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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
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死獄(三)

 死獄(三)

挿絵(By みてみん)




 ここはリーマ都市国家で、リーマ、ケソンに次ぐ第三の都市ミズレ。

カルム川を挟み大都市リーマに隣接してはいるものの、ガルガナ兵の数は比較的少なかった。夜が更ける頃、大通りに面する数箇所のガルガナの仮兵舎から火が上がった。中から着の身着のままで兵士達が慌てて飛び出してくる。

だが、それを待ち受けていたのは、リーマ都市の開放を目指した市民達であった。彼等は逃げ回る兵士をそれぞれが手にした武器で殴りつけ倒していった。


「よし、武器を探せ。そして捕虜を解放するんだ」


とリーダーが指示すると、彼等は一斉に兵舎、そして監禁場所に押し入った。

街路のあちこちで市民と兵士の争っている場面が見られる。騒ぎを耳にした一般市民も集まりだし、大いに意気が盛り上がりつつあった。

そして、捕虜達が全員救出されて合流し、更に反乱の勢いがつくと思われた束の間、急報を受けたガルガナの部隊がその付近を目指して進行してきた。数は市民側の方が多いが、相手は完全武装した兵士達である。


「やはり駄目だサルファイ。思ったより敵は早くやって来た」


通りの一方ではガルガナ兵に立ち向かおうとした市民達が、次々と倒されてゆくのが見られる。集まった一般市民の多くは恐れをなしひるみ始めた。


「サルファイ逃げよう。このままでは捕まってしまう」


横の男が声を張り上げた。


「戦うんだシリウス。今ガルガナの奴等を倒さないと、二度と機会が訪れんぞ」


サルファイは必死で逃げようとする市民を諌める。が彼の言葉は何の効果もなかった。もはやこれまでと、辺りはパニックに陥り始めていた。


「やむを得ん、サルファイ我々も退却しよう」


後ろ髪を引かれる思いで、大通りの反対側への逃走を試みる。

ところが、逆方向からもガルガナの兵士が現れた。馬車を先頭に十数人が来るのが見える。


「くそ、こっちからも来やがった。我々は挟み撃ちだ」


「どうすればいいんだサルファイ」


市民達は動揺した。両側から囲まれた市民達は右往左往の有様で茫然自失。


「こうなれば家の中に逃げ込むんだ。そこの戸を叩き壊せ!」


との声が上がったが、サルファイは前方から来る馬車を見て叫ぶ。


「待てシリウス。あの兵士達、様子が変だとは思わんか?」


彼等は迫り来る馬車を見た。

その上には馬を操る大男とは別に、女性と一人の男性が乗っていた。並行して走っていた馬が一頭進み出た。


「我々はバンガルの支援軍だ。リーマ施政官ソロンを助けガルガナ討伐に来たぞ」


その声は大通りに響き渡った。市民達は逃げるのを止め、その方向を見た。

そこには彼等が見覚えのあるソロン、紛れもなく指導者ソロンがいた。その横には娘のスーシャも同乗している。

彼等親子はリーマ都市の誰からも親しまれており、その顔も知れ渡っていた。

ようやく市民達の脇で馬車は止まった。そこには、サドニスとジュラも含まれている。

市民達はあっけに取られている。サルファイ、シリウスも信じ難い者を見るようであった。その間も前方からガルガナ兵が迫りつつあった。

スーシャが立ち上がり剣をかざして言った。


「戦うのよ。父ソロンは無事よ。ここに武器はあるわ。武器を取りガルガナを倒すのよ!」


精一杯に張り上げた号令。サルファイもすかさず応じる。


「我々は勝った。ソロンが来た。皆奴等を倒すのだ!」


すると誰彼となく、


「ソロン、ソロン」


と呼び始める。サドニス達が手渡す武器を取り、ガルガナ兵に立ち向かって行く。

周囲からは女達も現れ、大通りはリーマ市民で膨れ上がった。


「ソロン、ソロン」


と口々に唱えながらガルガナ兵を圧倒し出す。ミズレ市は混乱に渦巻いていた。




「大変です。殿下、殿下。お目覚めでございますか」


と宰相のザイムはザボン王の居室に慌てふためきながら入って来た。

王は起きた直後で多少不機嫌であった。


「どうしたのだザイム、このように朝早くから何事だ」


両目を擦りながら問い質す。


「反乱です。ミズレ市で反乱が起こりました。我国の兵はミズレ市から退却中です」


「何、どうしてそんな事が。奴等は完全に取り押さえたはずだ。誰だ、誰の仕業だ!」


ザイムに向かってまなじりを逆立てる。


