【7話】森が鳴いた夜
その夜、村の鐘が鳴った。
――間違いなく、警鐘だった。
俺は跳ね起き、外に飛び出す。
同じように家々から人が出てきて、ざわめきが一気に広がった。
「森だ!」
「森が光ったぞ!」
「またか……!」
また、という言葉に、胸が嫌な音を立てる。
前回の被害。
あの黒い一撃。
――俺の、せいだ。
森の方角を見ると、木々の隙間から、かすかに赤い光が漏れていた。
炎ではない。もっと、鈍くて、脈打つような光。
「……嫌な光ね」
隣に立ったリュカが、低く言う。
「前と違う?」
「ええ。魔力の質が、別物」
つまり。俺が倒したやつの“残り香”じゃない。
村の自警団が集まる。武器は槍と弓。どれも年季が入っている。
「深入りはするな!」
「音を立てたら即撤退だ!」
その声に、誰も反論しない。
分かっているからだ。
この村は、森に勝てない。
俺は、胸元のノートを押さえた。
(……出てくるなよ)
返事はない。今のところは。
森の入り口で、自警団が止まった。
「……おかしい」
団長が、眉をひそめる。
「被害が、森の奥じゃない」
確かに。倒れた木は、村に近い場所に集中している。
「外へ……寄ってきてる?」
誰かが、声を震わせる。
その瞬間。
――地面が、鳴った。
どん、と腹に響く衝撃。
木々が大きく揺れ、赤い光が一段、強くなる。
「退け!」
「下がれ!」
自警団が叫ぶ。
その中で。俺だけが、動けなかった。
理由は、単純だ。
ノートが――
熱かった。
(……やめろ)
熱は、警告だった。そして同時に、確信でもあった。
これは。“俺が関わった何か”が、引き寄せている。
「トウマ!」
リュカが、俺の腕を掴む。
「今は、下がる」
「……ああ」
理性では、分かっている。ここで出たら、終わりだ。村に、戻るしかない。
夜明け前、村の集会所に、人が集められた。
「自警団では対応不能だ」
「森の異変は、進行している」
村長が、重く告げる。
「……冒険者ギルドに、正式に依頼を出す」
ざわり、と空気が揺れた。
村にギルドはない。最寄りの街まで、数日。
「だが」
村長は、続ける。
「状況を知る者が必要だ」
視線が、集まる。
――俺と、リュカに。
喉が、ひくりと鳴った。
「森に、最近出入りしていた」
「被害のあった場所を知っている」
「しかも……」
一瞬、間があく。
「前回の異変の直後、無事に戻ってきている」
それ以上は、言われなかった。それで、十分だった。
「……行け、と?」
俺は、かすれた声で聞いた。
村長は、首を振る。
「強制はしない」
「だが――」
静かに、言う。
「行かねば、次は村だ」
逃げ場は、なかった。
家に戻ると、母さんが起きていた。
「……森、また?」
「ああ」
短い会話。それ以上、言えなかった。
母さんは、少し黙ってから、俺の頭を撫でる。
「気をつけて」
「……うん」
それだけで、十分だった。
部屋に戻り、ノートを見る。
白紙。
何も書いていない。
――今は。
俺は、息を吐いた。
落ちこぼれは、まだ名乗らない。
だが、外の世界が、もう待ってくれないことだけは、はっきりと分かっていた。




