落ちました
落ちる、落ちる、ちる、ちる。
轟轟と風の音が耳を塞ぐ。
掴めるものなんて視界の隅にも映らない。
ただただ、空気抵抗に遊ばれて錐揉みする体。
一体、どれくらい落ちているだろう?
あと、どれくらい落ちるのだろう?
仰向けに落ちていくことは、地面との距離がわからない分、恐怖の種類が違う。
それでも、あまりに長いこと落ちすぎだと思う。
私は天空の城の王族の末裔なんかではなく、飛行石なんか持っていないから、地上と情熱的すぎる抱擁を交わすことになるからその覚悟ができるまで辿り着かないでほしい。
いつまで待ったところでそんな覚悟できるわけも無いが。
なんて、取り留めもないことを考えていたところで、周囲の景色が変わった。
煉瓦造りが360度を包囲する。
「え、」
「おい!? 生きているか?」
緩やかな浮遊感と、背中から地に触れる感覚。
キラキラした金髪の少年が私の顔を覗き込む。
助かった、なんてものより、別のことに私は頭を占領されていた。
どうしてどうしてどうして
「ネサル皇子…」
「なぜ、それを知っている」
クォリティ高いコスプレの撮影会か何かだと思いたかった!
そうだよ、ここの景色見たことあるよ!!
乙女ゲームの攻略キャラ、ネサル皇子の回想シーンで出てくる幽閉塔だよ!
泣ける乙女ゲームっていキャッチコピーで、アニメ化もされたゲーム。アニメは先月2期目が終了したところだ。
声優陣も豪華だったんだよなぁ。3期目の続編は別ヒロインのストーリーになるってネットで流れてたっけ。
ふふふ、あはは
閑話休題
「すみません、取り乱しました…」
「…そうか。それで、どうして上から落ちてきたんだ?中庭とはいえ、この塔には出入り口などないはずだが。」
うっわぁ、見た目小学生くらいなのに怖いくらいの頭の回転。王族設定のチートなのか。
そうだ。ネサル皇子は賢い設定でしたねー、チクショウ、バカにはうまい言い訳が思いつきません。仕方ないので馬鹿正直にお話しするしかなさそうだ。
「わかりません、気づいたら空から落ちていて…ここに落ちたのも偶然なのか、何か理由があるのかもわからないです。」
「…すまないが、それを信じることは…」
「ですよねー。…それは置いといて、皇子、後ろに黒い獣みたいなものが居るんですが、アレって」
「魔獣がまた生まれていたか…」
ヤッフゥゥー☆
魔獣だなんて、ファンタジィの王道ですね。
ワクワクしてました。二次元の場合は!!
生命の危機という恐怖に対して、液晶画面という鉄壁防御があったからね!!
「皇子、冷静に言ってないで逃げますよ!」
「は、おい、待て!」
皇子の手を引いて魔獣に背を向け走り出す。
後ろから咆哮を上げ、足音がどんどん近づいて来る。皮膚がびりびりと震える。ほの暗い、死のにおいが後ろから追いかけてくる。
開け放たれた中庭から建物に入る扉に飛び込んで、後ろ手に扉を閉めた。
そこから、一番近い部屋の、さらにクローゼットの中に立て籠もって息を潜める。震えが止まらない。ネサル皇子の小さな体に縋り付くように抱きついた腕が強張って、きっとこの子だって苦しいだろう。
「なぜ、逃げた」
「なぜって、」
私の腕に締め付けられているというのに、苦しさを表に出さない表情。真摯な瞳に射抜かれて、軽々しく言葉が出ない。
「ここに居るという意味を、本当に分かっていないんだな。」
「意味…は…」
そうだ、ストーリーで見ていた。
ネサル皇子は、生まれた時から以上に魔力が大きくて、魔獣に狙われやすくて、それで隔離されていた。
それも、魔獣の発生源を封じている塔なんて劣悪な場所に。
まるで番人のように、ネサル皇子は魔獣を倒し続けて、国を守っていたんだ。
それから、
「ここに隠れているといい。あれは私が倒す。」
「え、待っ」
いつの間にか力が抜けてしまっていた腕から皇子は出て行く。
無力感に、閉められた扉の拒絶に、動くことができない。
ダメだ、彼に魔獣と戦わせてはいけない。
なんとか動くようになった体で扉を開けようとするも、手が震えて、上手く力が入らない。
やっと扉から出ると、魔獣の断末魔が響き渡り、皇子が魔力の剣を下ろしたところだった。
烟るような黒い魔獣の魔力の残滓が、明るい色彩の皇子とは対照的で一枚の絵のようで。
悲しくなった。