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天敵アスモさん登場とフェインの独白

 あれからもアガサは手加減の特訓と並行して試合に出続けた。一発で血反吐を吐かせて戦闘不能に出来る程度の加減が出来るようになり、フェインへの借金を返済し終え、ファイトマネーでウハウハになったアガサは───。

「びゃああああああああああああ!」

 ───大号泣しながら全力で天敵を殴っていた。

「うふふふふふふ」

 天敵は不敵な笑みを零し、長い茶髪を靡かせながら逃げるアガサを追い、すぐに殴られて上半身が消し飛ばされる。

 普通ならここで死んでいる所、天敵は時間が戻るように一瞬で上半身(服含めて)が元に戻り、追跡を再開する。

 殺せない、死なない、笑いながら追いかけてくる。これほどの恐怖はそうそうないだろう。

 さて、何故アガサが天敵に追いかけられているのかと言うと簡単なことだ。

 部屋に行ったら居た。

 以上である。

 もちろん、アガサは変装などしておらず、姿を見られたからとすぐに顔を粉砕して殺したのだが、すぐさま復活して笑いながら天敵は追いかけてきたのだ。

 いつの間に侵入したのかは分からない。

 ありとあらゆる方法で始末しようと、アガサはなりふり構わずに加減無しの魔法まで使って燃やし、溺れさせ、潰し、埋め、凍らせ、四散させたが全てが無駄。思いつく限りの方法を試したアガサに残された選択肢は、もう逃亡しかなく、せめての抵抗で殴ってはいるものの、相手が怖すぎて泣いた。

 泣いて、殴って、逃げて、泣いて。フェインが様子を見に来るまで、アガサは延々と逃げ続けた。


 アガサの天敵の名はアスモ。有名な傭兵で、実力は高く、裏社会でも信頼と実績がある人物。だが、何でここに居るかは分からないとフェインは言う。もちろん、フェインの後ろに隠れているアガサも知らない。

「アガサちゃんに会いたくて忍び込んだのよ」

 二人の疑問にアスモはからからと笑いながら答え、フェインは引きつった笑みを浮かべる。

忍び込んだと簡単に言うが、部屋を作った事はフェインとアガサと空間屋しか知らない。そしてフェインもアガサも誰にも言ってはいないし、空間屋が漏らすとは考えられない。もし漏らしてたら、信用が大切な裏社会で生きては行けていないはずだからだ。

「それで、アガサに何か御用でしょうか」

「あ、用はもう終わったわよ」

「え?」

 もう用は終わったとアスモは言うが、アガサはアスモに何もしていない。強いて言うなら、逃げながら迎撃したくらいだ。

 アガサもフェインも困惑する中、アスモはほうっと熱い息を漏らして言い放った。

「あんなに痛い攻撃、初めてだったわぁ……♥」

 うっとりと恍惚の笑みを浮かべ、頬を赤らめながら、茶髪の女傭兵は言い放った(重要なので二度言いました)。

(……ドン引きだわ)

 心が宇宙の彼方まで引き、涙まで引っ込んだアガサ。

 フェインもアスモの性癖を知らなかったらしく引いていた。

 裏社会の闇は深い。そう感じたアガサであった。

「あ、そうだ。小耳に挟んだんだけど、使い捨てが出来る武闘家を捜しているんですって?」

「え、あ、はい」

「私が紹介してあげ「結構です」

 使い捨てとは人聞きの悪い言い方だが、その通りなので頷くとアスモは人当たりのいい笑顔を浮かべて提案してきたがアガサはすぐに断った。理由は簡単。紹介する度に今回のようなことが起きるのが容易に想像出来たからだ。

 もう既にアスモの事が大嫌いなアガサがそう警戒するのも無理のないことだった。

「じゃあ、お金を払うから定期的に私のことを殴って頂戴!」

「俺にそんな趣味はないです!」

「つまり放置プレイって事ね!」

「フェイン! 助けてくれフェイィイイン!」

「裏社会上層部御用達の傭兵に何か言えるほど偉くねぇから無理」

「びゃああああああああああ!」

「また来るわ」

「行かないでくれぇええええええ! フェイーーーーーン!」

 アスモ限定で泣き癖が付いてしまったアガサ。それを不憫に思いつつも、フェインにはどうしようも無い。それ以上に色々と手に負えないアスモの相手をしたくないらしく、フェインは追い縋るアガサを振り切って部屋を出ていった。

