壁に絵を描く奴を見る話
ウォールペイントって割りと迷惑ですよね。あれやられちゃった家の人ってどうするんでしょうね。消すのにいくら掛かるんざんしょ。
ある夜。向かいの家の壁の側。電灯の下に人がいた。
彼は周囲を一二度見回すと、その両手を―何かを持っていた―壁に向けた。
次いで壁には色がついた。そう、カラースプレーだ。彼はカラースプレーで壁に落書きをしているのだ。
いや、落書きではないのかもしれない。
ある程度作業が進むと、彼は後ろに下がり、全体を見渡すようにうろうろ歩いたり。同じ場所でずっとスプレーを使ったり、不思議なほどに動き回っていた。絵を描くというのはイーゼルを立て、カンバスを載せ、その上に、椅子に座りながら筆を走らせるようなイメージだったが……こういう物もあるのか。気付けば夢中になってその姿を目で追っていた。
やがて、満足したのか。彼はその場を離れた。現れた時と同じように唐突に彼は去り。自分はというと、すっかり忘れていた宿題に取り組むことにしたのであった。
数日後、母が言うにはあの絵は数万円で売れたらしい。つまりは壁の塗装業者がやって来たのだが。もしその塗装業者の中に彼がいたり、もしくは何らかの運命の悪戯で彼にその金が廻りでもしたら。なんだか素晴らしいことではないだろうか。
思わず笑ってしまい、母に文句を言われた。なんだかその姿もおかしくて、もっと笑ってしまった。
「……専務、どうかなさりましたか?」
「ん…あぁ、いや、なんでも。」
目の前の少年たちを見る。
なんでも彼らは我が社の倉庫にスプレーで落書きを、よりによって昼間にし、それを社員に見つかり、たまたま視察に来ていた私がその対応を任されたのだ。
「仮に計算すると修繕費はいくらくらいになる?」
「そうですね…この大きさですと100万円前後は…。」
「えっ…そ、その…すみません。ホント…もうしませんから…どうか…それだけは…。」
「ほ、ホントすみまっせん!すいまっせん!」
膝に頭が着くほど勢い良く、何度も頭を下げ、口々に謝罪の言葉を述べる。結構な額だ。それに塗装している間この倉庫を使うのが難しくなるのだ。よりによって大型車の搬入口近くとは。最終的な損害がいくらになるのか、考えたくもない。しかも、それが何らかのトラブルであれば諦めもつくが、子供の悪戯だ。子供の悪戯でこの損害。いや、保険がある…しかし、それでも…むしろ問題は…。
絵を見上げる。理解の出来ない派手な蛍光色と謎のキャラクターと英語が踊る。彼はなぜ描いたのだろうか。彼らはなぜ描いたのだろうか。
「君達は―どうしてこれを描いたのかな?」
思わず、口から溢れていた。
少年たちは頭を下げたまま、申し訳無さそうに言葉を紡ぐ。
「あの…その…。」「こういうの…かっけーって…。」「おいバカ!」
「いや…だってさ…。」「すんません!ホントこいつバカで…!」
なんて理由だ。彼らはかっこいいからと言う理由で、こんな損害を産みだしてくれるようだ。
思わず天を仰ぐ。視界の端に絵が見える。お話ならきっと大人は子供を許して、子供はやがて偉大な芸術家になったりもするだろうが。それが自分だとは、彼らだとは思えない。
しかし、彼はどうなのだろうか。
「……ふぅ。鈴木くん。彼らのご両親に連絡を。」
「えっ!ちょっ!」「こっこんなに謝ってるじゃないですかァ!」「ホントすいまっせん!でも親はホント!」
駆け寄る少年たちに背を向ける。後ろでは現場担当の斎藤くんが彼らを押さえている。
だがその声も倉庫内に入れば微かになり、更に奥の部屋まで進めば聞こえなくなった。
「専務、警察へは…。」
「いい。」
「ですが…これは立派な器物破損です。」
「いい。上には私から伝えよう。それと被害額の計算が終わったら書面して私にくれ。」
「…はい。」
不承不承、秘書が頷く。そして一礼して部屋を出る。
自分は経験がないが。きっと彼も似たような経験があるのだろう。見つかり、捕まり、罰金を取られたり、あるいは訴えられたり?そして彼は筆を…スプレーを折る…捨てた?のかもしれない。だが、まだ描いているのかもしれない。あるいは彼らが見たのは彼の絵かもしれない。
「一度は一度だ。」
さて、どうやってこの損害を取り戻すべきか…。その前にどう報告するかを考えねば。
でもちょくちょく見るし、海外にはなんか凄い人もいるし。まぁ私の知らないけどそこまで遠くない世界ですね。