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広い背中

作者:





***こんな女にしたのは






 背中にそっと耳を寄せる。どく、どく...通常よりも早く刻まれる音に、嬉しくてニヤニヤしてしまう。

「ねぇ、心臓の音、すごいよ?」

 ビクッとする背中。落ちそうになって誠の首に回した手をぐっと絞めてしまった。

「ぐっ」

「あぁ、ごめんごめん」

 慌てて手を緩めると、誠はげほっと咳をした。

「お前なぁ、普通そういうこと言う?」

 彼がいる私に、もう何年も片想いしている誠。私が誠の気持ちに気づいているのは誠もわかってる。

 自分でも性格わるいなーとは思うんだけど、誠の顔を見ると、つい意地悪したくなってしまう。小学生の男の子のようだ。

 誠が支えている足をプラプラと揺らしながら、私はわざと誠のTシャツからのぞく首元にすりすりと顔を擦りつけた。

「おまっ、マジでやめろって!」

 首をよじって逃れようとするから、私はもっと苛めたくなって、ほてり始めた首元にちゅっと口づけた。

「・・・っ」

 グッと堪えたのか、誠は息を殺してその場に立ち止まった。

 唇を離しても一向に歩き出さない。

 酔った頭でも、さすがにやりすぎだということはわかっていた。わかっていて、やったのだ。

 だめ押し、とばかりにもう一度口づける。すると、彼はものすごい勢いで走り出した。

「えっ、ちょっと! 待って、お、落ちる!!」

 私の制止なんてお構いなしに、誠は走った。

 私は振り落とされないように必死で彼にしがみつき、振動で吐き気が込み上がってくるのを耐えた。


 数分後、やっと誠が止まったのは彼のアパートの前。

 うちまで送ってくれるんじゃなかったの? と聞きたいけれど、それより何より・・・

「き、気持ち悪い・・・」

 声を振り絞ってそう言うと、誠はやっと私が酔って歩けなくなったからおぶっていたのだということを思い出してくれたらしい。

「ご、ごめん! 大丈夫か!?」

「大丈夫じゃない・・・」

 もうちょい我慢して、と誠はポケットから慌てて鍵を取りだし、部屋の鍵を開けた。


 ベッドの上に優しく下ろされて、私はそのまま横になった。

「大丈夫か? 水持ってくる・・・」

 台所へ行こうとした彼の手を咄嗟に掴んだ。

「ねぇ、本気で私を好きなら、奪って見せてよ」

 もっと私を欲しがって見せて。

 顔を歪ませながらも覆い被さってきた彼に、私はバレないように笑った。


 私の頬にそっと触れる優しい手。いつも私を守ってくれる温かな手。

 その手に自分の手を重ねて、見上げた先の誠は、下唇を食いしばって悔しそうに私を睨んでいた。

「どうして?」

 好きなら、私のことが欲しいなら、迷うことなんてないでしょう?

 どうして、そんな苦しそうな顔をするの?

 私の言葉に、誠の顔は一層ゆがむ。

 ただ、そばにいて見守るだけの男。好きな気持ちを隠そうとはしていないのに、絶対に”友達”以上に踏み込んでこない男。惜しみなく優しい言葉をかけてくれるのに、肝心の”好き”なんて言葉は絶対に言わない。誠の線引きは徹底していた。いくら私が挑発しても、その線は揺るがなかった。

 どうして?

 私だったら、好きな人の恋人との話なんか絶対に聞きたくない。抱きしめられたとか、告白されたとか、キスしたとか、体に触れられたとか、誠の気持ちを試すように逐一、事細かく、恋人との進捗状況を話しても、「そうか」としか言わない。

 だから、本当は私のこと好きじゃないのかもしれないって疑ったときもあった。好きでも好きじゃなくても、私のそばに誠がいるのなら、それでいいか、なんて思っていたときもあった。私がどんな人と付き合っていても、”一番そばにいる男友達”はいつでも誠だったから。

 私と出会ってから、誠は誰とも付き合ってない。なぜか一緒に参加した合コンでも、誰も狙おうとしなかった。口元の黒子がセクシーなアジアンビューティーな女の子に言い寄られても、番号すら教えなかった。店を出ればあっさりさよならだったらしいし。(私は途中で男の子と抜け出していたから、それは後で聞いた話だけど)

 学校でも、仲のいい友達はいるけど、どんなに仲良くなった子の告白にも応じなかった。そうして、彼女を作らず、作ろうともせず、誠はずっと私のそばにいた。

 恋人との話であろうと、なんでも聞いてくれたし、恋人と喧嘩して置き去りにされたから迎えに来て、とか、私のわがままにいつも付き合ってくれた。

 そんなことを数年繰り返せば・・・うぬぼれたくなるのも仕方ないでしょ?

