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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
22/35

魔獣(エピローグ)

 色とりどりの庭園、樹木、草花が整然と配され、随所に敷き詰められた石組みと池や小川との対比の妙に目が奪われる。

自然を模した森、小高い丘や芝生も見られ、辺りには餌や蜜を求めて小鳥や蝶が飛び回っている。

左右の景色を眺めながら、砂利道に沿って歩いていけば、格好の憩いの一時を味わうことだろう。

その道を一方向に辿ると、園内奥に建てられた煉瓦造りの大きな館に行き着く。

三階立ての横長の建物は、正面の石段を登ると金箔の取っ手が装着された重厚で幅の広い扉が建物の入り口で、上の階にはベランダが据え付けられた窓が何箇所かに見られ、部屋から外の景色を堪能出来るような造りになっている。まさしく豪華な景観の所有者に相応しい住居であった。


 折りしも館横の勝手口からであろうか、四歳位の幼女が飛び出してきた。

歩く姿は覚束なく無邪気で天真爛漫な様子。

含み笑いをしながら木々の生い茂った園内を目指す。


「ウフフ、ここまで来れば見付からないもん」


どうやらかくれんぼ遊びに夢中のようだ。隠れ場所を捜しに屋敷の外に出てきたのであろう。

キョロキョロと周りを見回しながら小走りに進む。


「どこかいいところないかなあ」


広い敷地で様々な植物、造形物が配置され、なかなか満足する場所が決まらない。

簡単には見付けられないように、ワクワクしながら遊び相手の鼻を明かそうとついつい欲が出る。

徐々に館から遠ざかっていく。

そして園内中央に位置する蓮池の側まで来た時、幼女の視線が珍しいものの上で止まった。それはキラキラ輝く真赤な花であった。


「まあ、ちれい!」


彼女にとって、今まで見た事のない美しい色の花弁が揺れている。

丁度池のほとりの足場が板敷きになっている一角にあった。

彼女の関心がその花に集中する。


「あれを取って、お父たま、お母たまにあげよっと」


水辺であるが池の上に掛けられた木橋から手を伸ばせば、取れないことはなかった。

彼女は徐々に近づく。

そして板敷の上を進み、真下に水面が見下ろせる場所まで来た。

けれども幼女には真紅の花弁しか目に入らなかった。手の届く場所まで近寄る。

それは幼女を魅了し誘う。

花を摘もうと木橋の先端で体を傾け腕を伸ばす。

もう少し。もう少し。



微かに幼女を呼ぶ声が聞こえる。


「タミア様、タミア様!」


「お譲様、お譲様!」


館から幼女のお相手であろう二人の侍女が現れた。どうやらこの館の主の娘を捜しているようだ。


「いったい何処に行かれたのかしら。お外に出られることはないと思うけど」


「でも間違いないわ。少し扉が開いていたもの。お部屋の隠れ場所は隅々まで捜したわ。でも見付からなかった。あとはお外としか考えられないもの」


二人とも困惑の態である。


「お嬢様、降参しました。出てらっしゃい」


「タミア様、私たち負けましたわ。どこにお隠れですか?」


迷いながらも園内を手分けして当たることにした。

だが広い庭であるため、とりあえず幼女の足で行けそうな心当たりを捜すことにする。

幼女の名前を呼び掛けながら徐々に館から離れて行く。


「いくらなんでもここまで来られないと思うけど」


侍女の一人が蓮池の辺に至った。

茂みの陰や木、柵の周りを見回す。


「タミア様、いらっしゃいますか」

この場所にも姿が見えないと諦め、他を当たろうと移動し始めた時、池の水面に浮かぶ物が目に入った。


「何でしょう。あれはいったい?」


彼女は好奇に駆られて少しづつ近づく。

そしてその輪郭が徐々に見え始め、恐るべき不安が頭を過ぎった。


「まさか・・そ、そんな筈はないわ」


と自分に言い聞かせながら、更に確認出来る場所まで辿り着いた。

まさしく彼女の予感が的中。その物の姿が明らかになり、彼女の体が硬直した。

最悪の事態に頭が麻痺する。

が、次の瞬間に彼女の口から悲鳴がほとばしった。


「キャアー、誰か、誰か来て!」


もはや冷静さも心得もかなぐり捨て、興奮状態で泣き叫ぶ。


「誰か!、王女様、王女様があ!」


その声は広大な庭園に響き渡った。

彼女が見た池の淵には、幼女の体がうつ伏せの状態で浮かんでいた。

ただ、不思議な事に幼女が手に取ろうとした赤い花はその周辺から消えていた。



 部屋の外から人々のすすり泣く声が聞こえてくる。

複数の女性が嗚咽を漏らして何やら重苦しい空気に包まれていた。

いずれも心からの悲しみ絶え間のない嘆きが扉を挟んで伝わってくる。

時折ひそひそと交わす男女の声が混ざる。


(何てことだ、まさかこんなことになるなんて・・)


