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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
16/35

死獄(四)

 死獄(四)


挿絵(By みてみん)


この宣告に市民達は一様に青ざめ色を失って、辺りは静寂に包まれてしまった。


「火刑」


それも公開での生きながらの極刑との沙汰に、身の毛のよだつ思いを禁じ得ない。今、改めてザボン王の冷酷非情さを身に染みて感じたのである。


「よし、かかれ!」


軍務官の命で、両側に挟まれたスーシャは一歩一歩、急造の階段を木柱まで登り始めた。

そして、台上に達してから、彼女は市民達の方を向かされて、柱に胸と足を縄で固定された。

彼女は抗い何か言おうともがく。

しかし無駄であった。やがて彼女は市民達を直視して、その一人一人に向けて心の中で、


『戦うのよ。私はどうなろうと平気よ。皆と力を合わせてガルガナと戦うのよ』


と叫んでいた。

空席もなく埋まった場内は、次第に助けを求める声、嘆き悲しむ声が大きくなった。

それに伴って、周囲の兵達は一層の警戒態勢に入る。


「もう俺は我慢ならん。俺達だけでも奴等に一矢報いてやる。行くぞサルファイ」


「待て、待つんだシリウス。今に合図がある。それまで皆を押さえるんだ」


ザイアスは必死で諌める。


「だが、このままではスーシャが焼き殺されてしまう。俺達男どもがこのまま指を咥えて眺めてるだけでいいのか。それとも何か救い出す策があるのか?」


「いや、わからん俺にも。だがその男から厳重に戒められている。暴発するなら市民達皆が一斉に立ち上がり、戦わなければ勝てないと。俺はその言葉を信じる。現に俺達もあのパルサから解放された。辛抱しろシリウス」


と説得するザイアスも苦渋に満ちていた。




『立ち上がるのよ、皆いったいどうしたの。今しかチャンスはないわ』


スーシャは市民達を見回しながら声なき声を発していた。

だが、彼等は目を見張り、悲嘆に暮れるのみで誰一人動こうとはしなかった。というのは、スーシャからやや離れた位置に、万が一の場合に備えて、狙撃兵が弓矢を構え待機していたからである。

更に、彼等の周囲にパルサからの応援兵が配備され、一層監視の目が厚くなっていた。


「どうだ、市民達の様子は?」


控えの間でザボン王はザイムに尋ねた。


「は!、彼等は大人しく舞台上の成り行きを見守っております。兵士達が幾重にも守りを固めており、手も足も出せない状態で従順そのものです。我々に楯突く空しさを感じている模様です」


