出した。
馬上のバイブル王の話に幹部達が熱心に耳を傾けている。
その集団を街道脇の小高い岩場から二匹の山猫が見下ろしていた。一匹がもう一方に話しかけた。
「終わったわ。全てが元いた所に帰っていくのね」
『全てがあなたのおかげですよ、デリア』
「これでこの地も命ある者が安心して生を育む、本来のあるべき世界に戻るわ」
『そうだといいですね』
「さて、これで私の役目も終わったわね。もう悔いはないわ。今度こそ本当に永遠の眠りにつくわね」
『ところが、妙なことが起こっているのですよ』
「レア、駄目よ引き止めようとしても、もうここには用はないわ」
『そうではありません。とりあえずこれを聞いてもらえませんか』
レアが言い終わると同時に、風で草木がたなびく音にまぎれて微かな声が聞こえてきた。
(デリア・・・デリア・・・)
「何なのこれは、私を呼んでるわ。女性の声よ、いつからなの」
『つい先ほどからです。どうやらあなたに会いたがっているようです』
もう一度耳を澄ましてみる。
(デリア、デリア・・助けて・・デリア・・)
「随分遠くからのようね。私に助けを求めているようだけど。いったい誰なの」
『判らないのは無理もありませんが、あなたのもっとも身近な女性です。先ほど彼女の体から抜け出たばかりです。その直後から声が聞こえ始めました』
「まさか、この声はタミアだっていうの」
『その通りです。但し今から十数年後の未来からあなたを呼びかけているのですが』
「いったい何が起こっているの。困っているみたいね」
『私にも分かりません、届いたばかりなので。どうします、調べてみますか。あなたをお連れしますよ』
彼女は再びギリア国へ戻る一行に目を転じた。
相変わらずリーラ妃に抱かれたタミア当人が、周囲の人々に話し掛けて笑いを誘っていた。
「わかったわ。彼女の願いなら行かなければならないわね。レア、私を連れてってくれる」
『承知しました。一緒に参りましょう。何、そんなには時間はかかりませんよ』
その時、急に幼いタミアが振り向き岩場を指差した。
それに釣られてリーラ達もその方向を振り向く。
しかしながら、そこにはもう二匹の山猫の姿はなかった。




