辺境(四)
辺境(四)
「お止めなさいマックス、マギー。大人しくしなさい」
その声はザビルの後ろで背筋を伸ばして立つリーマから発せられていた。
日頃の愛らしい表情が全く影を潜め、瞳が輝き威厳に満ちている。そしてそれに反応し、二匹の魔物は動きを止めてしまった。
「この方達は味方です。お座りなさい」
今度は敵愾心が全く消え、その場に座り込んでしまった。
苦戦を強いられていた四人も何が起こったのか訳が分からず、呆気に取られている。
「おお、あなたは・・」
ザビルがリーマ、いや別人となった彼女に問いかける。どうやら不可解な事態が起きているようだ。
「ザビルね。久し振りだわ。この娘はあなたの子のパルマでは無さそうね。でも交信チャネルとしてはキーステーションに近いこともあるけど、彼女よりはるかに良質だわ」
「パルマの子で私の孫でもあります。リーマと言います。もちろんあなたにとって何代目かの子孫にあたるのでしょうが」
「ええ、その通りよ。私が意志伝達のチャネルとして利用できる媒体は、血の繋がったそれも女性のみ。過去に何度か試みてきましたが、拒絶反応が強かったり、交信相手に恵まれなかったり失敗の連続でした。その点ザビル、遠方の地でしかもパルマのチャネルとしての感度が悪くて、私のメッセージが配信出来たか不安でしたが、よく理解してここまで来てくれました。感謝しています」
「パルマは大きくなるに従って自我が強くなり内面をブロックするようになり、あなたとの通信は途絶えてしまいました。けれどもそれまでに受け取った断片的なデータを基に、この地が目指すべき場所と予測しておりましたが、最終的に確証を得たのは一人の脱走兵の説明にあったパラディンとアルガンの言葉でした。その後蛮族が支配しているとの情報もあって、急遽編成を組み連峰を越え、ようやくここまで辿り着くことが出来ました」
「パラディン、彼等は恐るべき敵から洗脳されたこの地に根を張る種族ですが、崇めている神体の正体を知れば、驚愕と混乱に陥るでしょう。私が犬達の行動を制止するのが遅れたのも、神体が球体エネルギーに同期し始めたことを察知し、監視していたからです」
「犬、今犬と言わなかったか」
今まで黙って二人のやり取りを黙って聞いていたハンスが、素っ頓狂な声を上げた。
「そうこの二匹は私の愛すべき可愛い犬達。それを遺伝子を操作し戦闘用に作り変えたの。良くないことなの。でもこの星を守るためには仕方ががなかったわ。もちろん寿命がありもう何代目かの子孫よ。生まれてくるのは二匹のみで雄雌一対の双子犬にしてあるの」
その説明は彼等にとって理解不可能なものであった。
「さて、もう時間がなさそうね。急ぐ必要があるわ。これから王宮に招待するわ。そこでこの後すべき事を説明するから付いていらっしゃい。マックス、マギー行くわよ」
魔犬と言うべきか、一匹が彼女の側まで行くと、その背にひらりとまたがった彼女を乗せ、動き始めた。
結局副隊長を始めほとんどの親衛隊兵士が負傷し、パラディンの若者も含めその場に止まり、傷を癒す事になった。彼女の後に続くのは、ザビル、ローパス、ハンスとドッグ、ロイド兄弟の五人となった。
先頭をリーマを背に乗せた魔犬が進む。もう一匹が後に続き、五人が追う格好となったが、どうやら彼等のペースを心得ているようで無理のない進行となった。しかも比較的樹木の少ない緩やかな尾根ルートを選んでの登行で、今までの難路が嘘のような楽なものになった。
そして、半刻も掛からず一峰を越えて山中の狭間に足を踏み出した時、それがあった。
それは、王宮と呼び今までイメージしてきた構造物とは全く違ったものであった。柱も屋根もなくもちろん宮殿を思わせるような立派な彫刻を施した建物もなかった。
一見、樹木、ツタに覆われた小山があるように思えた。けれども近づくにつれ、緑葉に囲まれて恐ろしく巨大な灰色で卵型をした塊が横たわっていることが分かった。
