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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
25/35

デリアの復活(三)


挿絵(By みてみん) 


老人の目は遠く彼方に聳える真っ白な頂きに注がれていた。

もうどれくらい時間が経ったのであろうか、高原の柔らかい芝生に座り同じ姿勢で見上げている。

時折持参した果実酒を口にしながら、一人で飽きることなく体を横たえている。

もう何年も暖かい晴れた日の彼の日課となっていた。


「とうとう帰れなかったな。もうあの山を越えるのは無理だわい」


溜息とともにいつもと同じ言葉が口を吐いて出る。


「親父達は元気にしてるかな。おっと、もう死んじまってるかもしれんな。俺のことなど覚えている者などいないかもな。お袋は・・お袋には悪い事をしてしまって・・」


彼の言葉はそこで途切れた。

それもいつもと同じ繰言であった。


「じっちゃん・・じっちゃん・・」


彼を呼ぶ声が聞こえて来た。


「じっちゃん。やっぱりそこに居るの」


どうやら彼の孫達のようである。


「おう、お前達か。どうだ一緒に。ここは景色もいいし、面白い話も聞かせてやるぞ」


「いいよーだ。怪物を退治した話ならもう何百回も聞かされてるよーだ。でも誰に聞いてもそんな怪物見たことないって」


「うそじゃあないぞ。本当にあったことだぞ」


「わかったよーだ。昔は勇者だったって言うんだろ。それより母さんがお昼になったから呼んで来いって」


「おう、もうそんな時間か」


「じゃあ、先に行ってる。じっちゃんも早く来るんだよ」


孫達は賑やかに騒ぎながら戻っていった。

彼は果実酒を飲みいささかほろ酔い加減になり、ゆっくり立ち上がる。


「そうか誰も知らないだろうな。連れ合いもとっくに死んじまったしな」


そして村落に向かって下って歩こうとした。

ところが思わぬものが彼の行く手に現れた。

それは薄汚れた細身の野犬であった。

もちろん見掛けたこともなかったが、野犬は彼の前で止まって見上げている。


「おい、どこから来たんだ。お前は」


彼は面白半分に声を掛けた。

すると奇妙なことが起こった。


『私は知ってますよ。あなたが勇者だってことを』


「おや、飲みすぎて耳がおかしくなったのかな。犬が話したぞ」


『いや、空耳ではありませんよ。すっかりご無沙汰してしまいましたね』


「その声は以前聞いたことがあるぞ。ま、まさかあんたは・・」


『そうです。私ですよ。お元気そうですね。ヤマト』


老人は歩を止め、野犬と見詰め合っていた。


**



 薄暗い洞窟の奥に何組かの家族や老人達が身を寄せ合っていた。

いずれも顔色が悪く、健康を害して寝たきりの者もいる。

満足な食べ物も口に出来ず寒さも一通りではない。

時折病の苦痛による呻き声が聞こえたが、薬などなく慰める以外なすすべが無かった。

近辺にはいくつかの洞穴があり五百人近くが分散して雨露をしのいでいた。

環境が悪く不自由な暮らしを余儀なくされていたが全ての表情に諦めの気分が漂っていた。


彼等は砦から脱出してきた生き残りのカミュー族だった。

ゴール族の来襲を避け山間部奥深く逃れて来たのだった。

一時は数万の敵兵が一瞬にして消え去り安堵したが、数日後再びゴール族の集団が現れた。

残ったのは女子供と老人や怪我人ばかりで、彼等の襲撃を受ければ抵抗することなど不可能で壊滅は間違いなかった。

もはや逃げるしか手はなく全員が砦を後にし、未踏の森林地帯をひたすら突き進んだ。

ゴール族の目の届かない安心して生活出来る場所。

多くのカミュー族が餓えずに暮らせる土地を目指した。

しかしながら彼等の生存を賭けた逃避行は困難が伴い、期待は裏切られた。

行けども行けども密生した藪林が続き、闇雲に進む以外なく、そして、その先には切り立った岩壁が立ちはだかっていた。

とても五百名ものカミュー族が落ち着ける所など見当たらなかった。

それでも岩場に沿って点在する洞窟に身を寄せる事が出来ただけでもまだ良かったのかもしれない。

