6 廃れた魔法
目を覚ますと、部屋に朝の光が差し込んでいた。
頭は少し重いが、昨日よりはましだ。
体を起こすと、包帯の巻かれた膝が軽く引きつる。
「……動けるな」
小さく呟いてから、階段を降りる。
居間には、すでに朝の支度が整っていた。
温め直されたスープと、切られたパン。
必要最低限だが、無駄はない。
ソフカさんは椅子に腰掛け、何か書いていた。
こちらに気づくと、顔を上げる。
「起きたか」
「無理はしないように。今日は外には出ないこと。」
その言い方は、命令というより確認に近い。
「はい」
向かいに座り、スープを口に運ぶ。
静かな朝だった。
食事を終えると、ソフカはペンを置いた。
「オサム」
呼ばれて、自然と背筋が伸びる。
「しばらくこの森で暮らす以上、自衛の手段は必要だ。今日は魔法の話をする」
(魔法!俺にも魔法が使えるのか!)
「この世界の魔法は、大きく分けて三つある。自然操作魔法、術式魔法、そして――表現魔法だ」
先ほどまで書いていた紙をこちらに向けた。そこには三種類の魔法について丁寧に描かれていた。文字は読めないが、可愛らしいイラストが添えられていて、なんとなく理解できる。
(こんな絵も描けるのか……)
「まず、自然操作魔法から話す。」
「火や水、風、土といった自然に魔力を作用させる。扱いやすく、汎用性が高い。最も使われているのはこの魔法だな」
「戦闘にも、生活にも応用が利く」
俺は、焚き火の火を魔法でつける彼女の姿を思い出していた。
「次が、術式魔法」
「魔法を構造として固定する方法だ。魔法陣、刻印、詠唱を用いる」
「再現性が高く、道具や設備に向いている。」
どちらもよく聞く異世界らしい魔法だ。
「そして――表現魔法」
ソフカは、少し視線を落とした。
「今はもう廃れた最古の魔法だ。」
「絵、彫刻、詩、音、舞」
「そういった“表現”に魔力を込める魔法だ」
「使い勝手は悪く、再現性もない。同じものを描いても、同じ結果にはならない」
(なるほど。たしかに表現魔法を使うよりも他の魔法を使った方がいろいろと便利か。廃れたのも理解できる。)
だが、彼女は続けた。
「この魔法が廃れた理由は、それだけじゃない」
「表現魔法は、かつて文明を滅ぼした」
俺は、息を呑んだ。
「簡単に言えば表現の暴走。『未完の王』、『祈りの複製群』……いくつもの暴走が同じ時代に起こった。都市や国を亡ぼすほどの表現たちを、【表現災害】という。」
「人の“残したい”という意思が、制御を失った結果だ。それ以来、表現魔法は恐れられるようになった」
(間違っていた……ただ絵が飛び出すようなかわいいものじゃない。表現魔法には人を、国を、文明を壊せるほどの力が…)
「だから今は、自然操作魔法か術式魔法を学ぶのが普通だ」
ソフカは、俺を見た。
「オサムにも、どちらかを教えるつもりだ。どちらも専門外だが、この森で生き抜く程度のことは教えられる。」
しばらく、沈黙が落ちる。
俺は、自分の手を見た。
小さな手。
だが、この手で――何かを残せる可能性がある。
「……ソフカさん」
声が、思ったよりも静かに出た。
「……俺は」
目を合わせて、はっきり言った。
「表現魔法を学びたいです」
ソフカの目が、わずかに見開かれる。
「理由を聞かせて」
「自分が生きた証を、形として残したい。」
(前の人生みたいに何も残らないのはもう嫌だ。)
彼女は、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「はぁ…六才と話している気がしないな…普通、冒険者なんかがよく使うかっこいい魔法に憧れるもんなんだが。」
ソフカは立ち上がった。
「これからは師匠と呼ぶこと。」
「そ、それって……!」
「教えよう。廃れた魔法を。その代わり、数百年後に”オサム”がいなかったら承知しないからな。」
「はい!!」
朝の光が、部屋に差し込んでいた。
俺は、その光の中で――
ようやく、自分の進む道を選んだ。