 だから私は、誠の気持ちを試すことにした。

 そっと誠の頬に触れて、じっと見つめる。”友達”の距離を少しだけ越えたスキンシップ。

私が誠に触れたとき、今まで絶対に崩れなかった誠の表情が大きく崩れた。その瞬間、私は確信したんだ。「あぁ、やっぱりそうなんだ」って。その時の誠も、やっぱりこうやって眉を寄せて、下唇を食いしばって私を睨んでいた。

 でもね、そんな顔したってダメだよ。嫌ならこの手を振りほどけるのに、それをしなかったんだから。

 誠が、私をこんなうぬぼれ女にしたんだよ。


 私に覆いかぶさりながらも、一向に動こうとしない誠に、私はついにしびれを切らした。

「いくじなし」

 誠の手に添えていた手を離して、その手で彼の胸を押し返した。

 軽く押しただけなのに、あっさりと退く体に、初めから襲う気なんかなかったんだと知る。

誠がしていることは、いつだって正しい。私には恋人がいるし、私と誠は友達だ。だから、この離れた距離が適正距離なんだって分かっている。なのに、どうしてこんなに悔しいの?

 私がどんなに挑発しても、誠の理性を崩すことは出来ない。それが悔しい。

 理性の塊のような誠に、全力で求められたらどんなに気持ちいいんだろうって、いつしか考えるようになった。いつも優しい手に、乱暴に触られてみたいって、望むようになった。だけど、今更、私から誠を求めるのは悔しい。だから、こうやって挑発するしか出来ないのに。

 この石頭!!

 私は自分のことを棚に上げて、すべてを誠のせいにした。

 男のクセに意気地なし! 好きな女を何年も口説くことも出来ないなんて、草食にもほどがあるわよ。こんだけ挑発しても何もしないし、本当に私のことが好きなわけ? 女に恥かかせてんじゃないわよ、誠のクセにーーーー!!


 私が一人でもんもんとしていると、ようやく誠が動いた。ベッドに腰掛けるようにして、頭をかかえてため息を吐く。

「はぁー・・・」

 その深ぁいため息に、私はキレた。

「なんなのよ! そのため息は!! 文句があるなら言葉に出していいなさいよ、この草食男ーーー!!」

 そんなやつあたりもいいところな私の言い草にも、誠は慣れたもんだとでもいうように「ハイハイ」と軽くいなした。その態度が私の怒りの火に油を注ぐ。

再び文句を言うために思いっきり息を吸い込んだところで、ポンポンと頭をなでられた。

「ちょっと落ち着け」

 な?

