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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
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辺境(三)

  辺境(三)


挿絵(By みてみん)


「攻撃だ。奴等が襲ってきた!」


混成軍の先頭を進む隊員から悲鳴が上がった。

周囲は葦の枝葉が背の高さまで茂っており、視界が遮られて相手の姿を思うように捉える事が出来ない。あらかじめ進路を読み、潜んでいたパラディン戦士が次々と武器をかざして飛び掛かる。敏捷で勇敢な彼等にとって戦い慣れた場所でもあり争いに有利な展開となった。


「突っ切るんだ。見通しのいい場所まで移動するんだ」


これに対し、ロンバート、カルデラ混成軍は急襲によって乱れた態勢から統制を修復しようと躍起となる。

一時的にパニックに陥ったが、日頃の訓練のたまものであろうか、揉み合いによって負傷した隊員を助け、声を掛け合いながら部隊が一丸となって目差す方向に移動。カルデラ族も遅れることなく必死で附いていく。

これにはパラディン族も勝手が違ったようで後方から威嚇しながら続々現れてくる部隊員に手を出しかねた。どちらかと言えば一対一の戦いに慣れている彼等にとって、集団で行動してくる相手の経験がなかったのである。


そしてようやく視界が開け小高い丘に辿り着いた。前方は草原が広がり遠くまで見渡せるようになった。しばらく隊列を整えながらなだらかな斜面を進む。

やがて正面に敵の一団を発見、行軍を停止した。睨みあいの形となったが、ロンバート兵士達にとって彼等の姿、外観は異様なものであった。上半身は半裸で腕に刺青をして、顔と胸に恐らく威圧感を与える為であろう赤や青の印を塗っていた。頭には鳥の羽根をかざし、手首にリングを嵌めている者もいる。

彼等なりに戦意を外見でアッピールする方法であろう。

後方からも先程の先発隊が彼等を追って現れ、まさしく挟まれた格好となった。どうやら追い出された兵士を向かい撃って一網打尽にするつもりだったようだ。

ただパラディン族にとって相手は、見込みと違い予想以上に強力な集団で、与えた打撃も軽微なものであった。


「よし、ようやく姿を現したようだな。怖れることはないぞ。我々の普段通りの力を発揮すれば間違いなく勝てる。手分けして掛かるんだ」


ジョンストンが号令すると、兵士達はそれぞれ照準を合わせた相手に立ち向かって行った。

元々が選抜された戦闘能力の優れた屈強の兵士達で、ここ数ヶ月戦いから遠ざかっていたこともあり、水を得た魚のように生き生きと目が輝いている。狙った獲物は確実に倒す意気込みが伝わってくる。

もちろんパラディン族も日常の生活の中で戦いには慣れているとはいえ、体格からしても武器、装備も上回るロンバート軍をまともに相手にしては、ひとたまりもなかった。

真正面で戦士達がぶつかり合う形となったが、鍛えられたプロ集団が相手を圧倒。パラディン族は果敢に刃を交え乱闘となったが、時間を経るに従い次々と倒されていく。

彼等にとって今までこのような強力な敵と合間見えることはなかったのである。成すすべもなく一方的な敗退であった。

傷付きながらも辛うじて生き残った戦士も力の差を痛感し戦意喪失、散りぢりになって逃走していった。逆に混成軍の被害は軽微なものであった。


「よくやった。追う必要はない。我々の力を思い知ったであろう。よし、これから一気に敵の本拠地を目差す。カルデラの諸君、案内を頼むぞ」


ジョンストンの号令一途、混成軍は圧倒的な勝利に気を好くして士気は高まり、目的地を目指して前進、今までにもまして行軍は加速した。

 かつてシモン達が辿ったカルム川沿いのなだらかな丘陵を進む。辺り一面色彩豊かな草花が咲き乱れており、思わず見惚れてしまう光景は、大地の恵みを実感しこそすれ、この地を悪魔の化身のような蛮族が支配していようとは想像も出来ないであろう。

彼等は狩猟主体の社会で、土地に手を加えたり利便性を追求する知恵はなく、粗暴な生活様式ゆえにその一方で放置されている自然そのままの姿が、見る者の心を和ますことになっていようとは皮肉であった。


一刻の後、軍団の前方に集落が現れた。

櫓が二箇所にあるのが目に入ったが、周囲は簡単な木の柵で囲ってあるものの、遠目で眺めても外部からの侵入は容易に思えた。元々が彼等の居住地を敵の攻撃から守るという発想は無さそうである。それでも砦状にはなっており、背後の岩山の奥まった所に位置する本殿までには、いくつもの家屋が坂伝いに建てられていた。


「全軍停止!」


仕切られた柵まで今一歩の地点で一旦隊列を整えることとなった。先程の戦いで相手の力量を知り、気持ちの上で余裕がある。ジョンストンは敵地への突入にあたって各部隊に指示を与えた。


「よいか、我々は無闇に殺生を好む者ではない。降伏の意思を表すのなら、捕らえるだけで危害を加える必要はない。けれども刃向かって来る相手には容赦なく戦い倒すんだ。我々の目的はこの地からならず者を取り除くことにある。よし、しばらく敵の動きを見てから攻撃するぞ」