「ところが思いもよらぬ者が首謀者でございます」


「いったい誰なんだ、そのやからは」


「ソロン、ソロンでございます殿下」


「何、ソロンだと。奴はバンガル死獄に閉じ込めたのではなかったのか」


と王は怒鳴った。


「それが、どうやら脱獄した模様です。同時に入りました情報では、バンガル地方でも何やら不穏な動きが出ているとのことです」


「馬鹿な、いったい誰があの死獄の鍵を開けたというのだ。バンガルの兵は何をしておったのだ」


「ソロンと一緒に娘のスーシャと若干のバンガル人がいたとのことです。おそらく奴等が手引きしたのではないかと・・」


「娘か、あの娘まだ捕らえてなかったのか馬鹿者。もうよい。指示を出せ、兵達に。ミズレにいる反乱分子を鎮圧するんだ。殺しても構わん。そしてソロンと娘を捕らえよ。失敗することは許さん」


ザボン王はザイムに興奮気味に指図した。


「それと伝令を出すんだ。ガルガナから兵を増強する。奴等の息の根を止める為に更に補充しろ」


王の目は怒りで血走っていた。



 同じ頃、パルサ鉱山の捕虜収容所でも異変が起こりつつあった。

寝静まった兵宿舎、囚人達の監禁場所周辺は鉄線が張り巡らされ、あちこちに見張りが立ち、厳重な警戒を引いている。

昼間は囚人達の作業を監視する兵士達も、夜間は逃亡する者、侵入する者がないよう交代で見回りをしなければならない。バンガル人兵士のモロイもやぐらとは反対の山側の高台で見張りに立つ時間となった。

最近は更に囚人の数が増え、まだ情勢が不安定であることから、かなり神経を使い警備にあたっていた。

いつも歩哨終了の時間が来ると、気疲れから開放されるせいかほっとした気分になる。彼自身、何の為にガルガナの兵士として働いているのか疑問に思うことがよくあった。

彼が故郷のバンガルを懐かしく思い起こしていたその時、突然近くの茂みが動いた。

咄嗟に手にした火明かりでその方向を照らす。すると、ぼんやりと人影が動くのが見える。


「誰だ!」


モロイは叫んだ。その瞬間茂みの動きが停止する。


「出て来い、そこにいるのは分かっている」


彼は忠告して、剣を手にして徐々に近寄った。それに対し、人影は一気に走り出し逃げようとした。

もちろん、モロイは指を咥えて見逃すつもりはない。すかさず進行方向に突進、その進路を阻む。

更にすり抜けようとするのを、思い切って背後から食らいつく。格闘となったが、あっけなく相手をねじ伏せることが出来た。


「何者だ、お前は?」


明かりでその顔を照らすと、幼い少年であった。やや意外であったが、すぐに自分の任務を遂行すべき尋問する。


「こんな所で何をしているんだ」


しかし、少年は目を見据えたまま無言であった。


「言え、黙っていると痛い目に会うぞ」


少年を脅したが、その時、


「そいつを放せ、痛い目に会うのはお前の方だ」


と背後から男の声がした。背中には剣が突き立てられている。


「早く放せ、両手を上げゆっくり振り向くんだ」


モロイは身の危険を感じ、言うとおりに少年から離れ、両手を上げた。そしてゆっくり振り向くと、そこには色白の瞳の印象的な男が立っていた。


「ロモ、この男を縛るんだ」


と少年に命じる。


「お前達は何者だ。何が目的だ」


モロイがその男を睨み質問すると、少し驚いた様子。

その男は記憶の糸を手繰るかのように、


「お前、もしや・・」


ためらいを見せ、縄で縛ろうとしているロモを制した。


「モロイ」


今度は自分の名前を呼ばれてモロイが驚く番であった。


「なぜ、俺の名前を知ってる。お前は誰だ?」


「やはりそうか。十年前とちっとも変わってないな」


男は剣を降ろす。

そう言われても彼には見当もつかないようだ。


「分からないのも無理はない。俺だギリアだ」


その名前にモロイは狐につままれた表情で質問。


「まさか、あのバンガル死獄に入れられたギリアなのか?」


「そうだ、また戻って来た。ガルガナを倒す為に」


その返答にモロイは息を呑む思いであった。


そして、その後ギリアは十年間生き延び出獄したこと、リーマ市民に味方してガルガナの支配、横暴に対し立ち上がるに至った経緯を説明した。

それはモロイにとって全てが驚きの連続であった。


「もう既に、俺の親父、お前の父親モロダイ達は、兵力の手薄になっているバンガル王宮を占拠し、義勇兵を募っているはずだ。やがてバンガルは長年の忍従から開放されるであろう。だが奴等の主力は今リーマに居る。これの息の根を止めない限り元の木阿弥だ。その為兄達はリーマ市近辺に潜伏し、反乱工作に取り組んでいる」


