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四枚目

 昼休み。僕、明、ハムエの三人は野々宮先生に呼び出された。

「失礼します」

 僕は理科準備室の扉を開ける。野々宮先生は職員室よりこっちにいるときのほうが多い。こっちのほうが落ち着くらしいけど、人体模型とかが無造作に保管されている場所で平気で給食を食べているのはどうかと思う。

「やあ、ハムエちゃん。授業はどうだった?」

「楽しかったです。もう、祐輝様がノートやシャーペンを貸してくれたりなんかして、それはそれは幸せなひと時でした」

 そんなに嬉しかったんだ。

「授業の内容のほうはわかった?」

「はい。もう夢見心地で、授業を受けるどころではなかったのですが、せっかく祐輝様から貸していただいたノートとシャーペンを無駄にするわけにはいきませんので、ワタクシ、頑張りました」

 聞いているこっちが恥ずかしくなるような発言を平気でするハムエ。耳たぶが熱い。

「ところで先生。俺たちに何か用事?」

 明が先生に訊く。

「いやあ、個人的な興味なんだけどね。ハムエちゃんって、普通のハムエッグトーストじゃないよね」

 見ればわかることをいちいち確認する。

「ちょっと詳しく調べさせてくれないかな」

「詳しく調べるって……まさか解剖とかするんじゃ」

「まさか」

 否定する先生だったが、カエルやらヘビやらのホルマリン漬けの隣で言われても説得力がない。

「とりあえず、彼女が何の生き物なのか、確認するだけだよ。相戸君も藤棚君も、ハムエちゃんがカビたりしたら嫌でしょう。防腐剤が必要かどうかとか、調べないと」

「う、うん」

「まあ、な」

 ハムエがカビている姿を想像し、僕たちは頷く。

「ぜひお願いします!」

 当然本人も相当嫌らしい。女の子だしね。

 先生はそっとハムエのパン耳を持ち上げ、裏側を観察する。そのあと、髪の毛を触ってみたり、指紋を採取してみたり。さすがにスカート(というかハムというか)をめくろうとしたときは全力で止めたけど。

「――なるほど」

 先生は数回うなずいて。

「とりあえず、耳の先端のほうも血流が行って、生体活動してるみたいだから、カビとかに関しては安心していいよ」

「本当ですか。これで醜い姿を祐輝様にさらさないですみます」

 嬉しそうなハムエ。そうだよね。僕もさすがにカビたり腐ったりしたハムエは見たくないし。

「で、結局ハムエは何の生き物だったんですか? カビ問題でもっと重要な問題を忘れそうになってましたけど」

「なにっ、パンにとってカビのほうが重大な問題だろ」

「だからパンだったら血流が行ってるとかあり得ないし」

 いい加減そっちの発想から離れてほしい。ハムエをただのハムエッグトーストで納得するのは無理がある。朝は急いでたから僕も納得しちゃったけど。

「うーん、詳しいことはわからないね。今まで発見された生き物の、どれとも違うことは確かだと思うけど。こんな人間に近い生き物が発見されたら、大ニュースになるはずだし」

 先生でもわからないか。

「ところで、ここからは相戸君と藤棚君にこの間の中間テストの話なんだけど。あ、ハムエちゃんはもう帰ってていいよ」

「ええっ、嫌なのです! 祐輝様をお待ちするのです」

「ハムエ。待っててくれるのは嬉しいけど、外で待っててくれるかな。普通に立ってたら踏まれそうだし、椅子だしといてあげるから」

「嬉しいですか? ありがとうございます、ワタクシも光栄ですっ、祐輝様にそんなに喜んでもらえるなんてっ」

 ハムエは顔を真っ赤にして、うるんだ瞳でこっちを見つめる。そこまで嬉しかったのか……。なんにせよ、明と一緒にテストの成績で呼び出しじゃ、いい話なわけがない。できれば誰にも聞かれたくない。

 椅子を外に運び出し、ハムエを座らせると、僕は恐る恐る理科準備室に戻った。それほどしくじった覚えはないんだけど、平均点が高かったのかなー。

「さて、ごめんね。脅かしちゃって。テストの話じゃなくて、ハムエちゃんの話の続きだけどさ、ちょっと本人に聞かれたくなくて」

 野々宮先生は続ける。本人に聞かれたくない話、か。結構重要な話なんだろうな。

「実はさ――気になることがあるんだよね」

「気になることですか?」

「ハムエちゃんがハムエッグトーストでないとするならば、ハムエッグトーストが消えた謎が説明できないから、おそらくハムエちゃんはハムエッグトーストから孵化したと考えていいと思うんだ」

 孵化、と来たか。理科の先生は言うことが違う。

「でも、産まれたばかりにしては中学二年生レベルの授業をちゃんと受けれるレベルの知能があるし、それに、好きになった相手が相戸君」

「僕が何で関係あるんですかっ!」

 もしかしておちょくりたいんですか? 明もニヤけるなッ!