各部隊ごとに横列に長く編成が組まれた。その中にはカルデラ族のメンバーも加わっている。その表情からは、今まで散々虐げられた恨み骨髄の憤懣を一気に晴らそうと、強い意気込みが伝わってくる。もちろんロンバート兵の闘志も申し分なかった。

一方で砦側のパラディン族にも動きが見られた。左右二箇所にある出入り口用の柵が開き、それぞれの武器を手にした男達が出て来た。切れ目無く続々と現れ、恐らく砦を守っていたほとんどの戦士が同じように横一列に並んだ。

降伏することはもちろん、話し合いの余地すらなさそうで、彼等は腕に刺青をし、顔といい体のあちこちを縞模様に塗りたぐり戦いの意志を表した。彼等には砦を守るとか、道具を利用して誘き寄せようという意識はなく、もはや正面衝突するしかなかった。そういう意味では下手な小細工など弄せず正々堂々の勝負とも言える。

しばらくは双方とも無言で睨み合いが続いた。

お互い自分の相手となるターゲットを視覚に入れ、闘争本能を一心にたぎらせる。そして、どちらからともなく雄叫びが上がった。


「ウラー、戦え!」


「行くぞ、やっつけるんだ」


その声を合図に両軍とも一斉に突撃。

それぞれが剣、武器となるものをかざして相手目掛け立ち向かって行く。そしてその中間点で激突、打ち合い、殴り合いが始まった。敏捷性、突進力においてはパラディン族が優れており最初の一撃で混成軍の被害が多く見受けられた。特に日頃戦いの経験のないカルデラ族に顕著で、敵の容赦のない攻撃に怯む姿があちこちで見られる。

けれども、ロンバート選抜隊はその突進をかわすや、すぐさま本来の能力を発揮、反撃に移った。剣と斧との競い合い、取っ組み合いも到るところで見られる。日頃格闘の訓練、実際の戦闘経験の豊富な選抜兵士達が真っ向勝負を挑むと力の差は歴然としていた。

時間を経るに従って、パラディン族の勢いは衰え、倒され後退していった。短期決戦であればともかく、スタミナ勝負には向いてないようである。

一刻の後、混成軍の勝利が確定、動けず地に身を晒す者が目に付き、敗残の部族員も四散してしまった。


「よくやった。我々の完全勝利だ。よしこれから彼等の部落に乗り込む。ほとんどの戦士達を倒したと思うが、何が起こるか分からん。油断するな。続け!」


 ジョンストンの指示で兵士達は移動、部落の入り口にある一方の柵に向かう。数名ずつ慎重に内部に入って行ったが、櫓の周辺も全く無人で抵抗する者もなく、もはや外部からの侵入に対して全く無防備の状況であった。二箇所ある出入り口から、山裾に向かって広めの道路が伸びており、その両側に石造りの住居が配置してあった。道端には器、工具類、皮革などの生活用具、調理中の食料が放置されたままで、部族民の慌しく避難した様が窺える。

各部隊はそれぞれの建屋に隠れている人々を拘束するため、散開し探索を開始した。

まだ敵兵士が襲ってくる恐れもあり、また罠や仕掛けがないとも限らず、一件一件慎重に調べていく。住居、倉庫、納屋等、しらみつぶしに押し入り踏み込んでいった。

けれども数刻経っても住人は見当たらず、いずれの建屋ももぬけの殻との報告がジョンストンのもとに入ってきた。


「まさか、あの戦士達がパラディン族の全てではあるまい。女、子供も居たはずで、いったいどこに隠れたというのだ」


戦力にならない者は事前に砦を脱出した可能性もなくはないが、時間的に余裕はなく、また今までの戦いぶりからみても、それほど用意周到な種族とも思えなかった。部落の居住区の残る痕跡から、多くの住人が暮らしていたはずで、彼等が一度に蒸発したとはどうも腑に落ちない。

が、その答えが出るにはそう時間が掛からなかった。メーンの道路を真っ直ぐに登り切った所に、広い空き地があった。その突き当たりの一角に多くの住人がいるのが見られた。

女、子供、老人達がいる。兵士達が近寄って行くと、その半数は不安そうに彼等を見返しているものの、あと半数は地にひれ伏し、岩場の奥に向かってひたすら祈りを唱えている光景が目撃された。

その先には巨大な岩洞に嵌めこまれた、彼等が崇める神像が置かれていた。

けれどもより進んだ文化に接してきているロンバート兵にとっては、とても神聖な姿形とはいえなかった。むしろ醜い怪獣で、全身に瘤があって凹凸しており、顔の上部は三つ目で額に角が二本付いていた。


「シモン、あれがそうか」


ジョンストンは傍らにいる悲劇の経験者に声を掛けた。


「そうです。あれが彼等の崇拝する神体そのものです。絶対服従の証として生贄を捧げています・・」


彼はかつての同僚の切り刻まれたおぞましい最後を思い出し絶句してしまった。ジョンストンは彼に同情したが、兵士達の大半が広場に到着したのを見ながら、気を取り直して馬から降りてパラディン族に近寄った。


「お前達は戦いに敗れた。武器を捨てて降伏するんだ。素直に従えば悪いようにはしない」


当初の目的からすれば、狂信集団さえ排除出来れば任務の達成と言える。明らかに弱者を痛めつける意志は毛頭なかった。そしてこの偶像を破壊すれば、問題の解決が可能と踏んだ。