モロイにとってこの情報は、彼のガルガナ兵としての立場を覆すに充分なものであった。今まで抱いていた迷いはこの時点で綺麗に吹っ切れてしまった。


「そうか、それが事実なら今日限りでガルガナとはおさらばだ。俺は今までガルガナのやり方には我慢ならなかった。俺も戦う。奴等を追っ払ってやる。何でも言ってくれ、ここで何をするんだ?」


「そう言ってくれると俺達も心強い。ここの囚人を解放する。おそらく彼等はガルガナに深い恨みを抱いてるはずだ。人数も多い。今我々の最も頼りになる戦力だ」


「その通りだ。ここでは今まで多くの囚人が見捨てられ死んでいってる。彼らの憤りはほとんど限界に近い。きっかけさえあれば爆発するだろう。で、その方法は、どうするんだギリア?」


モロイは勇んでその説明を促す。


「まずあのやぐらの歩哨を片付ける。その他にも見張りがいれば教えてほしい。それと・・」


三人は囚人達を逃がす段取りを話し合っていた。



「まさか指導者ソロンが亡くなっていたなんて。我々はその死人に励まされていた訳か」


「そうよ。父は死獄で息を引き取ってしまったのよ。私達が駆けつけた時はもの言わぬ姿だった。でもガルガナを倒す方法を考えたのは父よ」


スーシャはサルファイ達に言ったが、腑に落ちないようである。


「それはどうして?」


「死獄で父の最期を見届けたバンガルの罪人ギリアに、その計画を打ち明け、自分の代わりに実現するよう頼んだって。父は死の間際までリーマ都市を心配していたそうよ」


スーシャは思わず涙ぐむ。そして続けて、


「父はこう話したそうよ、『おそらくガルガナは兵を分散させるだろう。中心都市リーマ、港湾都市ケソン、鉱山のあるパルサ。パルサ鉱山には捕虜となった市民達を送るはず。従って各都市の兵力は自ずと弱まるだろう。そこが付け目だギリア。比較的監視の行き届いてない都市から次々と市民を立ち上がらせるんだ。その為には奇跡を起こすと効果的だ。私を使え、私の体を使うんだギリア』と。各地で蜂起した市民を結束してガルガナに対抗する以外方法はないと。今ギリアはパルサ鉱山に行ってるわ。囚人達を脱走させ、ガルガナ兵を攻撃する為に」


「そのギリアという男、バンガル人と言ったな。裏切ることはないか?」


「それは大丈夫よ。私は彼を信じるわ。それに彼の兄、サドニスとジュラは私と一緒よ」


「そうか、だが我々がガルガナと戦うには、このミズレの有志だけではまだまだ不足だ。奴等は鍛えられた兵士だ。まともに立ち向かって来られたらひとたまりもない」


「だから、サルファイ、シリウス。あなた方にお願いがあるの。これからカルム川沿いの都市に向かい、有志を集めてほしいの。父ソロンが立ち上がったって。もう噂は広がってると思うわ。今こそリーマを取り戻すのよ」