 なでなで、と若干強めに頭をなでまわされる。

 あーあ、こうやって、結局うまくなだめられちゃうんだもんなぁ。

 私の扱いに関しては、誠の右に出るものはいないと思う。誠にこうやって子供をあやすように甘やかされることに、私はめっぽう弱いのだと、誠は知っているから。

しばらくされるがままになった。

 なでる力は強いし乱暴だし、髪が絡まってしまうんじゃないかと文句も付けたくなったけど、ぐっと我慢した。

「あのな、言っとくけど俺は草食じゃねーぞ」

「どこがよ」

 あんたが草食じゃなきゃ誰が草食なんだと言ってやりたい。そして私は一言一句間違わずにそう言った。

 誠はそんなことを言われても平然として首を振る。

「俺は草食じゃあない」

「じゃあこの状況はなに」

「俺は時期を見誤ったりはしないだけだ」

「どういうこと?」

 誠の言っていることは、私にとったら支離滅裂だった。時期とかいって、ただ意気地がないだけでしょって馬鹿にしていた。

「俺は、お前のとっかえひっかえしてる男たちと同じ立場になるつもりはない」


―――そう言われるまでは。


「そんなつまらんものに興味はない」


 なぁんだ。ばっかみたい。結局、私の勘違いってことね。

 誠は私の恋人になるつもりなんてなかった。欲しいなんて思ってなかった。

 あー私ってばイタイ女。何年も、こいつは私に気があるんだなんて勘違いしてた。

「なんなのよ・・・ばかみたい」

 悔しくって情けなくって、涙が出てきた。




―――私は欲しくなったのに。





 今日のことは酔った女のしたことだから。

 だから忘れてよね。


 私も、こんな惨めな想いはもう忘れる。











***逃げる女






 それからの私は、とにかく分かり易過ぎるくらいに誠を避けた。あんな惨めな醜態をさらして、忘れられるわけないじゃないか。誠ごときにフラれただなんて思いたくない。しかも告白もしていないのに!

自分の痛さにいたたまれなくて、唐突に叫びたくなる。こんな状態で誠に会ったら、絶対普通じゃいられない。それを見られるのが悔しいから、とにかく誠に会わないようにした。

 今までほとんどの時間を一緒にいた誠を避けるのは容易ではなかった。まず、学校が一緒だし、講義もほとんど一緒だし、家も近いし、バイト先だって近いし。

 学校では講義のギリギリに教室に行って、すでに座っている誠からできるだけ離れた席に座り、講義の終わりのチャイムが鳴り始めたと同時に席を立つ。

 バイトへ行く道や家へ帰る道がかぶらないように、時間帯も道もいつもとは変えて歩いた。

 そんな生活を5日して、楽勝じゃない? なんて気を抜いた土曜日の夕方。

 バイトもないし、約束もないし、久しぶりに映画でも見ようかなーなんて思い訪れたレンタルビデオ店で。

 まさかの遭遇をした。

「いた」

 その聞きなれた声が背後から聞こえて、私は文字通り飛び上がった。

「な、な、な、なんで・・・」

「どもりすぎ。んで、お前の考えてることなんて、全部お見通しなんだよ」

 べ、と舌を出して笑う誠の目の奥に、静かな怒りが煮えたぎっているのを見て、私は恐ろしくなった。

 誠は、本気で怒っている―――


 珍しく、乱暴に腕をつかまれ、引っ張られるように誠の部屋へ連れて行かれた。

 玄関を開けて、誠は自分だけさっさと靴を脱ぐと、そのまま私も引っ張っていこうとするから、私は慌ててパンプスに付いたネックストラップを外した。脱ぎ捨てるようにして部屋に入ると、誠は小さなテーブルの前でようやく腕を放してくれた。

 こんな状況なら、他の男であればきっとベッドへ押し倒して問い詰めるようなシーンなのに、誠はそのまま私を座らせ、「何飲む」なんて聞いてくる。ちょっと強引な誠にときめきかけたというのに、やっぱり憎たらしいくらい冷静だ。

「アップルティー」

 私がぼそっと言ったときにはもう、誠は私専用におかれたアップルティーの缶からティースプーンで粉をすくっていた。そうして差し出された薄いブルーのカップだって、私専用なのだと知っている。それが分かるくらい、私はこの部屋にいた。

 でも、よく考えたら、それがよくなかったんじゃない?

 誠は私に気はないけど、それでもよくそばにいたことは確かだから、勘違いもよくされたし、こんなに部屋に私の形跡があったら、きっと誠のことを好きな女の子は誤解する。

 私がいたから彼女を作らなかったんじゃなく、私がいたせいで彼女が作れなかったんじゃない?

 誠は私が好きだと勘違いしていたから今まで考えもしなかったけど、よくよく考えてみると、一番しっくり来る答えだった。

 なんてイタイ女なんだろうか。

 あー耐えられない!

 私は頭を抱えてブンブンと首を振った。

 突然おかしな行動をとった私を誠はあきれた表情で見やり、それでも放っておくのが一番だとでも思ったのか、何も言わずに私の向かいに腰を下ろした。

「なんで俺を避けたんだ」

 単刀直入に切り出された質問に、私はうろたえざるをえなかった。

 だから、それは思い出したくなかったのに!