「さあ、そこから離れてこちらに順に来るんだ。我々も手荒な真似はしないと約束する」


再び彼が説得すると、小さな子供を抱きかかえたり、手を握り締めたりして寄り添っている母親達が心配そうではあるが観念した様子で頷く素振りが見られた。そして更に今一度、


「さあ、悪いようにはしないから、前に進むんだ。さあ」


と促すと、一番前にいた年配の女性が無言で左右に首を振り同意を求めた後、兵士達に向かって歩き出した。彼女達も腕に刺青を施してはいるが、顔には戦士達のような色を塗っていない。先頭の女性の後を他のメンバー、子供達、病弱な者もいるようで、老人と同様、側で元気な人々が助け合いながら神妙に進む。ひれ伏して祈りを捧げていた部族民も躊躇いながらも起き上がり動き出している。

兵士達は列になって前に進む彼等のために通り道を開け、収容場所まで誘導しようと振舞った。もはや害を及ぼすことは無いとの安心感と、敗者に対するある種の同情心が彼等の表情に垣間見られた。


その時、その一団の中から一人の女性が突然に列から離れて、ジョンストンのいる方向に走り出した。彼女の予期せぬ行動を誰一人即座に阻止することが出来なかった。

反抗する者がいた驚きで近くの兵士は身構えたが、その後の彼女の動きも予想外のものであった。

ジョンストンの馬に近寄り、鞍部に取り付けてあった袋を刃物で切り取り、それを抱えて今度は奥の岩山の方に走り始める。

その間、ほんの一瞬のことで、周囲の者は皆唖然と見守る他なかった。ジョンストンもその出来事に指を咥えて見守る以外なかったが、直ぐに気を取り直し頭を素早く回転させる。そして奪われた袋の中身を思い出し、即彼女を捕らえるよう部下に指示した。

命令を受けた兵士達は敏速に動く。

段のある坂道を必死に駆け上がる彼女は、パラディンの巫女であり、優れた透視術で宝玉の在りかを読み取ったのであろう。彼女の後を3人の兵士が猛追する。さすがに自慢の足を誇る男達は瞬く間に差を詰めた。

まさに追い付かれる寸前彼女は大声を張り上げた。


「この中に入っているわ、族長。後は頼むよ!」


宝玉の入った袋はその手を離れ、思い切り前に向かって放り投げられた。彼女は捕らえられたが、その前方にいきなり全身派手な装飾を施した男が現れた。

そう彼は巫女が叫んだように、パラディン族の長であり神像の熱狂的な崇拝者でもあった。

彼は投げられた袋をひったくるや、大事に抱えて安置してある神像に向かって駆け出した。これには追手の兵士達も勝手が違い、即座に捕捉する相手を切り替えることが出来ない。

族長は一心不乱に台座に近寄り、像の表面に付着している瘤を足場にして、頭部に向かって登り始める。


「いったいあいつは何をするつもりなんだ」


ジョンストンを始め広場にいる大半のロンバート兵、カルデラ族等も訝しげな様子で見守っている。

そしてとうとう神体の肩の部分までよじ登った。そこで頭部に体を預けながら、袋から慎重に宝玉を取り出す。その前には左右の目とは別に額の上のもう一つ穴の開いた空洞のある、むしろ醜いと言っていい顔が真近にあった。

彼は握り締めた右手を高々と掲げ、神体に向かって唱え始めた。


「神よ。パラディンの神よ。ついに復活の時がやって来たのです。今こそ御世の国より命を呼び戻し、姿を現し給え。そしてこの地から侵略者を追い払い、忠実なしもべである我々を導き給え」


同時に額の上部の穴に宝玉を押し込んだ。


「ふん、いんちきな茶番劇だな。待ってろよ今すぐそこから引き摺り下してやるからな」


追手の兵士一人がようやく台座に取り付き、族長を捕らえようと迫った。少し離れた場所で兵士達に取り押さえられた巫女が期待に胸を震わせ神体に目を注いでいる。

広場の兵、パラディンの捕虜達も黙って成り行きを見守っている。

間もなく兵士が族長に追い付こうとしていた。

ジョンストンもその光景を見ながらも、以前に体験した宝玉から発生した驚くべき現象を思い起こしていた。そして不意に言い知れぬ危険を察知した。と、同時に神像に登っている兵士に声を掛ける。


「族長に構うな。すぐそこから離れるんだ!」


けれどもその忠告は遅すぎたようだ。神像の顔全体が徐々に輝き始めた。


「おお、いよいよ蘇る時がやって来たのだ。今我々の面前で神体が魂を取り戻されるぞ」


と族長の興奮した声が聞こえてくる。

その変貌は広場に集う人々の眼に強烈に焼き付く。

やがて眩しさで目が開けていられないほどの光が周囲に放たれた。


「ギャー!」


今度は絶叫が耳に入って来た。薄目を凝らして見ると、神像に登っていた族長と兵士の体が一瞬にして炎を帯びて燃え上がっていた。



*

アルガンの王宮を目指す一行は、縦列に並び前を見失わないよう、行く手に立ち塞がる藪を掻き分けながら高度を増やして行く。誰もが全身汗びっしょりで、おまけに草木の枝や葉に溜まる水滴にまみれ、湿気が多くて不快な登攀を余儀なくされていた。

