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ご。

めーちゃくちゃ長くなってしまいました。



 無の頂では、黒い風が吹いていた。


 何もない、山のてっぺんの台地。

 草一つ生えていない。端っこの方に石塔がこじんまりとあるくらい。

 かと言って、見晴らしがよいわけではなく、文字通りの黒い風が蛇のようにとぐろを巻いて、霧のように辺りを包んだかと思えば、嵐のように吹き荒れる。


 昔から、この地まで赴いて勇者はその身をささげてきたのだという。

 

 城を出る前にいろいろ書物を読んではみたが、慣れないことはするものではない。

 そのときはわかった気でいたが、いざとなると何一つ身についていないな、とぼんやり思うばかりである。 


 ガンダルビダは、魔王の石塔を前に直立不動でいた。

 太い眉と口元だけ動かして大きく息を吐く。

 背後にいる囚人たちとともに、手足を封じられて動けないのだ。


 すべてはあの白魔法使いのせいである。


 彼女は、無の頂へ向かおうとするときに、なぜ囚人たちを全員連れて行かないのかと抗議した。

 わけを聞けば、これ以上記録に二重線を増やして不備を出したくないのだとのたまった。

 二重線だらけの記録でもいいだろ、とガンダルビダは呆れ果てた。とりあえず自分が魔王のところに行けさえすれば、勇者一行の中身がどうであれ旅の目的は達成されるのだから。

 

 もちろん、白魔法使いは承知しなかった。

 気の強い妹とよく言い合いをするから、彼女も頑として引かないたちだろうとは思っていたが、その後の行動は妹のそれよりも遥かに奇抜で想像だにしないものだった。

 こともあろうに、彼女は懐から黒い輪が三つ連なったものを取り出して、真ん中の黒い輪からつながった白い鎖をガンダルビダに向けて引っぱった。


 「勇者ガンダルビダを黒に縛せよ」


 自分の手足に見たことのある枷ががちりと嵌められる。


 「みなさん、少し待っていてください」

 ガンダルビダがまずいとその辺の石を見繕ったところで、彼女はもういっぺん白い鎖を引いてしまった。


 

 ああ、魔法のにおいがぷんぷんする。

 ガンダルビダは顔をしかめた。だれにも言ったことはないが、彼は魔法をにおいで感じ取ることができる。テシャの白い首飾りなんかはいつも強いにおいがしていて、鼻が慣れたと思っていたが、こうしたにおいはやはり好かない。

 幼いころから、においがするなと思っても、誰も何も言わないので気にしないようにしていた。

 テシャの養い親であり自分の年若い叔母なんて、テシャの首飾りのことを育ての親の牙か角じゃないかと予想していた。そして、彼を山で見つけた日に、倒されて鍋になった大猪がそうじゃないか、テシャが知ったらどうしようと想像を膨らませて気をもんでいた。そのときは笑いが止まらず、彼女のへそを曲げさせてしまった。

 とにかく、普段からひけらかしていた怪力と、魔法を感じ取る鼻と、手の甲にある変な印と、村人を見渡しても他にない特徴だという自覚はあった。だから、生みの親は自分を捨てたんだろうなと思う。


 城に呼ばれて王に会って、自分が勇者だと告げられてもすんなりと受け入れていた。

 ああ、そういう道筋か、と。

 

 王は気の毒がっているのか、義務なのか、時間をたっぷりとって話をしてくれた。

 五十年に一回の周期で手の甲に印をもった人間が選ばれること。

 選ばれた人間は勇者と称され、無の頂で魔王に身をささげる役目をもつこと。

 記録によると、習わしを怠るとどの種族からか残虐なものが現れて、新しい魔王となって非道の限りを尽くし、最後はもともとの魔王に吸収されて力を増大するしくみらしいこと。


 新しい魔王のくだりは村の識者が開く学び舎で習ったことがあった。

 過去に四度起こり、最後の一回は、もとの魔王が鎮まった後も周辺諸国一帯を巻き込む大戦争になってしまったと聞いた記憶がある。


 お互い、逃げ道がないなとガンダルビダはどこか他人事のように思った。

 どこかでどうするかを選択し決断しなけらばならない。

 

