一枚目
この作品は以前部誌に使ったものです。
『六月十五日。あなたは家を出て三つ目の四つ角で、パンをくわえて走ってきた人と激突します。それが運命の出会いです』
今年の正月に引いたおみくじにそんなことが書いてあった。
普通なら「んなアホな」で切り捨てるような話だけど、日付指定で結果が出るおみくじというのも珍しい。その神社ならではの特色かと思いきや、僕のおみくじにだけ日付指定が書いてあったらしい。そんな理由で妙に気になったからだろうか。半年以上経った今日、六月十五日当日でもそんなバカバカしいことを覚えてるのは。
だからって、こんなベタなコト書かれても半信半疑――。
ドンッ!
とか考えながらぼーっとしていたら、三つ目の四つ角で誰かにぶつかった。相手がくわえていたハムエッグトーストが宙を舞う。
ちょ、ちょっと待って、本気で来ちゃったの? 運命の出会い!?
「すみません。大丈夫ですか」
そうだな。くだらないおみくじはとりあえず置いておくとして、僕も十三歳。そろそろ彼女ができたら嬉しいお年頃。とりあえず精一杯のイケメンボイスを作って相手に手を差し伸べる。
「いってててて……」
その時。二人の間の空気が固まった。
「明っ!?」
「祐輝っ!?」
僕がぶつかった相手は幼馴染。我が家の隣にあるパン屋の子供で、小さい頃から一緒に遊ぶことが多かった。
奴の名前は藤棚明。――これで「藤棚メイ」だったらどんなに良かっただろう。奴の名前は「藤棚アキラ」。性別、男。
「ぎゃああああああっ!」
嘘だ! 運命の相手が男だなんて嘘だ!
「ゆ、祐輝、どした? 大丈夫か? 骨でも折れたか?」
「嘘だああああ」
「いや、全ッ然意味わからんけど、とりあえず落ち着け。な」
「何でお前がパンくわえて走ってくるんだ!」
しかもただのトーストじゃなくてハムエッグトースト、しかも黄身二個って。無駄に豪華だな。流石パン屋の息子。
「これはさ、ホラ、宣伝活動!」
宣伝活動って?
「パンくわえて走ってたら目立つし息苦しいじゃん?」
わかってるなら何でやるんだ。
「だからさ、うちのパンはそれをしたくなってしまうぐらいウマいってことを身をもって示そうとしてたわけよ、俺は!」
「お前はその情熱を他に生かせ」
ツッコミを入れたが、内心僕は感心していた。こいつ、将来は家業一直線なんだよな。僕は将来のことなんてまったく決めてないのに。
「あの。お取り込み中すみませんが」
突然かわいらしい女の子の声が聞こえた。今度こそ来たか、運命の出会い。やっぱり相手が明じゃ困るし。
「突然ですが、あなたに一目惚れしてしまいました!」
またずいぶんとストレートな。
「あなたのお名前は?」
まあ、答えは性格と顔とスタイルを見てからじっくりと出すとして。
「相戸祐輝……」
「祐輝様っ」
僕は後者二つを確認するために声のした方向を向いた。それにしても、「様」って……。
再び、空気が固まる。
いや、あどけなさを感じさせるぽよよーんとした雰囲気の顔立ちも非の打ちどころがないし、中央が黄色く外側が白い布で覆われた左右のお団子ヘアーもなかなか似合っている。スタイルも平均よりちょっと寸胴ぐらいで好みなんだけど。
まず身長がおかしい。十五センチぐらいしかない。
次に服がおかしい。太い茶色のラインが首周りと袖周りに入った黄色のTシャツはまだ分かる。しかし、その下に履いているピンク色のミニスカートはどう考えてもデザインがおかしい。ヘリの黒いラインは「新手のゴスロリ」で許すとして、その少し上のあたりにある半透明のラインはなんだ? 明らかにファッションとして変なのにそこから透けて見える太ももがちょっとセクシーだったりする。
それにもまして、最大限におかしいのが彼女の頭から、耳の代わりに生えているものだった。外側が茶色く内側が白くて長いそれを見て、一瞬ロップイヤーのウサ耳かと思ったが、にしては先端が角張っている。
「君は何の生命体?」
僕は戸惑い、勢いでものすごく失礼な質問をしてしまった。
「……?」
告白少女は数秒間首をかしげて。
「ワタクシは何の生命体なのでしょうかー!? それよりワタクシは誰ですかー!?」
逆に聞いてきた。もちろん知るわけない。何と答えていいのかわからないので、頼みの綱の親友に視線を送る。と、明は彼女のほうをじっと見つめて、叫んだ。
「ハムエッグトースト!」
「はい?」
僕と少女は同時に訊き返した。
「こいつ、俺がくわえてきたハムエッグトーストだよ! ほら、ちゃんとハムに」
明は彼女のスカートを指差す。確かにヘリがこんがりカリカリに焼けたハムのようなデザインに見えなくもない。
「卵。黄身もちゃんと二つ」
続いて、髪の毛のお団子。なるほど。確かに卵に見える。
「極めつけは、ホラ、パンの耳!」
続いて頭の両サイド。あー、なるほど。確かに言われてみればパンの耳――って待てい!
「何で人間(?)の頭から生えてるモンが一発でパンの耳ってわかるんだ!」
「どんな状況でもパンの耳をパンの耳と見抜けないようでパン屋の息子が務まるか!」
正論。しかし、こんな状況がそうそう何度もあるとも思えない。
「ワタクシはハムエッグトーストなのでしょうか?」
僕に訊いてくる告白少女。そういえば肝心のハムエッグトーストがどこにも見当たらないし、そう考えるのが妥当かな? かなり疑問は残るけど。
「ところで俺達何か忘れてないか?」
唐突に明が訊いた。
「何かって?」
「いっけねー、学校遅刻すんじゃん! 悪いけど先行くぜっ!」
僕は訊き返しただけだったのに、一人で会話を完結させて、明は学校の方向へ走っていった。すぐに角を曲がって見えなくなる。相変わらず、足、速いな。
「っと。僕もぼーっとしてたら遅れるな」
すぐに明の後を追おうとする。が。足首を思いきりつかまれて転倒した。
「まってください。ワタクシはハムエッグトーストですよ? こんなところに転がっていたら鳥とか野良猫とかに食べられてしまいます」
急いでるし、できれば面倒なことに巻き込まれたくないんだけど……さすがに自分に告白してきた女の子が鳥とか野良猫に食べられるのは嫌だ。かといってここでじっとしてるわけにも――。
「あーっ、もう、解ったよ!」
僕は少女を小脇に抱えて走り出した。間に合うかな?
「しっかりつかまっててよ、ハムエ!」
「ハムエ!?」
「ハムエッグトースト略してハムエ」
「嫌です! 由来はわかりますがレディーにハムエなんて!」
これが僕とハムエの、いろいろな意味で運命的な出会いだった。
と、言うことで、部誌の販売が終了したので投下させていただきます。
ネコミミ、ウサミミが飽和気味の今、新しいミミのヒロインを書こうということで誕生したパンミミヒロイン、ハムエ。
これから彼女の話をゆっくり投下していこうと思います。