魔法とその他
「なんだこりゃ」
風呂から出た俺は、用意されていた服を見て愕然とする。可愛くデフォルメされた何かの生物の着ぐるみ。後は下着だけだ。
「パンツはいいとしよう。この体は女だからな。着ぐるみも……まぁギリギリOK。だけど……」
その下着を手に取り、俺は眉を顰める。
「これは……ないな。うん、ないない」
というか、するほどないし。
用意された妙に子供っぽいブラジャーをポイッと放り投げ、着替える。脱衣所を出て、部屋に戻るとフェインが酒片手に寛いでいた。
「おぉ、サイズが合ってよかったな」
「次はちゃんとした服を用意しろ。じゃないとパンチだかんな」
「はははっ分かった分かった」
「それと……」
「ん?」
酒が入ったからか、笑うフェインに俺は拳を握る。
「次、俺に向かって吹いたら殴る」
「わ、悪かったって」
「オレ、オマエ、マジナグル」
「悪かった! ごめんって!」
必死に謝るので、とりあえず許して椅子に座って風呂に入る前の続きを要求する。
「それで、次は魔法だな」
「魔法か。まずは属性が火、水、土、風、雷の基本五属性と闇、光の属性に転移や魔力操作、身体強化などが分類される無属性の八つ存在する」
「なるほど。それで?」
「基本五属性は俺ら人間や魔物が使える。だが、闇は悪魔や魔族。光は天使や神族かその血を引いてる奴しか使えない。無属性は魔力とやり方さえ知っていればどんな奴でも出来る」
「ふーん」
悪魔や魔族、天使や神族について聞きたいが、錬金術同様、後で聞くことにする。
「次に、魔法の階級が下から下級、中級、上級、最上級。基本五属性の基本魔法が一つずつあって、それらは厳密には下級だが、基本だから初級って呼ばれている」
「ふむふむ」
「頭が良い奴や種族によってはオリジナルの───例えばエルフとかは植物を操る───魔法を作ったりしているな」
「以上か?」
「まだだよ。後、魔法にも系列見たいなのがあってな、攻撃系殲滅魔法とか、補助系付与魔法とかな。こっちは多すぎるから教科書を用意しとく」
「あぁ、頼む」
ある程度、魔法については分かった。次は世界についてか。よくある「天界や魔界などがあって、そこに住む連中がよく行き来してる」とかだったら、世界征服とかに巻き込まれそうだからな。そう聞くと、フェインは神妙な顔をしてグラスを置いた。
「そいつは間違っちゃいない。ちょっと待ってろ」
フェインは壁にかかっていた地図を外し、テーブルに広げる。俺もそれを覗くと、フェインが説明し始める。
「此処が「リーザ」だ。それで、この黒い線が国境。これが今いるアルスメリア王国だな」
一箇所を指差し、その近くの太い線を指差すとぐるりと指でそれを大まかになぞる。
「結構小さいな。帝国は?」
「これだな。大きさは・・・これくらいか」
地図におよそ10分の1をなぞるフェイン。
予想外だ。
「デカイな……」
「まぁな。いくつかある大陸の中でも最大の中央大陸。その中でも最大の国だからな」
フェインは「この地図は中央大陸だけの物だから余計にそう感じるだろうな」と言って、地図の中央部分の真っ黒に塗り潰されている部分を指差す。
「此処は人外魔境。悪魔が住む魔界って呼ばれる場所へ続く穴がある。その穴の近くは強い魔物もうろついてるから人は寄り付かない」
「へぇ……」
「天使や神族は見下す奴が多いが、何だかんだ言って俺らを守ってくれる。だが、悪魔や魔族は違う」
「俺らを殺すことが目的か?」
「確かに見境無いやつが多いが……そうだな、簡単に言えば連中にとって、俺ら人間は家畜だな」
「は?」
思っている以上に酷い言葉が出てきた。
家畜? それってどう言う意味だよ。太らせて食うってか。
そんなことを思っていると、フェインがその答えを教えてくれた。
「魔力を吸うんだよ」
「魔力を?」
「魔力ってのはそいつの魂の力が変化したもんだ。だから、連中は魔力を吸って魂を喰らうんだよ。酒みたいに飲めば美味いけど、生きる上で絶対に必要ではないらしい」
「という事は、悪魔や魔族はグルメってわけか」
「そういうことだな……さて、世界について聞きたいんだったか」
「あぁ」
フェインは再び地図の一箇所を指差す。
「此処はハウレン公国。ハウレン公爵っていうナルシストがトップの国だ。元々はこっちのアウステッド評議国の一部だったんだが、数年前に独立したんだ」
少しずれた場所を示すフェイン。
ナルシスト、この世界でもいるんだな。
「他は?」
「周辺国はこれくらいだ。国なんて大量にあるから全部覚えちゃいねぇさ」
「そうか……」
前世の俺も、全ての国を覚えちゃいないからこんなもんなんだろうな。
「後は国際連合ってのがあって、全ての国が加盟している。それと国際連合が作った支部のある国で捜査やらなんやらが出来る組織のギルドってのがある。このギルドの支部はグレン帝国と他の数カ国を除いてある。因みにリーゼにもあるぞ」
「此処に踏み込まれたら逮捕じゃねぇか」
「だな」
フェインは笑いながら更に幾つかの説明をして世界についての説明を終える。
「次は何が聞きたい?」
「言葉。後は常識。まずは言葉を教えろ」