全ての族員が疲れ切っていてもはや補助なしでは歩けない者も増える一方で、小さな子供達も空腹で機嫌が悪く泣いたりぐずったりで途方に暮れていたのだ。

けれども動ける者が更に足を伸ばし何度も探索を繰り返したが、結局徒労に終わってしまった。

これから先、食べ物もなく、冷気に身をさらされたこの地で、どのようにして一族が生き残るのか答えは見つからなかった。


「このままでは悪くなる一方だ。衰弱して寝たきりの者も多勢いるがとても助けられない」


「だからといってどうすることもできん。この山岳地帯を登れたとしても荒れ果てた岩場があるだけだし、さ迷ってきた密林はどこまでも続いてきりがない。今のところここの方がまだましだ」


「だがとても長くはもたん。このままでは飢え死にするか。病にかかって命を落とすかどちらかだ」


「じゃあどうする。砦に戻るか」


「駄目だ。あそこはゴール族に占拠されてしまった。帰っても皆殺しに遭うだけだ」


「どうして分かる。誰か見に行ってきたのか」


「ああ、俺が長老からの依頼で見てきたんだ。木陰から隠れて眺めたんだが、多勢のゴール族が俺達の住居に入ってたよ。おまけに栽培していた作物も収穫していたし、家畜も手なずけているようだったな」


「ちくしょう。俺たちが大事に育てたものを。口惜しいじゃないか」


「ああ口惜しかったさ。でもどうすることも出来ないじゃないか」


男達はやり場の無い怒りに身を震わせていた。その時、小さな子供が洞窟から飛び出し密林の方に走り出した。


「出て行っちゃ駄目よ。戻ってらっしゃい」


「もうこんなとこ嫌だ。お家に帰る」


と言いながら茂みに入って行く。

その後を母親が慌てて追掛けている。


「無理よ。帰れっこないわ。だ、誰かうちの子を引き止めて」


その声を聞き男達が立ち上がった。


「おい、ぼうず、その先は崖があって危ないぞ」


余程今の耐乏生活が嫌になったのか、子供はその声を振り切って遮二無二に進む。


「大変だ。早く止めないと怪我をするぞ」


「わかってる。急げ。追掛けるんだ」


男達は動き出し、母親と一緒になって子供を追掛けた。


「おい、待て、待つんだ、崖から落っこちるぞ」


彼等は必死になって茂みを掻き分け呼び掛けるも、子供は無我夢中で止まらない。

そして茂みが消えて空き地が広がった辺りで、急に地面がなくなってしまった。

子供は止まりきらず真っ逆さまに崖下に落ちていった。


「キャー!」


「だから言わんこっちゃない。おーい、大丈夫か」


母親と男達も空き地に辿り着き上から覗いた。

ところが子供は運よく生い茂った草木の上に着地していた。

子供は体を動かし起き上がろうともがき始めた。

みたところ大丈夫なようで皆ほっと安心した。

ところが子供の側に近づく者達がいた。

5,6名でいずれも大柄な体格をしており、子供と崖上の大人たちを交互に見回した。

その内の一人が口を開いた。


「お前達、カミューだな。こんなところにいたのか。ようやく見つけたぞ」


彼等はゴート族の追跡者だった。

その声に見下ろしていたカミュー族は全てが凍り付いてしまった。


*

ギリア軍の兵士達は全てが緊張していた。

あと数刻もすれば、かつて経験したことのない異種族との戦いに突入することになる。

彼等は相当強敵で戦闘能力が高いと知らされていた。

更に冷酷非情な性格を持ち、徹底した殺人集団で、その目的が全ての人々の抹殺であるとの情報を受けて、決して1対1で戦わないよう指示されていた。

そして、予想された侵入ルート付近の住人を避難させ、急遽防護柵を数箇所に築いた。

と同時にエリアを分けそれぞれに最強のギリア軍団を配置した。

ゴール族の攻撃に対し、国の総力を上げた防衛体制で臨んでいたのである。


「奴等はまだか?」


「ハッ、偵察兵からの情報では、もう間もなく現れるとのことです」


軍団の中央にバイブル王と軍の幹部が迅速に指揮を取れるよう集結していた。


「彼等が何らかの策を講じてくるとは考えられないか」


「その可能性は少ないと思う。私が戦って得た感触では、彼等は自分達の戦闘力に自信を持っていた。つまりまともに戦えば負けるはずが無いという驕りがあったように思う。そういう彼等からすれば小細工など必要ないと思っているだろう」