(お二人とも、お嘆きになることは間違いないわ。あれほど可愛がっておられたのだから)


(それは皆同じ気持ちよ。あんなに愛らしいタミア様が、いまだに信じられないわ)


(あの侍女達も気の毒に重い裁きを受けることになるだろうな)


(それは当然さ。お二人にとって最も大切な子を亡くされたのだから、厳罰が言い渡されるに違いないよ)


(私達も同罪よ。お留守の無事を守れなかったのだから)


(いずれにせよ大変なことになったな。お二人にはどのようにお伝えしているのかな)


(とりあえず事故に遭われたとだけにするそうだわ。もうこちらに向かわれているはずだわ)


(ああ何てことだ。いきなりあのタミア様のお姿を目にして、どう思われることやら・・)


洩れ聞こえてくる会話はお互い深刻で疑いに満ちていた。



室内の床面は入り口から奥に絨毯が敷き詰められている。

中央に寝台がありその上に幼女が仰向けに寝かされていた。

周囲には何体かの燈火が設置されていて、その明かりが彼女の顔を照らしている。

可憐であどけない容貌は青白く息が無かった。

傍らには机があり、一輪差しの清楚な花が飾られ、幼女愛用の玩具類や熊の人形が置かれている。

室内は彼女の安らかな眠りを妨げぬように静寂そのものであった。


その時反対側の窓が不意に開きカーテンが揺れ、外から一陣の風が吹き込んできた。

一瞬燈火が消えかかり、室内の布や飾りが波打つ。

そして机の上の熊の人形が左右に動き出した。

カタカタと音をさせながら、しばらくその緩慢な動きを繰り返す。

やがて口も上下に動き出す。と同時に声を発し始めた。


『デリア、デリア、起きて下さい。デリア』


口の動きは開け閉めだけだが、言葉ははっきりとしている。


『デリア、目を覚まして下さい。デリア』


その声に呼応して、今度は寝台の亡くなったはずの幼女の目が突然開いた。

しばらく瞳の焦点を宙に向けたままでいたが、意識が戻りやにわに起き上がる。


「頭が痛い!」


声は幼いがはっきりと聞き取れる。


『大丈夫ですデリア。すぐに慣れますから』


両手で頭を抱えた幼女は、少しづつ落ち着きを取り戻した。


「私を呼ぶのは誰?、ここは何処なの?」


『お目覚めですかデリア、しばらくですね』


この光景を気の弱い人が見れば、腰を抜かすに違いない。

熊の人形と死んだはずの幼女が会話しているのである。


「その声はレア、いえ創造者ね。思い出したわ。でも一体どうして、私は消滅したはずよ」


『レアで結構ですよ。私があなたを蘇らせたのです。気分はいかがですか?』


デリアと呼ばれた幼女は自分の小さな両手をまじまじと観察した。


「まあ、何てことでしょう。この子は誰なの。私は誰に乗り移ったの?」


幼女は問い掛けながら、部屋の隅にある等身大の鏡のある場所まで行こうとした。

ところが床まで脚が届かず苦労しながら寝台から降りて、覚束ない足取りで歩き始めた。


『もちろんあなたの子孫の一人ですよ。名前はタミアでギリア国の国王夫妻の一人娘です』


「今ギリアと言ったわね。あの洞窟に閉じ込められていたあのギリアのこと?」


『そうです。あなたが能力を授けたギリアが国を興し、現国王のバイブルはそのひ孫にあたります。そしてバイブル王等が最後の異星獣を倒しました』


「まあ、それは良かった。とうとうやったのね、ほっとしたわ」


ようやく鏡の前に辿り着き全身を目にした。


「まだ幼い子供じゃない。でも一体どうしてこの娘に乗り移る必要があったの?」


『その娘はバイブル王と隣国のリーラ王女が結婚して二人の間に出来た子供です。今の時点であなたを蘇らせる生体はその子しかなかったのです。この世界にまた新たな敵が現れたのです。相手は強力で現在の人間達の力量では勝ち目がなく、どうしてもあなたに復活してもらわねばなりませんでした』