「いや、相戸君は成績中庸、運動能力中庸、ルックス中庸だからね」

 だめだ、この先生のポーカーフェイススマイルからまじめな話なのかおちょくっているのか判断するのには無理がある。

「それは、実験のサンプルとしては最良ってこと」

「実験って何の?」

 明が身を乗り出す。自分が「実験のサンプル」なんて言われるとなんか不気味だ。

「ここからは僕の憶測でしかないんだけど……自然界でハムエちゃんみたいな生き物が生まれるって、すごく不自然なことだと思うんだ。だから、ハムエちゃんは遺伝子組み換えか何かで作られたんじゃないかな」

「遺伝子組換えだって? なんか話がオーバーテクノロジーになってきたけどさ、何のために作ったんだよ。人間が作ったってことは、理由があるはずだろ?」

「例えば、生物兵器とか」

 野々宮先生の笑顔が一層不気味に見えた気がした。

「生物兵器? まさか、そんな、ハムエに限って」

 大きさは小さいが普通のかわいい女の子ですよ。ハムエは。

「そう思わせることすら陰謀だとしたら?」

 野々宮先生が普段では考えられないほど語気を強める。

「自分を好いてくれている相手を『生物兵器』だなんて誰も思いたがらない。しかし、もしある日彼女が生物兵器として覚醒し、破壊活動を始めたら? 相戸君は本気でハムエちゃんと戦うことができる?」

 ゴクッ。自分で唾を飲み込んだ音が脳に響いた。今朝ここに来るとき、ハムエを連れてきてしまった理由を思い出す。


『さすがに自分に告白してきた女の子が鳥とか野良猫に食べられるのは嫌だ』


「――それに、ベースがどこの家庭でも一般的な『パン』となると、ハムエちゃん一人だけとは限らない。ハムエちゃんのような存在が何万体も現れたら、世界がどうなるか想像してみて」

 野々宮先生は話を続ける。僕は何人もの巨大なハムエが東京タワーやフジテレビを蹂躙する姿を想像した。

「パンデミック!?」

 明が叫んだ。

「意味ちょっと違うけど、イメージとしてはそんな感じかな」

 先生、今のはパンとパンデミックをかけた明なりのダジャレです。スルーしないでください。ああ、明が部屋の隅っこで床に「の」の字を書き始めた。

「もちろん、仮説の段階で行動を起こすわけにはいかないけど、彼女には気をつけたほうがいいかもよ」

 先生がクスクスと声を出して笑う。やっぱり意図が読めない。

「なんか、そうなってくると運命の出会いというより未知との遭遇ですね」

「運命の出会い? それはハムエちゃんが言ったのかな?」

「いや、今年のおみくじで――明は知ってるよな? 一緒に神社に行ったし」

「あ、ああ! 今日ってそういえばあの日か!」

 明が大げさに驚く。その素振りだと忘れたフリしてたな。

 ハムエの正体とは関係ないと思うけど、隠す理由もないので(いや、恥ずかしいという理由があるにはあるけど、明が絶対そのうち勝手に話す)先生にもそのことを打ち明けた。

「なるほど。――さて、そろそろ五時間目が始まるから教室に戻ったほうがいいよ」

 先生は僕たちの話を聞き終えた後、思い出したようにこう言った。

「五時間目……って」

 僕と明の顔が青ざめる。

「体育だ」

「ぎゃああああ! 着替える時間ねぇ!」

「急がないと!」

「あっ、祐輝様、お疲れ様です」

「ハムエも早くしないと、ゴリラの岡崎に殺される!」

 ハムエのことはいまいち釈然としないけど、この際しょうがない。僕は廊下を走って更衣室に走った。


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