山中に足を踏み入れてから既に数刻が過ぎたが、もはや道らしきものは存在せず、更に霧が濃くなり視界が悪く、密生した茂みの要所に付けられた目印だけが彼等の道程の頼りであった。

かつてパラディン族が何度もトライし、道順を明示するために枝に色を付けた紐を括りつけたが、使命を果たし同じルートを戻ることが出来た者はいない。唯一、先頭を行く若者だけが命からがら反対方向の崖に辿り着き、遠く眼下に流れる谷川に身を投じ、カルデラ族に保護されたのであった。そしてその腰には宝玉を携えていたのである。


「あとどれ位かかる?」


先導する若者にこの一隊を指揮する副隊長が聞く。


「もう少しで開けた場所に出るはずだ。そこから半刻位だったと思う」


その言葉は後ろに従う他のメンバーを元気づかせた。長時間息の切れない登り坂が続いただけに、誰もが目的地への接近に歓迎であった。なかでも老骨に鞭打って参加しているチャンプは早々にドッグ、ロイド兄弟に身を預け助けられてどうにか同行して来たのである。


「おじいちゃん頑張って、もう直ぐよ」


前で励ましの声を掛けるリーマは、若いだけに余力を残しているとはいえ、あごが上がっている。


「全く何たってこんな酷い所まで来なけりゃならないんだ。おまけにどうしてこの妙なメンバーが選ばれたのか教えてほしいよ」


と二人を交互に見ながらハンスはぶつぶつ呟く。普段は口数が多いもののさすがに疲れを隠せず黙りがちである。

他のメンバーも似たり寄ったりでひたすら歩を進めることに専念している。


「その疑問も間もなく答えが出るさ。それより巣窟に住まう化け物から身を守ることを考えないとな」


ローパスは年長だけあって彼等を待ち受ける脅威に関心を寄せた。


「くそ、どんな魔物が潜んでいやがるんだ。来た道を無事に戻った者などいないそうじゃないか。何でよりによって・・」


身震いしながらハンスはぼやく事しきりであった。

そうこうする内に、彼等の前から茂みが消えいきなり視界が広がった。平坦でスペースのある岩場で、前方はまだ樹木に遮られているが比較的勾配は緩くなっており、うっすらと懸かる霞の向こうに頂きが見える。かすかに吹く冷ややかな風が体に心地よく感じられた。

どうやら王宮に一歩近づいたようである。


「よし、ここで暫く休憩する。あと残すところわずかな距離だ。体力が回復次第出発するから、それまでに水分、食料を取っといたほうがいいぞ」


副隊長からの指示があった。皆全身汗びっしょりで、相当疲れが溜まっており、その場に倒れるように座り込んだ。強行軍の甲斐あって予定通りの進捗で来られたが、スタミナの消耗は激しいものであった。


「助かったわ。こっちの日陰の所、涼しい風が吹き注いでくるわ。気持ちがいいわよ」


「ああ、生き返った気分だわい、ここまで来られてほっとしたよ。ドッグとロイドの助けが無ければとても無理だったな。二人ともありがとよ」


チャンプが感謝する。


「俺達は指示を受けた役目を果たしているに過ぎないさ。礼には及ばん。それにここからはどうやら道は楽そうに思える」


とロイドが言うと、ハンスが口を挟んだ。


「そうあって欲しいよ。これ以上きついルートは勘弁して欲しいよ」


「お前達は大事なことを忘れている。たといこれからの王宮までの道程が大したものでなくても、着いてからが正念場だ。得体の知れない怪物に誰がどう立ち向かうのか真剣に考えないといけないぞ」


ローパスが気の緩みに警告を与えた。


「そうだった。そいつが居たんだったな。でもどんな凶暴な奴であっても親衛隊の連中が何とかしてくれるだろうさ。そうでなけりゃあこんな所までやって来ないしな」


ハンスは身震いしながらはなはだ心細げに呟いた。

各々くつろぎのひと時をようやく持てたことで、お互いに会話が弾む。また、少しでも体力を取り戻そうと、水で喉を潤し、携帯してきた食料を口にしながら、一方で自らの方法で体をほぐしている者もあった。

しばらくして最前列の方で言い合うのが聞こえてきた。どうやら副隊長とパラディンの若者のようである。懇請する声とそれを諌めている声が耳に入って来た。ローパスが気になって二人に近づく。


「いったいどうしたんだ。何か問題でも起こったのか?」


副隊長は彼の問いに少し躊躇いはしたが正直に理由を伝えることに決めた。


「彼はここで案内役を解放してほしいと言っている。あとひと峰越えれば王宮に辿り着くが、そこを守る魔物に二度と会いたくないそうだ。けれども本当に今の道順で間違いないか心配なのと、それ以前に王宮の存在自体が疑わしいこともあって、まだ自由にする訳にはいかないんだ」


「俺は嘘を言ってない。この先に宮殿があり奴は間違いなくそこに居るんだ」


若者はむきになって抗弁した。ローパスはこのやり取り聞きながら、ふとある疑問が心に湧き、尋ねてみることにした。


「副隊長、幻の可能性も否定できない王宮を我々が目指す本当の理由はなんだ。宝探しが目的ならば、この若者が携えていた宝石は私の見立てでは、価値が下がったように思える。それとも探検隊としての任務が主なのか。それに彼が怖れている化け物に関係があるのか。差し支えなければ教えて欲しい」