彼女は力説した。もちろんその熱意は二人に伝わっている。


「わかったスーシャ。もちろん俺達はやるよ。必ず兵を連れて来る。それまで無事でいろよ」


「お願い、出来るだけ急いで!」


「任せてくれ。くれぐれも無理するなよスーシャ。行くぞシリウス」


早速彼等は拠点にした建物から出て行った。


彼女の傍らにはソロンが眠っている。今、改めて父親の偉大さを痛感し、必ずこの手でリーマを蘇らせると誓った。

しばらくしてサドニスが泡を食って入って来た。


「スーシャ、大変だ。リーマ市のガルガナ兵が動き出した。奴等総力をもって我々を鎮圧するつもりだ」


彼女はすぐに反応、質問する。


「それで、このミズレ市の守りは?」


「ここに入る要路は全て防御線を張り守っている。一応人数も揃いつつある」


とサドニスは答えた。


「守るのよ、応援が来るまで。ギリアも大勢引き連れて来るはずよ。今ここで退いてはもう勝ち目はないわ」


スーシャは唇を震わせながら言った。



「おい、ザイアス、ザイアス起きるんだ」


日中の強制労働でへとへとになった囚人のザイアスの耳元に声がかかった。

彼の片方の足は鎖で繋がれており、その体をけだるそうに起こす

。目を瞬かせながら前を見ると兵士が立っていた。そして、


「お前は?」


と聞き返すと、


「俺だ、覚えてるか。バンガルのモロイと言うんだ」


確かにその顔には見覚えがあった。以前、独居房に監禁された時に親切にしてくれた兵士である。あの時差し入れがなければ無事では済まなかっただろう。


「お前は、あの時の?」


「そうだ、俺はお前達を逃しに来た。もう時間がないので詳しくは言わんが、これから脱出させる。そしてガルガナを倒す為に立ち上がるんだ」


「何!」


彼は仰天。一度に眠気が吹き飛んでしまった。


「しっ、声が高い」


と注意。更に、


「とにかく今から仲間達を起こせ。そして合図があり次第ここから脱出するんだ。これが足の鎖の鍵だ」


と懐から取り出し手渡した。


「もちろんガルガナ兵と戦うことになるだろう。その為に武器を運ばせてある」


ザイアスは目を丸くして尋ねる。


「それは本当か、いったい誰が?」


「我国のバンガル戦士が忍び込んでいる。今から半刻ほどして兵舎を撹乱する。それと歩調を合わせ皆で戦うんだ。もしお前達にその気がないのなら別だが」


「いや俺達も今まで何度か脱出を考えた。それは願ってもない事だ。この意志は皆も同じだ」


ザイアスは慌てながら、きっぱりと断言した。


「わかった。じゃあ急いで仲間を起こし自由にするんだ。そして合図があるまで待て」


と捕虜の解放をザイアスに託して外に出て行った。


それから半刻が過ぎ、兵達が眠っている兵舎で騒動が持ち上がりつつあった。

モロイから知らされた見張り数名を倒した後、準備も終わりギリアは今まさに建物の中に押し入ろうとするところであった。


「ロモ、武器は運び終わったか?」


声を潜めて確認する。


「うん、ほとんどの囚人に配り終えてるよ。モロイさんも手筈は完了して、指示を待つだけだって言ってた」


そうか、よしこれから俺がこの中に入り奴等の武器を一人一人取り上げて来る。もう次の見張りが起きる頃だ。時間がない。打ち合わせ通り俺が大声を上げたら、囚人達と手分けして兵舎の周囲に置いた薪木に火を点け、煙を立ち込めさせるんだ」


その言葉にロモは気を引き締め頷く。


「よし行くぞ」


ギリアは扉を開けゆっくり中に侵入。ロモはモロイとも連絡を取り、ギリアが忍び込んだ事を伝える。

その頃には囚人達には皆にこのことが知らされ鎖を外され、武器を手にしていた。

今までの積もり積もった怒りが爆発寸前の状態で、誰もがその一瞬が来るのを心待ちにしていたのである。

兵舎内はいくつもの敷居がされており、二段の床の上で兵士達が眠りを貪っていた。

中は真っ暗であったが、ギリアが動き回るのに造作はなかった。長年の死獄での牢暮らしで、暗闇でも日中と同様に見通せることが出来た。更に物音を立てずに歩く能力も持ち合わせている。


彼は寝ている兵士に忍び寄り、脱いだ服と一緒に置かれた武器を次々と取り上げていった。

更に火明かりを点ける道具も押収していく。夜目の効くギリアはどの部屋に行くにも明かりは必要なかった。また、聴覚にも優れ、寝息でほとんどの兵士の寝所を捜し当てることが出来た。