「よし、予定通り刑を執行するのだ。もう二度と反抗する気を起こさせない為に」


王はあくまでその意志を変えようとはしなかった。全てが自分の思いのままに物事が運ばないことに我慢がならなかったのである。

王からの伝令を受け取った軍務官はやや面を引き締め部下に合図を送った。

兵達は敏速に木柱の周りに散らばり、敷かれている燃え木に点火し始めた。

乾燥質だけに火の回りは速い。徐々に近くの枝木の束に燃え移っていく。

スーシャは周囲の赤々とした火の帯を前にして、はっきりと観念し目を塞いだ。

そこには、死の恐怖というより、殉教者の境地が見られた。


『私は死ぬんだわ。私もすぐにお父様の元に行くわ。待ってて』


炎は更に広がりを増している。絶望の中で彼女は続けた。


『ジュラ、サドニスご免なさい。あなた達の最後を伝えられなかった。私の多くの友人、仲間達。そしてバイカル、ロモ、それと・・』


とそこまできて、ある名前を思い出し急にためらいを感じた。そして彼女になぜか説明の出来ないかすかな希望がふと蘇ったのである。


だが、市民達、いや兵士達ですらこのおぞましい光景を正視出来なかった。

誰もが悪夢を見ている心境であった。

その時、前列の監視兵が一人、突然舞台の上に上がり始めた。

それを目撃した部隊長は、隊列を無断で離れぬよう注意した。しかし、その男は耳を貸すことなくどんどん登り、火が燃え移りつつある壇上の正面に立った。

そして彼は煙に苦しみもがいているスーシャに声を掛けた。


「スーシャ、まだ死ぬのは早いぞ」


彼女にその声ははっきりと聞き覚えがあった。再び目を開ける。

陽炎のゆらめく最中にぼんやりとその姿が見られた。

彼女にはそれが誰であるのかすぐに識別出来た。


『ギリア、来てくれたのねギリア!』


と相手を必死に見返し、胸を弾ませて叫んでいた。


その様子を見て、周囲のガルガナ兵が騒ぎ出した。軍務官は慌てて指示する。


「そこに近づくことは許さん。その男を引きずり降ろせ」


監視兵が数人近づこうとした。

が、その瞬間、配置に付いていたパルサからの応援兵士がそれを妨害し、乱闘が始まった。軍務官は泡を食う。


「何者だ、お前達は。命令に従え。でないと容赦せんぞ」


と絶叫したが何の効果もない。


「今、助けてやるスーシャ」


男は冑を脱ぎ、その顔が見えるようにした。


『おお、やっぱりあなたなのねギリア』


彼女は目に涙を溜めながら、顔一杯に喜びを表した。


「目をつぶっているんだスーシャ」


と伝えた後、市民達の方に向き直った。

そして彼等にあらん限りの大声で名を告げた。

「俺はバンガルのギリアだ。パルサから仲間達と共に、ガルガナを倒す為にやって来た。今こそ立ち上がるんだ。市民達よ」


と言いつつ彼は両手を結び、力強く握り締めた。

争いから抜け出した敵兵がギリアに迫って来る。

だが、彼はその場を一歩も動こうとせず精神集中し、念じ始めた。


「闇よ、俺に力を与えよ。今こそ力を」


すると、周囲の空気がリギアの方に動き集まり出した。その微妙な大気の変化に兵達は思わず怯み立ち止まる。

その大気の塊は風となり舞い始めた。

更に風流は強さを増し、彼等を吹き倒してしまう。

一方で風の渦は舞台を直撃、巻き込まれた兵士はひとたまりもなく飛ばされ、燃え上がっている枯れ木、枝の束も炎と共に空中に舞い上がる。

スーシャは思い切り目をつぶり突風に耐えている。

この現象に市民達、ガルガナ兵、そして剣を交えた者達もその手を止め、驚嘆の眼差しでしばらく見詰めていた。

舞台周辺の兵士、軍務官等も這這の体でその場を離れ、難を避ける。辺りの物がほとんど、炎も含め飛散している。

ようやく風の勢いが弱まりだし、静けさを取り戻した時、そこにはスーシャが縛られている木柱以外の物は全て、名残を止めていなかった。

場内に居る者誰もが、信じられない情景を見た思いであった。


「奇跡だ!」


と皆が我が目を疑い、その内の誰かがすかさず声を張り上げる。


「神が我々に味方された。ガルガナを葬れと」


更に市民のアピールが続く。


「そうだ今こそ取り戻すんだ。栄光あるリーマを」


その言葉を契機に、市民達の覇気が高揚。


「リーマ、リーマ」


と口々に連呼しながら正面舞台に向かって殺到する。鉄線は外され、防御柵が破壊されていく。

その中にはサルファイがシリウスがザイアスがそしてモロイもいた。

もともと数の上で勝る市民達は、もはやガルガナの武装力、威圧感など無に等しかった。兵達は態勢を立て直そうとあがいたが、次々と襲って来る暴動市民の前では、その刃から身を守るだけでもやっとの有様であった。

観劇場の至る所で双方が争う光景が見られる。そこには抑圧された市民達の自由と開放への切実な願望が満ち溢れていた。




「いったい何事が起こったんだ。兵達は何をしておる」


ザボン王はこの惨状を耳にし、重臣達に怒りをぶつけた。


「は、はい。どうやらパルサからの応援兵士は、囚人達の偽装であった模様です。壇上に現れたバンガル人が奴等を率いて来たと思われ、又、鉱山から脱走させた張本人ではないかと・・」