 残ったのは泣いているアガサとニコニコと朗らかに笑うアスモ。

「思いっきり殴ってくれてもいいのよ!」

「もぉやだぁああああああ!」

 アガサの受難は続く。


「まだ見つからないのか!」

 質素な部屋内に男の怒声が響く。怒声を浴びせられた相手は萎縮し、身を固くする。その様子を見た男はわざと大きくため息をついて乱暴に椅子に座る。

 男の名はヘイル・ワグリ。グレン帝国極秘研究所で所長をしている帝国軍人だ。

「Z-19531が逃亡して既に一ヶ月以上が経つ。まだ足取りを掴めんのか」

「も、申し訳ございません。リーザへ向かったという情報があり、捜索しましたが未だに痕跡すら……」

「まだ10歳そこらの少女一人だぞ。居たら絶対に目立つはずだ」

 ヘイルが部下を睨みつけるが、部下もその線で既に捜索していたようで口を噤んでいる。もちろん、それはヘイルも予測していたことなので独り言に近い言葉だ。なおもヘイルは独り言を続ける。

「ここで生まれ育ったのだから協力者など居るはずもない。なりそうな奴も捕らえてある……どこに行ったと言うんだ」

「へぇ、まだ見つかってないみたいだね」

「「!」」

 気づけば、そこに青年がいた。

 青年は二十代前半といった風貌で、グレン帝国軍の軍服を着ており、所長であるヘイルが来客などの際に使う革張りのソファに腰掛けて寛いでいる。

「だ、誰だお前は!」

 部下が声を上げるが、ヘイルは冷静に青年を見ていた。というよりは部下が取り乱しすぎて逆に冷静になったというべきか。わざわざ自分の存在を知らせる行為とグレン帝国の軍服を着ている事から、少なくとも敵ではないと判断し、ヘイルは青年の軍服に付いている肩章に目をやって階級を知ると即座に敬礼をする。

「部下が失礼しました。少将閣下!」

「し、少将!? た、大変失礼しました!」

 部下も少将と聞いて慌てて敬礼を行う。青年も立ち上がると敬礼し、すぐに手を下ろし、ヘイルたちも下ろすよう促されて下ろす。

「ここにはベルマン中将閣下と他数名の将官の方々しか知らないと聞いておりますが、少将閣下はベルマン中将閣下からここの事をお聞きになったのでしょうか」

「そうだよ。ベルマンさんに頼まれて様子を見に来たんだ。いつも世話になってるから断れなくてね」

「な、なるほど」

 通常、グレン帝国軍内で恩師であろうと階級が上の者に対してさん付けはしない。階級か殿。将官相手では佐官以下は閣下付けだ。

 それをさん付けするとは、どうやらこの少将は破天荒か癖者のようだ。

「それで、申し訳ございませんがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「あぁ、まだ言ってなかったっけ。ファボル・カウスマンだよ」

「!」

 ファボル・カウスマン。

 グレン帝国が起こした戦争全てで常に最前線に立ち、武器を持たず、己の拳だけで戦って武勲を重ねた豪傑。と表向きは言われているが、その本性はとても凶暴な戦闘狂だ。その凶暴性は、彼が戦った相手は全員が判別できなくなるほど顔を潰され、本当に殺したかどうかは現場に居た敵兵に聞かなければならない程。

 もっと巨躯な男を想像していたが、目の前に居るのは線の細い……どちらかというと弱そうな男だ。しかし、歴戦の猛者は雰囲気で分かると言うが、それと同じように分かる。この男は戦闘狂だと。