「でも変だわ。この娘の自我を全く感じないわ」


一瞬迷いが生じたようで、返答に間が置かれた。


『その子は両親の留守中に侍女と遊んでいた際、庭園内の池に誤って落ちてしまい溺れて亡くなってしまいました。大変気の毒だったのですが、偶然その事情を知った私は急遽あなたの魂を呼び出してこの子の脳組織に移したのです。死後時間を経ると無理なのですが、辛うじて間に合いました。ほら、この部屋の外から人々の声が聞こえるでしょう。皆この子の死を悲しんでいて、急を知った両親もこちらに向かっている最中ですよ』


耳を澄ましてみるとすすり泣く声やひそひそ話しが聞こえてくる。


「嘘だわ」


『え、今何と言われました?』


デリアの言葉に戸惑いながら聞き返した。


「事故なんかではないわ。全てあなたが仕組んだことよ。この子を池に誘導して溺れさせること位あなたにとっては簡単なことよ。私を呼び出すために」


『いえ、そんなことはない。偶発的な出来事だったのです』


思いがけない指摘に少々歯切れが悪いようだ。


「騙されないわよ。私が被害者だったから解るの。あなたのおかげで酷い目にあったわ。戻しなさい。この娘の人格をこの体に戻すのよ。あなたなら出来るはずよ」


『わ、わかりました。デリアあなたがそれほどまでに言うなら、大変難しいことなのですが何とかしましょう。けれどもこの事態を放置するとこの地は敵に蹂躙され破滅してしまいます。解決次第この娘を元に戻すと約束します。おっと、そうこうする内に両親がこの館に到着した模様です。間もなく二人は娘のタミア、つまりあなたとご対面です』


「あら、それは困るわ。私は一体どうすればいいの?」


『デリアいきなりあなたが話しかけると二人とも困惑するでしょう。とりあえず自然に振舞うことです。ではまた別の機会にお会いしましょう』


と言いながら熊の人形は口を閉じた。


「ちょっと待ってよ。あーあ、何でこんな目に遭わなきゃならないの」


デリアはブツブツ言いながら耳を傾けると、外はやにわに騒がしくなった。

玄関先に馬を乗り入れる気配。

と同時に人々のどよめく声が聞こえる。


(殿下、リーラ様、大変申し訳ございません)


一人が声を発するや、他の者もひたすら恐縮している様子が窺える。


(一体どういうことだ。タミアは無事か、今どこにいる?)


(いえ、全力でご介抱致しましたがその甲斐なくお亡くなりに・・)


(何、池に落ちる事故があったとしか聞いてないぞ。どうしてそんな事になるんだ)


(ああ!、タミア!)


王妃であろう女性の悲鳴が聞こえてきた。


(リーラ、大丈夫か。君は少し休んだほうがいい)


(お詫びの申し上げようもありません。タミア様は子供部屋にお寝かせしております)


同時に部屋に近づいてくる足音が耳に入った。


(待ってバイブル私も行くわ。私の娘よ。会ってやらないといけないわ)


(そうか、じゃあ一緒に行こうリーラ)


しばらくして二人が部屋の前で立ち止まる気配がした。

ノブが回る音。そして扉が開く。

入り口から光が差し込み、二人の男女の悲しみに満ちた顔が現れた。

それに対してデリアは精一杯の笑顔で迎えた。

息の詰まる無言の喘ぎも束の間で、みるみる二人の表情が一転し、喜びに溢れる。


「まあタミア、無事だったのね」


「冗談にもほどがある。一体全体娘の何を見てたんだ!」


怒りの声にも安堵の色が混ざる。

リーラ妃が娘即ちデリアに駆け寄り抱きかかえた。嬉し涙がデリアの顔に振りかかる。

バイブル王が手を伸ばす。

くすぐったい思いで表を見ると、入り口に群がる不思議そうな顔をした人々が見えた。


「愛してるわタミア。本当によかった」


タミア即ちデリアは温かい抱擁と祝福を受けたが、一方でどのように二人に説明したものか当惑していた。




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