 最後に王は自分の亡き祖母の話をしてくれた。

 彼女が前代の勇者だったらしい。

 多彩な部族をまとめあげた豪傑の治める小国から嫁いできた彼女は、やはり血は争えぬ豪傑だったという。印によって勇者の役目の近いことを知ると、抗うことなくさっさと住まいと財産を処分して一人旅立つ準備を整えてしまった。

 前代の勇者は王妃として、王母としての務めは終わった、悔いはないと縋る肉親や臣下を蹴散らし、見送りも禁じて無の頂に向かって帰ってくることはなかった。


 今回、王がやたら多く囚人を連れにつけたのも、監視役が年若い白魔法使いただ一人なのも、ガンダルビダはうっすらわかった気がした。

 生けにえの人数が多かったならば。身元の不確かな者ばかりの中で逃げてしまったならば。 

 

 「ガンダルビダ」


 彼は、名を呼ばれて少し笑いたくなった。

 王といい、彼といい、まるで自分より周りのほうが抗おうとしているようで。


 突き放したはずの友はこんなところまでやって来て、そして別れたときからは考えられない大所帯でがやがやとにぎやかに現れた。

 テシャはいつも何も言わない。

 ついて来いと言うと何も言わずついて来て、放っておいたら山奥で何も言わず動物たちと触れ合っている。


 今だって、何で置いていったのかだの、何で言わなかったのかだの、何にも言わない。

 何も言わずに近くに歩み寄って来る。

 でも、ガンダルビダと目が合うと、ほっとしたように笑って珍しく自分から一言しゃべった。


 「おれ、最後までガンダルビダのところにいる」


 そうしてテシャはあの角か牙かわからないものに息を吹き込む。


 豊かな音色が響き、上を見上げれば、不死鳥たちと黄色のドラゴンが旋回している。優雅な様子で翼をはためかせ、黒い風を追いやる。

 左右を見渡せば、リュドンの精たちと巌の巨人が楽しげに舞い踊る。どちらもゆっくりのんびりした動きで時間を忘れそうになる。

 目を凝らせば、彼らの足下には跳ね小人。さまよう手とともに腕を組んで自慢の一つ足で跳ね回り、どんどこどんどこ拍子をとる。

 その周りを見れば、木の長い腕や岩の肩や手に人間や動物たちが乗っかり、興味深そうに見下ろしていた。

 ふとかすかに青白い影が見えたと思えば、影が薄すぎた叫びの幽霊族がそろそろ出てきて、彼らのように透き通った酒をうっすら白みを帯びた瓶に詰め、ぽちゃりぽちゃりと振る舞い始める。


 どっと歓声が沸き、みんな進んで酒を浴びに行く。

 目を白黒しながら幽霊族たちは照れたように少しだけ色を濃くして、下に上にひらひら漂い、いろんな種族や生き物に平等に振る舞ってやった。


 目を疑うほどの大所帯だ。ここがこんなに賑わうのは最初で最後じゃないか。

 とうとうガンダルビダは腹の底から大笑いしてしまった。

 ひとしきり笑ってから気づくと、すぐ近くにいた連れの囚人たちの姿が消えていた。饗宴の中に我先にと駆け込んでいったらしい。 


 黒い風がようやっと吹き飛び、燃え上がるような太陽が無の頂をいっぺんに照らし出す。

 ガンダルビダとテシャは再び顔を見合わせる。 


 「俺たちも行くか」

 「うん」

 