 部下だけでなくヘイルの背中にも冷や汗が流れる。

「ベルマンさんから聞いた話だと、開発した生物兵器の……確か合成獣が逃げたって?」

「は、はい。逃亡する際に捕縛部隊八名殺害し、魔法で捕縛するもそれを素手で引きちぎったので捕縛部隊は撤退。その後に奴隷商人らしき男数名を殺害し、アルスメリア王国の都市「リーザ」へ。その後の足取りは何も掴めておりません」

「ふぅん。後始末は?」

「はっ。捕縛部隊の生き残りは全て処刑。奴隷商人も生き残りが居りましたのでこちらも始末し、魔物に襲われた様に工作致しました」

「なるほど。それじゃあ、この事を知っているのはこの研究所の居るのとベルマンさんだけか」

「その通りです」

「……」

 部下からの報告を聴き終えたファボルは黙り込む。ヘイルと部下はファボルが口を開くまで待ち、ファボルが次に口を開いた時の言葉を聞いて驚きの声を上げた。

「俺がちょっと捜しに行ってくるよ」

「えっ!?」

「だ、駄目です!」

 慌てて制止する二人だが、相手は少将という実力も階級も上の人物。しかも言葉で何とか出来るようなタイプではない。

「別にいいじゃないか。ちょっと行ってちょっとボコって連れて帰ってくるだけさ」

「き、危険です!」

「Z-19531は非常に強力な兵器で、如何に少将と言えど勝てる保証はありません!」

「いいからいいから。君たちは何も知らないってことにすればいいからさ」

「ですが!」

 なおも食い下がろうとするヘイルにファボルはため息をつくと顔を引き締めた。

「これは上官命令だ。ヘイル少佐」

「っ……か、畏まりました」

 命令と言われてはこれ以上の問答は不可能。仕方なくヘイルは引き下がり、用が済んだので帰るファボルの背に向かって敬礼と言葉を送る。

「ご武運を」

 ファボルは軽く手を振り、そのまま所長室を去った。完全に姿と気配が消えたのを確認してから手を下ろすヘイルに部下は尋ね、ヘイルは疲れたように答えた。

「……所長、本当に報告しないんですか?」

「するに決まっているだろう。ベルマン中将閣下にすぐに報告しろ。……ファボル少将には怒られるだろうがな」

「了解しました……胃薬、用意致しますね」

「頼む……」

 早速痛み出した胃を擦り、ヘイルは力なく椅子に腰掛ける。

 中間管理職は辛いのである。


 フェインに作ってもらったいつもよりしょっぱいオムライスを食べながら、アガサは去り際のアスモの言葉を思い出していた。

『アガサちゃんはここに居たいの?』

『まぁ……居心地良いし、離れようとは思ってない』

『それなら、これからは気をつけなさい』

『あんたに?』

『睨まないで頂戴。滾っちゃうでしょ……他の裏社会の住人によ』

『はぁ?』

『形を残せないから特攻させて殲滅にしか使えない人材としか思われてなかったけど、形を残せるって貴女は実証してしまった。……貴女を懐柔して、要人の暗殺とか敵対勢力に向かわせて見せしめに皆殺しにさせようとしてくるわよ。裏には知れ渡ってるから、狙うとしたら表ね』

『……』

『私は痛みさえ貰えればいいけど、他の連中は違うわ。特に貴女が懐いてる彼。彼も裏の住人だから気をつけなさいよ』

『フェインはそんなんじゃ……』

『私の心配が杞憂なら良いのよ。でも心は許しちゃダメ。裏社会は信用したら背中から刺される。そんな世界なんだから』

『でも……』

『いいから。そういう仕事を頼まれたら断るか、受けたふりをして逃げなさい。これ、私のセーフハウスの住所。困ったら来なさい、痛みをくれるなら割引料金で面倒見てあげるから』

『……』

 アスモから渡された紙には別の国の住所が書かれていて、俺はその紙のことをフェインに言うことは無かった。

 信頼していないわけじゃない。フェインには拾ってもらった恩があるし、面倒も見てくれるし、金も稼ぐ手立てもくれた。

フェインが居なければ、今頃は何処かで野垂れ死にか盗みを繰り返していたか。それか帝国に連れ戻されていただろう。既に何人も殺している身で言うのもあれだが、どれも嫌だ。特に帝国に連れ戻されるなんて嫌だ。