「サライの言うことなら間違いないだろう。我々のことなど大した事がないと思っているかもしれないな」


その時、兵士の一人が声を張り上げた。


「見えました。あれは恐らく敵の先頭集団だと思われます」


その方向を見ると、わずかに砂塵が舞い上がっていた。

そして徐々に大きくなってゆく。

ある程度全容が明らかな地点まで近づいた時、相当な数の集団であることがわかった。


「いったいどれくらいいるんだ」


「数千、いやまだ後方にもいますので、一万以上かと思われます」


幹部達はある程度予期していたとはいえその数に動揺した。


「よし全軍で防御するんだ。手筈どおりの戦闘準備にかかれ」


バイブルが指示するとそれぞれの部隊が迎え撃つ態勢に入った。

性格が温和になったとはいえ、いまだにバイブル王の威光は健在で兵士達の顔が引き締まり強い意気込みが表れた。

敵は更に近づいてきたが進軍に少しも乱れはなくペースは落ちなかった。

恐らく彼等もギリア軍の存在を確認しているはずだが、一向に一時停止する様子がなかった。

兵士の数から言えばはるかにギリア軍が勝っていたが、ほとんど意識していないようであった。

そしてさらに距離が縮まり彼等の全身が判別できた。


「なんだこいつらは。化け物か」


ゴール族はいずれも複眼が飛び出していて、口の両端から牙のようなものが出ていた。

顔は人間と異なり表情は全く読み取れなかった。

けれども体は戦士そのもので両手に刀剣と盾のようなものを持ちギリア軍に迫ってきた。


「まさか、あのまま突っ込んで来るというのか」


彼等のスピードはほとんど変わらなかった。

恐らく誰も指揮しているものなどいないのであろう、全てのゴール兵士がわき見もふらず直進してくる。


「怯むな。出来るだけ引き付けて撃つんだ」


そしてそのままギリア軍の陣営になだれ込んで来た。

作戦も策略も無かった。ただ敵と戦う本能だけで行動しているように見受けられた。


「今だ、撃て!」


防護柵の後ろに並んだ兵士達が矢を放った。

充分射程内に入っており、前列のゴール族が矢に当たり倒れていった。

ほとんどが悲鳴も上げず地面に横たわる。

ギリア兵は後列と入れ替わり矢を次々と射掛けると、同様にゴール兵士が倒れていく。

今までこのような攻撃を受けたことがなかったのか、全く単調な進撃を繰り返す。

被害も増える一方である。しかしながら一向に前進を控える様子がない。

彼等は勇敢なのか全く死を恐れていないようだ。

何度か同じ状況が続いた後、ゴール族の数が一段と増え、矢をかいくぐった兵士が防護柵まで辿り着いた。それに対し槍を持った兵士達が迎え撃つ。

可能な限り接近戦にならないような武器を使用した。

そして防護柵を越えて来ないような戦法をとった。

ところが予想もしなかったことが起こった。

柵の手前まで来たゴール兵は突立てられた槍に見向きもせず、その場で高く飛び跳ねた。

そして柵の上を越えてギリア陣内に入ってしまった。

驚くべき跳躍力を有していたのだ。

後続も次々と飛び込んで来た。

ギリア陣内はパニックとなった。中に入ったゴール兵が刀を振り回す。その刃に触れたギリア兵はたまらず飛ばされてしまった。


「落ち着け、落ち着くんだ。体制を整えろ」


こうなってはゴール兵が圧倒的に有利で力の差は歴然としていた。

スピードもパワーもはるかに上回っている。

もはや新たに来るゴール兵に対し、矢を射掛けることも不可能な状態であった。

ギリア陣内に続々とゴール兵が侵入し、守備兵を打ち倒してゆく。

ギリア兵が数の上では勝っても、死を恐れない異種族の前では気持ちの上で負けていた。

どうしても逃げ腰になっており、死傷者は増すばかりである。


「兵を回せ。別のエリアの者も加勢するんだ」


別部隊の多くのギリア兵士が応援に駆けつけたが、ゴール兵の勢いは少しも衰えなかった。

むしろ戦いを楽しんでいるようにも見えた。更に彼等は疲れを知らないようだった。

ギリア兵士は時折後退し相手の隙をうかがったが、彼等はひたすら前進し、次々と獲物を探すような雰囲気があった。

乱戦模様が続きゴール族が優位のまま戦局が推移したが、夕方近くになり状況は一変した。

