別れの銀杏
私は庭に下りました。
そうして大好きな場所で名前を呼びました。
「金丸、出ておいで」
私が言うと金の髪をした美しい男の子が現れました。
「どうした?最近、元気がないな」
金丸は首を傾げています。
「…私ももう長くはない。
そうしたら金丸はどうする?
私と一緒に逝くかい?」
「それも悪くないな。
お前によって助けられた命。
お前によって終わらせるのもいいものだ」
金丸は笑いました。
金丸がそう思っているのなら、私はそうしようと考えていました。
「おばあちゃん、その男の子は誰?」
庭に立つ私に向かって、六つになったばかりの孫が首をかしげました。
「驚いた。お前、見えるのかい?」
私の問いかけに孫は頷きます。
「そうかい。彼は金丸。
お前も仲良く出来るかい?」
孫は嬉しそうに頷きます。
「一緒に遊んでおいで。
年寄りよりも若いのと一緒のほうがいいだろう?」
「そんなことないよ」
金丸はそういいましたが、私は首を横に振りました。
孫は金丸に向かって手を差し出しています。
私は頷いて金丸を見ました。
金丸は孫の手をとりました。
そうして二人は手をつなぎ走りだしました。
私は嬉しく思いました。
私が死んだら、金丸は一人ぼっちになってしまうと思ったからです。
また、悲しい思いをさせてしまうと思ったのです。
でもこれからは孫が金丸の傍にいるでしょう。
それなら安心です。
金丸はこのまま生き続けることが出来ます。
孫も私のように金丸に恋をするでしょうか?
そう思ったら何だか楽しくなってきました。
「良かったね。金丸」
私は空を見上げて呟きました。
私が金丸に初めて会ったのも、孫と同じ六つのときでした。
公園で遊んでいた私は、とても綺麗な金色の髪に目を奪われたのでした。
「あなたは誰?」
私が声をかけると金丸は驚いた顔をしていました。
「俺が見えるのか?」
不思議なことを言う人だと思いました。
私には金丸が見えましたし、触ることも出来ました。
でも他の人は違ったのです。
それを知ったのはだいぶ後ですが。
そうして私は金丸と遊ぶようになりました。
私が呼ぶと金丸は出てきました。
「今日は何して遊ぶんだ?」
そう言って金丸は笑うのです。
私は金丸が大好きになりました。
七つになっても、八つになっても、私は金丸と遊び続けました。
そうして私は大きくなり、金丸と目線も同じになってきたのでした。
十四でした。
もうすぐお別れだ、と金丸は言ったのです。
私は意味が分かりませんでした。
どうしてそんなことを言うのでしょう?
私は金丸を見つめました。
「もうすぐここは整備される。
公園を小さくして、道路を広げて綺麗にするんだそうだ。
そうしたら俺は消える」
整備されるなんて聞いていませんでした。
私はどうすればいいのか分かりませんでした。
「泣きそうな顔だ」
金丸はそう言って私の頬に触れました。
金丸が消えてしまうなんて、イヤでした。
私は金丸の手にそっと触れました。
「俺は幸せだったよ。
最後にお前とこうして過ごせて幸せだった。
皆から忘れ去られていたのに、お前が見つけてくれて嬉しかったんだ」
金丸は微笑みました。
「イヤ、イヤ、イヤ!
私はもっと、ずっと、これからも一緒にいたいのに!」
そう、ずっと一緒だと思っていたのです。
何も変わることなく、こうして話が出来ると思っていたのです。
「ありがとう」
金丸はそっと私の頬に口付けをすると消えてしまいました。
どんなに私が呼んでも出てくることはありませんでした。
私の力は小さすぎて、金丸を守ることは出来ませんでした。
目の前で金丸の木は倒されてしまったのです。
「立派な銀杏の木だったのにね」
隣の人の残念そうな声が聞こえました。
それだけではないのです。
立派で素敵で優しい銀杏だったのです!
私は唇をかみ締め、泣きました。
もう二度と会うことは出来ないのです。
もう二度と話すことは出来ないのです。
もう二度と笑い合うことは出来ないのです。
悲しみにくれる私に、母が言いました。
「公園の銀杏が好きだっただろう?
だから、小さな枝を貰ってきたんだよ。
庭に植えればやがて大きくなるだろう」
私は驚きました。
母が持つ小さな枝には、眠っている金丸がいたのです。
姿も小さくなっていますが、金丸でした。
私は母にお礼を言って、金丸を庭に植えたのでした。
私は毎日世話をしました。
早く大きくなるように。
早く元気になるように。
そう願いました。
ですが、金丸はなかなか起きてくれません。
やがて、私も結婚しました。
子供も産みました。
月日はどんどん流れてゆきます。
でも金丸は起きませんでした。
木もだいぶ大きくなったのです。
「金丸、一緒に遊ぼうよ」
私は昔のように呟いてみました。
すると金丸が身じろぎをしたのです。
私はもう一度言いました。
「…今日は何して遊ぶんだ?」
小さな金丸が私を見上げて言いました。
私は嬉しくて金丸を抱きしめました。
「また、お前に会えるなんて思ってもみなかったよ」
そう言って金丸は私にしがみつきました。
「私は諦めなかったよ。
また、会えると思って頑張ったんだから」
これからも一緒に過ごすことが出来るのです。
私と金丸は笑いあったのでした。
懐かしい、大切な思い出です。
金丸への想いも、一緒に過ごした時間も、誰に話すことなく私は逝くつもりです。
孫がもう少し大きかったら、話も出来たでしょう。
それが少し残念です。
振り返ると金丸が立っていました。
「どうしたんだい?
遊びに行ったんじゃなかったのかい?」
「…うん。でもお前と一緒にいたかったから」
金丸がそう言って笑いました。
ああ、何て嬉しいことを言ってくれるのだろう。
私は娘のようにドキドキしました。
「バカだね。
私よりも孫と一緒にいるほうがいいだろうに。
これからはあの子と一緒に過ごすんだから」
「それはないよ」
金丸は首を横に振りました。
決めたんだ、そう言って金丸は私の傍に来ました。
「俺もお前と一緒に逝くよ」
「何を言っているの?
もう一人、金丸の存在を分かってくれる人が現れたんだ。
それなら私と一緒に逝く必要はないんだよ!」
「それでもお前がいいんだ」
金丸の言葉に私は動くことが出来ませんでした。
「バカだね、本当にバカだよ!」
そう言いながらも、私はとても嬉しかったのです。
私の目から涙が溢れました。
「泣き顔は変わらないね」
そう言って金丸は私の涙を拭ってくれました。
小さな金丸の手ではない、男の人の手でした。
美しい金色の髪が風に揺れました。
「あまり力がないから長い間はこの姿を保てないけどね。
俺も長い時間を過ごすことは出来そうにないんだ。
だから、いいんだよ」
金丸は優しく私の頬を撫でてくれました。
「逝く時は一緒だよ」
その囁きに私は頷いたのでした。