「流石に帝国語しか知らねぇとマズイか……いいぜ、教えてやるよ」
「頼むわ」
こうして、俺は必要最低限の言葉と常識を教えてもらうことに成功した。この体の知能は高いようで、まるでスポンジが水を吸うように一度で覚えてしまった。
いや、楽でいいんだけどさ。なんかこう、苦労する楽しさっていうのが欲しかったな。
フェインも最後らへんは機械のように喋るだけだったし。
「これで終わりだ。他には何かあるか?」
「んー……そうだな、魔法。後、武術的なのを教わりたいな。魔法も色々と知りたいし、攻撃しても殺さないようにしたい」
「なるほどな。戦うたびに相手を殺してちゃ相手がいなくなるだろうしな」
いや、目立たないようにするためだけど。
俺はそれを口にせずにフェインに早く教えるようにせっついた。
「魔法は教えてやれるが……もう遅いから、飯食ってとっとと寝ろ」
時計を見ると19時を示していた。
「俺はガキじゃねぇぞ!」
「いやガキだろ。飯作ってくる。何がいい?」
「オムライス!」
「ほらガキじゃねぇか」
「っ!」
フェインの言葉で何故か口走ってしまった。
なんでオムライスなんて言ったんだよ、俺。転生する前は別に好きじゃなかったはずなのに。もしやと思い、記憶を辿るとビンゴ。実験が大成功した時に食事にオムライスが出てきて、それが大好きだったらしい。
「名残っていう奴なのか……?」
という事は、たまにだけど出てくるのかこういうのが。女っぽいのだったら、地味にダメージが来るぞ。
「な、慣れるしかないのか? いや、慣れたら俺の中の何かが失われる気がする」
俺だけにしか分からない悩みを呟きながら、フェインが夕食を作るのを待ち続けた。フェインの作ったオムライスは、滅茶苦茶美味かった。
男なのに、無駄に女子力たけぇなこいつ。
食事をし、歯を磨き、ようやくベッドに入る。
「おい、それ俺のベッドだぞ」
「こんないたいけな幼女をベッドに寝かせないつもりか?」
「いたいけ? どこがだよ」
そう言ったフェインの腹を殴り、悶絶している間にベッドを占拠する。
「入ってきたら、あの爺ちゃんにフェインは幼女愛好家だったって言いつけるからな」
「ひでぇ!」
「んじゃ、お休み」
フェインの悲鳴を無視して、俺は掛け布団に包まって目を閉じた。鼻をすする音がした気がするけど、気にせず寝た。因みに、ベッドは洗剤のいい匂いがして、凄くふかふかで気持ちよかった。
こいつ、マジで女子力高いわ。
「うぅ……目が回って気持ち悪い……」
突然、死んでしまった人間「羽島徹」を異世界に転生させろ。上司からそう命令された私は、私が無意識に出している力の波動で、相手の魂が壊れないように必要最低限の力しかない分身体を作り、それを送り出して案内をした。その結果、人間「羽島徹」は非常にアグレッシブな人間だった。分身体を何度も分解され、分身体の目(同期済み)が数十に分かれた挙句にそれがクルクルと回るものだから酔ってしまった。いや、これは誰も酔うだろう。
人間「羽島徹」を異世界に転生させた後、分身体を処分して元の体に戻り、口を押えて吐き気と戦う私だったが。
「……あ、吐く」
呆気なく吐き気に負けてしまった。
「うぅ……ハーブティーが喉にしみる」
ギリギリ、寸前で、ギリチョンセーフで床にばらまくことはなかった。後始末をし、口をゆすいで口臭ケアの為にハーブティーを飲みながら私は人間「羽島徹」を思う。
「もう二度と会いたくない……」
後始末している間に届けられた転生した彼───彼女と言うべきか───の足取りが書かれた書類を見る。
「研究所から逃げ出して、犯罪組織の幹部に拾われた?」
ハーブティーをお代わりして、茶菓子のクッキーを口に入れながら書類に目を通す。そして一言。
「え、もしかして……これテコ入れ必要?」
いや、そうなるともう一度会わないといけないんですけど。だが、体はこっちが決めた事とはいえ、ギフトなんて本当にランダムだし、本当にありえない確率だ。
確かめるためにも、慌てて「運早見表」と呼ばれる全生物に割り振られた運の総量と使用量が書かれた書類を取り寄せて確認する。すると、まさかのまさか。人間「羽島徹」の運の総量が馬鹿げた量になっている上に、使用量も馬鹿げた量になっていた。どれくらいかというと、世界に存在する全生物の運を合わせた量の3倍くらいの量だ。そこから全世界の生物1回分が引かれている。
「ありえない。なにこれ。たった1人の人間にこんな……」
そう呟いた私だが、ふと頭によぎった言葉があった。改ざん。
「ははは、ありえないありえない」
確かに運早見表は誰でも見れるが、それは閲覧用。編集するには原本を編集しないと駄目だし、原本は上層部の中でもほんの一握りしか触れないはずだ。そもそも、たかが人間一人の為だけに改ざんをする理由はなんだろうか。運を自由にできるという事は運命を自由にできる事と同義。だからこそ、原本を触れられるのはほんの一握りだし、改ざんなどもってのほか。なら、もし。もし、改ざんではなく正当な数値であるとすれば。
「羽島徹。あなたは何者なの……?」
私は何に最強生物の体を与えてしまったの?