「馬鹿者、奴等を鎮めろ、殺せ、徹底的に痛めつけろ!」


と言う王は、もはや冷静さを欠き、興奮状態にあった。争いはこの部屋の近くまで迫って来ている。

その時、伝令兵士が駆け込み報告した。


「ただ今、本国の増援軍から連絡が届きました。こちらへの進軍途中でバンガルの軍兵に待ち伏せされ現在戦闘になっております。又我が軍のバンガル人の多数がそれに呼応し、軍内部は混乱状態に陥っております」


「何、バンガル人が、奴等裏切りおって」


再びバンガルの名が出たことで怒りを爆発させた。


「奴等め、この報復があるのを承知の上での仕業か」


宰相ザイムは感情を抑え、必死に王を諌め進言。

「殿下、ここはもう危険です。一旦本国に戻り再起を図るのが得策かと・・」


ザボン王は憤懣やる方のない思いではあったが、八方塞がりの状況にあるのを認めざるを得なかった。


「分かった、だがバンガルの奴等、決して許さん。まず本国の人質を血祭りに挙げてやる」


その底意には相変わらずの狂気が見られた。




ガルガナからリーマ都市への北に向かう街道、多くの武器を手にした人々が群れをなし行軍していた。

彼等の服装はまちまちでガルガナ軍装の者、バンガル軍服、或いは平服に皮衣を羽織った者達が混在している。

彼等はガルガナの増援軍を撃退した後、軍内のバンガル人を吸収し、一転リーマに歩を進めていたのである。

その先頭にはギリアの父親であるバイカルが居た。彼等の全てが、その共通の敵との戦いを目的とし、満を持していた。

しばらくして、前方からガルガナの部隊が幌付きの馬車を守りながら進んで来た。

バイカルは即座に戦闘準備を指示、その部隊に向かって全軍を進める。

数の上でも、兵達の士気の面でも上回るバンガル勢は、彼等をあっさりと包囲してしまう。

とても敵わぬと判断したガルガナ兵は、自発的に武器を捨て降参してしまった。


「どう見るバイカル。彼等はリーマからの敗残兵のようだが」


とモロダイが聞いた。


「どうやら我々の出番はなくなったようだな。その馬車の主を引き出せ」


彼は仲間に指示。

馬車からは顔を引きつらせた男達が、無理矢理連れ出された。その中にはザイムを始めガルガナの重臣達がいる。

そして一番最後に険しい顔付きのザボン王その人が現れた。


「お前はザボン!」


その唐突な出現に、モロダイは驚いた。彼は以前にザボン王がバンガルに凱旋した時、その姿を憎しみの気持ちで目に焼き付けていたのだ。

ザイム、高官達はひたすら服従の意を表したが、王の傲岸さに変化はなかった。


「確かに私はガルガナ、バンガル共通の統治者ザボンである」


と彼等を見据えて言った。バンガルの隊士が近寄ろうとするのを、


「無礼者、私に触れるな」


と叱り付け、あくまで強気であった。

そして彼等のリーダーと見られたバイカルに向かって言い放つ。


「命令だ。私をガルガナに連れて行くんだ。もし私に逆らえばお前達バンガルの妻子は無事では済まぬ。犠牲者が出ると思え」


人質を盾に彼等を脅した。多くの隊士がこの言葉にたじろぎ、不安が脳裡を掠める。誰もがガルガナに連れ去られた家族の安全を願っていた。

この期に及んでも、ザボン王は傲慢で高圧的な態度を変えようとはしなかった。

だが、バイカルは少しも動ぜず、王を見下ろし言い返した。


「黙るがよいザボンよ。もし我々の家族に指一本でも触れたならば、お前達ガルガナの民はこの地から一人残らず葬り去られるであろう」


その言葉は勝者の自信に溢れていた。




ミズレ市の霊安所の一室、一人の男が安置された亡骸に向かって頭を垂れていた。