今まで前に進む事しかなかったゴール兵がにわかに戦場から離脱し始めた。

彼等は突然何かに引きつけられた様に近くの林の方に走り出した。

もちろん倒れた仲間も置き去りにしてその場から去って行く。

これにはギリア兵達も呆気に取られてしまった。

気がついてみると、戦えるゴール兵の姿は皆無となった。


「いったいどうしたと言うんだ。奴等消えてしまった」


バイブル王が首を捻りながら参謀達に尋ねた。


「さあ、何が起こったのやらさっぱり。ただおかげで今以上の犠牲はとりあえず回避できました」


「それにしても強い。我々とは根本的に身体の構造が違うようだな」


「ハハ、とてもまともに立ち向かっては勝算はありません。戦法を再検討する必要があります」


「わかったぞ」


側にいたサライが言った。


「どういうことだサライ」


「恐らく彼等にとって夜は戦えないのでは。だから陽が落ちてきて一目散に身を隠したんだろう。そうとしか考えられないな」


「だとしたら、また日が明けて襲ってくるわけか」


「その可能性が高いな」


その見通しに軍の幹部達は皆失望の表情を隠せない。


「わかった。では彼等が撤退したからといって安心している場合ではないな。軍務長官、速やかに傷ついた者を救護し、命を落とした者に対し丁重な処置をするように。そして敵の再攻撃に備え明朝までに万全の策を講じてくれ」


「ハ、今日の戦闘で敵の戦法、いや特徴がわかりました。早急に対抗策を練り直します。ただ殿下、あの命知らずのゴール族のこと。この場所も安全とは言えません。別の所に移られては」


「うむ。ここは軍将達に任せようと思う。ただ私にはこれから行きたいところがある」


「いったいどこに参られるので」


「恐らくこの戦いに決着はないような気がする。彼等は何かに操られているようだ。その根を断ち切る以外解決策がなさそうに思えるんだ。それを知るには彼女に会うしかなさそうだな」


「デリアか」


サライが答える。


「彼女なら答えを見つけ出せるはずだ。サライ、彼女達の行き先がわかるか」


「おおよそは」


「よし、行こう、直ぐにでも出発するんだ」


「私達の星には夜はありません。陽が二つ輝き一方が地平に隠れるともう一つの陽が空に昇り大地を照らします。雲が光を遮ることがあっても暗闇になることはありません」


「あなた達の住んでいる惑星には太陽が二つあるのね。私も以前常に一定の空調に設定してある宇宙ステーションで生まれ育って、初めてこの地に来た時、昼と夜を初めて経験して戸惑ったわ。だからあなた達が驚く気持ちがわかるの」


デリアはカミュー族の二人に彼等の世界の特性を知ろうと色々尋ねていた。

同行しているリーラ、ダン、アリスにとって双方の会話は、初めて聞くことばかりで興味深かった。


「じゃあ、ゴール族も当惑しているかもしれないわね。でも彼等は皆同じ意思を持った種族なのかしら。彼等の戦い方はまるでロボットのようね。あらあなた達にこう言っても意味が通じないわね」


「いえ、何となくわかるわ。でも以前は全く違ってた。彼等は優しくて暴力をふるうことなどなかったわ。私も小さい頃彼等に遊んでもらったものよ。何故あのようになったのか不思議でならないの」


今度はカミラが説明した。

彼等は夜が明けてすぐにゴール族が集結していた場所に向かった。

ただデリアにとってもそこで問題が解決するという確信はなかった。


「新しい王に代わってからゴール族が凶暴になったって言ったわね。あなた達その新王を見た事あるの」


「いえ、私もカミラも残念ながらゴール族の本拠地に行ったことはないですし、ましてや王を直接見たわけではありません」


「もしかしたら、岩場の上で指図していたのがゴール王じゃなかったのかしら」


「いや、分かりません。もしそうなら相当強い意志が働いているのでしょうね」


「デリア、創造者だったら敵の正体が判るのじゃあないですか」


ダンが疑問点を口にした。


「いえ、それがよく判らないらしいの。どうやらレアの敵が書いた筋書きで事が運んでいるようなの。恐らくゴール族が変質したのもその一環ね。だからレアにもその詳細は掴めないようよ」