「それは俺も知りたい。もうここまで来たんだ。真相を知らせてもらってもいいんじゃないか」


ハンスも興味深々で質問に加わる。

それに対し副隊長は困惑気味に渋々答え始めた。


「実は俺もこの探索の目的を認識している訳じゃないんだ。隊長からこの一隊の指揮を執るように言われただけだ」


「それはどういうことだ。何の為に向かっているのか詳細を把握していないというのか。じゃあ、我々は現地で誰の指示を仰いで行動すればいいんだ」


「本当に俺は何も知らされていないんだ。課せられた任務はこのメンバーを率いてアルガン王宮を目指すこと。それが全てなんだ」


彼はますますうろたえ、投げやりに答えを返した。これにはローパス、ハンスとも呆れた様子で言葉を失ってしまった。

その時、彼等の背後から穏やかだが、しっかりした声が掛けられた。


「それは私から答えた方がよさそうだ。私がこの遠征隊を計画し実現させた張本人だからな」


彼等の前にはチャンプの老成した顔があった。



*

ソロマ湖の水面に優美で華麗な姿を映し、造形美の限りを尽くして建てられた王城。今まで目にした事のない色彩豊かな装飾と、精巧で微細な建築様式は、集まった人々全ての心を奪い感動を与えた。

更に注目すべき事は、ロンバート王国の首都としての都市設計が、宮殿を起点として美観を意識した配置で構成されているのが特徴である。もともとが透明度の高いソロマ湖畔に位置し、緑豊かな丘陵地に建てられたこともあって、街路、住居、公園等の公共施設、下水道に到るまで極力元々あった樹木、草花を残し、自然との調和を区画整備の主眼としていた。

 今日この地でソロマと名付けられた新都の完成祭典が催されていた。

王城前の集会場には多くの人々、既に住居を自分達で確保するか、提供され移住している市民や兵士、これから新都で仕事を探し、暮らそうと期待してやって来た家族連れや若者達、地方から王宮を一目見ようと観光中の旅行者、もちろん新都披露の行事に招待された国内外の有力者等が集い、身動きが取れないほどの大混雑で満杯の状態であった。

けれども、誰もが新都のスケールに驚嘆し、その美しさを誉めそやし、少々の不都合にも不満を言う者などなかった。手前に設けられた舞台で、朝からひっきりなしに繰り広げられている演劇、歌唱、舞踏等の様々な催しに、人々はすっかり興奮し感激に浸っていたのである。

 定期的に正面の王宮バルコニーに君主であるロンバート四世王が顔を見せ、民衆に祝福を与えた。もはや長年の懸案であった敵対部族との抗争にも勝利し、国内の反乱の芽も摘み取り治安も安定化、ロンバート王国の体制と王としての権力も揺るぎの無い磐石なものとなった。もちろん政治情勢の平穏化は一般市民にとって大歓迎で、王に対する信頼は一段と増し、多くの人々が敬服し改めて忠誠を誓ったのである。


祭典は数日夜遅くまで続き、パレードが街を巡回し、夜には花火が打ち上げられる予定で、誰の顔にも満面に喜びが満ち溢れていた。


 「リワード卿を呼んでくれ」


ロンバート王はこの日各地からやって来る使節との接見の傍ら、市民の前に姿を見せるため、数回バルコニーに出て挨拶を繰り返したが、ようやく自室で寛ぐ機会を得た。

頭髪に霜がかかっているものの、左右に伸びきった口髭を蓄え、自信に溢れた表情と、がっしりして無駄肉のない精悍な体躯は、王国を統治する者として周囲に威厳を与えた。

待ちに待った首都の移転がようやく実現し満足感に浸り疲れなど気にならないものの、この後も王族、重臣共々招待客との晩餐会が控えておりスケジュールは厳しいものがあった。


「ただ今参りました陛下」


今、王から全幅の信頼を得ているリワード侯爵が入って来た。


「おお来たか。ご苦労だったな。まったく今日は予定が目白押しで腰の温まる暇もないわ。候とも話しすら出来なんだな」


「陛下もお疲れでございましょう。この後の宵の宴席にはまだ間があります。ゆっくり休息して頂ければよいかと」


「まだまだ大丈夫だよ。これくらいの公務に根を上げていては、君主など務まらんよ。ましてや今回の首都移転に対する市民達の反響に手ごたえを感じる。ここで手を抜く訳にはいかないしな」


「まことに仰せの通り市民の意見は総じて好評で、王城を始め主要な建物、施設の優雅な形状に目を奪われており、一方で遠く連峰を望むソロマ高原の鮮やかで美しい景観に圧倒されております。初めてこの地にやって来た市民達のほとんどが新都ソロマに移り住みたいと熱望しており、その為の手続きをどうすればいいかとの問い合わせがひっきりなしに入っております。いやはや大変な騒ぎになりそうで対応に嬉しい悲鳴です。そういう意味で歓迎一色の大成功と言えます」


