7 魔法への一歩
朝の気配が家の中に満ちる前、俺は目を覚ました。
昨日は体がまだ疲れ切っていたから教えてもらえなかったが…
(今日から学べる!表現魔法!)
体を起こすと、全身の傷がじわりと主張してくるがだいぶ回復した。ソフカさん…いや、師匠の治療のおかげだ。
階下に降りて朝食の準備をする。
木の家は静かで、まだ夜の名残を抱え込んでいた。
(……落ち着け)
胸の奥がそわそわしている。
焦っても仕方ないと分かっているのに、どうしても期待が先に立つ。
パンを切り、湯を沸かし、簡単な朝食を整える。
外の鳥たちが鳴き始めたころ、師匠が起きてきた。まだ寝ぼけているようで、朝食の準備をしようとしていた。
「おはようございます。朝食、もう少しでできますよ。」
「ん~、そうか……って、オサム!?体はもう大丈夫なのか?」
「はい。おかげさまで」
そう答えると、師匠は少しだけ目を細めた。
ほっとしたような、けれどまだ完全には安心していない顔だ。
「無理はするな。」
「わかってます」
胸の奥で、期待が膨らんでいく。
食卓につき、朝食をとる。
パンを噛む音と、器が触れ合う小さな音だけが家の中に響いていた。
やがて、師匠が口を開く。
「……今日から、少しずつ教える」
その一言で、背中がぴんと伸びる。
(来た)
思わず顔が上がる。
「表現魔法、ですよね」
先に言ってしまった。
抑えきれなかった。
師匠は一瞬だけ言葉に詰まり、それから苦笑する。
「気が早いな」
柔らかくそう言った。
「表現魔法を使うには、その前にやらなければならないことがある」
(……前に、やること)
「魔力だ」
短く、はっきりと言われる。
「表現魔法は、願いだけでは動かない。世の天才たちはその願いから無意識に魔力を込めて、形にするらしいが…まぁゆっくり行こう。」
一瞬、胸がきゅっと縮んだ。
(使えないのか……)
「まずは、魔力に慣れる。そして自衛のための魔法を習得。描くのはそれからだ。」
スプーンを置く音が、かすかに響く。
「何かを残す以前に生き残るための話だ。強くなるためじゃない」
その言い方が、妙に現実的で。
先日の出来事が、自然と思い出される。
(確かに……何もできなかった)
俺は、うなずいた。
「……お願いします」
食事を終え、部屋の中央に立つ。
「まずは、感じる」
師匠はそう言って、俺の正面に立つ。
「自然体に。目を閉じてもいいし、座ってもいい。」
(自然体…)
肩幅に足を開いて目を閉じる。
「呼吸を整える。深く吸って、ゆっくり吐く。整ったら意識を呼吸から外す。」
言われた通りに息をする。
「魔力は、外に探すな。中だ」
「体の内側を、静かに探せ」
(内側……)
最初は、何もない。
鼓動。
筋肉の張り。
治りかけの傷の違和感。
(これじゃない)
焦りが浮かびかけるが、ぐっと押し込む。
(急ぐな、って言ってた)
――しばらく時間がたった。
胸の奥の、さらに奥。
言葉にできない場所で、ほんの一瞬だけ、不思議な感覚を見つける。
(……今の、何だ?)
掴もうとした途端、消える。
目を開けると、師匠がこちらを見ていた。
「何かあったか」
「……一瞬だけ」
「何か、いたような……」
自分でも曖昧な言い方だと思う。
でも、嘘じゃない。
師匠は、軽くうなずいた。
「それでいい。今感じたのが、魔力だ」
「……え?」
(今のが魔力…)
「初日でそれなら十分だな」
「はい!今日中に魔力を掴んで見せます!」
この調子でいけばすぐにでも魔法が使えそうだ…
(もしかして俺…才能アリ?)
「今日はここまでだな。」
「え?どうしてですか?まだまだ俺できます!」
「どうしてって……もう日没だぞ。」
(え”、)
言われて、はっとする。
窓の外を見ると、木々の向こうが赤く染まり、鳥の声も朝とは違うものに変わっていた。
「……うそだろ」
(そんなに経ったのか……?)
体感では、せいぜい十分か、長くても二十分くらいだ。
集中していた、という言葉では足りない。時間の感覚そのものが、すっぽり抜け落ちていた。
師匠は、少しだけ肩をすくめる。
「最初はだいたいそうなる。意識を内側に向けるっていうのは、慣れないと時間を忘れる」
少し残念な気持ちと、妙な充足感が同時に湧いてくる。
(何もできてないはずなのに……)
でも確かに、“触れた”。
あの一瞬の、掴めそうで掴めなかった感覚。
あれが魔力だと言われたことが、まだ頭の中で反響している。
「焦るな」
師匠は、俺の顔を見て言った。
「魔力は逃げない。慣れれば、今日感じたものは明日もそこにある。」
天才ではないかもしれないが、俺は遂に魔法の道に踏み込んだ。




