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ミニチュアガーデン  作者: ルイ(ヤンデレ好き)
第一章 日常の崩壊
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Episode6.箱庭の真実


 イグニスが膝の上に肘をつき、指を組む。ついに何もかも教えてくれる気になったのだ。シンシアは自然と顔を強ばらせた。


「何から話したら分かりやすいか……」

「最初からお願いします。私の剣の師匠が何故みんなから忘れられたのか、父を殺した男はどんな化け物なのか、……何が起きたのか、全く分からないんです」

「何が起きたか、か……。正確には、何が起きているか、だ。50歳をすぎると人が突然失踪し、そして周囲の記憶が欠ける。これは、少なくとも100年以上前から続いているシステムだ」

「システム?」

「ああ。この街だけじゃない――この国の人間はすべて、吸血鬼によって管理されている。記憶をなくすのは吸血鬼どもが食事をしやすくするためのシステムだ」

「……どういうことですか?」


 言葉が飲み込めず聞き返すと、イグニスは予測していたかのように懐から羊皮紙とペンを取り出した。

 慣れた手つきで「王族」「貴族」「平民」と書いていく。「王族」「貴族」を繋げるように曲線を描き、その横に「吸血鬼」を、「平民」の横には「人間」「クリーチャー」と書いた。


「この国に王族と貴族がいるのは分かるよな? 平民の前にはあんまり顔を出しちゃくれないだろうが、そうだな……あんたがいた辺りだとシモーネ=サッロ侯爵が領主だったはずだ」

「はい。会ったことはありませんが」

「そいつを含め、この国の王族と貴族のほとんどは人間じゃない。人間を食べる吸血鬼だ」

「吸血鬼……血を吸う鬼っていう意味ですか。では父は、血を吸われて……殺されたんですか」


 父のあの悲惨な最期が頭をよぎったが、なんとか振り払う。悲しむのは、一人になって落ち着いたときに存分にやればいい。今は一刻も早く、置かれた状況を知りたい。


「簡単に言えば、そうなる。やつらは人間に擬態し、人間のように暮らしているが、陰では人間を監視し頃合いを見計らって食べる。その頃合いっていうのが50という年齢だ。本当は10代20代の血が一番おいしいらしいが、やつらは掟により50歳以上の人間の血しか飲まない。何故だか分かるか?」

「……繁殖……」

「そう、やつらは餌となる人間を繁殖させ、絶滅しないように調整しながら殺している。50というのが繁殖限界のボーダーラインだ。貧しい家庭にせっせと助成金を配るのも、教会に寄付し孤児を集めるのも……すべては餌である人間を増やすため。やつらが未来永劫食っていくためだ」

「……私たちは、家畜、ですか……?」

「奴らにとっては、な。人間は吸血鬼の与えるカネで命をつなぎ、番との間に子供をたくさん産んで褒美とばかりに食われてく。……ここは巨大な養殖場だ」


 どく、どく、と心臓がうるさい。脂汗が垂れて頬を伝い落ちた。

 シンシアの家庭も人より貧しかったため、領主から助成金をもらってきた。1年に1度もらえる袋一杯の金貨を、シンシアと父はありがたいありがたいと言いながら大事に使ってきたのだ。

 今の今まで自分が何も知らないで餌をもらう豚だったことを知ったショックは大きかった。イグニスはいったん話を切ると、「大丈夫か」とシンシアの背中を撫でる。シンシアはなんとか頷いて、先を促した。


「続きを話すぞ。……食われた人間のことを、他の人間が忘れる。これはおそらく、ロード吸血鬼の仕業だ」


 イグニスはペンを走らせ、「吸血鬼」を「ロード吸血鬼」「普通の吸血鬼」に分けた。その二つを囲むようにして三角形を作る。「ロード吸血鬼」と「普通の吸血鬼」の間に一本の線を入れた。ヒエラルキーの図だ。

 さらに「吸血鬼」の横に「不老」「身体能力」と小さな文字で書き、「ロード吸血鬼」の横には「+特殊能力」と書き込んだ。


「ロード吸血鬼は吸血鬼の上位種だ。吸血鬼は不老で、人間よりも身体能力が高いという特性がある。このロード吸血鬼っていうのはそれに加えて特殊能力を持つ。今のところはっきり確認されているのは“人形遣い”と“洗脳”の二人だ。“人形遣い”の方はガウェイン、“洗脳”の方はフェルナンドという名前で呼ばれている」

「……ガウェイン……」


 間違いない、父を殺した男の名だ。その名を口にするだけで身体が燃えるように熱くなった。あの男だけはこの手で殺して復讐を遂げたい。


「“記憶操作”の能力を持つロードがいるのか、それとも“洗脳”のフェルナンドが記憶の操作をしているのか……はっきりしたところは分からない。だが奴らが記憶を操作する目的は分かっている。人間に、疑問を持たせないためだ」

「疑問……そうですよね。老衰でも病気でもないのに人がいきなり死ぬなんて……普通は疑問に思って、調べようとしますよね」

「それを防ぐための措置だ。食った人間の記憶は抜き取り、最初からいなかったことにする。住んでいた家も全部焼けばその人間の存在は消される。……胸糞悪い話だ」


 イグニスの顔が急に曇り、瞳に剣呑な光が宿った。それはシンシアがガウェインの話を聞いたときと全く同じ反応だった。

 シンシアの一番憎い対象がガウェインであるように、イグニスの一番憎い相手は“記憶操作”したロード吸血鬼なのだろうか……? シンシアは口を開きかけたが、その前にイグニスはいつもの無表情に戻り、話を続けた。