彼の頬は涙で濡れ、唇が小刻みに震えている。外見から、後悔と謝罪を繰り返している感があった。

背後の扉が開き、足音が徐々に近づいて来る。


「やっぱりここだったわねギリア」


スーシャは優しく声を掛けた。

そして彼女は静かに横に並び、前の二人の冥福を祈った。


「サドニスとジュラは最後まで私を庇ってくれた。私をガルガナの手から逃そうと。でも、私は父の側を離れることは出来なかった。そのせいで二人は戦い死んでいったのよ」


と彼女は絶句した。


「違うんだ、兄達をこのような目に合わせたのは俺だ。親父と共に十年もの間、家族と引き離され山中で苦しまねばならなかったんだ。俺に面と向かって言わなかったが、さぞ心外で恨みに思っていただろう。それが、こんな形で許しを請うことになろうとは」


ギリアは涙にむせんだ。


「でも最後に二人は言ってたわ。あなたやバイカルさんに勇者だったと伝えてほしいと。そして私達の心に名誉ある壮烈な戦士として一生名が刻み込まれるわ。もちろんギリア、あなたは今リーマ都市を救った英雄よ。皆があなたを待ってるわ」


ギリアは首を強く横に振り、目を伏せて答える。


「いや、俺はソロンの言った通りに行動しただけだ。それに市民達を立ち上がらせたのは、君の勇気と彼等のリーマに対する深い愛着だ。俺は単にそのきっかけを作ったにすぎない。もう俺の役目は終わった。兄達を引き取って出て行くよ」


その言葉にスーシャは困惑した。彼女はむしろギリアをリーマ都市の救世主として市民にアピールしたかったのである。


「でもギリア、あなたは私の為に命を掛けてくれた。パルサから多くの市民達を解放したのはあなただわ。あなたこそ皆の祝福を受けるべきよ」


「いや、俺にはその資格はないんだスーシャ。国で罪を犯し獄につながれた人間だ。そんな俺でも君らの役に立ったんだ。それだけでも充分満足だよ」


彼は物静かな口調で断った。

けれどもスーシャは諦めずに説得を続ける。


「じゃあ本当の理由を話すわ。このリーマからガルガナを追い出したといっても、またどのような形で侵略を受けるか、内乱が起こるか誰にも解らない。父が苦労して築き上げた新興都市国家も、まだ基盤が脆弱で、各都市の利害も必ずしも一致していない状態なの。生前の父も日頃その事を心配していたし、今回の事態もある程度予想していたわ。今私達はその意志を引き継いで、侵略され荒らされたリーマを再建しなければならない。でも父をはじめ多くの指導者を失って、復興を成し遂げる為には、戦乱の危険を出来るだけ取り除かなければならないのよ。だから、これからのリーマには、市民が安心して都市を託せる、皆から信頼を得た人間が必要なの。ソロンの子として私には知名度があり、責任感も強いと思われてるの。でもとても私には自信がない。ギリア、あなたならそれは可能よ。そして皆が期待しているわ。お願い。私達と一緒にこの国を助けて」


「スーシャ、君は俺を買い被りすぎている。それに俺はバンガル人だ。おまけに罪人であった事を市民が知れば俺に対する考えも改めるだろう」


「それは違うわ。このリーマは多くの独立した都市の集合体よ。バンガルも同胞と見るべきよ。それに昔はどうあれ、今のあなたは市民から感謝され待望されているのよ。それにバイカルさんが言ってた。もう充分罪の償いを果たしていると」


スーシャはあくまで彼を励まし勇気づけた。

しかしギリアは深刻な表情で彼女を見返した。そこには自責の念に苦悩する男の姿があった。そして溜息をつき再び語りだす。


「それほど言うんならスーシャ、君にだけには事実を明らかにしよう。この話を聞けば君も俺から離れて行くに違いない。俺にはまだこれから対決しなければならない相手がいるんだ」