更によく観察すると、上半分の何箇所かに窓と思われる透明の枠が嵌め込まれている。それ以外に目に付く突起物は一切なく、ひたすら流線型の形状が周囲を覆っていた。
長年この場所に存在していたことは間違いなかった。
後に続く5人はその景観に見惚れてしまい、お互い言葉を発することも適わなかった。そして、立ち止まることなくその塊の底部に向かって降りて行く。見た目そのまま外観を判別したが、単なる石でも木でもなく、今まで見たこともない金属のようなもので造られていた。
そして辿り着いた所に入り口があった。
その塊の最下部にあたり、全体の大きさからはわずかなものであるが、広い間口が開いていて、奥に真っ直ぐ通路が伸びているのが見える。
リーマが魔犬から降り、理解を超えたスケールの大きさに息を呑んでいる彼等の方を振り返った。
「ご挨拶が遅れましたね。私の名前はデリア、ここからはるか遠くの別の星からやって来ました。そしてこれが私達が乗り込んでいた宇宙船よ。今から三百年前にこの惑星に墜落しました」
「星、宇宙船・・」
ローパスが首を傾げて繰り返す。
「ああ、そうですね。あなた方にはまだ宇宙空間という概念がまだ無かったのでしたね。つまり夜空に輝く星星。その中の一つに私達の故郷があり、この大地も宇宙空間に輝く星の一つと考えていいわ。私達はこの船で目的地に向かって飛行の最中、異星船と遭遇し襲われました。相手は戦闘用の船で即座に攻撃を受け船体に損害を被ってしまいました。詳しい事は言えませんが、抵抗する間もなくダメージを受け、操縦不能となってこの星に墜落したのです」
「では、あなた以外にも大勢の方がこの船に乗っておられたのですね」
今度はザビルが興味を抱いた。
「そう私の肉親を始め、その仲間達が。もともとこの船は移住船だったの。戦闘用には造られていなかったし反撃用の有効な武器もなかった。相手の襲撃に対して全くの無防備でひとたまりもなかったわ。ここに衝突するまでにほとんどの仲間が消滅した。そして最後に残ったのは私。運が良かったとしか言いようが無いわ。まだ子供だったわ。そして私の忠実な愛犬二匹。彼等には慰められた」
「じゃあ、あんたはまだこの船にいて・・、いったい幾つなんだ」
ハンスは半信半疑で質問。
「ホホホ、バカねえ。私の肉体はとうの昔に消滅したわ。この船の一室に精神エネルギー体として残っているだけ。そこからこの娘の脳をコントロールし伝達しているのよ。どうしても子孫に伝えるべきことがあって。そしてようやくあなた方を迎えたのだけど渡りに船だったわ、ちょうど球体エネルギーを盗まれて困っていたところ」
「私達に伝えるべきこととはどのような」
ザビルが聞き返す。
「そう、それは・・あ!」
リーマ、即ちデリアは一瞬眉を曇らせた。そして目をつぶりしばらく精神を集中していた。
そして次に口を開いた時は、切迫感が漂っていた。
「大変、神体が蘇ったわ。張ってあったアンテナが膨大なエネルギーをキャッチしたの。一刻も早く倒さないと大変なことになる。あなた方にも来て貰います。これから直ぐにパラディンの集落に向います」
「直ぐにとは言ってもここまで来るのにまる一日掛かったんだ。簡単には行けないんじゃあ」
「大丈夫です。私とザビルはマギーに乗って連れて行ってもらいます。あなた、ハンスね、ローパスと一緒にマックスに乗るのです。その前にマックス、船内にある電磁スティックを持ってきなさい」
彼女はテキパキと指示し、もう一匹の魔犬に再び跨った。
「それとドッグ、ロイドですか、あなた方には先ほど残してきた仲間達の所に戻ってもらいます。そして直ぐに山を降りるように伝えるのです。この船に近づいてはなりません。私はもう決心しました。今回の災いもエネルギー球体が盗まれたことが発端です。今後もどのような理由であれ同様の事がないとも限りません。ここの文明ではもはや害あって益なし。この宇宙船を爆破します。ですから速やかに戻るように伝えなさい」