彼等にとってはレア即ち創造者は更に謎めいた想像外の存在で、デリアの説明を信じる以外なかった。


「間もなく目的の場所に着きます」


彼等は反対側の丘の上から台地を見下ろした。けれどもそこにはゴール族らしき姿はなかった。


「奴等、兵士達と共に移動したのかもしれないな」


「待って、あの岩壁の上あたりで号令を掛けてたと言ったわね。あの付近を調べてみるわ」


彼等は丘を下り岩場に向かって進んでいった。

物音一つせず人らしき者のいる様子はなかった。それでも慎重に近づいて行った。

間近まで来た時、人が楽に入れる大きさの空洞があるのがわかった。

しかもそれは開口部が固めてあって人工的に造られたことは明らかだった。


「いったい何があるんだろう。よし入ってみよう」


「気をつけてね。どうも嫌な予感がするわ」


ダン、アリス、そしてデリアを抱えたリーラの順で中に足を踏み入れた。

カミュー族のリクとカミラも後に続く。


「こ、これは何だ」


その中には彼等が思ってもみなかった物があった。

いや並べてあったと言ったほうが正しい。

天井から繭のような塊がぶら下がっていて洞窟の奥に向かって数え切れないほど配置されていた。

よく見ると、塊の中に何か生き物が入っているようであった。


「いつの間にこのようなものが。一体何なの」


皆唖然とその異様な光景を眺めていた。

その時、彼等の頭上から声が聞こえて来た。


『教えてあげよう。それは私が造った子供達だよ』


その声の方向に目を向けると頭に数え切れないほどの植毛の生えた巨大なゴール族がいた。

それはリクとカミラが以前に見たゴール族の指導者だった。


ゴール族とギリア軍との戦いが夜明けと共に始まった。

前日の失敗を繰り返さないよう、ギリア軍側は防護柵を高くし、弓矢攻撃人員を増やした。

更に手前で飛び上がり難いよう地面に溝を掘り、柵内に入り込ませないよう万全の対策を講じた。

ところが、真っ直ぐ突進して来るものとばかり思っていたゴール族が、一転予想もしなかった戦法で立ち向かってきた。

前列の兵士が大きな盾を手にし、飛んでくる矢を避けながら、その後ろに多くの兵士が隠れながらギリア軍に迫って来た。

従って矢の攻撃もあまり効果がなく、防護柵の前までゴール兵がひとかたまりになって前進してきた。

そして、最前列の兵士が槍や剣で突かれるのも無視して、後続が押し進む。

いわゆる集団が押し競まんじゅうの状態で柵に体当たりしてきたのだ。

ギリア兵も必死で柵を支えたが、この乱暴な突進に柵の一角が壊れてしまった。

こうなると、ゴール兵に分があり、次々とギリア陣内になだれ込み、持ち前の戦闘力で肉弾戦を繰り広げる。

前日の戦いでゴール族の戦い方を体得し、反撃する兵士もあったが、やはり苦戦は免れないこととなった。


「このままではまずい。奴等の思う壺にはまった」


「彼等にとっては、仲間の犠牲など大した問題ではないようです。どうでしょう。このままでは被害が拡大する一方です。一旦撤退してみては」


「バカ言え。奴等のことだ。どこまでも追って来るぞ。追いつかれた者はなぶり殺しに遭うだけだ」


「くそ、とんでもない相手と戦うことになったな」


「とにかく奴等を一人残らず倒す以外ないんだ。数では我々の方が多い。他の区域の兵を応援に回すんだ」


そして、昨日と同様の乱戦に陥った。

ゴール兵が倒れる場合もあるが、圧倒的にギリア兵士に死傷者が多い。

それに相手は一向に疲れる様子がなかった。

体の構造が根本的に人類と違うようであった。

戦場は拡大し全てのゴール兵が戦いに加わった。

これに対しギリア軍も応戦し、双方が入り乱れてさながら地獄図のような状景が繰り広げられていた。


「引き下がるな。戦え、戦うんだ」


戦局は時間が経つに従ってギリア軍に不利な状況になりだした。

相手が強く新たに投入された兵士達も真っ向から戦う意思が弱くなっている。

幹部の指示にも消極的な反応で、遠巻きに見守っている兵士も多い。

このままではギリア軍が総崩れの可能性が色濃くなってきた。


「もうこれ以上うつ手はありません。最悪の事態を覚悟して下さい」


「負けるのか。我々最強のギリア軍が。何てことだ」


後方で指揮していた軍将、参謀達は一様に沈み込んでしまった。


「あ、あれは何だろう」


一人が荒野の一角を指差した。

砂煙が舞い上がり、徐々に近づいて来るようであった。

しばらくして、それは相当の規模の集団であることがわかった。


「まさか、ゴール族の別部隊では」


「いや、違う。彼等が旗を掲げたりするもんか」


先頭の何人かがのぼりを持っており、馬に乗っていることが明らかになった。


「解ったぞ。ロンバード軍だ。ロンバード軍が応援に来たぞ」


「助かった。彼等が加勢してくれる。皆、頑張るんだ。ロンバード軍が我々を応援してくれる。負けるんじゃないぞ」


ギリア軍はその朗報に落ちる一方だった士気が再度よみがえった。


 それはゴール族の王その者であった。その周囲には兵士達がいるが、明らかに風貌が異なっていた。


『お前達がここに来ることは判っていた。だがちっとも不安は感じなかったよ。ここがお前達の墓場になるだけだからな』


「あなたね。この戦いを仕掛けたのは。もっと言えばゴール族の性質を変えたのもあなたが仕組んだのだわ」


デリアが彼に向かって尋ねた。


『それは神の思し召しによるものだ。私はその指示に従ったにすぎない。我が世界もそしてこの地も蛮族がのさばっておる。それを浄化することが私の使命だ。もう間もなく兵士達の戦いにもケリがつく。我々が勝利し、この地から蛮族を滅亡に追い込むのだ』


