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その12

「そもそも知性ってどうやってつけるんだ?」

「まずそこからか」


知性、まぁ考えたり、認識したりする能力だ。

人間には当たり前に備わっているが、これはどうやって身に付ければいいのか分からない。


「元神様なんだし知ってる?」

「知ってるっちゃ知ってるが」

「教えてください」

「無理だ」


無理、と言う事は不可能と言う事である。嫌だ、という否定ならば理解できるが、やったことがあるのに説明すら不可能というのはどういう事だろうか?


「何故?」

「忘れた」

「えぇ…」


普通に忘れていたとは思わなんだ。


「神様なのに忘れるとは」

「いや、前説明したが一回私は消滅している。その時にその記憶含め諸々と欠損してしまっていてな」

「一部だけ記憶喪失とか面倒臭いなぁ」

「戻らないがな。まぁ微量の知識が抜け落ちただけだ」

「その知識が今必要と言う事を除けば問題はないんですがねぇ」

「むっ。ならば魔法でも教えてやろうか?」

「いや、唱えられるのある?」

「呼吸法や発音方法とか色々あるだろ」

「魔術適正-持ってるけど?」

「そんなん関係ないぞ?神様にでも頼めば消去してくれるだろうしな」

「遠慮しておきます」


神様に少しでも貸しを作るのは勘弁しておきたい。というか話の趣旨がズレ始めているからな。そろそろ話題修正が必要だ。


「で、問題は知性の付け方だな」

「知らん。というか忘れた」

「適応ってどれだけいけるの?」

「知性は…いけるか?」

「まずは実験あるのみか」

「そうだな」



朝。仕事カバンを持ち、スーツを着用していつもの出社用の態勢を整える。


「行ってきます」


朝は誰もいない。神のようなものは仕事――まぁ観察日記だが――を付けるという夏休みの小学生並の宿題をする為にどうやら元の白い空間に帰っているらしい。


――新調した自転車は快適である。


最近出費が多くなっている気がする。ただでさえ食費が二人分くらいかかっている上に、自転車、さらに、注文してから使うかどうかわからない大量の本。


金は余っていたが、使い始めるとやはり後悔がつのる。


会社の駐輪場に自転車を止め、鍵をかけ、後輪と前輪にU字ロックを付ける。最近も相変わらず自転車の盗難が相次いでいる。少しでも頑丈にしておきたい。


まぁ一番簡単なのはかっこ悪くすることだが。


と言うわけで俺はサドルにわざと穴を開け、それをサドルと同じ色ガムテープで抑えている。


「まぁこれで盗まれるのを防げるのならいいか」


と納得してしまっている。これ以上の出費は避けたいからな。


「おはようございます」

「あ、おはようございまーす!」


後輩はいつも俺の前に会社についている。何処から来ているのだろうか?まぁプライバシーの詮索で訴えられるのも嫌なので聞かないおく。


触らぬ神に祟りなし。昔の人はいい言葉を作ったものである。最近は触らなくてもあっちからアクションを起こしてこちらに不利益を被らせる害悪のような奴もいるが、それは例外としておく。


仕事風景とはいつもと変わらないからこそ意味がある。


電話して、営業して、報告して、資料にまとめて、提出する。それを繰り返すだけである。


社内の立場など統括するか、実際に働くかに二つしかないのだ。それ以外の立場があるとすれば傍観者かお客様かだ。


その立場が高いか低いかなぞ任される仕事の規模と求められる完成度が高いか低いかの違いでしかない。


俺はそこそこで十分なのだ。自分の領分以上の仕事をしたとて何かいい事が起こる訳でもない上に、失敗する可能性があるのならやめておくのが道理である。


確実に最も近く、リターンが大きくリスクが小さい位置取り、それが上手いヤツが安定している社会人である。


それに気づいたのはつい最近ではあるが、それにかなり近い位置にいた事が幸いし、この位置から俺はもう動くつもりはほとんどない。


一歩一歩着実に進んでいくのは若者だけで十分である。


ズルい大人は一番安全な場所から一番安全な場所にどれだけ安全に移動できるかである。


俺はこれ以上進むとリスクが大きくなりすぎる。確実性に欠けてくる。故にこの立場を維持する。


「先輩、なんか大きな仕事とかないんですかー?」

(大きな仕事がしたいなら営業ではなくプロジェクトや開発の方に行ったらどうだ?)