魔犬が先端が尖った剣のようなものを口に咥えて船外に出て来た。
「ハンス、そのスティックをあなたが受け取るのです。どうやらあなたがこの中で敵に太刀打ち出来る適任者のようね。そしてしっかり肌身離さず持っていること。決して落としてはなりません」
「それはそれは光栄の至りと言っていいのかな」
ハンスは幾分仏頂面で答える。
「ザビルは後ろに乗り私にしっかり摑まりなさい、ローパス、ハンスも同じようにマックスに跨り前の人はたてがみをしっかり握るのです」
三人とも言われた通りに恐る恐る魔犬に乗り終えた。
「では出発します。三人とも振り落ちないよう充分気を配ること。マックス、マギー、行くわよ」
その合図で二匹の魔犬が動き出す。そして下り勾配の山道を相当なスピードで駆け始めた。
「ヒアー」
三人ともとにかく落ちないよう必死の形相で前の背に身を預けしがみつく。アルガンの峰々、遠く下界が前方にくまなく見通せた。けれども彼等の誰一人、透明感溢れる絶景を堪能する余裕などなかった。
*
パラディン砦は炎に包まれていた。建物、施設、柵、生活用具等の全ての物が真赤に燃え上がっている。人々のほとんどが砦から脱出しようと右往左往し、逃げ後れた者は全身高熱を浴びて悲惨な姿を地面に晒していた。怪魔獣と化した神体はあらゆる物を無差別に容赦なく破壊し続けている。
一刻前に、宝玉を頭部に組み込み生を取り戻して、体内から発する熱エネルギーで族長達を一瞬にして燃焼させた後、不気味な唸り声を張り上げそれまで神像として安置されていた祭壇の奥から立ち上がった。
そして真紅の厳つい眼で辺りを見回し、少し離れた所で両腕を合わせ平伏し祈りを捧げている巫女と、その近くにいる兵士達の方向で目線を止めた。しばらく物色して正体を見極める様子が窺えたが、それも束の間、額の最上部に位置する第三の目から、いきなり光線を放ち彼等に浴びせ掛けた。それはほとんど一瞬の出来事であった。彼等の周辺で陽炎がゆらめく、と同時に三人の体が発火、ほとんど何が起こったのか考える間もなかったであろう、炎に包まれてしまった。
ジョンストンはこの悲惨な光景を目撃し、以前カルデラ村落で宝玉を太陽光にかざしたところ、高熱を発したことを思い出した。
そして即座に集会広場で唖然とこの成り行きを見守っている人々に大声を張り上げ忠告した。
「逃げろ、ここに居ては危険だ。すぐにこの場を離れるんだ!」
この一声でパラディンの住人、兵士達は我に返り一目散に砦の外を目指して駆け出した。皆冷静さを失いパニックに陥っている。
この動きを復活した神体、即ち怪魔獣は察知した。そして灰褐色の全身瘤が散らばった巨大な胴体を後ろ足で操り、彼等の方向に動き始めた。
女子供、老人が主の部族民の避難は、必死ではあったが時折転んだりする者もいて、お互い庇い合いながらであるため芳しい進行ではなかった。予想外の速度で追跡してくる怪魔獣との距離は、見る間に縮まっていく。この状況をジョンストンは見て憂慮する。このままでは彼等は怪魔獣が放つ光線の射程に入ってしまう。残忍な部族の一員とはいえ、彼等には何の罪もない。ましてや幼い子供達に救いの手を差し伸べるのは大人として当然の義務であろう。
彼は決心し踵を返し、怪魔獣の方に馬を走らせる。自らが捨石になり住人の脱出を容易にするつもりであった。もはやグロテスクな全身をさらけ出した怪魔獣は、その動きに敏感に反応し光線を放つ。
辛うじて身をかわしたジョンストン。息を整え今度は反対方向に走り出す。再び照射された光線を紙一重で避けたが、馬が興奮して立ち上がってしまい、彼は鞍から投げ出されてしまった。地面に体を痛打、すぐには動けそうもない。怪魔獣が獲物を目指して近づく。絶体絶命のピンチに陥ってしまった。もはや疑いなく高熱を浴びることを覚悟したその時、反対側から怪魔獣に数本の槍や剣が投ぜられた。もちろんダメージを与える事など出来なかったが、気を引く効果はあったようで、その方向に向き直った。
