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ミニチュアガーデン  作者: ルイ(ヤンデレ好き)
第一章 日常の崩壊
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Episode4.冷徹な男


「隊長ー!」

「無事ですかー?」


 ガウェインが消えて1分ほど経った時だろうか、よく似た声がイグニスの背後にかかった。一つは焦っているようだが、もう一つはどうにも締まらない。

 イグニスは緊張を解いたようにため息を吐いた。


「アルフレッド、シュナイダー。俺は無事だ。対象者もこれから保護する」

「“人形遣い”と出会したと聞きましたが、奴は?」

「目に見えて不利な戦いだったからな、撤退した」

「えーっ、隊長あの野郎逃がしちゃったんですかー? ぶっ殺す良いチャンスだったじゃないですか!」

「目的を履き違えるな。今日のミッションはジョーカーの保護だ。俺たちにとっては何より貴重な存在なんだから……っておい」


 イグニスが目線を横にずらすと、シンシアがふらふらと立ち上がり、数歩歩いていた。どこに行くつもりだと目を細めるが、何のことはない、父親だった塵の山の前で止まると、そこに膝をついた。

 塵の山を、何かを探すように手でかき分ける。父親が着ていた服を握りしめ、胸に押し当てるようにして蹲った。


「……隊長、あれ」


 様子を察したのは生真面目な性格のアルフレッドの方だった。赤色の瞳には哀れみが混じっている。


「ああ、父親をガウェインに殺されたらしい。俺が着いたときにはああなっていた」

「ロードに殺されたんならまだマシじゃないの? あれ一瞬じゃん。そう苦しまずに死んだって」


 どこか冷めた言い方をしたのはおちゃらけた性格のシュナイダーだ。

 アルフレッドの双子の弟である彼は、誰かに同情するのも同情されるのも嫌う。せめて良い方に考えるといういつもの思考を発揮したが故の発言だった。

 しかし父親を目の前で亡くした子供の前で、あまりに不謹慎な発言だ。アルフレッドは弟の頭を軽く叩くと「馬鹿」と短く言って諫めた。


 イグニスはどうしようかと一瞬躊躇したが、この場に留まるのはあまり良策ではない。ガウェインのみならず、シンシアの情報は吸血鬼全体に広がっている。いつシンシアを攫われるか分からない状態なのだ。

 意を決したイグニスは、シンシアの横に立つと、その二の腕を軽く掴んで引っ張り上げようとした。


「行くぞ、坊主。ここにいたら危ない」

「…………」


 シンシアはその場を動こうとしなかった。

 無理矢理担いで連れて行くこともできたが、それをやったら恨まれそうだ。イグニスはため息を落とすと、シンシアの横に膝をついた。


「お前の質問に一つだけ答えてやる。好きなことを質問しろ。残りの質問は安全な場所に着いてからさせてやる」


 シンシアの視線が塵の山から動き、イグニスを捉えた。イグニスの言葉に興味を持ったらしい。

 数秒の沈黙の末、シンシアは口を開いた。


「あんた達について行けば……父さんを殺した男に復讐できるの?」


 出てきた質問に、イグニスは一瞬絶句した。

 一つだけ質問に答える。その言葉は、かつて自身がかけられた言葉でもあった。訳の分からない状況に救いがほしかった。シンシアもそうなのだろうと思い、昔かけられた言葉を流用したのだ。


 ――そうして返ってきた言葉も、自分自身の言葉と一言一句違わないなんて……。


 これが、かつての自分の姿だったのか。シンシアを哀れだと思う自分を慌てて振り払う。

 哀れなどではない。復讐心を原動力とすることは、なによりも生きる指針になるのだから。


「ああ。お前の父親を殺したのは吸血鬼だ。俺たちレジスタンスは、吸血鬼を殲滅し、人間に真の自由を取り戻すことを目的として作られた組織だ。……父親の復讐をしたいなら俺についてこい」

「……わかった」


 シンシアは頷くと、塵に埋もれていた三角巾と長剣を拾って立ち上がった。イグニスが目だけで問うと、「形見だから」と小さく呟く。


「……一度家に帰りたいんだけど」

「悪いがそれはできない。君には一刻も早く身を隠してもらう」

「なんで? あの男も私を誘拐しようとしたけど、何のために……」

「質問は一つだけだと言ったはずだ。とにかく此処を離れるぞ。――こちらイグニス、対象者を無事保護した。“人形遣い”は逃走。中央B地区班、これから支部に連行するため、道中の安全確保を要請する」


