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惨々たるデビュー戦

「おい起きろ、アガサ」

「んあ?」

「寝ぼけてんじゃねぇ」

 文字通り、フェインに叩き起された俺は寝ぼけ眼のままで時計を見ると午後10時過ぎ辺り。良い子は寝てる時間だ。

「良い子は寝てる時間だぞ……」

 恨みがましくフェインを睨むと、フェインは呆れたように大きく息を吐いた。

 何だよ、事実だろ。

「30分後にお前のデビュー戦だ。準備が必要じゃねぇならギリギリまで寝てていいぞ」

「デビュー戦……デビュー戦!?」

「昼間に聞いたろ。今夜にデビュー戦をやるって」

 一気に覚醒する頭に続けてフェインの言葉が入ってくる。

 そう言えば、名付け親になってくれた爺ちゃんが言ってた気がする。大爆笑してたけど。

「で、姿隠すんだろ。どこまで隠すんだ?」

「どこまでって……全部だよ。顔も髪も男か女かも分からないようにしてくれ」

「ガキってのは隠せねぇぞ」

「分かってる」

 厚底で戦闘するわけもいかないので、その辺りは元より諦めている。

 俺がそう言うと、フェインはだよなと言って目の部分だけが空いた仮面と全身を覆い尽くすフード付きのローブを投げ渡してきた。

「それと紙紐な。仮面とローブのサイズはとりあえずの間に合わせだ。お前がものになるんだったらちゃんと用意してやる」

「誰に言ってんだ」

 紙紐を受け取り、手早く後ろで束ねるように結ぶと仮面とローブを身に纏ってからフェインを指差して堂々と宣言する。

「後始末の心配でもしてやがれ」

「はっ……言うじゃねぇか。準備が終わったんなら行くぞ」

「おう」

 フェインの部屋を出て連れられた先は、昼間のステージではない別のリングだった。

 金網に有刺鉄線が絡みついたまさにデスマッチのリング。

「一応、念の為に無差別級のルールを説明するぞ。弱肉強食。相手を戦闘不能───要は殺したり、気絶させたり、降参もありっちゃありだ───にすれば勝ちだ。それ以外は何でもアリ。ガキだろうがじじいだろうが、王族貴族だろうがリングに上がったら最後、勝つか負けるか以外で試合から降りることは許さねぇ」

 フェインが言外に俺が死のうが勝つか負けるかしない限り、試合を続けさせると言っているのだと気づいて鼻で笑う。

「観客まで被害が出たら?」

「一応、防御結界が張ってあるから並大抵の攻撃じゃ観客まで被害が出ないが……お前はあれだからなぁ」

 昼間の一撃を思い出しているのか、遠くを見るフェイン。すぐに我に返ると肩を竦めた。

「一応、被害が及ぶかもしれないから注意しろとは言ってるから大丈夫だろ。まぁ、無差別級の観客は裏社会でもそれなりの地位にいる連中だから防げるさ」

「ふーん」

 軽く準備運動をしながらそれを聞いて安心する。

「つまり、手加減しなくていいんだな?」

 そもそも全く出来ないけどな。

「まぁな」

 頷くフェインを見て、何か文句があればフェインのせいにしようと心に決める。

 そんな時にフェインが突然俺の頭に手を置いた。

「んじゃ、お前は挑戦者ってことになってるから呼ばれたら行け」

「お前は?」

「俺は高みの見物をさせてもらうさ。あ、そうそう。俺もお前に賭けてるから勝てよ」

 ピラピラと薄っぺらい紙を見せつけながら笑うフェインに俺は仮面の下で目を細めて睨む。その睨みに気づいているのか気づいていないのか、いやきっと気づいていて無視しているのだろう。