彼の部下のロンバート兵士数人が援護に掛け付けたのだった。
そして左右に展開し陽動し始める。その間、別の兵士がジョンストンの救援におもむく。怪魔獣は彼等の動きに翻弄されながら、光線を四方八方に浴びせ続けた。やがてその一つが兵士を捉えた。仲間が炎を消し必死で助ける。
「もう住人達もかなり距離を稼いだはず。我々も撤退するぞ。各自散開して住居地区に逃げ込め」
幾分回復したジョンストンが指示すると、兵士達は各々家屋が立ち並んだ方向に、速やかに逃走し始めた。怪魔獣が追って来る。
そして獲物を取り逃がした鬱憤を晴らそうと、住居、建物等、パラディン砦のあらゆる物を燃やし破壊していったのである。空高く真赤な炎と噴煙があたり一面を覆っていた。
ジョンストンを筆頭に最後まで残った兵士がようやく砦の外に現れた。そこには無残に崩壊しつつある村落を唖然と見守る住人が肩を寄せ合っていた。そして彼等を誘導し、避難してきたロンバート兵、カルデラの勇士達も集結していた。
更に少し離れた場所に一旦敗北したものの再び集まって来たパラディンの戦士もいる。しかし、彼等にはもはや混成軍と戦う意思はなかった。早々と砦から逃れてきた住人に今までの経緯を聞かされていた。彼等が崇めていた神像に族長も巫女も一瞬にして焼き殺されてしまったこと。ロンバート兵に助けられ無事に脱出出来たこと。更に砦の破壊が神体によってもたらされたことが伝えられた。
やがて再び怪魔獣が彼等の前に姿を現した。砦内の全ての建物を焼き尽くし破壊、彼等を追って外に出て来たのであった。
「逃げるんだ、ここも危険だ。出来る限り奴から離れろ」
集まっていた全ての人々が再び避難しだした。刃向かっても敵う相手ではないことが分かっており、逃げる以外策は全くなかった。怪魔獣が追って来た。今度は歩行速度を増しており、最後尾の住人に近づくのに時間はかからない。
ジョンストンは囮としての行動を起こすように兵士に指示しようと決意した。
が、それより前にパラディン戦士達が動いた。彼等は怪魔獣を包囲すべく散らばった。そして一定の距離を置き挑発する。怪魔獣から光線がほとばしる。射程に入ったエリアは一瞬にして燃え上がった。戦士達は勇敢であった。熱炎を紙一重でかわし、時折彼等の武器を投げつける。各々が間合いを計って動き回っていたが、不運にも熱線を浴びて火だるまになり地面を転げまわる者もいた。
確かに一定時間同じ場所に引き止めることは出来た。だが、彼等の武器で相手を倒すことは不可能である。このままでは時間稼ぎは出来ても犠牲は増えるのみ。
ジョンストンは苦悩した。また、どれほど逃げても怪魔獣は追って来るだろう。もはや相手は殺虐者と言っても差し支えなかった。どのような手段を使っても倒さなければこの地に安寧の訪れはないであろう。逃げるべきなのか、それとも多くの犠牲を払って活路を見出す必要があるのか、ジョンストンは苦渋の選択に迫られていた。辺りは火煙に包まれており、動き回っているパラディン戦士達も次第に疲労の色が濃くなってきている。もはや考える時間も残されてはいなかった。
その時、彼等の前方を指差す者がいた。二匹の大型動物だろうか、かなりのスピードで向かって来るのが目撃された。ジョンストンも振り返った。
彼等の仲間が馬に乗ってやって来たのだろうか。応援があったところで焼け石に水ではないか。徐々に近づいて来た。それも驚くべき速さで。見る間にその姿をはっきりと捉えることが出来た。馬ではなかった。それは牙の生えた伝説の獅子を思わせる生き物であった。魔物と言っていいその怪異な容貌に皆の目は釘付けになった。
