【1話】森の異変と懐かしい記憶
10歳の俺――カゲノ・トウマは、村では落ちこぼれだ。
父親は、俺がまだ小さい頃に亡くなった。今の家族は母さんと俺の2人だけだ。 母さんは毎日必死に働いているが、暮らしは楽じゃない。だから俺は、冒険者を目指している。 ――正確には、冒険者になれたらいい、という程度の希望だ。
スキルはない。魔法も使えない。剣の才能もない。 同い年の子どもたちが訓練場で汗を流している横で、俺は何一つ結果を出せていなかった。
それでも、何もしないわけにはいかない。 少しでも家計の足しになるように、俺が選んだのは薬草採取だった。 地味で危険で、報酬も安い。それでも、薬草を持ち帰れば今日の食事にはなる。
俺は足元を確かめながら、慎重に歩いていた。転べば怪我をする。怪我をすれば働けない。 それは、そのまま母さんを困らせることになる。
「……慎重すぎ」
隣から、落ち着いた声が聞こえた。
幼馴染のリュカ・エルフェインだ。 同い年なのに、森の知識も魔法の腕も段違い。 本気で冒険者を目指したところで、俺とリュカじゃ最初から差がありすぎた。
「今日は、こっちの方が薬草多いと思う」
当然のように言って、リュカは先を歩く。
「……リュカ、本当は訓練とかあるんじゃないのか?」
何度目か分からない質問に、リュカはちらっとだけ俺を見る。
「あるけど。別に急ぎじゃない」
それ以上は言わない。でも、その言葉だけで十分だった。
俺は地面にしゃがみ、薬草の葉先を指で確かめる。 柔らかさ、色の濃さ。売り物になるかどうか、それだけを考える。
(……今日も、ちゃんと持ち帰らないと)
その時、森の空気が変わった。 光の差し込み方が歪み、葉の影が不自然に揺れる。 胸の奥が、ぞわりとした。
「……来る」
その時、茂みが大きく揺れ、赤い光を放つ瞳が現れた。
筋肉質で俊敏な小型獣型モンスターが、草むらから姿を現す。
鋭い牙と爪を備え、威圧感を放つ。赤く光る瞳は獰猛さと好奇心を同時に宿していた。
「Cランクモンスター……。ブリッツクロー……。今の私たちでは……手に負えない……」
リュカは弓矢を構え、魔法陣を展開。
「《ライトアロー》!」
しかし、モンスターの皮膚は鋼のように硬く、光の矢は刺さらず弾かれる。
小型ながら俊敏な動きで翻弄してくるモンスターに、リュカの眉がきゅっと寄る。
「……効かない……本当に手強いわね」
俺は、ただ立ち尽くしていた。
モンスターが、こちらに向きを変える。 距離が一気に詰まる。
(――死ぬ)
そう思った瞬間、前世の記憶が浮かんだ。 黒いペンで書き殴った厨二ノート。無駄に長い武器名と技名。
(……最悪だ……)
でも、生きたい。
俺は、喉が張り付くような感覚を必死にこらえ、震える息のまま叫んだ。
(……来るな……思い出すな……)
頭の奥で、前世の俺が書き殴った文字列が、勝手に並び替えられていく。 意味も、理屈も、今となっては恥ずかしさしかない言葉の羅列。 それなのに――なぜか、確信だけはあった。
これを言わなければ、何も起きない。 これを言えば、生き残れる。
「顕現せよ――」
声が、森に吸い込まれていく。
「闇に抱かれし孤独。世界に拒まれ、なお虚空を裂く我が意志――」
胸の奥が焼けるように熱くなる。 足元から、何か黒いものが這い上がってくる感覚。
「今ここに示せ。その名を、その姿を、その終焉を――」
逃げたい。叫びを止めたい。 それでも、俺は最後まで言い切った。
「暗黒黒影・終焉剣!!」
次の瞬間、雷鳴のような轟音とともに、闇が弾けた。 黒煙と雷光が渦を巻き、空間そのものが引き裂かれる。 過剰なまでの装飾を施された短剣が、ゆっくりと形を成し、俺の手の中へと落ちてくる。
重い。だが、不思議と手放したくない重さだった。 刃に走る黒い紋様が脈打ち、まるで俺の心臓と呼応しているかのように震える。
森の木々は大きく揺れ、地面はひび割れ、空気そのものが悲鳴を上げたかのように震撼した。
「漆黒終末断罪・暗黒黒影破壊斬!!」
黒い刃が空間を裂き、モンスターは消滅した。
……無駄に派手すぎる。
戦闘後、黒煙が消えると、空から1冊の古びたノートがふわりと落ちてきた。
表紙には太字で、「漆黒黙示録~闇に抱かれし終末の書~」と書かれている。
思わずトウマは目を細める。
(……うわ……この名前……あの頃、前世で書き殴ったノートそのまんまだ……!)
1ページ目だけに、先ほど召喚した武器――暗黒黒影・終焉剣――の設定が書かれていた。
それ以外のページはすべて白紙。他のページに書かれたことは、必死に思い出そうとしても、まるで真っ白なページのように、頭には何も映らなかった。
リュカは眉をひそめ、本を静かに手に取る。
「何これ?1ページだけ……?意味わからないわね」
俺は赤面したまま肩をすくめる。
リュカはゆっくりと視線を上げ、俺の手に握られた武器へ目を向けた。
「……で、その剣はなに?」
嫌な予感がした。
「やたら黒くて、やたらゴテゴテしてて、やたら主張が激しいんだけど」
「これは――」と言いかけて、言葉に詰まる。
「名前、さっき聞こえたけど」
リュカは指を折りながら思い出すように言う。
「“終焉”だの“断罪”だの“深淵”だの……やばそうな単語、ただ並べただけじゃない?」
俺は視線を逸らした。
「しかも技名まで長い」
地面に残った斬撃痕を見下ろし、ため息交じりに続ける。
「詠唱してる間に、普通は二、三回殴られて終わるわよ」
胸の奥がじわっと熱くなる。
全部、自覚しているから余計にきつい。
「……でも」
リュカは一瞬だけ言葉を切り、もう一度剣を見る。
「威力は本物ね。趣味はともかく」
最後の一言が、致命的だった。
森の奥で何かが微かに動いた気がした。
俺は肩をすくめ、苦笑いする。
「まあ、気のせいか」