 フェインは激励の言葉を言い残して何処かへと歩き去っていった。

 それを見送り、俺は舌打ちをする。

「全く。どいつもこいつも。死んでも知らねぇぞ」

 俺が挑戦者なら、相手は無差別級チャンピオンといった所か。であれば、実力次第では何発も殴る必要がある。

 その全てが避けられでもしたらどうなるか。

「くっくっくっ……暴れまくってやらぁ」

 でも、正体がばれたら嫌なので、気持ち抑え目に殴ろう。

『では、次の試合です。まずは今回が初試合である挑戦者。新入りのアガサの入場です!』

「はいはいっと」

 入場といわれ、入場口からリングのある会場へと入ると同時に今まであった歓声はぴたりと止み、代わりに痛いほどの沈黙が会場へと流れる。

 そして、ひそひそと小声で話し出す観客たち。

 普通なら聞こえないが、驚くほどに高性能な俺の耳はその会話を一言一句逃さずに捉えた。

「おい、ガキじゃねぇか」

「あんなんで試合になるのか?」

「オッズの倍率は高いが……」

「全身を隠してもなぁ……」

「なり次第だが、ガキが一方的にやられるのも一興だな」

「いいご趣味だな、おい」

 いい言葉が一切無かったので、全て無視。

 俺がリング上に上がると、レフリーは俺に目も暮れずに粛々と自分の仕事を進めていく。

『皆様お待たせいたしました。次は、裏武闘会無差別級選手……ガダックの入場です!』

 対戦相手の入場が宣言されると共に爆発したかのように歓声が会場を包み込む。

 俺が出てきた場所と正反対にある入場口から、スキンヘッドのマッチョな男が入場してきた。

 舌が伸びきり、よだれもダラダラと垂れ流し、目もなんというかイっちゃってる感じだ。

 うん、正直に言う。一目で関わっちゃいけない奴って分かるわ。

『裏武闘会に来て6年。殺してきた人数は実に83人! やり方は拷問官真っ青! 世界最恐の拷問と呼ばれる山羊責めの如くのなぶり殺し! ついて二つ名は「山羊責め」! 今宵の生贄は初試合だというのにガダックに当たってしまった哀れな新入りだぁ!』

 レフリーの口上が終わると同時にリング上に上がったガダックは、舌を動かしてゆっくりと舌なめずりをする。

「ヒヒヒヒッいい声で鳴いてくれや、ガキんちょお」

「……」

 ガダックが薬をキメた奴がするような笑顔で言い放った言葉を聞いて俺は心の中で頷いた。

 うん、マジでどうしよう。

 見た目は何ともないように見えているだろうが、実際は心はガタブル状態。マジ怖い。

 救いを求めて目を動かしてフェインを探すが見つからない。

『では、試合開始!』

「っしゃらあ!」

 甲高い鐘の音が響くと同時に襲い掛かってくるガダック。

 それに対して俺はほぼ反射的に拳を突き出した。

 爆音と共にガダックだけでなくレフリーも跡形もなく消し飛ばし、リングを覆う有刺鉄線付きの金網が宙を舞う。

 そのまま見えない何かが軋むと同時に砕け散り、観客たちに俺の券圧が猛威を振るった。

 最後に金網が大きな音を立てて壁に激突し、俺の拳一発の攻撃が終わった。

「……」

 観客席の一部が粉々になり、攻撃を防いだ観客たちも防いだままで俺を睨んでいた。

 だが、ほんの一部は違う。面白そうな物を見るように俺に視線を送っている。

 俺を睨む観客が今にも俺に襲い掛かってきそうになった時、会場にフェインの声が響いた。

『えー、観客の皆様。今回の試合の勝者はアガサとなります。なお、無差別級は観客席を大きく破損してしまった為に以降の試合は中止とさせていただきます。換金をなさる方は窓口の方まで、外してしまった方は残念ながら別の試合でまたお賭けください。それとアガサ選手は速やかに退場して下さい』