「あはは、それは予想以上に成果があったと言うべきだろうな。いずれにせよこの功績は候の適切なアドバイスと尽力の賜。改めて礼を申すぞ」


「いえいえこれは王の優れた先見の明とご英断があってはじめて成し遂げられたこと。私などは明示されたご方針に従って施策を遂行してきたに過ぎません。それに以前に申し上げたように今回の遷都の元となる国家形態の長期ビジョンは私の発案したことではありません」


「それは謙遜と言うもの。候なくしては実現は覚束なかったことは紛れも無い事実。最高の栄誉は候に与えられるべきものだ」


「そのお言葉だけでも大変光栄でございます。今日まで仕事に携わってきた甲斐がありました」


「ところで何と言ったかの。その提言したという配下の者は。その後連絡はあったか」


「いえ、ザビルと申しますが、遠征隊の一員として出発してからまだ何も。何しろ連峰の向こう側の地理は全く資料がなく、唯一脱走兵の記憶が頼り。どれ位日数が掛かるものやら。とにかく無事でいてくれればと願うばかりです」


「彼の地は昔から人を寄せ付けぬ禁断の地として名高いが、同時に金銀財宝が豊富にあるとの言い伝えもあるし、一方で野蛮で危険な魔者達が跋扈しているとも聞く。その兵士も命からがら辛うじて逃げ帰って来たそうじゃないか。よく当人も行く気になったものだな。期待半分怖さ半分といったところかな」


「は、当人の起っての希望で同行を許可しましたが、身分と名前を偽って参加したいと言います。何か事情があるようでしたが、迷惑をかけないとの約束で自由にさせました。が後で振り返ると、十数年前に彼が私に近づいた目的がこの遠征、即ち連峰の向こう側に行くことにあったのではないかと思える節があります」


「ほう、それはどういう事だ」


「はい、彼が私の前に現れ、自分を使ってほしいと売り込んできた際、既に五十を越えていたでしょうか、最初は年配なので正直採用には消極的でしたが、その見識の深さと先進的な世界観に感銘を受け、補佐役にしました。ところがその後発揮した彼の能力は予想以上のものがありました。お恥ずかしながら今回の遷都を始め、今までに私が提案し、実施してきた政策の数々は彼の意見が元になったものが大半です。幾度か窮地に陥ったこともありましたが、今日まで無事やってこられたのも彼の適切な助言と励ましがあったからこそです。その彼が一貫して主張してきたのが、いずれも失敗だったのですが彼の地、つまり連峰の向こう側の調査でした。いずれはロンバート国の将来の発展につながるとの理由で派遣してきましたが、予想外の処から情報が入り、とうとう今回の大部隊の出動と相成った訳でございます」


「うむ、ようやく意志が叶い情勢も安定化の兆しが見られたので、次の段階での取り組みとして特別に認可したものだが」


「はい、今回は今までになく熱心な申し入れで、もう少し予備調査をしてからという意見も覆して実現の運びとなったのですが、その後の参加者の人選には驚かされてしまいました」


「そうであったの。蛮族と対抗するため最強の布陣で親衛隊を選抜したのはいいとしても、犯罪者を選ぶとはな。私もいささか意外に思ったものだ」


「彼等にはそれぞれ重要な役割があるとの説明でしたが、更に驚かされ、不思議に思ったのが、直前になって2名の追加を言い出したことです。一人はザビル自身でもう一人はこれも監獄に収容されていたのですが、少女の参加でした」


「それは私も初耳だが、何故なんだ」


「まことに申し訳ございません。その時はまだ首都移転前の繁忙の折、少しでも陛下の耳を煩わさないよう私の独断で了承しましたが、彼に理由を問い詰めますと、孫娘だと言うではないですか」


「男でも尻込みしそうな土地にどうして少女が。それも肉親とはな。何か曰くがありそうだな」


「彼の地の特にアルガンと言う場所で、彼女の特殊な能力が必要とのことです。本来であれば彼の娘、つまり少女の母親がその役目を果たすはずであったが、自堕落で奔放な生活が身に染まり、もはやその力を喪失してしまったとのことです。やむおえず孫娘に白羽の矢を立てたが間違いなく同じ力を有しているはずと言っておりました」


「どうも分からんな。いったいどのような才能を持っていると言うんだ。それとどうして監禁される羽目になったのかね」


「限られた人間、それも特定の女性だけに備わった予知能力を持ち、正しい針路に導いてくれる媒体としての役割との説明で、孫娘の拘束はあくまでも我儘で利己主義な母親から保護するために必要であったとのことでした。それ以上はお茶を濁されてしまい追求出来ませんでしたが、どうも気になるため彼が出発した後でダモイの港に居るという母親に会いに行きました」


「ほう、それはご苦労だったな。でどのような女性だった?」


「ところが確かパルマと申しましたか、居場所を何人かに聞きましたが、評判はいずれも芳しいものではありませんでした。ようやく本人に会えたのですが、いきなり遊び相手を探している者と誤解され、連れ込み宿に誘われてしまいました。そう彼女は港界隈を根城に稼ぐ街娼だったのですが、私が役人だと知るや否や途端に愛想よさが消え、冷たくよそよそしい態度に変わってしまい、噂通り好悪感情の激しい、用心深い女性という印象を持ちました。更に父親ザビルの名前を伝えるや、いきなり怒り出し娘を返すよう詰め寄られてしまいました。どうやら彼女にとって娘の逮捕は晴天の霹靂でザビルが係わっていると知ってから、かんかんになって港エリア警備の所轄部署に怒鳴り込んだと申します。娘からみて父親は二度と会いたくない憎むべき人間と知ったのはその時でした。なんとか、なだめすかせ、同情を装いながら聞きだした彼等の過去の経歴は次のようなものでした。

