辺境(エピローグ)
辺境
「どうしたのかしら、明かりが点いているわ。まだ起きているのかしら」
一組の夫婦が自宅に戻って来た。辺りはすっかり暗くなっており深夜でひっそりとした刻限だが、窓から灯火が漏れている。二人は合鍵でかんぬきを外し、扉を開け中に入った。
「お父さん、帰ってきましたよ。まだ起きておられますか?」
居間の暖炉に火が点いており夫がそちらに向かって小声で呼びかけた。前のソファに近寄ってみると、父親だけでなく息子も肩を寄せ合って眠っていた。
「まあ、こんな所で駄目じゃない。二人とも風邪を引いてしまいますよ」
その声に父親の方が気がつき目を覚ました。一方で息子はすっかり寝入ってしまっている。
「うーん、遅かったじゃないか。今何時だ」
「お父さん、すみません夜更けになってしまって。今日は懇親会の場で思った以上に議論が活発になってしまい、皆引き上げることが出来ずついついこの時間になってしまいました」
「ほほう、長時間一体どのような意見が出たんだね」
「つまり、このリーマ都市のこれからのあり方というか、将来の展望を各自が自分勝手なビジョンを主張するものですから、ちっともまとまらなくって、結局テーマを絞って改めて意見交換する場を設けることになりました」
「ほほう、それはご苦労なことだったな。実はこの子が途中で眠れないからと起きて来てな、お前達が居なくて寂しがっていたんで、リーマの謂れについて話し聞かせていたんだ」
「あら、ご免なさい。それじゃあお父さんもお疲れだったでしょう。これからは気をつけますわ」
「ああ、私は一向に構わないけれどね。でもこの子にも私達の祖先からの言い伝えをそろそろ話しておいてもいいと思ったものでな。まあ途中で眠ってしまったわい」
「そのような話まだこの子には小さすぎて無理ですよ。それに私達リーマの子孫が特殊な能力を受け継いでいるという話は、どうも突飛すぎて信じられないですな。私にも、失礼ですがお父さんにもどうやら無さそうで」
「ははは、その通りなんだが伝説として話しておくのも親の使命だと思ってな」
「仮にそれが本当だとしても、彼女の子孫はリーマ都市にほかにも居るし、バンガル地方にも住んでいると言うじゃあないですか。私達だけに限った伝承とは言えないでしょう」
その時、息子が物音に反応し寝返りを打った。
「まあ、もう私達も寝なくちゃあいけないわ。お父さんも休んで下さいね」
「ああ、そうしよう。この子も早く寝室に連れて行ったほうがいいぞ」
「私が連れて行きますわ。あなた、火の片付けと、お父さんをお願いしますわね。
さあソロン、寝室に行って休みましょうね」
そう言いながら子供を抱きかかえ廊下に出て行った。
吹き降ろす風が辺境の街に時を告げていた。