スーシャは不思議そうに聞き返す。


「誰?、それはいったい。またガルガナが復活するというの」


「いや、そうじゃない。恐らくザボン以上に残忍で強大な敵だろう」


「恐らくって、あなたもその相手を知らないの?」


スーシャはますますわからなくなった。


「俺は十年前に、バンガルの皇太子達に蔑まれ、恥かしめを受けた時、猛烈に憎しみを覚えた。彼等を許せなく思い、怒りではらわたが煮えくり返った。もはや我慢の限界を超え、身分も自分の立場も頭から消え去り腕力で挑み掛かろうとした。もちろん相手は六人、おまけに剣を携えていて、とても敵うわけがないはずだった。が、その時、得体の知れない力が体の内部から湧き上がってくるのを感じた。そして無意識に腕を身構えて彼等に向かって突き出していた。するとその瞬間、彼等は俺の前から吹き飛んでいった。あっという間の出来事で皆俺の目の前に倒れ伏してしまった。そして皇太子が死亡し、俺が死獄に閉じ込められ、親父達が謹慎、十年もの間、追放の処分を受けた経緯は以前説明があった通りだ。


俺は死罪になるのが当然だったが王のお情けで死獄に幽閉されることになり、親父達と十年間罪滅ぼしのため生き抜く約束をした。けれども牢に入れられてからすぐに、その約束が不可能だと知った。回りを見廻したが、周囲は岩壁に覆われていてその裂け目から水が流れ込んでいた。数体の人骨が流れ込んだ水で発色しているのが、暗闇の中で唯一の灯りだった。もちろん食べる物などどこを探してもなかったし、牢内は冷え冷えとしていた。それでも数日は水と岩にこびり付いた苔を無理矢理口にして飢えを凌いだが、無駄な試みだと悟るのに時間はかからなかった。日に日に体力が衰えていく。もはや地に伏す人骨達と同じ運命になるのは間違いない。すっかり覚悟し衰弱した身を横たえてその日の来るのを待った。そして生と死の淵を行き来しながら何日か過ぎ、ある日俺の前にそれが現れた」


『ギリア・・ギリア・・』


何者かが彼の名を呼んでいる。恐らく幻聴であろう、夢うつつで死を迎えようとしている自分への幽界からの誘いの声に思える。

『ギリア、ギリア、起きなさい、ギリア』


今度ははっきりと彼の耳にその声が聞こえた。それは女性で頭の片隅で記憶する懐かしい響きを伴っていた。

けれども母親でも彼の知っている誰でも無さそうである。


『ギリア、目を覚ましなさい。そして正面の壁を見るのです』


その声が命ずるままに薄目をしょぼつかせ、前方を眺める位置まで首をゆっくり振りながら傾ける。すると暗闇に薄っすらと明滅する像が浮かんでいた。

よく見るとそれは人の姿のようであった。


「お、お前は何者だ・・」


彼は唇を震わせながら揺れ動く影に向かって質問した。


『ホホホ、大変な目に遭ってるわね。私はデリア、あなたの祖先よ。そしてあなたにリーマを通じて特殊な力を授けたのも私』


「お、俺の祖先、特殊な力、一体何のことだ?・・俺は夢を見ているのか?」


『夢なんかでないわ。これは現実よ。私はリーマの子孫の何代目かが能力に目覚めるようデータ入力したの。それに合わせて私の精神エネルギー体が一時的に蘇るよう設定したのだけど、少し遅すぎたようね。まさかあなたがこのような境遇にあるとは思ってもみなかったわね』


見え隠れする影とは反対に、その声は一語一語はっきりと彼の頭に伝わってくる。

その戸惑いを察知したように語りかけてきた。


『そうね、驚くのも無理はないわね。私の声はあなたの脳細胞の一部から発信しているの。そしてあなたがここに閉じ込められた経緯も記憶中枢を走査して納得したわ。まさか子供相手に能力が使用されようとは思わなかった。私にも責任はあるけど犯した罪は償わなければならない。十年間は長いけど約束した通りここで謹慎している以外ないわね。まだ充分間に合う、あなたの家族が迎えに来るまで待つのよ。でもここから出られたら与えられた使命に取り組んでほしいの。いえ、あなたに成し遂げてもらわないと困るのよ』


