その10
「うあー」
会社でも若干昨日の事を後悔している。
時間は停止させたまま、出社してきている。何かが起こっていたら本当にどうしようもないからな。
「どうしました?」
後輩が話しかけてくる。
社内の食堂で、日替わり定食を食べている男に何か用でもあるのだろうか?
「いや、ちょっとゲームしてたらミスしてな」
「へー。ゲームとかするんですね」
後輩はおそらく持参してきた弁当を開けて食べ始める。
野菜、魚など糖質を控えたいかにも女らしい弁当だった。
最近はサラダのみとかの奴もいるそうだが、腹は減らないんだろうか?
そんなどうでもいい事を考えながら、日替わり定食のサケと共に白米を咀嚼する。
(うん。やはり鮭と白米は王道だな)
薄い味付けのわかめの味噌汁を飲む。
「ここの定食ってどれも味薄くないですか?」
「健康管理とか、いろんな言い訳をしながら、地味に予算落としているらしいぞ?噂によると」
「セコイですね。結構利益出てるんだから別にいいんじゃないんですかね」
「こういう風なちっさい努力が成功のカギなんだとよ」
最近は薄味にも慣れて来た。何事も続けていればいつかは慣れるものなのだ。それか麻痺をするか。
「じゃ、ご馳走様でした」
「早いですね」
(これ以上お前と話していると、周囲の目線が流石に辛いからな)
周囲の目線がこちらに向いているのが食事をしながらでも理解出来た。食事くらい静かに食べたいものである。誰にも注目されず、空気と化して、モブと化して食事をとっていた数か月前が懐かしい。
あの頃は、なんかいい後輩でも出来ないかなぁ、とか思っていたが、出来てみるとなんともまぁ微妙な感情である。
午後5時半、タイムカードを刺し退社する。
「ただいま」
「お帰り」
神のようなものが出迎える。普通の男ならば、銀髪、長身の美人に出迎えられたら狂喜乱舞しそうなものだが、やはり慣れというのは恐ろしい。これが当たり前になってきている事態の方がもっと恐ろしいがな。
少しでも気を悪くさせれば最悪こちらを消す事も容易いであろう存在と共に部屋で暮らすのは中々にスリリングである。
まぁ俺は今までの人生に目立った後悔などは中学時代以外は無いので、問題はない。HDDに残って困る画像ファイルも存在していないし。
ノートも全部処理済みである。
「で、どうするんだ?」
「どうしような?」
「困るぞ、流石にその解答は。神様にでも祈ったらどうだ?」
「残念ながら人間は傲慢なので神に頼りたくないのです」
貰う物はもらうが、自分から頼み込むなんぞ893にカチコミに行くようなものではないか。
もしも神がスキンヘッドのおっさんだったらどうするんだ。
「信仰心のかけらもないな」
「信仰心なんてね、捧げる人が捧げればいいのよ。利益になる確率が少ない行動をするなんて最近の日本じゃああんまりないよ」
「そういうものか」
「そういうものだ。神とか信仰心があって存在しているんじゃなくて、神があって信仰心が存在しているんだろう?だったらなくてもいいじゃないか」
「まぁその通りだな。神なんぞ人間の無意識の欲望の集合体が名前を持っただけのようなものだし、それを尊敬するなんてのは自分の欲をほめたたえているようなものだ」
「ちなみにお前はなんの欲望だったんだ?」
「さてね。当ててみたらどうだい?」
「面倒だ。遠慮しておこう。クイズは頭がいい奴がやっていればいいんだ」
そんな事よりもダンジョンのスライムをどうにかしなければならんのである。粘体生物め。何故ここまで困る事になるんだ。
「まぁこの惨状も、君の自業自得なのだから神に祈って尻ぬぐいしてもらおうなんてことは考えない方がいいよ」
「知ってた」
人間は自分の利益になる行動しかしたがらないが、神もまたそうなのであろうか?
