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十五「背負い込み過ぎた勇者の歩みは始まった」

 俺らは城の裏口から外へ出してもらえた。

 王子様の願いを聞き届け、また命掛けの旅路へ向かう。

 あぁ、そうだ。一度、スミスさんの所にも行かねば。一応釈放された事を伝えておかないと心配するだろうから。


 「とりあえず、準備等含めてスミス工房へ戻るけど先寄りたいとことかある?」


 「あー……アタシは鍛冶で必要になりそうだから魔鉱石を何個か買っておくね。ラフィーちゃんは?」


 「私は特にないからナビィちゃんに付いてくね」


 俺は了解とだけ伝えて、スミスの所へ向かった。


 # # # # # # 


 「スミスのおっさんいるかい?」


 「あーい!……ってアサヒじゃねぇか。生きてたんかワレ。ガハハッ!」


 スミスは喜びながら肩を叩いてきた。

 この手厚い歓迎ともお別れか。


 「あぁ。なんとか生きてたよ。例によって箱娘達はお転婆過ぎて冷や汗かかされたけどな」


 スミスはそうかと言うと、小槌を置いて近場にあったイスに腰掛ける。


 「じゃあ、もういくんだな」


 「あぁ。2日程度だけど世話になったな」


 スミスは優しい人だ。

 金無しの俺に剣を貸してくれたり、悩みやら鬱憤を吐き出す口となってくれた。

 俺は昔から親父が居なかったから分からないけど、お父さんのような優しさが感じれた。

 そんな初めての経験や感情を持たせてくれたスミスには感謝しきれない。


 「ガハハッ! 水クセェ事言うんじゃねぇよ勇者様よ。勝って笑って、次会うときは酒でも呑もうや!」


 「あー……酒は勘弁願えるか? 俺めっちゃ弱いからさ」


 スミスと酒で卓を囲む、そんな想像をしてセンチメンタルな気分になる。

 何分、ラフィーと旅してきたからか俺も涙脆くなっている気がする。

 ミカさんもスミスも現実世界じゃ味わえなかった感情にさせてくれた。

 始まりは不純であれ、異世界に滞在もとい帰還してきて正解だったと思う。

 ……あれ? 俺って現実世界に帰れるのかな? 帰る事を考えてなかったけどそろそろゲームが恋しい時期なんだが。


 俺がアホな事を考えていると、スミスは潔く承諾した割に不安をこぼした。


 「ホント……娘を頼んだぞ」


 スミスは娘の前でカッコつけ……てるのかはわからんが、娘の前で強くある親父だ。

 だから、こうして2人きりの時には不満やらなんやらをこぼしてしまうのかもしれない。


 「安心しろよ。少なからずナビィちゃんは俺よりは強いと思うぜ。ほら、俺って貧弱だから」


 「確かにあの子は戦闘も出来るが……それとは違うとこは普通の女の子だからな。親として心配なのはあるぜ。……つか、お前だって充分強いだろ。兎を百体近く狩ってきたんだ。才能がねぇ訳ではねぇだろ。……こっそり筋肉質だしな」


 鍛冶屋のスミスには見抜かれていた。

 俺がこの世界に来て初めて風呂に入った時に気付いた事がある。

 現実世界の時よりも筋肉質になっていたことだ。

 それこそ、運動部のように無駄な脂肪はなかったのだ。

 剣を扱う際も現実世界の時の身体では耐えきれず、もたなかっただろう。

 きっと、ラフィーやミカさんが言っていたように森で狩猟を行なっていた賜物だろう。


 「俺は普通だよ。普通が出来て当たり前。当然を生きてきたから普通でしかないよ。でも、一つだけは異分子があるけどな」


 それは現実世界での知識があり、異世界に何か使えるものがあるかも知れないってだけだが。

 それでも、この世界での常識から外れたものなのだ。異分子として扱える。そんな気がしている。


 「はっ、お前が普通じゃねぇのは色々と知ってるぜ。初めて会った時から匂ってたからな」


 あら、私ってそんな臭いからしら?

 って事ではなく、単純に他とは違う何かを感じ取ったのだろう。

 それは俺自身、自分で気が付いていない事だ。……多分だけど。

 多分というのはスミスが最初から、こいつは勇者の気質がある!とか不安定なものを感じ取っていた可能性もある。

 まぁ、それって結局俺の事を持ち上げてるだけで本当は感じ取っていないかも知れないからね。

 親戚が「おお、カッコよくなっちゃって。昔からそんな気はしていたんだけどな!叔父さん知ってたよ!」的なものだろう。


 「おにーちゃーん! 行くよー!」


 ラフィーが店の外から声をかけてきた。

 俺は重い腰を上げて、店の外に向かった。


 「じゃあ。スミス。勇者になって帰ってくるわ」


 スミスの笑い声に押されて店の外へ勇気を持って踏み出した。

 人に笑われて勇気を持てたのは初めてだ。

 現実じゃ笑われて悲しい思いしか感じれなかったから。


 「いいのか。親父さんに挨拶しなくて」


 ナビィは1人だけ馬車の運転席に座って待っていた。

 これから長旅になるんだから行ってきますくらい言ってあげればいいのにね。


 「いいよ。お父さんもわかってるし。『もしも何かあったら』なんてないよ。だって、勇者アサタンがいるからね」


 揶揄うように笑われたけど、その笑顔に悪意は篭っていないようだった。

 この家族は人にやる気を出させる素質があるのかもしれない。

 俺はラフィーが馬車に乗り込んだ事を確認して、目を強く開く。


 「さぁ! 出発だぁ!」


 自分よりも歳下の女の子を。

 この街のしがらみを。

 この世界の分割を。

 全て、背負いこんで勇者は歴史に残す歩みを始めた。

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