 シンシアの言葉をばっさりと斬り捨て用件だけを伝えると、イグニスは口早に耳に付いた通信機に報告をする。ザザッと掠れた音がした後、『了解』と低い声が返ってきた。

 これで後は来た道を引き返すだけだ。緩みそうになる気を引き締め、「おい」と背後の双子に目配せをした。

 二人は無言で首肯すると、シンシアの両側の少し後ろに移動した。


「……なに?」

「護衛だ。念のためな」


 半分本当で、半分嘘だった。前方をイグニス、側方を双子で固めて三角の中にシンシアを閉じ込めるのには、護衛と監視のためだ。これまで何人かの人間が、余計なことには関わりたくないと、道中こっそり逃げだそうとしたことがある。これはそれを防ぐための体勢だった。

 不信感をあらわに目を細めるシンシアから視線をそらし、イグニスは目的地を目指して歩き始める。後ろの三人も同じペースで付いてきた。

 重い空気になりかけたところ、すかさずシュナイダーがにこにこと人の良さそうな笑みでシンシアに話しかけてきた。


「なあ、あんた小っさいな。年はいくつ?」

「17ですけど……」

「お、年下。俺20なんだ、一応。俺の名前はシュナイダー。こっちは双子の兄のアルフレッド。よろしくな! あんた名前は?」

「……シンシアです。みんなからはシアと呼ばれてます」

「へー、かっわいい名前。あっ……悪い、気にしてた?」

「いえ、名前だけ可愛いってよく言われますから」

「えー? 名前だけじゃなくって顔も可愛い系じゃん。声も男にしては高いし」

「……? あの、勘違いされてるところ申し訳ないんですが、」


 「イグニス」


 矢継ぎ早に質問され警戒心を解きかけていたシンシアは、しかし突然聞こえた重低音に思わずどきりとした。

 それはシンシア以外の三人も同様だった。シュナイダーは笑みを一瞬で引っ込め、不安げに声のした方を見る。


 前方から、大柄な男が近づいてきた。背丈はおそらく190センチあるだろうか、かなりの高身長で、しかも全身よく鍛えられているのか威圧感が凄まじい。髪は地肌に沿うような形で細い三つ編みが何本も作られている。赤い瞳は鋭く光っていて、肉食獣に似た獰猛さを感じさせる。

 シュナイダーが小さく「おっかねぇ」と呟いた。シンシアは頷きはしなかったものの、心の中で激しく同意した。

 男に呼ばれたイグニスは軽く会釈すると、背筋をぴんと伸ばして大柄な男の目を見た。


「リーダー。お疲れ様です」

「……そいつが例の対象者か」

「はい。名前はシンシア。年は17です。噛まれる前に保護したためジョーカーとしてはまだ覚醒していません」

「未覚醒か……面倒な手間が増えたな。どうして覚醒させてから保護しなかった」

「申し訳ありません。相手が“人形遣い”だったので、待機していれば一瞬で攫われてしまうと思い、間に割り込みました」

「ふん。……その“人形遣い”を、お前はみすみす逃したそうだな。追跡もしなかったと?」

「今回のミッションは対象者の保護です。“人形遣い”を追ってあの場を離れれば、未覚醒のか弱いジョーカーを野晒しに……っづ!」


 淡々と報告する声を遮ったのは男の大きな拳だった。頬を思い切り殴られたイグニスは、数歩よろけ顔を俯ける。

 ガツッという、生身の人間と人間がぶつかるにはあまりに重々しい音に、イグニスの後ろの三人は息を詰めた。アルフレッドはすぐにでもイグニスのところへ駆け寄りたいという顔をしていたが、男の発する威圧的なオーラがそれを許さない。