更に我が目を疑ったことに、その背に親しい仲間が乗っているではないか。間近に来て、その内の一人から声が掛かった。
「その物から離れるのです。あなた達の敵う相手ではありません」
それは今回の遠征隊の紅一点リーマであった。けれどもしっかりした口調は全くの別人であった。
「早く離れるように言いなさい。後は私達に任せるのです」
再び彼女から指示があった。そして、その魔物から降りたザビルからも伝えられた。
「ジョンストン殿。彼女の言う通りにするのだ。説明は後になるが彼女はアルガンの主そのものなのだ」
同様に降りたローパス、ハンスからも促された。ジョンストンは彼等の言葉を信用した。むしろ地獄に仏で安堵したと言ってよい。そして再び振り返り、大声を張り上げた。
「よくやった。パラディンの勇者達。君達は役目を充分に果たしてくれた。後は心強い味方が奴と戦うことになる。この場から直ぐに離れてくれ」
彼等にはとても歯が立たずこのままでは膠着状態であると内心憂慮していた矢先であったため、すぐにその場から退いた。
「なんという凶悪な化け物なんだ。こんな怪物と戦って勝つ見込みはあるのかい」
思わずハンスが怪魔獣を見て尻込みした。
「そう、この生物は私達の敵が造った異星獣。私達の乗った宇宙船がこの星に墜落した後、敵船から送りこまれてきました。これは私達も含め全ての物を徹底的に破壊するようプログラムされています。そして、ある程度エネルギーを吸収すると、自ら増殖し数がどんどん増えていきます。ですから出来る限り早く排除する必要があるのです」
「でもどうやって?」
ジョンストンにとっては理解しづらい話であった。
「いいでしょう。もう私には時間が残されていないようです。異星獣への攻撃を開始します。マックス、マギー行きなさい。そしてハンス、先ほど話した通り私が合図するまでスティックを準備し待機していなさい」
「ガオー!」
指示を受けて二匹の魔犬は怪魔獣に真っ直ぐに立ち向かって行く。その動きに気が付いた怪魔獣の額から光線がほとばしる。二匹ともまともに熱線を浴びたが全くびくともしなかった。避けようともせずむしろ攻撃のスピードを増した。
「彼等には戦闘用の能力を保持すると共に、高熱にも耐えられるよう遺伝子を操作しました。また相当なダメージにも負けない姿に外観を作り変えたのです」
なるほど、だから全身が甲羅で覆われ、鋼のような牙、冷酷な眼が備わったのかと変に感心している内に、二匹は同時に怪魔獣の巨体の腹部に牙を食い込ませた。
まさか体に飛び込んでくるとは思わなかったようで、身をよじって払い除けたが、光線は全く通じなかった。魔犬の動きは敏捷で瘤だらけの腕で制止されたが、怯みもせず今度は一匹は首に、もう一匹は背中に飛び乗り攻撃する。怪魔獣は振り落とそうと動き回った。
その間も断続的に額から周囲に光線が放たれており、魔犬以外は一歩たりとも近づくことは困難であった。
離れた場所でこの戦いを見ている人々にとっては、確かに怪魔獣は幾度か攻撃され劣勢に陥っているが、決定的なダメージはなく、あの巨体に止めを刺すことが出来るか不安を抱いた。
「足を狙いなさい。そして倒すのよ」
デリアから再び指示が出る。怪魔獣は飛び掛ってくる魔犬を振り払おうと躍起になっている。魔犬の一匹が足元を相当なスピードで回転し始めた。時折、膝に噛み付き打撃を加える。
もう一匹は上半身にアタックし続けた。一方では腕を振り叩こうと試み、一方では下方の敵を踏み潰そうと足踏みを繰り返す。そして狙いは的中。ついに怪魔獣はバランスを崩し仰向けに転倒してしまった。地響きが兵士達の居る場所にも伝わってくる。
皆この圧倒的で異様な戦いを固唾を呑んで見守っていた。
「マックス、直ぐに戻って来なさい。さあハンスあなたの出番よ。行ってあの怪物に止めを刺すのよ」
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな」