「使命?一体全体なんのことだ。それに今の俺に何が出来ると言うんだ」


その言葉は不明瞭なものであったが即返答があった。


『私達が戦い辺境に封じ込めた異星獣。完全に葬り去ったわけではなく少しずつ蘇ろうとしている。もし地に放たれ放置すればこの惑星の生ある物全てが死滅するわ。その前に息の根を止めなくてはならない。それを果たすのがギリア、あなたの役目よ。危険で極めて困難な任務であることは百も承知。でも私の子孫であるあなたしか出来る人間はいないのよ』


その話は彼にとって途方も無く異なる次元の内容であった。けれども知識も見聞もないはずの事柄を自然と心に受け止めることが出来た。


「けれども俺はもう衰弱し切っていて体が保たない。食べる物が何もないここでは生きていけないじゃないか」


『わかったわ。では私の言う通りにするのよ。あなたの髪の毛を抜いて湿った土の中に植えるの。一日経つと実が生るから口にするのよ。ひもじくなったり、体調が悪くなったら食べるといいわ。回復するから。それは私達が栄養補給用に調合した固形食で、遺伝子に組み込んで生成出来るように操作したの。そして元気になったらリギア、あなたに伝えた能力を自由に操る方法を教えるわ。それは異星獣と対決する時に必要となる武器よ。相手はその力無くして戦えない強大な敵なのよ』


「一体どうしてそんなことに・・、それとどうして俺がその役目を果たさなくちゃあならないんだ」


『そうね、これからその理由を説明するわ。でも約束して。あなたの得た力は私達の共通の敵を倒す目的で使うことを。そして何としても勝たなければならないの。敗れることはこの世の終わりを意味するから。それが出来るのはギリア、あなただけなのよ』



「そして俺は彼女の言う通り髪の毛を抜き、柔らかい地面に埋めた。すると驚くべき事に一日で芽が出て茎が伸び、豆のような実が生った。一粒口にするだけで体力は回復してしまった。それは毛さえあれば必要なだけ採れ、俺の空腹を満たし身体に活力を与える魔法のような食べ物だった」


彼はその実を懐から取り出しスーシャに見せた。


「ただ残念なことに、これは俺だけにしか効き目が無かった。ソロンを始め俺の後に入ってきた人達に食べさせたが全く効果はなかった。彼等が痩せ衰え死んでいくのを指を咥えて見ている以外なかったんだ。何度も悲惨な光景を目にしながらも、俺は断腸の思いで持ちこたえ生き長らえた。ただ不思議なことに彼女は二回しか現れなかったが、その時説明のあった特殊能力を操る方法や、将来対決しなければならない敵に関する知識は頭からこびり付いて離れないんだ。死獄で生き残った理由は、今後遭遇する強大な敵に背を向けることは許されないし、俺に課せられた使命として、その災厄に立ち向かうことなんだ」


ギリアは悲痛な体験を思い出しながらようやく語り終えた。その間スーシャは沈黙を続けていたが、超現実的な内容にも関わらず驚いた様子はなかった。


「それで分かったわ、私達とあなた方親兄弟との出会いが、決して偶然では無かったことを。いいえ、むしろ運命的な出会いだったのだわ」


リギアは彼女の感想に意表をつかれた。


「そ、それはどういうこと?」


「私、以前に父から聞いたことがあるの。祖先の言い伝えで私達リーマの子孫の誰かが特別の能力を授かり、そしてその力を使ってこの世界と人々を救うって話を。作り話とばかり思っていたけど事実だったんだわ」


「じゃあ君と俺は」


「そう、私達血が繋がっているのよ。それで納得したわ。私が雪山で遭難した時にあなたのお父さんやお兄さん達が突然現れ助けてくれた事。父ソロンとあなたが死獄でめぐり会ったのも決して偶然ではなかったのだわ」


