三枚目
「では、授業はここまで。ハムエちゃんのことは他の先生方に僕のほうから説明しておくよ」
チャイムが鳴ると、野々宮先生が手をたたき、手に付いたチョークの粉をはたく。やっぱり生徒にする気なんですね。
と、その瞬間。引き戸が開く音と同時にカメラのフラッシュ音。
「なんですか、この音は?」
慣れてないハムエは不思議そうに首をかしげるが、この学校では日常茶飯事。
「ハムエ、隠れてろ」
僕は引き出しから適当なノートを出して、ハムエの前に立てる。そして、叫ぶ。
「どこだ!」
その声を合図に、騒然となる教室内。
「前の扉でも、後ろの扉でもないとなれば」
「天井!」
「甘いわっ!」
そう叫んで、教卓の前の地面から生えてきたのは新聞部部長、読売香春先輩。
「ふっふっふ。『転入生は美少女ハムエッグトースト。クラスメイトのU.I.と熱愛中!?』スクープはもらったわ!」
「床に隠し扉だと……!さすが最強の部活、新聞部」
クラスメイトの一人がたじろぐ。そう、普通学校で最強の部活といったら「プロを輩出した運動部」などだが、うちの学校は何故か謎の情報網を持つ新聞部が最強なのだ。生徒のプライバシーを粉砕し、あることないことでっち上げた壁新聞は、まさに校内の無法地帯。ついでに、僕のイニシャル「Y.A.」なんだけど。
「フッフッフ……」
しかし、そんな校内無法地帯を前にしても臆さず、不敵に笑う男が一人。明である。
「残念ながら甘いのはそっちですよ、読売先輩」
「なんですって!」
「見ろ!」
明が自分の足元の床板を引っぺがす。そこには巨大なオーブンがあった。
「床下に、オーブン!」
「パン屋の底力を思い知ったか!」
明が胸を張った。と、同時。コーン! と気持ちいい音を立てて、二本のチョークがそれぞれ明と読売先輩の頭にヒットした。
「藤棚君も読売さんも、教室を勝手に改造しちゃいけません。ちょっと職員室に来てね。それに罰としてカメラとオーブンは没収」
がしっと二人の肩を掴んで、職員室に連行する野々宮先生。いつもの糸目と朗らかな笑顔が逆に恐ろしかった。
「この先生には勝てないな……」
「ほとんど初対面のワタクシですが、同意します」
僕とハムエは茫然と野々宮先生が出て行った扉を眺めていた。
「でも、新聞の記事は大丈夫だったのでしょうか?」
「新聞部のことだから、きっと前みたいに『ジンジャーエールが機密データの入ったUSBを紛失! 我が校の生徒が機密情報入手か』みたいな記事でもでっち上げるよ」
ちなみに例に挙げた記事は今年の一月第一週号。始業式の日、学校に登校してみたらいきなりデカデカと壁新聞にこの見出しだもんなー。炭酸飲料がなぜUSBを持っていたのか、ツッコむ気にもなれなかった。
「ハムエも気をつけないと変なスキャンダルつけられるよ」