「信じてちょうだい。あの異星獣は倒れた状態では熱エネルギーを放射する機能が動作しないのよ」
それは事実のようで、必死に起き上がろうともがいている間は光線は出ていなかった。ハンスは覚悟を決め、側まで近づいたマックスに跨り、たてがみを掴んだ。片方の手には預かった電磁スティックをしっかり握り締めている。
ハンスを乗せた魔犬は再び一直線に怪魔獣のもとに駆け寄る。その間、腕で支え立ち上がろうとするのを、マギーが妨害しようと奮闘していた。マックスが頭部に近づく。今のところ胸部の魔犬を追い払おうとして、彼等の存在に気が付いていないようだ。
マックスの背でハンスはスティックを掲げ、額の上部の穴を目掛けて振り下ろす。そう、その光線を発する第三の眼が怪魔獣の唯一の死角であった。けれども距離があってその先が届かない。何度か繰り返したがいずれも失敗した。
その内彼の動きを気づかれてしまった。
「ハンス、落ち着くのよ」
デリアの声が耳に入って来た。彼は今のままでは正確に突くのは無理だと観念した。そして勇気を奮い起こして決心した。
「おい、俺は奴の頭に飛び降りるぞ。援護してくれ」
と言うなり、そのおぞましい瘤だらけの頭部に飛び移り、喰らいついた。
マックスはその意図を理解しマギーと共に腕を攻略する。怪魔獣が顔をしきりに動かすため、ハンスは跳ね飛ばされぬよう必死に窪みに摑まる。彼はもともと盗賊でアクロバット的な動きは得意であった。そして徐々に目的の穴に近づいた。
二匹の魔犬も心得ているのか、今度は首の部分に噛み付いた。怪魔獣もこれに対抗、顔を仰け反り引き離そうと魔犬を掴んだ。
その瞬間ハンスにとっては都合のいい体勢となった。
「くそ、何という薄気味悪い化け物なんだ。もう長いはご免だ。止めを刺してやる。覚悟しやがれ」
彼は真下の額の穴を目掛けて、スティックを深々と突き刺した。
その瞬間腕に強烈な振動が伝わり、柄先から手が離れてしまったが、それと同時に怪魔獣の動きが止まってしまった。
そして不思議なことに体中が変色し始める。更に、瘤の部分が赤く輝き始めた。
「やったわハンス敵をやっつけたのよ。でもそこに居ては危険だわ。すぐに離れるのよ。マックス、マギー、ハンスを頼んだわよ」
二匹の魔犬はハンスの元に移動、一匹が彼の服を咥えてそのまま怪魔獣から大急ぎで離れていく。その間もみるみる瘤の赤みが増してゆく。
そしてついにはその部分が破裂し始めた。やがて各所から光線がほとばしる。短時間の出来事で、離れて見ていた人々も眩しさで目も開けていられない位、体全体が輝いた。
「ゴオーン!」
そして猛烈な轟音とともに粉々に砕け散ってしまった。怪魔獣の最後であった。
人々は信じられない思いでこの光景を眺めていた。既にハンス達も彼等のもとに戻っていた。
「ご苦労様でした。ついに異星獣を葬ることが出来ました。御礼を言います。これで私達も悔いなくこの地にお別れすることが出来ます」
「というとどこかに帰るところがあるとでも」
ハンスが尋ねた。
「いえ、そうではありません。私の肉体は既に消滅していて精神エネルギーとしてあの船に存在しているだけで実体はありません。また二匹の改造した犬達も異星獣と同様に本来この世にあってはならないもの。自然に帰る時が来たのです」
「だがそれは我々にとって非常に残念で取り返しのつかない損失。あなた方の知識、高度な科学技術力はこの地の発展進歩に大いに寄与するはず。膨大な日数を費やして習得しなければならない知識を、短期間で得られるチャンスなのに、みすみす見逃してしまうことになる。大変後悔することになるだろうな」
ローパスが皆の意見を代弁した。