だとしたら神というのはとんでもない俗物であろう。
「さて、まずは、スライムの生態の確認から行こうか」
「ああ、そうするといいだろう」
「スライム。漢字当てると粘体生物。類別的には魔力菌界、粘体動物門、魔力植物網、軟体目、粘体科、スライム属に属する類の生物で、動物と同時に植物の特性を持つこともあるという非常に珍しいタイプの生物であろう。ミドリムシの超デカいヤツと考えてもいいかもしれない。
生殖方法は分裂、単細胞生物のように細胞分裂するように二つに分かれる。だが多細胞生物らしい。魔力菌類とは何だろうか。異世界って凄まじい。
特徴として適応能力が非常に高い事が挙げられる。特に細胞分裂直後は恐ろしく、大体のモノに適応することが可能である。そして細胞分裂直後に近くにいる同じように周囲にいる幼体を取り込む事がある。合体とも言われているが、その場合、『両方の特性を両立させた個体』か『片方が強く出ているが、もう片方の特性も存在する』個体が生成される。そして能力も段違いに強化されるため、注意が必要である。
スキルとして、基本的には物理攻撃を軽減するが属性を持つ攻撃に打たれ弱くなる『粘体』を持っている。一部の個体はこれの代わりに固有スキルなどを保有している。
戦闘方法は、相手を取り込む『吸収』や体の一部を伸ばした鞭のような触手での殴打が基本である。上位の個体になると魔法を使用する為注意である。
対処方法として、移動速度は貧弱なので後方に後退しつつ魔法を撃つのが一般的である。こんなものか?」
「ほぼパーフェクトだな。で、スライムの恐ろしい点は何処だ?」
「適応能力の高さ、そして合体だ」
「そうだ。ではそれを避けるためにはどうしたらいい?」
「一つ一つの個体を引き離しておいておくのが理想的だが場所と何よりDMPが足りない」
「では、どうする?」
思考を繰り返す。
(可能ならば殺処分をしたい、が、そんなに簡単に殺されてくれるとは思えない。俺の魔法が通用するかどうかなんぞ試す価値もない。毒ガスは最悪相手に吸収されてコピーされて毒ガス垂れながす個体になられても俺が困る)
「管理者を置く、かな」
「ほう?」
「牧場のように誰かが世話が出来ればその環境に満足し反逆を起こさない可能性が高くなる」
「では、管理者はどうやって連れてくるのだ?そもそも生存するのか?」
「あえて上位個体を作り、知性を搭載した上で支配体形を築く。知性を持った個体が反逆とかは考えるだけ無駄だ。死ぬからな」
「ふむ。まぁやりたいようにやればいい。コンティニュー権があるのだから、一度目はチャレンジしていくべきだ」
上位個体の作り方として、まず2匹選抜して集める。分裂した個体に知性を仕込み、もう一匹の分裂した個体にも知性を仕込んだ上でそいつらを合体させる。
それを何度も繰り返すと、総数は2匹だが、かなり高度な知性をもった粘体生物が誕生する、と考えられる。
「さて、早速行うか」
「で、選ぶスライムはどいつにするんだ?」
「強いヤツだ。支配体系として一番制御しやすいのが暴力的な体系だしな」
「その場合、お前が最下位となるが、いいのか?」
「お前、刷り込みって知ってる?」
刷り込み。幼児の時から『こう』と仕込む事で理想的な人格を形成することが出来る。それはスライムにでも使えるのではないか?
「それならば、まぁ可能性はなくはないか?」
「0ではないのなら問題はないんだ。これは所謂一つの実験だからな。何も来ない山奥で、出来る事はやっておいた方がいいだろう?」
「それはその通りだな」
都合のいい実験場と化しているが、まぁどうでもいい。スライムを制御下に置くことが出来れば、このダンジョンでの目的はほとんど果たしたと言ってもいいのだからな。