「その袋みたいな物に入っているのが、新しい兵士達というわけね」


『ふふふ、その通りだ。彼等は私の可愛い忠実な子供達だ。必要であれば何人でも生み出すことは可能だ。間もなく、この地も我等ゴール族が支配することとなろう』


「でも思い通りにさせないわよ。もし私達に危害を加えるっていうんなら酷い目に遭うわよ」


『フフフ、ちっぽけな小娘よ。だが見かけによらず妙な術を使う事はお見通しだ。我々に敵うわけがない。回りを見るがいい』


いつの間にかデリア達の周囲にはゴール族の兵士が集まっていた。

洞窟の入り口にもいて、後戻り出来なくなっている。

これでは気風を操る余裕もない。


『もはやこれまでだな。子供達よ。こ奴等を倒せ。ここから一人たりとも生きて帰すな』


ゴール王が命じると、取り囲んだゴール兵が迫って来た。

ダン、アリスが剣を突き出し身構える。

カミュー族の二人も武器を手にしている。入り口付近のゴール兵がデリアとリーラに近づいた。

その時、一人のゴール兵が思いもよらない行動を取った。


『母さんに手を出すな。手を出すと許さんぞ』


そう言いながら、横にいた兵士達に襲いかかった。

予期せぬ攻撃に襲われたゴール兵は手向かいすることなく倒れていった。

兵士達はパニック状態となった。


「今のうちに表に出るのよ」


彼等が同士討ちをしている間に、デリア達は走り出た。


『裏切り者がいるとは信じられん。そいつを早く始末するんだ』

かなりの兵士が傷ついたが、ゴール王が指示すると、ようやく回りの者が裏切った兵士に襲いかかった。

その兵士はあっさりと倒されてしまった。

その間にデリアは開けた場所に移動し、敵の動きを窺った。

他の者もゴール兵士を牽制しながら攻撃に備える。


『とんだ邪魔が入ってしまった。だがお前達の最後であることには変わりはない。覚悟するんだな』


ゴール王が洞窟から表に出て、ゴール兵に指示した。

彼等が一斉に仕掛けてきた。ダン、アリスが必死に食い止めようと剣を振り回す。

リクとカミラも勇敢に立ち向かう。

デリアは中央にあってなかなか気風の狙いを定めきれない。


「キャーッ」


リーラが迫って来たゴール兵に弾き飛ばされた。


「リーラ様!」


ダンが彼女を助けようと近寄ったが、ゴール兵に阻まれる。

アリス達も兵士達を食い止めるのに精一杯であった。

デリア達は囲まれもはや逃げきれないと思われたその時、


「リーラ!」


二頭の馬に乗った男達が接近してきた。

バイブル王とサライで夜を徹して駆けてきたのであった。


「バイブル、助けて!」


リーラが叫ぶとバイブルが馬から降りた。そして、


「許せん」


と言うなり、彼は無意識に両腕を前に突き出した。

更に掛け声と共に気風を放った。

デリア達に肉薄していたゴール兵は予想もしない背後からの攻撃に避けきれず次々と吹き飛ばされていく。その間にサライも機敏に動き、兵士達を倒しながらリーラを助け起こした。


「バイブル、あのゴール王を倒さないと駄目よ。彼が全ての兵士を操っているのよ」