心の中で意見を吐き出すが、これを言葉に出してもしも本当に行ってしまった場合、俺の評判がさらに落ちる危険性がある。


せめてこいつが自分で望んでいく、という形にでもしなければならない。


「知らん。営業なんてこんなもんだ」

「冷たいですねぇ」

「仕事なんぞこんなモノだと慣れる事だな」

「はーい」


――昼休み――


「先輩」

(何故こいつは俺に付きまとってくるのだ。俺は静かに昼食を食べたいだけなのに。何故こいつはこうも邪魔してくるのだ)

「なんだ?」

「なんか悪い事でもありました?」

「あぁ…」


周囲の目線が相変わらず俺に突き刺さるようである。こいつはこの俺が困る状況を見て楽しんでいるのだろうか?だとしたら相当のサディストである。


俺はマゾヒズムに目覚めてはいないのだがなぁ。


「ちょっと最近散財気味でな。反省しなければならないと思っている」

「へー」

「自分から聞いて来たわりには興味なさげだな」


今日の日替わり定食は生姜焼きか。


味噌汁、白米、お浸しに生姜焼きが乗った、日替わり定食を受け取りいつも大体座っている席のあたりに座る。


(何故ついてくるんだ。お前がいると俺に不快な視線が突き刺さるのだ)


後ろをストーカーの如くきっちりとくっついてくる。しかも定食を受け取りに行ったときも、自分の弁当を持ってきている癖に何故か並んでいたし。


(俺に気があるのだろうか?」


まぁ候補の一つではあるとは思うが、可能性は酷く少ないだろう。そもそも社内恋愛など仕事に影響がモロに出そうでやる気にすらならん。


「「いただきます」」


うむ。美味い。生姜の風味が肉にしみ込んでいる。飯にとても合う。味噌汁も薄味で喉に不快な感覚を残さないすっきりとした味付けだ。お浸しは野菜のみずみずしさが出ていて、いい。


「よくそれで一日動けるよな」

「ん?」


弁当をチラッと覗いてみるが、炭水化物がかなり抑えられている。やはりダイエット中なのだろうか?かなりスタイルはいい方だとは思うが。


変に痩せているよりも少々肉がついている方が女性としては魅力を感じる。まぁデブ専という訳ではないが、明らかに痩せすぎの体を見ると、心配になってきてしまうし。


「まぁ先輩よりはデスクワークが多いですしね」

「そうか」


会話はすぐに終わる。それに不快感は一切ない。


――午後5時半、いつも通りタイムカードを刺し、帰宅する。


「流石最新の電動自転車。坂道もなんのそのだな」


坂道を楽々と上れる電動の力に時代の進化を感じた。こんなことで感じるのもなんだが、やはり変化は身近なものであった方がいい、と思う。


「ただいま」

「お帰り」


スナック菓子を貪っている神のようなものを見てなんかもう諦めが感じられそうだ。


「ゴミ落とすなよ。それと後で掃除しておけ」

「了解だ」


元神様がなんともまぁ俗世に染まったものである。


スマホにも興味を持ち始めたようで、今週末にでも買いに行こう、という話になっている。勿論金は俺持ちで。


あー出費が痛い。貯金はあるが、それでも痛い物は痛いのである。


「そうだ。本が何冊か届いていたぞ?」

「そうか」


生物学から道徳まで様々なジャンルの教本を通販で買ったからな。まぁ俺が読む気にならないような難しい物も注文したが、スライムたちの適応能力を信じる他はないだろう。

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