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渇きの谷へ到達し、ごつごつした岩肌のような道になった。
テシャはなるべく気のいい種族や動物たちが疲れないように、小気味いい軽快な調子で吹いた。
渇きの谷は大の男でも体力を消耗する細く険しい道ばかりだ。
ドラゴンは、一声咆哮をあげると黄色い翼を大きく広げ、低く飛行するようになった。
文句を言っていた荒くれ者も疲労困憊で、女や子どもは大人しく運ばれている。
ここまで来れば無理に歩かせる必要もあまりないと判断したのだろうか。
ドラゴンが少し離れたのを機に、栗鼠が気遣わしそうに走り寄ってきて、襟巻きのようにテシャの肩に乗る。
テシャは少し微笑む。
動物たちはいつも何も言わなくても側にいてくれて、何をするわけでもなく寄り添ってくれる。そして、仲間の行動を反対することもなかった。自然のまま受け入れてしまうのだ。
人間とはそういうところが全然違う。
今回の魔王退治だってそうだ。補食において、動物たちは生存本能で両者相闘う。でも、補食される瞬間、そういうものだと受け入れている感じがする。死も食も自然の日常風景だから。
いっぽうで、人間はあの手この手と頭を使い工夫を凝らして、死を避けて生きようと必死だ。
山からふもとの村に引き取られたテシャは、村長の娘、つまりガンダルビダの妹が彼の顔を見るなり発した喃語がもとでそう名付けられ、度々人間の生き方に疑問をもつようになった。
男やもめの村長に代わって、テシャの養い親に手を挙げたのは、村長の年若い妹だった。彼女は眉を下げてテシャがもつ白くてとがったやつを優しく撫でて、テシャは動物たちと一緒に生きてきたんだね、と言った。
テシャはガンダルビダとの出会いより以前の記憶があいまいだ。
ただ、山にはなんとなく詳しかった。食べ物がありそうなところを探すのも、動物の気配も、天気が崩れそうだとかいうことも、村のだれよりもすぐ察知した。こっそり一人で山へ入って仲のよい動物たちと過ごすのが、昔から今でもいっとう心の落ち着く時間だ。
村で生活するようになると、テシャのそういうところを嫌がる人も少なくなかった。
そんな彼に人間だの動物だの疑問をぶつけられて、養い親はさぞ困っただろう。答えにならない返答だったが、テシャは彼女のことが大好きだ。自分たちの生き方も動物たちの生き方もテシャの疑問も、否定することなく受け入れるように穏やかに笑う人だった。
村長一家にはよくしてもらったが、ガンダルビダには振り回された。彼は根っからの餓鬼大将でやんちゃで向こう見ずで、大人に内緒で山に入るときは必ず引っ張られ、狩りやら探検やら果ては肉食獣と闘う羽目になることもあった。
そして、たいてい締めによくわからない食材をぶち込んだ鍋を振る舞われる。
自分がげんこつを振る舞われても、納得しないと譲らない。幼い頃から、村で厄介事が起こるとすっとんでいく。
後に勇者となる少年の生き様は力強くて眩しかった。
普段はその悪童ぶりに、下手をすると風変わりだが働き者のテシャより煙たがられるガンダルビダだった。もっとも、テシャがよく働いたのは、養い親が心置きなく想い人と結婚できるように早く一人立ちしたかっただけだったのだが、この頃から村にも少しは馴染んだし、声をかけてくれる人も増えた。
でもやっぱりいざというときにテシャが頼りにするのはガンダルビダだったし、みんなが頼りにするのもガンダルビダだった。
だから、テシャは気づいていなかった。
全く知らなかったのだ。
渇きの谷は曲がりくねる山に沿うようなぐるりとした細道が続く。
周りの山に比べて低地だが、川は無いし急に坂が現れるし道は大きな岩だらけで、体力泣かせの地形である。ここを通るときは、備えをするのは当たり前として、道から外れてはならない。近道などはない。
そんな訓練になりそうな場所でも、テシャは角笛を吹いているとわくわくした。
大きな体の割には身軽な足取りで、岩から岩に拍子よく跳び移る。
笛を吹きながら、どうして自分がそうできるのかテシャにはわからなかった。わからないが、難所でも体に羽が生えたように軽く、跳びあがる瞬間心が浮き立つのを感じていた。
こういった道は跳ね小人が得意らしく、力強く跳ねて、過たず岩に着地するを繰り返しては楽しんでいた。リュドンの精たちは太い根を岩に巻き付けながらゆっくり、でも頭はわさわさ曲の拍子に合わせながら花を咲かせながら進んでいる。時たま、さまよう手が精たちが根からよいしょと体を持ち上げるのを手伝ってやっているのが微笑ましい。
反対にとても元気になってきたのは巌の巨人だ。というのも、彼らは岩をもぐもぐ食べる巨体の持ち主で、渇きの谷のごろごろある岩は、彼らの舌を満足させたらしかった。
翼をたてて、山に張りつくように器用に飛行していたドラゴンが、ひときわ大きく高く咆哮を上げた。
だれか歩けなくなったんだろうかと心配するもつかの間。
ぱらぱらと大粒の雨が七色に輝きながら降ってくる。
行列のだれもが目を輝かせ、きれいだなあと思ったに違いなかった。
しずくは、行列へ広がり、ゆっくり落ちてくる。
テシャは頬に落ちたしずくをぺろりとなめてみた。
甘い。おいしい。
これもドラゴンの魔法なのだろう。
水気のない過酷な谷にて、みんなの顔に活気が戻る。テシャも体の奥から、このまま棘山までなんのその、どこまでも走ってゆける、そんな力が漲ってきた。自然、角笛に吹きこむ音も大きくなる。
渇きの谷は行列の歓声で沸きに沸き、子どもの明るい笑い声や動物の元気な鳴き声でよりいっそう行列は華やかな音楽を奏でる。
人差し指のしずくにまじまじと心を奪われながら、いつも通り白魔法使いは仕事を忘れない。
「後列も渇きの谷の中程に到達。まもなく先頭はぶっさし棘山の入口に到達します」
もう少しだ。
もう少しでガンダルビダに追いつく。
逸る心で速まる拍子をなんとか戻そうと、合間に大きく息を吐く。
思い浮かぶのは、最後に振り返らずに進んでいった背中。
いつもみたいに、ガンダルビダは早く来いよなんて待ってくれないし、きっと絶対にテシャのことを待ってはいない。追いつくなんて考えるゆとりすらないだろう。
ガンダルビダは、選りすぐりの凶悪で腕の立つ囚人たちを連れて去って行った。今の今までこちらの黒の枷が発動しないか、ちらりちらりと不安が過っていったが、勇者一行はある程度順調に山を登っているらしい。
ガンダルビダになにを言うかは考えていない。一緒に戦うと息巻こうとも思わない。なにができるかなんて、わからないままだ。
テシャにできることは少ない。
ただ、ガンダルビダが大変なときにそこにいないといけないとテシャは思っている。
もう一度、あの背中を思い出す。
強い決意の漲った頑固な背中。
あのとき、わかっていたら自分は泣きすがってでも勇者一行について行ったのだろうか。
ガンダルビダは魔王を倒しに行くんじゃない。
魔王を鎮めるために生けにえになりに行くんだと知っていたら。