バイブルがデリアの言った方向に目を転じると、ゴール王が成り行きを見守っていた。


『何者だ、お前達は』


彼も二人の突然の出現に戸惑っているようだった。


「わかった。あいつを仕留めてやる」

彼は剣を取り出し、狙いを定める。

そして気を放ちながら剣を投げつけた。

一直線にゴール王に向けて飛んでゆく。

そして、彼の胸に寸分狂わず突き刺さった。

ほんの一瞬の出来事で身をかわすことなど不可能であった。


『ウワー!』

ゴール王は断末魔の悲鳴を上げ崩れ落ちてしまった。

彼の最期であった。

がその時、奇妙なことが起こった。

近くにいた全てのゴール兵が持っていた武器を落とし両手で頭を抱え込んだ。

いずれもゴール王の痛みを感じ取っている様子であった。

もはや戦う意思は無くなっていた。

バイブルがリーラに近寄り無事を確認し労わった。


「恐らくゴール王の植毛が発信機の役割として働き、兵士達の脳に信号を送っていたのだわ。彼等は王の指示通りに動き、私達の行動も兵士達からの信号で王に筒抜けになっていたのに違いないわ。全ての彼の子供達、即ち分身に細工をして彼の意のままになっていたと思うの。このまま放置していたらゴール兵士が増え続けてこの世界は彼等に、いやゴール王に乗っ取られていたはずよ。危なかったわ」


その間全てのゴール兵は放心状態に陥っていた。

頭から手を離してはいたが周囲をキョロキョロ見回している。

どうやら初めて自分達のいるところに気がついたようであった。

その内彼等が呟き始めた。


『ここは違う。俺達の居場所じゃない』

『帰りたい。帰りたい』


全てのゴール族が異口同音に唱えだした。


「彼等は帰りたがっているわ。回りの景色を見て自分達が暮らす星じゃないことに気がついたんだわ」


カミュー族のカミラが同情気味に言った。


「でもどうしたもんでしょうな」


ダンが困惑して口を挟む。


「傍弱無人な彼らでも、こうなってみると可哀そうな気がするわ」


アリスが言うと、彼等の目がデリアに向けられた。

皆答えは彼女にしか出せないと思っていた。


「ちょっと待ってくれる」

そう言いながら彼女は小さな体を左右に動かし、洞窟に向かって行った。

そして倒れているゴール兵の横に屈み込んだ。

それは仲間を裏切った兵士だった。

デリアは彼に声を掛けた。

傷ついてはいたが、まだ意識があった。

彼女はその兵士の手を握った。彼はデリアを目にして微笑む。


「母さん、無事だったか、良かった」


「やっぱりあんたはヤマト」


「そう俺だ、ヤマトだ。すっかり年を食っちまったけどな。ああ、レアに言ってゴール族の姿に変えてもらったんだ。変だろこんな格好で」


「あら、それを言うなら私もだわ。こんな子供の体を借りてしまって」


「ああ、妙な再会になってしまったな。ところで聞いたよレアから。本当は俺が異星獣の光線を浴びて死んでたんだってな。母さんが俺の身代わりになったって。おかしいと思っていたんだ、冷静な母さんが防護服を身につけず異星獣に体当たりしていくなんて。やっぱり俺がドジだったんだな。母さんには悪い事したよ」