彼は押収した武器を隠し、いよいよ決行に移そうと決断した。

外ではロモが、モロイが、ザイアスがそして多くの虐げられた囚人達が、もう待てないとばかりに勇んでいたのである。

ギリアは近くの窓を開けた。外から入り込む新鮮な空気を、力一杯肺に吸い込む。

そして祈るような気持ちで一気に大声を吐き出した。


「ワアー!」


その声は兵舎内はもちろん、この鉱山の隅々まで響き渡った。



同じ頃、ミズレ市には大軍を率いたガルガナ兵が攻め込んで来た。組織化された重装備の兵に、志願してきた市民達は今回勇敢に立ち向かっていた。

日頃のガルガナの圧政に目覚め、開放の為に活路を開け、民主的な社会を取り戻したいという期待と、そして何よりも指導者ソロンの存在が彼等を勇気付けていた。

その為、各防御拠点、即ち前線でのガルガナの損害は、以前のリーマ都市侵攻の際にもまして多かった。

だが、何分にもリーマ側にとって、戦士をかき集めるには時間がなさすぎた。それほどガルガナ軍の反撃が早かったのである。これには、今回の反乱を計画したスーシャ、即ちソロンにとって読みが浅かったと言える。

徐々に防衛陣地があちこちで崩されていった。

それでも市民にとっては、最後の希望であるソロンを守れという共通の意志のもとに、果敢にガルガナ兵に立ち向かった。市内の各所でも戦闘が繰り広げられている。

しかし、数刻の後、善戦の甲斐なく市民達の抵抗は弱まり、逃散し始めたり、負傷した者は捕らえられたりし出した。

そして、とうとうガルガナ兵はスーシャ達の居る市中心部に進撃して来たのである。


「スーシャ、もうここは危ない。既にこの近くまで敵が迫っている。すぐに立ち退くんだ」


とジュラは彼女の元に駆け寄り忠告した。

しかし、スーシャはあくまで父親の側を離れようとしない。


「私はここを動かない。お父様を置いていく訳にはいかないわ」


とこの申し出を頑なに拒む。


「君には悪いがソロンはもう亡くなっているんだ。ここに居ると君の命も危ない」


サドニスも説得する。


「いや、私は最後までお父様と一緒に居る。皆、父の生存を信じてガルガナと戦ってるのよ。もう私は逃げたりはしないわ」


彼女の表情には断固たる決意が見られた。二人ともそれでも諦めず彼女の退去を勧めたが無駄であった。彼女はあくまでその意志を翻すことはなかった。

外ではガルガナ兵が市民達と争い始めており、間もなくこの中に乗り込んで来ることは明白である。


「そこまで決意が固いのならもう無理には勧めん。俺達も戦う。そう簡単にはソロンは渡さん」


「それはいけないわ、二人とも。私達リーマの為に充分に力を尽くしてくれたわ。でももういいのよ。サドニス、ジュラ早くここから逃げて」


「何を言うスーシャ。ガルガナを倒すことを願っているのは我々も同じだ。俺達もお前達親子に少しでも役に立てれば満足だ」


とサドニスは答え、優しくスーシャを励ました。


「よし、ジュラ俺達バンガル人の意地を見せる時だ。敵をかき回してやるぞ」


「もちろん兄貴、俺達は一度亡くした命だ。一人でも多くの兵を倒してやる」


二人は意気込む。その時、表の扉が乱暴に叩き壊され、数人の兵士が乱入しようとしていた。


「もう来やがった。行くぞ」


剣を振りかざし入り口に向かう。


「サドニス、ジュラ」


スーシャは二人を案じ叫んでいる。サドニスが振り向いて彼女に言った。


「スーシャ、奴等も女には手を出さないだろう。もし親父やギリアに会ったら伝えてくれ。俺達は奴等と勇敢に戦ったと」


スーシャは目に涙を溜めながら頷いた。そして二人の背後から祈る思いで声を掛けた。


「二人とも決して死なないで」


と。彼等は侵入した兵士達に向かって剣を差し出し突進した。山中で長期間鍛えぬいた大男の二人には、さすがのガルガナ兵士もひとたまりもなく跳ね飛ばされる。屋外に出てからも次々と襲ってくる兵士達を、簡単になぎ倒していった。

もともとが王宮の親衛兵士だったサドニスとジュラは、急造兵士のリーマ市民と力量が違い、戦うコツを心得ていた。彼らがその気になれば、敵兵士達がひるむ隙に戦場をかいくぐって逃れることが出来たであろう。