 でもそんなことを言っていても、もう言い逃れは出来ない。一見穏やかに切り出したように見えるけど、さっき見た眼の奥にある怒りはまだ消えていない。叱られることはよくあったけど、こんなに本気で怒られたことはなかったように思う。だからこそわかるんだ、これは最終通告だと。

 俺を避けるなんて許さない。

 そんな威圧感がびしびしと伝わってきた。

 それでも私は素直に言えなかった。誠は私を好きだと思っていたのに、違ったみたいで悔しかったから。なんて堂々と言えるほど、私は恥知らずじゃないし図太くない。

 そもそも素直にいえないから、こんなことになっているのに、追い詰められたからって、そんな簡単に素直になれるわけがない。

 私が答えないのを見越したように、次の質問が来た。

「俺がなぜ、お前のそばいるのか分かってないのか」

 分かっているつもりだった。少なくとも6日前までは。だから、そんな言い方をしないで。また勘違いしそうになる。

「俺が興味ないと言ったから、怒ったのか?」

 その通りだよ。分かっているなら言わないで。

 何も答えない私に、誠ははぁとため息を一つ吐いて、声色を変えた。

「今日まで何してたんだ」

 いつもの誠に少しだけ戻ったから、しょうがなく言葉を返した。

「別に、なにも」

「彼氏には会ったのか?」

「会ってないけど」

「珍しいな。いつも週に1、2回は会ってるだろ」

「そんな気分じゃなかったから」

「なんで」

 なんでって・・・イタイ自分がみじめで、なんて言えない。

「また黙秘か」

 しょうがないな、とでもいうように笑う。

 なんだか今日の誠は意地悪だ。いつもはもっと甘やかしてくれるのに。甘やかされることに慣れてしまった私は、いつもと違う誠に不安になる。

 きっと私は今、泣きそうな顔をしているんだろう。眉が下がっているのが自分でもわかる。どうしたらいいの。これ以上イタイ自分を認めたくない。今までみたいに、誠といられないよ。わがままで自分勝手な私をいつも受け止めて甘やかしてくれた、そんな関係性にはもう戻れないのかな。

寂しい。

 それがただただ寂しかった。


 別に好きじゃなくてもいいよ。もう挑発もしないから。だから、だから、そばにいてよ。

 いままでみたいに、私のそばにいて。誠がいてくれたから、いつでもありのままの私を受け止めてくれたから、私は強くいられたんだよ。ちょっとわがまますぎるって自分でも思ったりしたけど。それは甘やかした誠にも責任があるんだから。だから、今更、離れていかないで。自分から逃げていたくせに、矛盾してるけど。もう、逃げないから。だから・・・


 そう伝えてみようかと思った。

 もう逃げないから、今までみたいにそばにいて、って。それだけなら、言える気がした。

 くっと顎を上げて誠を見ると、誠はいつもの誠だった。

「ミイラ取りがミイラになっただろ?」

 なんのことかわからずに首を傾げると、誠は立ち上がって私の目の前に座りなおした。そして今まで聞いたこともない甘ーい声で、こう言ったのだ。

「俺のことが好きになったか?」

 マンガだったらきっと、ボンッと頭が爆発していたと思う。あまりのことに、声が出てこない。カーッと頭に血が上って、恥ずかしさに顔が火照る。

「お前が求めてくれるのを、俺はずっと待ってた」

「お前が好きな俺を欲しいんじゃなく、お前が俺を好きだから欲しいと思って欲しかった」

「もっと時間かかると思ってたけど、自分で自分を穴に落としてくれたな」

 そういって、誠は私を抱きしめた。

「お前が好きだよ」

 そのまま、抱き上げられた。

 状況に頭がついていかなくて、「え、え、え、」と同じ言葉ばかり繰り返す私を、そっとベッドに下ろすと、誠はこの前の続きをするように頬を包み込んだ。

「好きだよ」

 その言葉と共に、おでこに、まぶたに、鼻に頬に、キスをされる。

「やっと、手に入れた」

 そうして、唇に甘いキスをくれた。・・・と思ったらいきなり首筋にがぶりと噛みつかれた。

「今まで我慢させられた分、覚悟しろよ」

 ニヤッと笑う誠の、はじめて見る雄の顔に、私は誠の本性を見た気がしてぞっとした。

「ちょ、ちょ、ちょっとまってーーーーー!!」






―――な、草食じゃなかったろ?





【完】


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