この体の持ち主の心がガリガリと削られて壊れていく感覚を思い出し、食事の手が止まる。フェインは仕事に行っているので居らず、試合も今日はないので、今ならゆっくりと考えることが出来る。

(フェインが俺を利用しようとしているのかは分からない。アスモの方は、正直痛いことが好きで、俺の攻撃による痛みが目的としか思えない。その点で言えば利用しようとしているとは言えるけど、他にも考えがあるかも……例えば、俺を懐柔しろと誰かに依頼をされたとか。俺がアスモに懐いて身を寄せれば、あいつは依頼の達成と痛みを好きな時に受けられる。うん、他に情報が無さすぎてこれくらいしか考えられないな)

 アスモを疑っているが、アスモ自身が信用したら駄目だと言っていたのだから疑っても文句は言わないだろう。いや、むしろ疑われて殴られたらと期待しているのかもしれない。絶対に期待してる。ほとんど知らないけど、あれはそういう奴だ。うん、絶対そうだ。悩むだけ無駄。もしフェインが俺を利用しようとしているのであれば、恩があるからちょっとは手伝ってやるけど、度が過ぎるのであればとっとと逃げてアスモの所へ行こう。そしてあいつを利用する。よし、これで行こう。

 誰に言うわけでもなく決めると、残ったオムライスを口に運ぶ。

 相変わらずフェインの作るオムライスは美味い。もしここから離れるのなら、このレシピを聞いてから離れるべきだろう。いつか食べたくなるかもしれないからな。それに料理も誰かに頼りっぱなしというのもあれだ。離れる離れない以前にいつか出来るようにならないといけないな。前世ではそれなりに出来たけど、この世界では通じないだろう。この世界の食べ物の調理方法とか知らないし、どんな味かも想像がつかない。オムライスがあるから卵と白米とケチャップはあるのは確実だけど、それ以外の食料は全く知らない。

(見たら調理方法と味が分かるような……そう、鑑定みたいな能力でもあればなぁ……)

 そんな都合のいい能力なんて無いだろうし、そもそも俺は持ってな……。

「……あ」

 あった。ありましたよ、そんな都合のいい能力。というかギフト。

 全く馴染みが無かったし、試合とか手加減の特訓とか存在自体を忘れていたギフトを作るギフト。これを使えばいい。

(いやそもそもだ。これを使って弱体化するギフトとか作れば無問題(モーマンタイ)じゃん。特訓とか必要ないじゃん)

 そう思うと自分に対して呆れやら羞恥心やらを抱き、誤魔化しも兼ねてアガサはテーブルに突っ伏した。

(なんで忘れてたんだよ、俺……)

 まぁいきなり手加減できるようになって訝しがられるよりはいいけどさ。無駄な時間を過ごしてしまったという気はするけど、考えないようにする。

 自分の感情と折り合いをつけたアガサはすぐにオムライスを片し、ギフト作成へと移る。

(まずは複数ギフトを持てるようにしないといけない、のか?)

 ギフトの所持数に限界がないのなら良いが、入手した途端に強制上書きとかだったら目も当てられない。なので、まずはギフトを複数持てるギフトを作る。

(んー、ギフトを作る……こんな感じか?)

