皇子さまの付き人は(キール視点)
その人は、最初から目立っていた。
この国の皇子と同じ馬車から降りてきたと思えば、皇子の寵愛をその身に受けていた。
授業や訓練中にきなり色のローブからたまに除く肢体は細く、丸みを帯びていることから性別は女性だということ以外はすべて謎。
頑なにフードを外すことを拒み、力ずくで外そうとする者には容赦のない制裁を浴びせた。
座学はもちろん、初回訓練でも他を圧倒する力の差で騎士科のトップに君臨するその人の名は、ルリ。
姓は持たないということだが、王子付きとして騎士科に入学した彼女のことは、僕ですらそのくらい知っていた。
騎士は実力社会。家格の差もある程度はあるが、訓練などの多い学部では贔屓なんてものはむしろ邪魔だ。
贔屓され、甘く育てられることは戦地においてはむしろ悪だ。
力ない状態の人間が、分不相応な地位につくだけならまだ笑えるが、その人間の指示で多くの兵士や騎士が死ぬなんてことになれば笑えもしない。
ただし、それはあくまで騎士科としての話であって、生徒同士の間ではある程度家格による派閥や、家格の低い者への見下しはある。
僕の家は男爵家。貴族ではあるものの、家格は低いうえに次男。
さらには落ちこぼれと言われる成績である。
長剣使いの家柄から、重いものを持つことになれる訓練はしているが、母似の僕は鍛えても鍛えても望むように筋力をつけない。
兄妹は父似のため、僕よりよほどうまく長剣を操っているという。
父ですら最近は僕を鍛えることをあきらめ始めている。
「キール、お前代わりにこれ持っていっとけよな!」
クラスでも割と家格の高い家の男児に雑用を押し付けられることはいつものことになりつつある。
ため息を吐きつつ、数十冊のノートを次の授業が始まるまでに移動させなければならない。
ノートに視界をふさがれつつ、ふらふらと階段を上っていたが、小さく吹いた風にあおられ、体が後方へと傾いていく。
どうにか踏ん張ろうとする足は後ろの階段を踏み外し、ノートをばらまきながら落ちて
「大丈夫?」
硬い床に叩き付けられると覚悟をしていたが、何やら細いものに抱き留められた。
次いでかけられたちょっと高めのアルトに、恐る恐る目を開いた。
「へっ、え、あ、ありがとうございます…!」
情けないことに、その場にへたり込んでいれば、受け止めたルリさんはばらまかれたノートを拾い集めているではないか。
助けてもらった上に、雑用まで手伝わせるとは!
慌てて僕も拾い集めるが、半分以上すでにルリさんの手の中にあった。
返されるのを待っていると、ルリさんはそのまま移動を始めてしまう。
「…あの?」
「この時間に、こっちの方面に向かっているってことは同じクラスでしょう。一緒に持ちます。」
押しつけがましさもなく、当たり前のように持って行ってくれるという。
そのまま数歩先を進む彼女の横に慌てて並ぶ。
「ありがとうございます。僕はキール=エバンズと言います」
「私はルリです。姓はありません」
「知っていますよ、皇子の側付きで、顔も見えない貴女はとても目立っていましたから」
「…」
沈黙してしまった相手に、まずいことでも言ってしまっただろうかと様子をうかがうが、見えるのはきなり色の布のみ。
そういえば、噂では人外だなんだとひどい言われようだったが、誰一人としてみたことのないその中身に興味はある。
が、そこは触れられたくないのだろう。
実力行使で叩き潰されては困るのだ。
来週ある実力試験のことを持ち出しつつ、礼をしようと伝えれば、ルリさんは考え込んでしまった。
男爵家とはいえ、それなりの礼節は叩き込まれている。
助けられて言葉のみというのもむしろ落ち着かない。
「じゃあ、お礼に実技試験でタッグ組んでもらえますか?」
告げられた言葉の意味を飲み込み解釈するのに随分と時間がかかった。
確かに、実力試験はあるし、猛者が集うシングル戦への出場は希望していなかったが。
想定外の申し出である。
「えっ、いや、でも僕はこの通り運動神経がいい方ではなくて…足を引っ張ってしまうと思いますよ?」
「恥ずかしい話、タッグを組んでくれそうな親しい相手がいませんでして…。」
言葉には、どこかしら照れているような、恥じらっているような響きがあった。
確かに、彼女と親しくしている生徒がいる様子はない。
それに、シングルには男子しか出場できないのも事実だ。
「わかりました、いいですよ。」
「ありがとうございます。では、手続きはこちらでしておきますね。」
授業まで余裕をもってノートを運び終え、彼女は授業中は暇そうに筆記具で遊んでいた。
。
。
。
「ルリさん、こんな人気のないところまで呼び出して、一体どうしたんですか…?」
翌日、ルリさんに呼び出され、校舎裏に来た。
まさか、何か気に障ることでもしてリンチ…などとおびえていれば、ため息が聞こえた。
「私のローブの中身を見ていただいておいたほうがいいかと。当日動揺されても困りますし。」
「ですが、どうしても取りたくないと今まで訓練中も外さなかったんですよね?」
「まぁ、そうなんですが…実技試験にはこのローブを被ることはできないので」
「確かに、指定の防具は皮鎧ですからね。」
「驚いたとしてもできるだけ静かにお願いしますね。」
入学以来、謎に包まれていたローブの中身が。
今、僕の前で明らかになるのか。
神妙にうなずいたのを確認してか、少しばかりタメを利かせてローブが一気に取り払われた。
一つに束ねられたつやのある黒い髪が風になびく。
意志の強そうな眼が、僕を射抜いた。
「キールは驚かないんですね。」
「あ、いえ、驚いてはいるのですが…噂の中には化け物級の醜女だとか、ひどい傷跡があるだとか、人外の姿をしているというものまであったので…」
「なんなんですか、その噂は」
「ルリさんが頑なにフードをとらず、見た者もいないからどんどん尾ひれがついたんでしょうね。」
「最近は外そうとする人間が減ったと思いましたが…その噂のおかげですか。」
苦笑すると、目が細められ柔らかな表情になる。
ルリさんはかわいらしいというべき容姿をした、ごく普通の少女だった。
さてさて、がっつりバトルシーン書きましょうかね。
スクールラブ(?)しばらくさようならです。