彼女は更に慎重に言葉を選びながら続けた。


「そうよ、あなたの体験や今回の悲劇も全て見えない糸で繋がっているのだわ。だから私達を巻き込むことを悩む必要なんかない。たとえその闇の主がこの世に存在する神であると仮定したら、今度の戦乱も、私達の辛い体験も、それは行き過ぎた栄華、欲望への私達に対する警告だと思うの。つまり、私達全てに課せられた試練なのよ。だから、これから先困難な問題に直面したとしても、あなただけが苦しむのではなく、皆の知恵を集めて解決すべきだと思うわ。」


「ありがとうスーシャ、君は優しいんだね。だが俺の前には、いつ、どのような敵が姿を現すのか予測もつかない。周りの者全てが危険にさらされる怖れがある」


「その時は真っ先に私も戦うわ。それは私に対する試練でもあるのよ。私が木柱に縛られ、もはやこれまでと覚悟を決めた時、誰かが私に囁いたの。それは不思議な声だった。でもはっきりした言葉でギリア、あなたが助けに来てくれると、必ず来てくれると。私は信じた。そして炎の向こうにあなたの顔が現れたの。もし、あなたが闇の主に操られているのなら、それは私も同じよ。私にもその意志が働いたのだわ」


彼女は固い絆で結ばれた仲間同士であることを強調したが、次第にギリアに惹かれている自分を感じた。


「スーシャ君は・・」


ギリアは彼女の気を揉む様子に、少々たじろいだ。



その時、シリウスを先頭に三人の市民が入って来た。


「スーシャ、捜したんだぞ。それにあなたはギリア」


「どうしたのシリウス?」


「ザボンが捕まった。今、バンガルの軍団が途中で捕虜にしたガルガナ兵を伴ってリーマ市内に入ったところだ。その中にザボンをはじめガルガナの重臣達が含まれていた。とりあえず、見張りを厳重にして拘束、監禁したが、市民は大喜びで早速奴等を我々にしたと同様の公開処刑にせよと騒いでいるんだ」


「そう、それは良かったわ」


スーシャは喜びを表しながらも、すぐに冷静さを取り戻し言った。


「でも公開での死刑はいけないわ。そんなことをしては、ガルガナがやった野蛮で残忍な行為と同じ結果になってしまうわ」


「だが、市民達は興奮している。サルファイ、ザイアス達が必死で抑えているが、誰も言う事を聞きそうもない。彼等の怒りは強硬で止めるのも危険な状態だ」


「何としても止めさせないといけないわ。ザボン達は公正な裁きで処罰すべきなのよ。でなければ、このリーマも無法国家とみなされ今後の秩序、治安の維持に影響を与えるわ。目には目をの復讐を肯定する精神は避けなければいけない。民主都市リーマの看板が汚されてしまうわ」


「でもいったい誰がそれをやるんだ?」


とシリウスは尋ねた。スーシャはその問いに対して、反射的に今まで話しを聞いていたギリアを見返した。彼はその期待を込めた眼差しを受けて当然のように答える。


「俺が行く」


と、更に続けて言った。


「俺が市民達に呼びかけよう。全力で説得してみる」


「ギリア、あなたは」


スーシャは包み隠さず感謝の気持ちを返した。


「でも、どのように・・」


シリウスがやや不安げに問い掛けた。


「市民に手を下させてはいけない。そのことは死獄で俺に託したソロンの意志でもある。それにもう奴の刑は決まっている。奴は死獄で皆と同じ苦しみを味わなければならぬ。それが奴の罪の報いだ」


「じゃあ、ギリア決心してくれたのね」


スーシャはその話から彼女の願望を承諾したものとみなした。


「これも祖先の意志なのか、ソロンとの出会いは俺に自らの道を切開けとの示唆なのかもしれない」


「たとえそうであったとしてもギリア。私はあなたのこのリーマに対する善意と認識を信じる。再び私からのお願いよ。私達と一緒にこの地に平安を築いてほしいの」


スーシャの目には、今ははっきりとギリアへの想いが込められていた。

彼はややはにかんで見せたが、彼等を促し、


「スーシャ行くぞ!」


と声を掛け、入り口に向かって歩き出した。

彼等はこの先待ち受ける苦難に新たな一歩を踏み出した。












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