 作り始めると同時にどくどくと体の奥底から脈打つ何かから熱いものが吹き出し、それが体全体へと回っていくのを感じる。これがギフトとギフトの力なのかもしれない。そう思いながらアガサはギフトを作っていく。脳内にコマンド選択が出ているイメージをしながら、どんどんと進めていく。

【《ギフト作成》

 ギフトを作成します。

 ギフト「ギフト複数所持(仮)」を作成しました。】

(ギフト無限所持、とでも名付けとくか)

【ギフト「ギフト複数所持(仮)」をギフト「ギフト無限所持」と命名しました】

 ついでに命名までして(出来るとは思ってなかった)、最初のギフト作成が終了した。

「ふぅ……疲れたな」

 慣れないことをしたからか、ちょっと……いや、かなり疲れた。転生してから一番疲労したかもしれない。

 次に作成したギフトはギフト発動自由。ギフトを任意でオンオフ出来るようにするギフトだ。その次は指定弱体化。腕力とか魔力とかを指定して、0~99.9%の間で自由に調節する事が出来るギフト。そして最後に鑑定のようなギフトを作ろうとしたが……。

(出来ない……このギフトも万能じゃないって事か)

 鑑定のようなギフトは作ることは出来なかった。

何故出来ないのか、どの程度なら出来るのか。とことん調べたいが、その前に体力の限界が来てしまった。ので。

(寝る。誰が何と言おうと寝る!)

 色々と顔が汚いけど、気にせずにベッドに潜り込んで目を閉じる。

 洗ったりするのはどうせフェインの部下なのだから、フェインも小言くらいで文句は言わないだろう。

 疲労からの睡魔に負け、アガサはそのまま眠りについた。


「おーい、帰ったぞー」

仕事を終え、居候が居る自室へと戻る。

いつもならその生意気な顔でお帰りの挨拶をしてくる居候の出迎えがなく、妙に思って名前を呼ぶが返事はない。

流石におかしいので、警戒をしながら居候を探し始め、すぐに見つけて小さく嘆息した。

なんてことはない。居候はのんきにベッドでぐっすりと眠っていたのだ。この時間でもたまに寝ている時もあるが、それは試合がある日だし、そもそも最近は試合関係なく声をかけたらすぐに起きる程度には眠りが浅い───二度寝しようとはするが───ので、もう既に起きているはずだ。

だが、居候は起きていない。それほどまでに疲れているのだろう。珍しいことだ。

「ったく、心配させやがって」

 呟くとそれに反応してか、幼いながらに整い過ぎた顔と滅多に見ない桃色の髪が特徴の居候は気持ちよさそうな寝顔を歪め、その小さな手で握った拳を放ってきた。

 何度もやられて予想していたことなので、放つ直前に上半身を引いて避け、そのままキッチンに向かう。飯を作る為に。

 居候は成長期なのか、それとも単に食い意地が張っているのか滅茶苦茶食べる。ひと品で大人が一日に消費するカロリー数日分はある超大盛り料理を十人前以上食べるのだ。カロリーが必要なのかと思って超高カロリー料理を出した時があったが、普通の料理の様に数十人前食べたので、カロリーより量らしい。

 組織が雇っている料理人に頼んで仕込んでおいてもらったものがあるが使わず、事前に下ごしらえしておいたものだけを使って料理を大量に作っていく。

 そして料理の手順を一つ変えただけの似たような料理作って種類を増やし、味に飽きないように考慮する。あいつは見た目通りの年齢なら、育ち盛りの食べ盛りだ。腹一杯に食べた方が良いに決まっている。量はあれだがな。

 料理を作り終え、後始末もし終えた頃に居候が目を覚ました。まだ頭が完全に覚醒していないらしく、ベッドの上でコロコロと転がっている。なので、声をかける。

「もう飯出来てんぞ」

「んー」

 ここでようやくぐぐっと伸びをし、覚醒したようで起き上がって来た。そのまま料理が並べられたテーブルに着き、大人しく俺が来るのを待っている。

 飯になれば早いもん勝ちで勝手に食べるのが普通なのだが、居候は会った時から……いや、会った時は我慢できずに食ってたな。居候してきてからはずっと俺が食ってろと言わない限りは俺が来るまで律儀に待っていることから、育ちの良さが伺える。飯以外にも生活の所々からにじみ出ていて、少なくとも成金。もしかしたら貴族か王族の出なのかもしれない。農作業なんてしたことがない綺麗な手をしている事も、この推測を後押ししている。まぁ、本人は自分の過去を喋らないので分からずじまいだ。