「ううん、ちっとも後悔してないわ。むしろ良かったわ。あんたの血を分けた子孫が皆立派に活躍しているもの。それに私は死んだ訳ではないのよ。体は無くなってるけどまだ精神は健在よ」


その時あたりに霧が立ち込めてきた。

リーラ達はそれに気がつき空を見上げた。


「レアに頼んで、ここに連れてきてもらったんだ。母さんがゴール族との戦いでまた苦労しているって聞いて、恩を返そうと思ったんだ。役に立ったかな」


「ああ、お前のお蔭で助かったよ。ゴール族の王も倒すことが出来て、危機は去ったよ。ありがとうヤマト」


霧は更に濃くなり、もはや近くにいる者も見分けが付かなかった。


「これで孫達にも手柄話が出来るな。俺は怪人達をやっつけたって。でも誰も信じないだろうな」


「いいえ、あんたの記憶は子孫達を通じて永遠に残るわ。この世界の危機を救ったって」


あたり一面が暗くなり動くことすら不可能であった。

その大気の変化と同時に、デリアが握ったヤマトの手が軽くなってゆく。


「そうか。それは・・嬉しい・・な・・・」


彼の声は最後まで聞けなかった。

デリアの指先にはヤマトの手の感触がなかった。


「行ってしまったのね、ヤマト」


デリアが見えない相手に囁いた。


 徐々に霧が薄くなってゆく。

日射しが再び照らし始めた。

そして一気に元通りの晴れ間となりすっかり辺りを見通せるようになった。


「彼等はどこにいったんだ」


バイブルが見回すと、全てのゴール兵士は消えていた。

立っていた兵士もヤマトも含め傷ついて倒れていた者も、ゴール王の姿もなかった。

更にカミュー族の二人も消え去っている。

そして不思議なことにあったはずの洞窟がただの岩壁に変わっていた。


「レアが彼等を元いた場所に戻したのだわ。この世界から彼等は帰って行った。もう大丈夫よ」


デリアがそのように説明すると、バイブルが応じた。


「何もかもあなたのお蔭ですデリア。礼を言います。あなたがいなければこの地は彼等に乗っ取られていたでしょう」



「いえ、あなた方が力を合わせゴール族と戦ってくれてこの世界が守られたのだわ。勇敢でした。私は素晴らしい子孫に恵まれてとても嬉しいわ」


「これで元通りになるのね。良かった」


とリーラが言うと、デリアが答えた。


「いいえ、まだ終わってないわ。私も元に戻る時が来たの。バイブル、リーラ、あなた方に娘さんを返します」


「ああ、デリア、私何て言っていいか解らないわ。まだまだあなたに聞きたいことがいっぱいあるのに」


リーラは涙ぐみながらデリアの小さな手を握った。


「いいえ、私は本来この世界に居てはいけないのよ。今までと同様にあなた達で平和で明るい未来を造っていくのよ。でも安心、あなた達なら出来るわ」


「私達は幸せです。いつまでもあなたに会えたことは忘れないでしょう。デリア、皆あなたに感謝していますよ」



バイブルがその様に言うと、リーラをはじめダン、アリス、サライも頷いた。


「さあ、もう時間のようだわ。とても楽しかったわ。さようなら・・」


と言いながらデリアは静かに目を閉じた。

彼女の表情は穏やかそのものであった。

リーラは彼女の手をしっかりと握り締めている。

彼女にとっては大事な娘でもあるのだ。

しばらくしてその顔に変化が見られた。

ゆっくり目尻や口元が崩れていった。

そして見る間に顔全体がくしゃくしゃになった。


「ウエッ、ウエッ」


彼女が泣き始めた。その変化を皆が注目している。


「お父たまやお母たまに・・真赤なお花を・・取ったげようと・・」


その泣き声は娘のタミアそのものであった。


「そちたら・・お池に・・落ちて・・ウエッ、ウエッ」


はっきり娘だと確信し、リーラは嬉し涙を流しながら抱きしめた

「そうなの。ありがとうタミア。でももう大丈夫よ。これからお家に帰りましょうね」


リーラが娘に向かって優しく声を掛ける。

バイブルもその顔に安心して手を添える。

その様子をダン、アリス、サライも微笑みながら見守っていた。













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