しかし、二人ともその場から退く事なく相手を圧倒した。

けれども、さすがに疲れを感じていた。


「おい、こいつらは手強い。一気にかかれ」


辺りは倒れた兵士達と、流された血で一面むごたらしい惨状であった。

そして、その中央に背中を合わせ戦いに備える二人を取り囲み、十数人の兵士が慎重に身構えた。


「これまでだなジュラ」


とサドニスが声を掛けると、


「親父も誉めてくれるかな」


ジュラは最後の茶目っ気を見せる。


「やれ!」


の一声。

兵士達は同時に剣を浴びせる。二人は渾身の気力を振り絞って抵抗を試みたが、十数本の剣筋を避けようがなかった。

まさに怪戦士の最期として相応しい結末であった。

兵士達が引退ると、サドニスとジュラは体中に傷を負い虫の息で地面に伏していた。

サドニスがほとんど聞き取れない声音で、


「よくやったぞジュラ」


と言うと、ジュラが答える。


「兄貴もな・・」


二人とも少しの後悔もなく責任を全うしたかのようであった。


「くそっ、しぶとい奴等め。よしソロンは必ずこの中に居る。突入するぞ」


兵士達は、今度は細心の注意を払い建物の中に入っていった。そしてゆっくり奥へ進み用心深く一室を見回した。

そこにはソロンの遺体に縋りついているスーシャがいた。




*

「あのソロンが既に死んでおったとはな。奴等も考えたものだ。我々もリーマ市民達も死人に踊らされていた訳か。なかなかやりおるわい」


とザボン王は横柄な態度で言い放った。


「早速、市民達にこの事を知らせましょう。ソロンの生存を知らされた市民が続々とこのリーマ市に集まりつつあるとの報告が入っております」


宰相のザイムが提案する。ザボン王はしばらく思案した後、逆に指示を出した。


「まあ待て。娘のスーシャも捕らえたと言ったな。あの娘がいる限り又市民達が騒ぎ出す恐れがある。私にいい考えがある。ここにスーシャを寄越すんだ。私自ら尋問しよう。それからリーマ市に来る者は拒むな。奴等にいい見世物を拝ませてやる」


ザイムは王の意向を読むことが出来なかったが、一端王室から退出した。



数刻の後、数人の衛兵に従えられたスーシャを伴って、再び王の前に戻って来た。


「殿下、ソロンの娘スーシャを連れて参りました」


ザイムは王座に向かって拝礼する。彼女は髪を乱し、顔色も悪く、やつれ切った様子であった。

しかし、その目はザボン王を鋭く見据えている。


「おい、殿下の前だ。頭を下げんか!」


と横の兵士が注意したが、彼女は聞き入れようとはしない。

王の前で口を引き締め突っ立ったままであった。


「まあよい」


ザボン王は温和な表情をスーシャに向ける。


「父親が亡くなったショックもあろう。私も気の毒に思うぞ」


彼女は父親を殺したのはあなただろうというように、強い視線を無言で王に向けていた。

王はややたじろいだが、子供を諭すような口調で続ける。


「だがスーシャ。お前は最も重い罪を犯した。自分の父親とはいえ、牢に潜入してその亡骸を外に運び出し、死者をさも生きたように見せかけ、平和を取り戻した市民をデマを流して先導し、混乱を引き起こした罪は重い。今、私の口から話すに忍びないが、周囲の者はお前を極刑に処すべきだと主張している」


「殺しなさい。私はソロンの子としてその覚悟は出来ています」


即座に言い返す。


「まあそう捨て鉢になることもない。お前もまだ若い。私も女、子供に刑罰を科することは出来るだけ避けたい。私なら彼等の意見を押さえることが出来る」


スーシャは王が何を言いたいのか理解できず、相変わらず態度を硬化したままであった。


「しかしそれには彼等を説得する材料が必要だ。我々も全力で暴行を働く市民を取り締まっているが、治安回復の為にはまだ時間が必要だ。暴動はこのリーマ市内にも広がりつつある。私は罪のない市民達が血を流すのを見たくないのだ。平和的に解決したい。その為お前に協力してほしいのだ」


「私にどうしろと・・」


「軍の情報では多くの市民が地方からこのリーマ市に集まって来ていると聞く。もちろん、我々の手で彼等を制止し取り押さえるのは簡単だ。だが、私は先ほども申したように、平穏の内にこの問題を解決したい。今の所、兵士達には手出ししないように命じてある。そこでスーシャ、協力してほしいのは、お前の口から彼等に武器を捨て、それぞれの地域に戻り、指示に従うよう説得してほしいのだ。むろん我々も従った者に対しては、何ら罪を問わないし、今までの地位を保証する。ソロンの娘ということで市民達も納得しよう」