「あとロード吸血鬼で特徴的なのは、噛みつかなくても血を吸えるって言う点か。触れていれば、例えば指先からでも吸血することができる。だから他の吸血鬼に比べて食事にかかる時間は大幅に少ない。その分大食らいだがな」

「……私の父も、あいつに首を掴まれて血を吸われたんですね。あの、じゃあ普通の吸血鬼は文字通り噛みつくんですか?」

「ああ、首の頸動脈に食いついてそこから吸い上げる。吸血時間はおおよそ10分だ」


 ……父の時は5秒とかからなかったはずだ。10分。もしあの時対峙した吸血鬼が普通の吸血鬼であれば、あれほど一瞬の間に父が死ぬことはなく、救済の余地があったのかもしれない。

 暗くなった私の顔を見て何かを察したのか、イグニスは厳しい表情で指を突き立てた。


「いいか、少しでも牙が食い込んだ人間を助けようとは思うな。吸血が途中だろうと、吸われた血が致死量未満だろうと、関係ない。吸血鬼の牙には強力な毒がある。途中で助け出しても、結局はみんな悶え苦しみながら死んだ。……今まで誰一人救えていない」

「え……っ」

「食事中の吸血鬼に出会したらまず吸血鬼を仕留めることを考える。無事仕留めたら……犠牲となった人を楽にさせる。……それしかできないこともあるんだ」


 自分に言い聞かせるように呟いたイグニスは、これまで幾人もの“救えない”人間に会ってきたのだろう。やりきれない思いと罪悪感が瞳ににじんでいた。

 重い沈黙が二人の間に落ちた。イグニスは自分の手元に目を落とし、羊皮紙にインクが滲んでいることに気付いた。どうやら強く押さえつけすぎたらしい。

 インクで潰れかけている「鬼」の字を起点として、「ロード吸血鬼」「吸血鬼」をぐりぐりと円で囲む。


 ――だから一刻も早く殲滅しなければならないのだ。


「……吸血鬼の数はおよそ1000だと俺たちは踏んでいる。それに対してこの国の人口は1500万。それだけの数が反旗を翻せば支配を逃れられそうなもんだが、実際は記憶を操作され自分たちの大切なものを奪われていることにも気付かない。それに加えて、このクリーチャーもそこそこ厄介だ」


 とんとんと羊皮紙の上の「クリーチャー」の文字を叩き、線で「吸血鬼」と結んだ。


「クリーチャーっていうのは吸血鬼が操る木偶人形だ。人間そっくりに擬態し、吸血鬼の眼として人間社会を監視している。戦闘能力は人間以上吸血鬼未満ってとこで雑魚だが、問題はこいつらは平民にも混じっているってとこだな。吸血鬼は大抵人間離れした美貌をしてるから一発で分かるが、こいつらの見分けは正直つきにくい。片っ端から人間をレジスタンスに引き込んで数を集めないのは、こいつらの存在があるからだ」

「敵側のスパイを引き込む可能性があるからですか……」

「その通りだ。一匹の吸血鬼が操れる数は、実力に左右されるが、1体から10体。ガウェインは100体以上を操るから“人形遣い”って呼ばれてる。まぁ奴の人形のほとんどは、王城の警護に当たっているが。それがなくても王城はロード吸血鬼や強力な吸血鬼の住処だ、おいそれと手出しはできない」

「――おかしいですね」


 シンシアは口元に手を当てて羊皮紙の文字を見つめる。

 ガウェインのクリーチャーは今日あの場には来なかった。ということは器用に動かせる実働部隊ではない。……王城の、警護。決して離れてはいけないほど大事なものがそこにあるのだろうか。


「あの、王城に集まる吸血鬼はみんな戦闘能力が高いんですよね。自分の身ぐらいは自分で守れると思います。それなのにクリーチャーを王城の警備に当てるって、何か大切なものを護ろうとしているんじゃないですか? ……多分、動くことも戦うこともできない何かを」

「……驚いたな。表面しか説明してないのにそこまで考えたやつは初めてだよ。――これはあくまで推測程度に聞いてほしいんだが、俺は“記憶操作”のロード吸血鬼が別にいると思っている。そしてそいつは国全土というあまりに広範囲に能力を使うため、他のことに全く労力を費やせないんじゃないか。動くことも、戦うことも。だからガウェインの人形達が総勢でそいつを護っている」


 イグニスは吸血鬼たちの三角形の頂点部分を黒い丸で塗った。

 まだ誰も確認したことがない、推測にすぎない、吸血鬼の要となる存在がそこにある。人間の頭を弄くり回し抵抗の理由を奪っていく化け物は、個体としては無力だが、他の吸血鬼やクリーチャーに護られて椅子に鎮座しながら人間を支配している。

 そいつが、吸血鬼の心臓だ。


「そいつを殺せば、人間側に活路が見いだせる」


 おかしい。4000字も使ったのにまだ説明半分しか終わってない。絶対におかしい。

 こういう時って箇条書きを無性に使いたくなりますね。いけませんね。


 とりあえず覚えなくていい名前もちょこっと出してます。シモーネ=サッロ侯爵とかね、多分出ないね。ランダム名前ジェネレーターで出した即席のダンディ侯爵です、多分出ない。断言はしないけど。

 ニール師匠もランダム名前ジェネレーター出身です。こっちも今後出る予定はない。便宜的に名前付けただけです。


 次回はちょっと息抜き(物語的に)してから説明後半いきます。

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