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に、、、

 

 ーーーー化け大猪が出たぞ!

 ーーーー山に入るな!


 慌てて逃げ惑っていた気がする。

 

 名も無き少年は山の斜面を転げ落ち、切り株の根にちいちゃな足首を捕まえられていた。

 もがけばもがくほど体勢が崩れて、とうとう地面にうつ伏せる恪好になった。

 

 するとすぐに獣の臭いがむっと鼻につき、彼の幾倍あろうか、大きな大きな影が落ちたのに震えながら少年は未来を悟った。


 こういう、危ないときの声の出し方は知っていた。でも、どれだけ鋭く高く大きくだそうとしても、ひゅーひゅーと掠れた声しか出せない。

 彼は、いつも首から下げていた、白くて尖ったそれをぎゅっと握って目を瞑った。


 しかし、不思議なことに落ちていた影は去り、獣の臭いもしなくなった。

 あんまり急な希望を信じきれなくて、彼は少し薄目を開けた。見えたのは、巨体が宙を飛んでいき、いろんな木をどかどか倒している光景だった。


 「やったぜ、今日は猪鍋だぞ」

 いつの間にか傍らに立っていた少年に、彼は心臓をきゅっと掴まれたみたいに驚いた。完全に目を見開けた彼に、同じ年ごろのその少年はにかっと笑った。


 それがガンダルビダだった。




 ゆったりしたしめやかな曲は、リュドンの精の得意とするところのようだ。

 年月を感じさせる人の倍ほどある背をしゃんとさせ、長い枝を曲に合わせてすらっと伸ばすと、たっぷりとした葉っぱの髪がさわさわ揺れる。

 折を見てドラゴンが長い咆哮を上げたのがちょうどよい合いの手のようになって、それを機に、静かで思慮深い樹木の精たちに習って他の種族の者たちも、口を閉じて伸びやかに軽やかに舞うに楽しんだ。


 憂いの沼地のさまよう手たちも、優美で楽しげな訪問者にすっかり困惑していた。

 沼に近づくと、にゅっと地面から生えて手足首を捕まえて沼に引きずり込むのが彼らの常套手段だ。しかし、様々な種族がひらりひらりと躍り渡ってゆくものだから、ねらいがつかず名前通りさまよっていた。


 調子が遅くなったが、囚人の女子どもたちには助かったという他ない。

 囚人だけあって、彼らもなかなか一筋縄ではいかない人たちだった。か弱い振りして強かに出し抜こうとする専門家だ。そういう意味では、荒くれ者より質が悪いかもしれない。

 テシャは彼らまで巻き込むつもりはなかったが、見捨てる心算もなかった。黒の手枷で不自由な身の上、危険な森や沼地に身一つで残されるよりはと思って行列に加えただけだ。

 ただもう、か弱い様を見せようが、彼らに気遣う必要はテシャにはない。


 彼はただただ、一刻も早く勇者一行に追いつきたい一心なのである。



 「憂いの沼地、この調子だと最短距離を最短時間で達成です」

 また唐突に白魔法使いが口を開いた。


 彼女は一体なんの記録をつけているのだろう。白魔法使いがこの場にいることすら、テシャには疑問だらけだった。

 なにしろ、あの除名処分のときに彼女はいつもの澄ました顔でガンダルビダの傍らに立っていた。そして、記録の紙束から名簿を広げて見せ、テシャの名前に太線でしっかり二重線を引いたのだ。

 

 「間に合ったとしてお前はどうするのだ」

 次は今まで押し黙っていた老ドラゴン。ただでさえ威厳のある彼は重々しく問う。

 テシャは息継ぎして長く長く角笛の音を響かせる。拍子が遅い曲だと、それはそれで息が続きにくい。

 テシャは息を整えて、どろどろの足元でも前をしっかと見据える。

 「ガンダルビダのところにいく。それだけ」


 そしてまた、思いきり低く伸びやかに角笛を吹き鳴らす。


 でも、不思議なことに疲れは感じない。静かにしていても、心が楽しさやうれしさに弾む瞬間。きれいな景色をみたとき、おいしいケーキの焼き上がりを待つとき、これからのことに希望をもつとき。そんな瞬間のような気分をくすぐってくる。

 これも、角笛の力なのだろうか。

 

 ドラゴンはぶほうと、ため息ともつかぬ息をつき、改めて低く唸った。

 なんだか今までより魔法の力が弱まった気がする。

 テシャは横目で、さまよう手に足をとられた子どもを森の友の動物たちがひょいと背に乗せてやる姿を見ていた。

 するとそれを面白がって、一本足の小人たちが数人がかりで他の女や子どもたちを運び始めた。

 正直、一本足たちには沼地は向かない。

 一本足の移動は跳び跳ねるしかなく、泥は盛大に跳ねるし振動は激しい。運ばれているほうは堪ったものじゃない。

 悲鳴が新たに加わって三重奏になった。


 たちまちさまよう手は踏み潰されていき、よろよろと体を持ち上げる。横に太く短い大根に肘から先くらいの両手が生えたような風体だ。足は二股にわかれた先に生えたひょろひょろした根で、動く度に揺れている。

 彼らは、敗北を感じたからか、楽しさに惹かれたか、両手でわさわさと這いだしてきて何気なく行列に混じった。



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