これを聞いてスーシャの顔色が変わった。そしてきっぱり申し出を拒絶した。


「お断りします。私は肉体を失っても、魂だけは決してあなた方侵略者に売り渡さないわ。多くの市民達もこのリーマ都市の開放を望んでいるはずよ」


と怒りをザボン王にぶつけた。


「まあ、そうむきになるものではない。私はお前の為を思って言っているのだ。もしここで聞き入れられなければ、私の力をもってしても助命するのは難しい」


「私はソロンの子としてこれでも理性と誇りを失ってはいないわ。殺しなさい。命乞いをする程、落ちぶれてはいないわ。私が死んでも市民達は最後まで戦うはずよ。あなた方悪魔から自由と開放を目指して」


その言葉はザボン王の自尊心を大いに傷つけた。苛立ちの表情を顕わにしてすごんだ。


「どうしても私達に逆らうつもりだな。女の身だとしても容赦せんぞ」


「結構だわ。これが私の答えよ」


スーシャは王に向かって唾を吐きかける。


「殿下に何をする!」


兵士達は彼女の頭と肩を押さえひざまずかせた。

ザボン王はこめかみの血管を震わせ、


「わかった、これほど言っても拒絶するならもう勧めぬ。どうしても死に急ぎたいと見える。だがお前もソロンの娘だ。それなりの執行の場を用意してやろう」


と言い放つ。

その顔には残忍さが漂っていた。


「よしもうよい。連れて行け」


王は衛兵に命じた。

スーシャは彼等に引き摺られながら、


「私達は決して負けない。必ずガルガナをこの地から追い出してやるわ」


と声を張り上げていた。

王は彼女の頑なな拒絶をある程度予想していたのか動揺を示さなかった。


「殿下、それでどのような方法で・・」


とザイムは恐る恐る尋ねた。


「うむ、多くの市民の前で行うのだ。それも二度と反乱を起こす気にならないような演出で。ソロンの死を知らせた上で、出来るだけ派手にな。ところで市民の様子は?」


「はい、ソロンの名を口にしながら続々と集まって来ております。早く手を打つ必要があります」


「わかった。それでは明日にでも実施するのだ。その頃には各地からの援軍、本国からの予備兵達も到着していよう」


その後もザボン王自ら狡猾な知恵をザイムに授けていた。




*

 リーマ市に通じる幾つもの街道、多くの市民達が周辺地域から、それぞれ思い思いの武器となる物を小脇に隠し、中心部に向かって移動していた。

皆一様に強張った表情から固い決意が読み取れ、見張りに立つ兵士との間で、今にも衝突しそうな雲行きであった。反面、行く手に何が待ち構えているのか予測出来ぬ不安感も同居している。

その疑念を振り払うかのように、


「ソロン」「リーマ」


の名を連呼しながら脇目もふらず目的地に向かって進行していた。

ところが不思議なことには、ガルガナ兵士は彼等を制止し注意すらする事はなかった。

むしろ一定の間隔で配置され、市の一方向に市民達を誘導しているように思える。

その方向には幹部達が処刑された屋外観劇場があった。

もう既に多くの市民達が完全武装のガルガナ兵に包囲されながらも劇場に詰めかけていた。

一触即発の状況下にあるものの、無言で戦闘的な兵士に威圧され、一面で大多数が気後れを感じていたことも事実である。彼らが行動を起こそうにも、きっかけと名目、そして統率力に欠けていた。