もともと彼等親子は南方の出身で、ザビル自身は教養があり、学んで吸収した知識を人々に教えたり、指導したりして生計を立てていました。一方では一家に代々言い伝わる家訓の信奉者でもありました。そこには彼等子孫がこの世界で将来果たすべき使命も含まれています。ある時パルマが、まだ幼少だった時分ですが、予知能力に目覚めます。彼女の口から飛び出してくる言葉はまるで祖先の霊が乗り移ったようで、ザビルはその内容が言い伝えの反映であると確信します。

それからというもの親子は世界各地にその言葉の意味を裏付けるため放浪の旅に回りました。南方諸国、中原地方、北方諸国、そして当ロンバート王国にも何度か足を踏み入れたそうです。来る日も来る日も、ザビルは課せられた責務であると自分に言い聞かせ、使命の履行に没頭したのです。

けれどもパルマにとっては災難以外のなにものでもありません。一つの場所に落ち着くことは無く、せっかく慣れた土地も直ぐに離れることとなり、親しくなった人々との後ろ髪を引かれるような別れも再三あったそうです。子供の内はまだ良かったのですが、物心がつく年齢になってからは、好きな遊びや趣味、若者同士の交際も能力が損なわれるとの理由で禁止され、反発心が積み重なります。そしてとうとう我慢の限界が過ぎ、ザビルの元から逃げ出しました。

けれども察知した彼はその都度居所を探し当て引き戻します。そしてますます監視の目が厳しくなり、彼女の欲求不満は募る一方でした。やがて彼女に好意を抱く男性が現れ、二人は駆け落ちしたのです。

今度はザビルから遠く離れたことで戻されることはありませんでしたが、その後子供が産まれ、その男性とも別れて色々苦労を積重ねた末、今のダモイに腰を落ち着けた訳です。その意味では気の毒な女性と言えるでしょう。

ではザビルは彼女を見失ったかと言うとそうではなく、居場所も孫の存在も知っておりました。ただ今度は機会が来るまで見守る事にしたのです。彼にとって存在を知られて再び出奔されることを怖れました。従ってあまり目立った行動を控えていたことも今になって納得します。

その間十数年、私のもとで優秀なスタッフとして雇われていたのです。一方で本来の任務についても気を配っていたに相違ありません。

そしてついにその日がやって来たのです。彼は再び旅に出ました。今度は彼の孫娘を伴って、連峰の向こう側に」


リワード侯爵は想像を交えた見解をようやく語り終えた。沈着冷静な彼にとっては珍しく、感傷に浸っている。


「よほど重要な使命だろうな。一生を賭けて、しかも家族を犠牲にしてまで取り組む理由は何か、ぜひとも知りたいものだな」


「ええ、その答えが見付かるといいですね。そして早く帰って来ることを期待していますよ」




*

 今、休憩中のメンバーの全ての目がチャンプに注がれていた。


「私がリワード侯爵を動かし、この地の探索と蛮族の征伐を目的として遠征隊の編成、メンバーの選定に携わったのだよ。私の名前はザビルと言い、卿のもとで長年仕事をさせてもらっているが、今回の探索の実現は私の夢がようやく叶ったとも言えるんだよ」


「どうもおかしいと思っていたんだ、じいさん、いやザビルさんか。我々でもきつい難路を無理して参加しているのが。では俺達を選んだ理由はなぜなんだ」


ハンスにとってはその告白に驚きながらも、自分達が係わった訳を知りたくてしょうがなかった。


「その前にこの遠征の目的なんだが、一つにはこの地を安全で往来の容易な場所にすること。それはロンバート王国の将来にとって有益であり、その為にもパラディン族の排除が必要で、ジョンストン隊長が今展開しており間もなく可能となろう。もう一つのこのアルガンについては、世界の安全を守り、危機を回避するために我々に課せられた使命として訪れる必要があったのじゃ」


「どうもよく解らん。では我々が向かう王宮には、パラディン以上に恐ろしい難敵が待ち構えているというのか。それは彼が襲われたという魔物のことなのか」


ローパスは首を傾げながら疑問を投げかける。


「それは私にもわからない。ただ一つだけ確かなことは、王宮がこのアルガンにあり、その創造主が強大な敵にこの世界を蹂躙させないよう協力を求めていることだ。祖先からの言い伝えと、詳しくは説明出来ないが主からの啓示があり、長い間王宮の場所を捜し求めていた。そして、ついに存在の確信を持ったのがこのアルガンなのだ」


その途方も無く謎めいた話に誰も口を挟もうとはしなかった。


「つまり行ってみないと何が待っているのか解らないことも事実だが、現地で直面する事態を打開する鍵として、次のような言葉が古文書に伝わっており、それに相応する人間を伴えと記載されている。即ち、『宝玉の正体を明らかにせよ』『双子を大事にし、その力を借りよ』『宝剣を捜すべし』と」