「何してんだ。冷める前に早く食おうぜ」

「あぁ、そうだな」

 良い所の出だとしたら、この口の悪さも精一杯の背伸びなのかもしれないと思ったら可愛いもんだ。そう思っていると、それが顔に出ていたらしく居候に指摘された。

「なにニヤニヤしてんだ。気持ち悪い」

「てめっ」

 色々と世話してやってんのにコラ、と出かけた言葉を飲み込んで強化した拳で居候にゲンコツを食らわす。人間ならこれだけで骨が砕けて脳髄を鼻や口から出す必殺の一撃だ。

「しょぼいゲンコツが効くわけねぇだろ。バーカ」

「この野郎……」

「俺は野郎じゃない」

 必殺の一撃もコイツの前には形無しで、痛がるどころかさすりすらしない。一応、これでギルドのネズミを何人も殺してきたんだけどなぁ。自信が無くなりそうだ。

「……」

 今のところ、こいつを害せる手段は見つかっていない。

 強化した拳はもちろん、取り寄せた業物を強化して攻撃したり、結界を張ってから超高火力の魔術。正攻法以外にも毒殺しようとして猛毒を料理に仕込んだり、薬漬けにしようと強力な麻薬を仕込んだり。最終的には別階級のチャンピオンとの試合で弱体化を仕込んだローブを着させたが無駄だった。

 正攻法は居候本人に頼まれて俺がやったが、それ以外は他の奴がやっており、俺は全く知らなかった。ついさっきボスに聞かされて驚いた位だ。やっていたのは俺の政敵とでも言うべきか、いつも俺を目の敵にしている幹部だ。毒や麻薬は俺が料理を頼んでいた料理人に仕込ませ、弱体化はローブを仕立てるときに仕込まれていたそうだ。

いつかお礼をしてやるとは決めていたが、罪状が増えて嬉しい限りだ。

しかし、俺は毒殺されるのを防ぐ為に魔道具で毒を無効化しているが、居候は魔道具なんて持っていない。つまり居候は毒が効かない体質だということが判明したのは儲けものだ。

(逆に何が効くのか知りたくなってくる位に無敵だな、こいつ)

 自分で自分を殴れば流石に痛いようだが、死ぬまでやるなんて事は操られでもしない限りは無理だ。というわけでこいつを傷つけることは無理。

 そう結論付け、俺は溜息をついて席に着いた。

「いただきます」

 手を合わせて祈るように呟くと、居候は料理を食べ始める。この辺では見慣れない所作だが、これも居候が生まれた育った場所での行儀の一つらしい。

 東方で似たような事をすると聞いたことがあるが、東方出身は全員が黒髪。目の前のこいつは桃色の髪なのでそれに当てはまらない。顔立ちもこちらの特徴が多いので直接の血縁者に東方出身は居ないはずだ。もしかしたら遠い昔に居たのかもしれないが、それでは手がかりにはならない。

 何故こんなにも居候について調べているのかというとだ。ボスから言われているのだ。

 別の組織に取られないようにうちに縛り付けろ、と。

 現時点でも世界中を探しても勝てる奴なんてそうそういないだろうと思うほどに強いし、見た目通りの年齢であればまだまだ成長するはずだ。つまり、世界最強クラスが世界最強になるかもしれない。と言えば手放そうと思う奴は居ないだろう。だがまぁ。

「相変わらず料理上手だなー」

「裏社会じゃ色々とあるからな」

 実力云々に関わらず、俺はこいつを気に入っているけどな。絶対に言わないが。

 ふっと軽く笑い、料理に手を伸ばす。

 カチンッ

「……おい、俺まだ全然食ってないんだが?」

「早いもん勝ちって言葉知ってるか?」

「……」

「……」

 やっぱり生意気だ、このガキ。


 今回はアガサの天敵となるアスモさんが登場しました。

 死なない、すぐ元通り、笑いながら追いかけてくる。誰だって怖いですよね。私も怖いと思います。

 本文中にはありませんが、アスモさんは女性です。オカマじゃないです。オカマじゃないです。大事な事なので二回言いました。

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