【40話】闇晶で稼いだ金で、店を買う
宝石の件が落ち着いて、数日。
スライム狩りは相変わらず日課として続けつつ、
俺は作業台の前に立っていた。
目的は一つ。
(……日用品を作る)
最初から、それが狙いだった。
大金が欲しかったわけじゃない。
無双したかったわけでもない。
この世界で、生活を回す力が欲しかった。
宝石で得た金は、あくまで土台だ。
減らさず、増やし続けるための準備。
「何作るの?」
リュカが、腕を組んで聞いてくる。
「まずは――壊れにくいものだな」
俺の視線が、棚に並ぶ雑多な道具へ向く。
この世界の日用品は、質にばらつきがある。
当たり外れが激しく、消耗も早い。
(前世基準で見ると、正直……粗い)
完璧じゃなくていい。
便利すぎる必要もない。
ちょっと丈夫で、ちょっと使いやすい。
それだけで、需要はある。
「まずはこれだ」
俺は素材を取り出す。
木材。
簡単な金属部品。
そして、スライム素材。
「……雑巾?」
リュカが首を傾げる。
「正確には、拭き布だな」
汚れを落としやすく、洗っても劣化しにくい。
前世では当たり前だったもの。
でも、この世界には、まだ“定番”として存在していない。
「トウマ様」
セラが、少し興味深そうに言う。
「それを、売るのですか?」
「ああ。高級品じゃない。誰でも買える値段で」
大量生産できる。
魔力も使わない。
だから――足がつきにくい。
試作して、使ってみる。
拭く。
一度で汚れが落ちる。
「……地味だけど、いい」
リュカが率直に言う。
「そうだろ」
派手さはない。
だが、毎日使う。
毎日使うものは、
毎日売れる。
(やっぱり、俺はこっちだな)
戦うための力も必要だ。
でも、それだけじゃ足りない。
生きるための仕組み。
稼ぐための流れ。
その両方を、少しずつ積み上げる。
「……次は、掃除用、その次は調理用か」
頭の中で、自然と工程が組み上がっていく。
前世の知識が、ここでようやく“生活”に繋がった気がした。
「トウマ様」
セラが、穏やかに言う。
「この拠点、本当に“根を張る場所”になりそうですね」
「ああ」
作業台に手を置き、静かに頷く。
無双の準備も、修行も、金策も。
全部、そのためだ。
――ここで、生きていくために。
闇晶で得た金は、手をつけずに保管していた。
生活費は足りている。
拠点もある。
だが――目的は、そこじゃない。
(作るなら、売る場所がいる)
日用品は、卸してもいい。
だが、最初から全部他人任せにする気はなかった。
値段。
見せ方。
客層。
全部、自分で把握したい。
「……店も買うか」
口に出すと、不思議と迷いはなかった。
「例の不動産屋ですか?」
セラが、穏やかに尋ねる。
「ああ。あそこが一番近いし……」
苦笑する。
「一番、事情も分かってる」
リュカは一瞬だけ眉をひそめたが、何も言わなかった。
店の扉を開けた瞬間、空気が変わった。
「……あ?」
カウンターの奥にいた男が、俺たちを見る。
前に拠点を買ったときと同じ不動産屋。
同じ顔。
同じ、値踏みするような目。
「ああ、あの時の……」
にやりと、嫌な笑いを浮かべる。
「何の用だ?前に買った物件に文句をつけようってことじゃないだろうな」
(……変わらないな)
俺が何か言う前に、セラが一歩前へ出た。
「本日は、店舗物件の購入について伺いに参りました」
声は穏やか。
丁寧で、礼儀正しい。
だが男は鼻で笑う。
「はっ。店だって?子供がそうポンポン手を出せるような――」
「こちらをご覧ください」
セラは、静かに書類を差し出した。
男は一瞬だけ目を通し、すぐに突き返そうとして――
途中で、動きが止まる。
「……これは」
「相場は把握しています」
そう言ってセラが、紙を差し出した。
「この通り沿いの店舗。築年数。立地。直近三年の成約価格」
セラの指が、書類の数字をなぞる。
「この条件ですと、こちらが適正です」
提示された金額は、
相場より、わずかに下。
「……安すぎる」
男が唸る。
「いいえ」
セラは、微笑んだ。
「前回も、同じことを仰っていましたね」
沈黙。
男は、こちらを見る。
俺は、静かに言った。
「前は、俺たちを舐めて高く売ろうとした。今回は、同じことはできない」
「……脅しか?」
「違う」
俺は首を振る。
「選択肢の提示だ」
セラが、穏やかに続ける。
「適正価格で売却する。それだけです」
「……もし、断ったら」
「他を当たります」
即答だった。
「ですが」
セラは、ほんの少しだけ声を落とす。
「前回の件を知っている者が、この街に“全くいない”とは限りません」
脅しではない。
示唆。
男は、歯を食いしばった。
沈黙が、数秒続く。
「……分かった」
絞り出すような声。
「その値段で、売る」
「ありがとうございます」
セラは、深く頭を下げた。
最後まで、丁寧に。
店を出て、通りに出る。
「……怖いこと、言ってないよな?」
俺が小声で聞くと、セラは首を振った。
「事実を整理しただけです」
リュカが、少し呆れたように言う。
「それが一番怖いんだけど」
俺は、新しい鍵を手の中で転がした。
同じ不動産屋。
同じ態度。
でも――結果は、真逆だ。
(舐められたまま、終わらなくてよかった)
これで、店も手に入った。
作って、売る。
本当に――ここからだ。