「分かった。それで俺達に白羽の矢が立った訳だな。俺には宝石の鑑定を、双子はドッグ、ロイド兄弟、宝探しはハンスの役目ということか」


ローパスがようやく合点がいき相槌を打つ。


「そう、それと務所に入っているよりましだし、断ることはないと思ったのでな」


四人とも図星であったせいか返す言葉もなかった。


「じゃあ、おじいちゃん。私はなぜ来る事になったの?」


今度はリーマが尋ねた。ザビルは幾分困った顔をしながらも彼女の肩に手を添えて答えた。


「リーマ、お前には最も重要な役目が待っておるのじゃ。だが今それを伝えることは、ある意味で差し障りが出かねない。けれども信じてほしい。決してお前を危険な目に合わせたりしない。もし不測の状況に陥っても私が側を離れないから」


その説明には肉親を労わる愛情に包まれていた。


「もし・・もし万が一、その言い伝えや、お告げが本当だとしても、敵の罠だとしたら、悪魔の手引きだとしたら、そう考えたことはないのか」


ローパスが一抹の不安を呈した。


「それは無い。私の人生を賭けて調べたことだ。証拠も幾つかあり間違いはあり得ない。だが、王宮とは言いながらも私もどのような姿なのか魔物にどう立ち向かうか成算がある訳ではない。遠征隊の任務とはいえ、私が皆を巻き込んだのも事実だ。この中で気が進まない者がいたら引き止めはしない。ここから戻ってもらっても構わないよ」


彼の申し出にそれぞれがお互いの顔を見合わせた。真っ先に答えたのはリーマだった。


「私は行くわ。謎の王宮、ぜひどんな所か見てみたいわ」


「ありがとう、リーマ。他の者はどうだ。遠慮することはない」


メンバーの一人ひとりを見回し、パラディン族の若者で目を留め、答えを促した。ところが彼は何か感じ取ったようで小さな声で怯えながら言った。


「もう遅い。奴めとっくに俺達の事に気づいていやがったんだ」


その言葉は全員に緊張感を強いた。声を立てることなく耳を澄ます。草の葉に何かが触れる音が聞こえる。


「武器を持つんだ。戦闘態勢に入れ」


副隊長が部下に指示。即座に親衛隊員は起き上がり中腰に構えた。


「ガルルー」


今度ははっきり唸り声が耳に飛び込んで来た。獰猛で重く響くような轟音に皆金縛りに遭い、立ち竦んだ。

そして、正面の藪が揺れ枝葉の折れる音がすると同時に、その者が姿を現した。

 それはまさしく魔物と言ってよかった。大きさは彼等隊員の倍はあった。大柄なドッグ、ロイド兄弟もむしろ小さく見えてしまうほどである。そして四足で伝説の獅子を思わせ、口の隙間から上下に鋭い牙が覗いている。更に目は真紅でまっすぐに睨まれるとそれだけでも恐怖で縮み上がるような迫力があった。前足のつま先は鉤爪で刃物のように尖っており触れられると重傷を負うことは疑いなかった。更に額から背中、腹部に到るまで硬そうで厚い甲羅に覆われており、一見して体全体に弱点となる死角は見当たらなかった。

それでも、根っからの勇敢な戦士達は魔物の前に立ちはだかり、対決姿勢を変えようとはしなかった。


「ガルルー」


魔物が彼等に向かって飛び掛る。戦士達は剣を振り下ろす間もなかった。一瞬にして二人が跳ね飛ばされてしまった。彼等が身につけている鎧もあっさり引き裂かれていた。

ようやくのことでその背中に剣を浴びせる事が出来たものの、その硬さに折れてしまった。その後、隊士全員が倒されてしまうのに時間は掛からなかった。

その間、ザビルやローパス達は離れた場所でこの一方的で凄惨な戦いを見守る以外なすすべがなかった。そして親衛隊士が完敗し次に矛先が向かって来る事も承知していた。まさしく魔物は中心にいるリーマを庇い背にしたザビルを照準に飛び掛ってきた。


「キャアー!」


周囲に響くリーマの叫び声。二人に届くわずか手前で、辛うじてドッグ、ロイドが魔物に飛びついた。それぞれが腹部と背中に食らいつき両手で首を押さえる。ローパス、ハンスも爪の無い後ろ足を手で押さえ動きを止めてしまった。渾身の力を込めて魔物を押さえ込む。けれども少しでも力を抜くと引き摺られてしまうほどのパワーがあった。また力が衰えることもなかった。とにかく前進を食い止めるだけが精一杯で、剣も通じそうになくあとの思案が全く立たない。

更に悪い事にもう一度前方の藪が動き、凶暴な顔が隙間から覗いた。


「何という事だ。もう一匹現れた」


ザビルが悲痛な声で呻く。

魔物と格闘中の四人もその声が耳に入り振り向く。全身の姿が飛び込んできたが、二匹目も全く同じ体型をしていた。同じように唸り声を張り上げ獰猛な挑発。


「くそ、もう駄目だ。誰か何とかしてくれ!」


ハンスが叫ぶ。もう一匹の魔物が、まさに彼等目掛けて飛び掛ろうと構える。

一行の誰もがもはやこれまでと観念した。

と、その時。













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