 目を輝かせて二人の青年が飛び込んだ宴は、角笛があってもなくても歌声やら歓声やら踊りは止まない。みんな酒をあおって、余計陽気に種族関係なく肩を組んで笑い合う始末。

 ただ、つまみがねえんだなあ。

 悲しそうに懐をひっくり返す荒くれ者の顔は、夕日に負けずもう真っ赤だ。

 このまま夜までこの大宴会が続くかと思われたそのとき。


 まだ夜もお呼びでないのに再び黒い風が吹く。


 落ちそうになった子どもを動物と巌の巨人がそっと支えてやり、リュドンの精は緑の髪を屋根のようにふわりと広げてやった。

 黒い風はやがて一つに黒くまとまり、大きな竜巻のようになって、荒々しい声を出した。

 「勇者はどいつだ。どいつが贖う」


 テシャは息を詰めた。ガンダルビダの目を見たからだ。

 場は静まりかえっている。先ほどまでの騒がしさがうそのようだ。


 ガンダルビダは背筋をすっと伸ばし、黒い竜巻をまっすぐ見つめた。


 「俺だ」


 それは勇者を見た瞬間、うううと聞くに堪えない唸り声をあげる。みんなが耳を塞ぐ中、微動だにしないガンダルビダを見て、テシャは今日一番思いきり角笛を吹き鳴らした。

 すると不思議なことに、無であった頂にぴょこりと草の芽が次々に生え出したではないか。

 テシャは顔を真っ赤にして息の続く限り角笛を吹き続けた。


 「こらこらそんなに無理に鳴らすものではないよ」

 うっすら緑が広がってきた頂に、惚れ惚れするような美しい声が聞こえた。

 

 その姿は、ここにいるどの種族よりも異質で目を奪われてしまう神々しさだった。

 頭から背中にかけて若々しい緑の苔をたっぷり生やし、一歩ごとに背中の透き通る二本の角の間に香しい花を咲かせてはしぼませ、またかわいらしいつぼみがつく。苔に覆われている真っ白なかんばせは雪のようで、ばら色の頬に桃色の唇が引き立っている。足は緑の苔からふさふさ揺れる麦の穂に似た黄金が垂れ下がり、そこから白くすらりと伸びている。細く鹿の足に似ていて、歩く度にどこからか鳴る、かららという美しい音色が見ているものの耳をくすぐった。


 誰かがつぶやいた。

 「緑の母……」


 森や山に姿を見せる幻の種族。

 不毛の地でも緑を生やす奇跡の存在。

 真実の名前すら誰も知らない。


 彼女は歌うように黒い竜巻にからららと語りかける。

 「おやおや千年ほども前の恨みをまだやっているのかえ? 」

 竜巻はまた、うううと唸るばかり。

 「でもお前さん、もう体が死にきっているではないか」

 とたんに、唸り声が少し小さくなった。


 何かに気づいた幽族たちが、あの酒をもって黒い竜巻の周りをぐるりぐるりとめぐり、酒をぱしゃとかけてやった。


 竜巻の勢いが減っていって、色も薄い薄くなってゆく。まるで黒めの幽霊族のように。

 緑の母は、幽霊たちに歌うように高らかに声をかけた。

 「もう少し憂い忘れの酒をかけておやり。地上の毒を出してやるんだ」

 ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ。


 黒い風は灰色に、藍色に、ついには春風となって、今では緑のにぎやかな頂を吹き抜けていった。

 後に残されたのは竜巻でへこんだ地面くらい。石塔もどこかへ行ってしまった。


 緑の母は、幽霊たちにへこんだ地面を酒で満たすように伝え、くるくる歩き回る。その度にそこには緑で薄く覆われていく。

 テシャ、と緑の母は深い情を込めてかららと呼びかけた。

 「もうその角は必要ないだろう」


 テシャは何か言いかけて口にできなかったときのように、口をもごもごさせている。

 しかし、ガンダルビダがテシャに注目している間に、緑の母の姿はもうどこにもなかった。

 ついでに、角笛も消えていた。テシャがズボンのポケットまでひっくり返して探しても見つからなかった。


 

 にぎやかの頂は大歓声に包まれる。

 さあ、これからかがり火を燃やして大宴会だ。



 呆けたように立っている白魔法使いを見つけて、ガンダルビダは手をとった。

 「お前も来いよ。今までの生けにえと魔王の記録も必要なくなっちまったが、まあ飲もうぜ。こんな宴、なかなか無いぞ」

 彼女は目をぱちくりさせたかと思えば、誇らしげに口元をほころばせた。

 いいえ、私は仕事をやりおおせました、と。 


 「私は、勇者が魔王を倒す旅の記録係で、あなたの未来をよりよく導く案内が仕事ですから」


 白いフードをめくり、選定の魔女は初めて勇者にはにかんだ。






これにて2026年あけおめ完結です。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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