 男の侮蔑するような瞳がシンシアに向けられた。男の何を知っているわけでもないのに、瞬間的にシンシアはすさまじい嫌悪感を感じる。


「判断を誤ったな、イグニス。一匹の兵士の命よりも、“人形遣い”を屠る方が優先されるに決まっているだろう」

「……申し訳ありません」

「挽回は敵の首を以てしろ。それとこの小僧だが、次の会合までに覚醒させておけ」

「それは! あまりに早急なのでは。彼の身体はまだ未熟です、せめて20歳まで……」

「“晩餐”は今年中に開かれる。未熟だろうが何だろうが今は一匹でも兵士が必要だ。……逆らうことは許さない」


 嫌悪感の正体が分かった気がした。この男の目は、どこかガウェインと似ているのだ。どちらも、人間を人間と思っていない。自分と同列のものだとは露も考えていない。

 値踏みするような視線が不快で、シンシアは思わず男を睨みつける。男の瞳が更に冷気を増した。


「……生意気そうな目だ。大人しい役立たずよりかはマシだな」


 つ、とそらされた視線の先にいたのはアルフレッドだった。“大人しい役立たず”と称されたアルフレッドは男と目を合わさぬように俯く。男がその様子を鼻で嘲笑った。

 言いたいことはすべて伝えたのか、男はそれ以上何も言わずにイグニス達の横を足早に歩いていった。

 彼の足音が聞こえなくなると、まず最初にシュナイダーが息を吐いた。「ぶはぁーっ」とあまりに大袈裟なもので、シンシアとアルフレッドが苦笑いする。


「まっじでおっかねぇよあの人! なんであんな、“今さっき100人殺してきました”みたいな顔で歩いてるんだ? 俺あの人が目の前に立っただけでチビリそう」

「こらシュナイダー。リーダーに向かって失礼だぞ」

「いやいや兄貴だってビクビクしてたじゃん! というかあいつまた兄貴のこと悪く言ったよな! くっそー! あんな殺人鬼面してなきゃ一発ぶん殴ってやるところなのに!」

「そんなことしたら報復として半身不随にされるよ……。頼むからやめてくれよ」

「しねーよそんな自殺行為。っというか隊長! 大丈夫でしたか? 顔面陥没とかしてませんか?」

「……ああ。心配ない」


 イグニスはそう言ったものの、殴られた左頬は赤黒く腫れていて、相当痛そうだった。

 あの男は確か、「シンシアの保護を優先して敵を見逃したこと」に腹を立てイグニスを殴ったのだった。シンシアは彼の腫れた頬に指を伸ばし、触れるか触れないかのところで撫でる仕草をする。


「あの……ごめんなさい」

「……なぜお前が謝る」


 イグニスが困惑しきった目でシンシアを見下ろす。その瞳に、シンシアの中の罪悪感はますます大きくなっていった。

 訳の分からない状況の中で飛び入ってきたイグニスを、シンシアは今まで信じ切れずにいた。不信感を覚えもしたし、十分な説明をしてくれない彼に腹を立てた。

 だがきちんと落ち着いた気持ちで考えれば、彼は自分を命の危険から救い出してくれたのだ。あの恐ろしい男に殴られてまで。


「私の保護を優先させたせいで殴られたんですよね? ……私、あなたに助けられたのに、ずっと失礼な態度を取ってました。……ごめんなさい」

「……目まぐるしく色々なものが変化したんだ。俺を信用できないのも仕方ない。あんたが悪いわけじゃないさ」

「いえ。それとこれとは別の話ですから。……あの時助けに来てくれて、本当に助かりました。ありがとう」


 心を込めてお礼を言うと、イグニスは顔を真っ赤にさせて視線をそらせた。言われ慣れない「ありがとう」の言葉に、皮膚の下がかゆくなるようなむずがゆさを覚える。

 一歩下がったところでアルフレッドが「シア君は良い子ですねぇ」としみじみ言い、面白がったシュナイダーは「隊長の熱愛報道! 可愛い少年に夢中!」と指笛を鳴らしている。

 あまりにシュナイダーがふざけるので、イグニスは今日一番の大声で「うるさい!!」と叫んだのだった。


 毎回サブタイトルのセンスのなさに絶望する。お話がね、あんまり進んでないとね、タイトル付けようがないんだよね。

 そしてリーダーの名前出し損ねた……うーん、説明回の時に出せるだろうか。覚醒やら晩餐やら色んなワードを出してしまったから説明回が今から憂鬱……。仕方ない、ファンタジーだもの、仕方ない。


 強面リーダーの髪型、コーンロウヘアと呼ばれるものです。黒人風編込みですね。あの文章でちゃんと伝わっただろうか。

 こう、容姿の描写ってついつい忘れてしまう。いや設定書にはちゃんと書いてあるけども。容姿が物語に関わらないとつい入れ損ねる。そのうち登場人物紹介で書くのでそれで許してください……。

 さぁ、次こそちゃんとした説明回だ。だれないように頑張ります。


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