「この宇宙には様々な文化、文明が存在します。お互いの共通の認識、不文律としてそれぞれの進化、発展を尊重し、干渉しないことが秩序を乱さない為の鉄則です。そのルールを無視したり、モラルの欠如した種族は、混乱を招く要因となり排除する必要があるのです。私もその敵への対抗の為に、やむなくこの地の時計の針を進めてしまいました。自らがその罪を犯してしまったことも事実です。その意味でも憂いを消去し本来の健全な姿に戻す必要があります」
彼女はこれ以上関与することを否定した。
「あらあら、この娘の自我が強くなってきました。ザビル、あなたのお孫さんに体を返し、離脱する時がやって来たのです。これでお別れですがまだ完全に全てを葬り去れた訳ではありません」
「というとまた奴が現れるというのか」
ハンスは幾分青ざめ聞き返した。
「すぐと言う訳ではありません。かなり先の事ですが、もう私も双子犬もその時には力を貸せません。その為に、この娘の子孫にある能力を授けます。いずれ役に立つ時がやって来るでしょう。
時間がやって来ました。お別れです。ザビル、この娘リーマを頼みますよ・・皆さんもお元気で・・さようなら・・」
二匹の魔犬がアルガンの方向に走り出した。彼女の目が閉じられる。
「さようなら・・」
今度は風に乗って別れを告げる声が人々の耳に入って来た。
*
「あら、やだここは何処。あたしどうしちゃったのかしら」
再び彼女の目が開くと、元のリーマに戻っていた。そしてゆっくり辺りを見回すと、見慣れないパラディンの部族民に戸惑ったが、ザビルを始め身近な仲間達も揃っており、安堵した様子。
「アルガンで怪獣に襲われた後のこと全然覚えてないわ。いったいどうしちゃったのかしら」
そして、目を砦の方向に転じると、まだ一面に炎と煙が燻っているのが見られた。村落は完全に焼け尽くして名残を止めていなかった。
「それと酷い臭い、いったい誰がこんな目に遭わせたの。あれお家だったようね。あんなに燃えちゃってとても住めないわね」
どうやら全く記憶がないようである。
「リーマ、全てが終わったのだよ。今は荒れてしまっているが、今日からこの地に平穏が訪れようとしている。つまり我々の目的は達成されたわけだ。後でゆっくり経緯を説明してあげるよ」
ザビルは孫娘の疑問に温かい眼で答えた。
「ジョンストン隊長、どうだろう、皆が奮闘、協力してくれた甲斐あって当面の危険は排除したようだし、この地で今後平和で安全な国造りが出来るきっかけになったと思われるが」
「うむ、私も今回の遠征は驚く事の連続で陛下になんと報告していいのか困惑していますよ。けれども最終的にはザビル殿の言うように遠征は成功し、我々は役目を果たしたと誇ってもいい。私から皆に感謝を言わせてもらいますよ。
これから我々も任務を終えてロンバート王国に引き上げることになるが、さしあたり残ったパラディンの去就を相談しなければならない。族長を始め主だった狂信的な幹部は全て亡くなったようで、後の部族民は怪魔獣との戦いに挑んだように協調的な性質を持っていると思われるし、ましてや女、子供は全く無害と言っていいだろう。ただ当面の生活する場所が灰に帰してしまい住む場所を確保しなければならない」
「我々と一緒に来ればいい」
カルデラのリーダー戦士から声が掛かった。
「武器を捨てて争いごとを無くし、お互い協力し合って新たな村造りをしていければ、村長をはじめ部族民も否と言わないはず。我々は理解し合えるのであれば、過去のことは水に流して来る者は拒まずの気質をもった部族なんだ」
その好意的な申し出は皆の心を打った。すぐには反応がなかったが、思わぬところから賛同の声が上がった。
「それはいいことだわ。大賛成よ。私も行くわ。その仲間に入れてもらって一緒にいい村造りに励むわ」
リーマが言うと、ザビルがたしなめる。
「おいおい、そう先走って決めてもいいのか。港町に帰らなくても。母親のパルマが心配しているんじゃないのか」