 睨んでいた客たちはフェインの方へと矛先を変えたらしく、我先にと文句を付ける為に会場を出ていく。

 フェインに言われたので、俺はそのまま入場口へと戻る。

 俺の背に突き刺さる視線には気づかないふりをして。


「お前のおかげで大儲けだぜ!」

「あー、そうかい」

 わずか数秒の試合を終え、俺はフェインの部屋のベッドでコロコロと転がっていた。

 そこへ上機嫌のフェインが帰ってきて、俺を見るやいなや大声でそう言ってきた。

 俺としては、別に誰が賭けで勝とうが気にしない。

 倍率とかも別に気にしない。

「あぁ、そうだ。これ、お前の今日のファイトマネーが入ったカードな」

 軽い調子で言われ、目の前に真っ白なカードが投げ込まれる。

「俺とあの人がお前に大金を賭けたからな。お前のファイトマネーも凄いことになってるだろうから、盗まれないように気を付けろよ」

 ちょい待て。

「ファイトマネー?」

「ん、あぁ。まだ説明してなかったな」

 フェインは教わっていなかった裏武闘会のシステムを大雑把だが教えてくれた。

 簡単に言うと、自分に賭けられた金額の半分が入るシステムとなっていて、今回は爺ちゃんとフェインと大穴狙いの何人かが賭けていたので凄まじい程の額が俺のファイトマネーとして入るらしい。

 その金額、およそ金貨30000枚。

 ついでに聞いたが、貨幣は金貨、銀貨、銅貨と分かれているらしい。

 銅貨20枚で銀貨1枚、銀貨20枚で金貨1枚となる。

 それで、4人家族が1年暮らすのに金貨5枚だという。

 すなわち、俺は既に一生遊んで暮らせる程の金を稼ぐことが出来たということらしい。

 だがそれは普通に生きるのであれば、だ。

「一生日陰者として生きるんだったら、金貨30000枚ぽっちじゃ全然足んねぇよ」

「日陰者ぱねぇな……」

 裏社会で生きていく厳しさを痛感しながら、俺はカードをポケットにねじ込む。

「そのカードはバンクカードって言ってな。銀行に見せれば、残高以内なら好きに引き出せる。買い物の時もそれを専用の魔道具にタッチすれば自動で引き落とされる。今回は特別に俺が用意したが、折れたりしたら再発行だぞ」

「おまっそれ早く言えよ」

 慌ててポケットからカードを取り出すと、幸い折れたりはしていなかったので俺は安堵のため息を漏らした。

 フェインは笑いながらソファに座ると、瓶の蓋を開けて琥珀色の液体をカップに注ぐ。

「再発行する時は、銀行に行って名前やら出身地やらを根掘り葉掘り聞かれる。帝国語で情報を書いといてやるから覚えとけよ」

「へいへい。ありがとさん」

 感謝の意を示し、布団にくるまった時にふとフェインに聞いてみた。

「妙に早かったけど、試合で俺を睨んでた連中から文句無かったのか?」

「あぁ、くくっ文句はあったぜ」

 フェインは酒精を吐きながら、傑作と言わんばかりに思い出し笑いを漏らした。文句を言われたのに笑ってるとか大丈夫なのかとか不安になるが。

「死にかけたから責任を取れとか、色々言われたけどよ。そもそも裏武闘会の全試合を賭けるもしくは観戦する時は、どんな事が起きても自己責任っていうルールなんだよ。大損しても文句は聞かないって言う意味だったが……今じゃギルドの連中の摘発もあるからな。試合に巻き込まれて死ぬのもたまにあるから、文句は誰も言えねぇんだよ。そう言った時のあいつらの顔ときたら……顔を真っ赤にして口をパクパクさせてやんの! 傑作だったぜ!」

 大笑いしながら自分の膝を叩くフェインに俺はそうかと言うと目を閉じる。

「寝る。静かにしてろよ」

「おー、寝ろ寝ろ。ガキは寝てる時間だ」

 そのガキを叩き起したのは誰だ。

 平気で言うフェインに心の中で悪態を付きながら、俺は眠る。

 明日───既に今日だけど───は良い日になるように祈りながら。

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