まともに立ち向かい争っても勝ち目のないことは誰もが承知している。

ただ皆が藁をもつかむ思いで、ガルガナの横暴に対抗するべく、何かが起こることを期待していたのである。


市民達は舞台との間を境界にされている鉄柵の間近に群がり、その後方の観客席にもひっきりなしに押し掛けて来る。

鉄柵の前には、これまた戦闘服姿でものものしく武器を装着した兵士達が彼等を睨みつけている。

舞台には新たに一段高く台が設えられ、その中央に処刑用であろうか木柱が立っていた。その後方には何の為に使用されるのであろう幾束もの丸木が置かれてある。

いったい何が起こるのか。市民達は固唾を呑んで成り行きを見守っていた。

その頃、市中央の大通りをガルガナの援軍であろう一隊が観劇場を目指していた。市民達はその進行の邪魔にならぬよう、不本意ではあったが道を開けねばならなかった。


「殿下、ただ今パルサからの援軍が参りました」


「そうか、やがて本国からも新手の兵が到着しよう。それで市民達は集まって来ているのか?」


「はい既に場内を埋め尽くしています。もう準備は整っており、お指図次第で打ち合わせのシナリオ通りに始めることが出来ますが」


と宰相ザイムはこれから行われるであろう惨劇に、やや緊張の面持ちで意向を確かめた。


「すぐにショーを始めよ。彼等に反抗することの愚かさをはっきりと思い知らせてやるのだ。そして、このガルガナの力と威信を強く認識させるのだ」


と王は異議を認めぬ口調で命じた。


「はは!」


ザイムをはじめ重臣達は王の勘気を恐れ、忠実に恭順の意を表した。




*

 期待と恐怖の交錯する市民達の前で、ようやく舞台上の兵士に動きが見られた。

最前列の兵達は市民の暴発を防ぐ為、手にした剣で身構えて威嚇する。

壇上には軍務官とその後ろから等身大の棺のような物を兵士達が担いで現れた。そして舞台中央にその棺を立たせ、蓋を開け、市民達に中の遺体の人物を注目させた。

その亡骸を見て市民達の間でどよめきが起き、一斉に声を失った。そこには紛れもなく死化粧された指導者ソロンが眠っている。

彼等の全てが改めてその存在の偉大を実感し、哀悼の意を表す一方で、同時に無力感が漂い始めた。あちこちで絶望的な気運の混在した、何とも説明のつかない嘆息が漏れ始めていた。

その中には多くの市民を率いて来たあのサルファイとシリウスも含まれている。


「くそう、指導者ソロンを見世物にしやがって。シリウス皆が動揺している。落ち着かせないと」


「だがサルファイ、仲間達も一端気落ちすると、再び立ち直らせるのは難しい。俺達はザボンの罠に嵌ってしまった。我々の意志を喪失させる気だ」


とサルファイは無念がった。

その時二人に向かって数人のパルサからの応援兵士が近寄って来た。


「シリウス、奴等を無視するんだ。今は逆らうな」


とサルファイは注意した。だが、兵士達はその思惑にも係わらず、二人を取り囲む様に接近して、一人がサルファイの肩に手を触れた。


「何の用だ。俺達は皆に誘われてここに来ただけだ。何もしないよ」


彼はひたすら羽向かうつもりはないと伝えた。


「そうかな。それが本当なら残念に思うぞ、サルファイ」


「何、どうして俺の名前を知ってる、お前はいったい・・」


彼は驚きのあまり思わず声が上ずってしまった。


「俺か、俺は」


と言いながらその兵士は頭に嵌めていた冑を上げる。そこに現れた顔を見て、二人は息を飲んだ。


「お前はザイアス」




*

舞台の上では軍務官が集まった市民達を前に語り始めていた。


「静まれ、静かにしろリーマ市民達よ。もう皆も理解したように、この遺体は罪人のソロンである。ソロンはバンガル獄に服役中に死に至っていたのである。この度のミズレの騒乱はこのソロンを生きているように見せかけた暴徒達の犯行であった。幸いにもリーマ守備隊の出動により事態は事無きを得た。しかしながら、多くの市民を不安に陥れ、治安を乱し、数多くの死傷者を出すに至った罪は重い。ここにその首謀者に対し、本日衆民の立会いの元で刑を執行する。主犯のスーシャをここに引き出せ」


軍務官が指示すると、両手を縄で縛られ、兵士達に囲まれたスーシャが舞台上に引き摺り出されて来た。

ガルガナ側は彼女に喋られることを怖れ、一言も話せぬようしっかりと口に猿ぐつわを咬まされている。

これは一方的な裁き以外の何ものでもないと、市民達も承知していながら救うことの出来ない脱力感が場内に蔓延していた。


「被告人スーシャは、指名手配中の逃亡犯でありながら、囚人で更に死者でもあるソロンを無法にも獄から運び出した。そして死者を生者として復活、偽情報を故意に広め、武器でもってミズレ市を混乱に陥れ、市民の動揺を誘った。この罪は重い。更に女の身でありながら、その後も改悛の情全く見られず、自身の悪行を正当化し、今後も罪を重ねることを公言してはばからず、ここに我が偉大なザボン王のご慈悲をもってしても、減刑の余地なしとの結論が下されるに至った。従って本日、神聖なるガルガナ法典に則り、その最高刑である火刑により死を申し渡すものである」



















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