「あれ、なんでおじいちゃんがお母さんの名前を知っているの。でもカルデラ村で三日間暮らしてみて心に決めたの。私はダモイに帰らず絶対ここに住もうって。お母さんのことなら大丈夫よ。私が居なくても平気なはずよ。それに私はあの街が嫌い。昔から遠くの国に行きたくってしょうがなかった。もしお母さんさえよければこちらに来てもらって一緒に暮らしてもいいのよ」
彼女にはまだザビルが祖父だと知らされてなかった。苦笑しながら答える。
「私とパルマの関係も後で説明するとして、どうやら意思が固いようだな。実は私もここに残ろうと思っている。もし迷惑でなければ新天地の建設の一員に加えて欲しいと願っているのだが」
「まあ、嬉しいわ。おじいちゃんが一緒に来てくれるんなら心強いわ。皆も歓迎してくれるはずよ」
「いや、それは困る。リワード侯爵にどのように報告していいものやら」
今度はジョンストンが苦情を言った。
「いやいや、私の場合はこの年だ。もはやあの連峰を越える気力が乏しいことが理由だよ。無理して帰るよりここで私の知識を生かして新天地の建設に役立てたほうが価値があると思う。あえて新天地と言うのも、もはやカルデラやパラディンと言った村単位ではなく、もっと大きなスケールでの街造りが主となってくると思うからだよ。それはこの肥沃なカルム河畔を開墾することから始まると見立てているんだ。私の残された人生をここに賭けてみたいんだ。侯爵には手紙を書いて説明しますよ。それにある程度私がここに残ることも予期されていると思いますよ」
これにはジョンストンも返す言葉がなかった。
「分かりました。それほどまで言われるのなら仕方のないことでしょう。ある意味ではロンバート王国との架け橋になって頂くことも意義があると思えます。よし、どうやらパラディンの諸君も異存は無さそうだ。そうと決まれば早めに出発したほうがよさそうだな」
そして思い思いの感慨を胸に抱きながら目的地を目指して歩み始めた。
国を出てから長期間の遠征で家族や知人に一刻も早く再会したいと願っているロンバート兵士達。
もはやこの地で凶暴な狩猟族の目を避け隠れて暮らす必要がなくなったと仲間に早く伝えたいカルデラの戦士達。
戦いに敗れ新たな地での生活に臨むことになって不安を抱くパラディンの部族民達。
その人々に混じって、生まれ育ったロンバート王国の港町から、連峰を越えはるか遠くの異郷に連れてこられ数奇な体験を味わったリーマは、これからの新たな生活に期待を募らせていたのであった。傍らには彼女の祖父であるザビルがぴったり寄り添いこの地の探査、彼等家族の宿命について語り聞かせていた。
「これからどうするんだローパスの旦那」
今回、最も奇妙で危険な役目を果たしたハンスが尋ねた。
「ああ、今のところロンバートに行っても待っている人間もいないから、しばらくカルデラで厄介になるか。もう宝石も見飽きてしまったからな。そう言うハンスはどうするんだ」
「俺もそうさ。しばらくは新しい国造りってやつに付き合ってみるか。国に帰ったところで監視の目がきつく仕事がやりづらいからな。その内この地も発展し新たな商売のネタも生まれてくるだろうさ。お、あれはドッグ、ロイド兄弟じゃないか」
アルガンから戻って来たメンバーが合流した。兵士達はいずれも傷を負い包帯を巻いていたが皆元気そうであった。これを迎える兵士が各々肩を貸したりして手助けをしている。
ジョンストンが一人ひとりに労いの言葉を掛けている。
その時、彼等が登って来たアルガンの高所で閃光が輝いた。
そしてすぐに轟音が聞こえて来た。デリアが自身と魔犬もろとも宇宙船を爆破した瞬間であった。
リーマ、ザビルを始め、全ての目がその鮮やかな光景に吸い寄せられた。そして吹き寄せる風とともに励ましの声が耳に入って来た。
『これからはあなたがたの手で未来を作るのですよ』
透明な空気が舞い上がり彼等の故郷目指して連峰の彼方へ消えていくように思えた。