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12 新たな壁

家に帰ると、入り口で師匠が待っていた。


扉にもたれかかるように立ち、腕を組んでいる。

森の中で別れてから、もうしばらく経っているはずなのに、まるで帰ってくるのがわかっていたかのようだった。


「……遅かったな」


「すみません。ちょっと、ぼーっとしてました」


「そうか」


咎める調子ではなかった。


師匠は一歩脇にずれて、俺を中へ通す。

そのまま何も言わず、扉を閉めた。


家の中は、いつも通りだ。

薪の匂い、乾いた木の床、外より少しだけ温い空気。


それなのに、妙に落ち着かない。


「座れ」


言われるまま、椅子に腰を下ろす。


師匠は向かいには座らず、少し離れた場所に立ったまま、しばらく黙っていた。


考えをまとめているようにも見えた。


「私は、お前を見失った」


淡々とした言い方だった。


「完全に、だ。探すのをやめたわけでも、手を抜いたわけでもない」


「……ありがとうございます」


ようやく、それだけ言えた。


師匠は小さく頷く。


「今日は、もう何もしなくていい。三年分の区切りだ」


そして、扉の方へ歩きながら、ぽつりと付け足す。


「よく、ここまで来たな」


その背中を見送りながら、俺は初めて、

本当に――弟子として認められたのだと、実感した。




次の日。


「今日からは鬼ごっこだ。」


再び地獄の日々が始まった。


「私につかまらずに、この森を抜けたら合格だ。かくれんぼ同様百数える。」


(森の外……いったいどうなっているんだろう。見てみたい)


「…わかりました。」


師匠は目を閉じた。


「一……二……三……」


俺は全速力で走りだす。


自然同調を深め

根、岩、倒木ーー足場の悪い場所をあえて選ぶ。


「ーー術式起動、身体強化」


一瞬体が軽くなり、一度の踏み込みでかなり距離がとれた。


だが。


背後から圧が来る。


(早い……!)


木々の間を抜け、斜面を滑り降りる。

息が荒くなる。


(もう一度使うしかない…)


「術式起動――」


術式を使おうとした瞬間、視界が揺れた。


衝撃。


地面が近づいてくる。


背中から転がされ、息が詰まった。


「捕まえた」


真上から淡々とした声。


呆気なかった。


地面に仰向けのまま、空を見上げる。

まだ、全然進んでない。


(次は……何年かかるんだ…)


「もう一度やるか」


「…はい」


走る。

逃げる。

捕まる。


次の日も。次の日も。


距離は少しずつ伸びている。

身体強化術式の使いどころも洗練されてきた。


それでも結果は同じ。


逃げきれない。


最後には師匠の手が肩にかかる。


「捕まえた」


その声を聞くたびに、胸の奥が静かに沈んでいった。


そんな日々がかくれんぼと同じように続いた。


一日。

一週間。

一か月。

一年。


そして二年が経過した。


昼前、外から聞き慣れない足音がした。


重くもなく、軽すぎもしない。

迷いのない歩き方。


師匠が先に気づいたようで、扉を開ける。


「珍しいな」


その声に続いて、明るい声が返ってきた。


「こんにちはー! 突然ごめんね!」


そこに立っていたのは、女の冒険者だった。


長い髪を無造作に結び、軽装。

森の中を歩いてきたはずなのに、表情はやけに朗らかだ。


「この森複雑すぎて迷子になるところだったよー」


彼女はそう言って、屈託なく笑う。


「久しぶり、ソフカ」


「……変わらんな、お前は」


知り合い、らしい。


俺を見ると、冒険者は一瞬だけ目を細めた。


「この子は?」


「弟子だ」


「へえ……」


値踏みするような視線。

だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「私はイリス。ちょっと調査でね。しばらく滞在させてもらうよ!」


「空いてる部屋なら使ってくれていい」


師匠はそれだけ言った。


イリスは嬉しそうに頷く。


「助かる!いやあ、静かでいい場所だね。君、ソフカの弟子なんだよね?どんな修行してるの?」

 

何気ない一言。


なのに、心臓が跳ねた。


逃げる。

走る。

捕まる。


それしか知らない二年。


イリスは、そんな俺を見て、にこりと笑った。


「じゃあ、ちょっと見せてもらっていい?」


「……見学ですか?」


「うん。どうせなら、この森での修行の様子、間近で見てみたいんだ」


師匠は少し考え、やがて頷いた。


「いいだろう。静かに見ていろ」


「ありがとう!」


その日、イリスは森の端に腰を下ろし、俺の動きをじっと見守った。


森の中を駆け回る俺。

自然同調魔法を深く使い、身体強化術式で距離を稼ぎ、師匠を避けながら走る。


「……すごいな」


イリスの声は、驚きと楽しさで震えていた。


俺が全力で逃げ、捕まり、再び走り出す。

師匠の追跡は容赦ない。

その様子をイリスは目を輝かせて追う。


「よし、今日はここまでにしよう」


師匠が声をかける。


今日も逃げ切ることはできなかった。





夜、オサムが眠った後、静まり返った家の中。

薪の香りだけが漂う中、ソフカとイリスは話を始めた。


「やっぱり、あの子、相当だね」


「……二年も、私相手に鬼ごっこを続けている」


「普通じゃありえない。隠れ方も、自然同調も、感知魔法も異常な練度だよ」


「だからこそ、敢えて無理な課題を与えていた」


「表現魔法を教える前に、精神力を鍛える必要があったから?」


「そうだ。表現災害は、感情や魔力の制御ができないまま魔法を使うことで起こると私は考えている。能力だけでなく、心も鍛えさせたかった」


「なるほどね。」


「外から見れば十分すぎる成果だろうけど……それでも私は、まだ安心できない……あの子には災害を残してほしくないんだ。」

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