【3話】噂はもう止まらない
森の被害の噂は、思った以上に早く村中に広まった。
「森がえらいことになってるらしいぞ」
「奥の方、木が根こそぎだ」
「Cランク級のモンスターが出たんだってさ」
朝の市場で、そんな声が飛び交っている。
どれも、俺には聞き覚えがありすぎた。
俺は薬草の籠を抱え、なるべく目立たないように端を歩く。
――俺のせいだ。
あの黒い一撃。
派手すぎるほど派手だった破壊の痕跡が、隠せるはずもない。
「爪痕の深さ、踏み荒らし方……そこらの魔物の仕業じゃねぇ」
「Cランク以上となると、村の自警団じゃ歯が立たねぇな」
猟師の一人が、断定するように言った。
Cランク。
その言葉を聞くだけで、喉がひくりと鳴る。
「モンスターのランクはE、D、C……その上にB、A、Sがある」
「少なくとも、この村で相手にできるのはDまでだ」
「よその街とは基準も違うだろうがな」
――そんなものを、薬草採取帰りの子どもが倒したなんて。
誰が信じる。
「ギルドに調査依頼、出すしかないな」
「放っておけば、次は村だ」
大人たちの会話を背に、俺は足早にその場を離れた。
胸の奥が、ずっとざわついている。
家に戻ると、俺はすぐに例のノートを取り出した。
『漆黒黙示録~闇に抱かれし終末の書~』
……改めて見ると、本当に痛々しい。
表紙を開くと、あの剣――暗黒黒影・終焉剣――の設定だけが書かれた一ページ。
それ以外は、相変わらず白紙だった。
「……」
ページをめくった、その瞬間。
白紙の中央に、一瞬だけ黒い染みが浮かぶ。
墨を一滴垂らしたような、不自然な滲み。
「っ……!」
瞬きをした途端、それは消えた。
何事もなかったかのように、真っ白な紙に戻っている。
見間違いか?
いや――違う。
胸の奥が、あの時と同じ熱を帯びていた。
(……使った、からか?)
武器を呼び、技を放った。
その結果、ノートが“反応した”。
理由は分からない。
だが、嫌な確信だけはあった。
――これは、ただの黒歴史ノートじゃない。
「考えすぎ」
そう言ったのは、夕方に訪ねてきたリュカだった。
「ギルドが動くのは当然でしょ。Cランク級の被害だもの」
俺は俯いたまま、ぽつりと聞いた。
「……もし、俺がやったってバレたらさ」
「どうするの?」
リュカは少し考え、肩をすくめる。
「別に」
「死んでないし、村も残ってる」
「それに――」
一拍置いて、続けた。
「あんたが一番ダメージ受けてるのは、剣の名前を口に出したことでしょ」
予想外に軽く言われて、思わず顔を上げた。
「それに」
リュカは俺を見る。
真っ直ぐで、逃げ場のない視線。
「使わなきゃ、あの時死んでたでしょ」
返す言葉が、なかった。
「力があること自体が、悪いわけじゃない」
「問題は、それをどう扱うか、でしょ」
……リュカは、何も問い詰めない。
俺が答えを出せていないことも、分かっている。
それだけで、胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけ静まった。
翌朝。
村の入り口に、見慣れない二人組が立っていた。
革鎧に、冒険者ギルドの紋章。
「冒険者……?」
一人は若い男。
もう一人は無精髭の中年。
中年の方が森の方角を一瞥し、低く言う。
「……モンスターが暴れた跡じゃないな」
「ああ。普通の冒険者でもない」
その視線が、村の中をゆっくりと掃く。
――そして、一瞬だけ。
俺のところで止まった……気がした。
心臓が嫌な音を立てる。
だが、彼はすぐに視線を逸らした。
「調査はこれからだ」
「まずは聞き込みだな」
腕に抱えたノートが、じんわりと熱を帯びる。
気のせいだ。
そう思いたかった。
だが、ふと視線を落とすと――
白紙の端に、一瞬だけ、
『次はもっとカッコいい武器』
と書きかけたような跡が浮かび、
すぐに消えた。
「……本気か」
落ちこぼれは、まだ名乗っていない。
だが、黒歴史だけは、完全に臨戦態勢だった。




