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11 夜を越えたかくれんぼ

三年が経った。


正確な日付はもう覚えていない。

季節が何度巡ったかも、数えるのをやめて久しい。


確かなのは、かくれんぼの回数が千回を超えたことだけだ。


最初の一年は、数える余裕があった。

二年目には、もうどうでもよくなっていた。

三年目は――ただ、淡々と続けていた。


隠れる。 

見つかる。

終わる。


その繰り返し。


逃げるのは、早々に諦めた。

師匠相手に距離を取ることはできても、意味がない。


魔力を薄くする方法も、やり尽くした。

自然同調を深め、自分の存在を森の一部として扱う。


それでも、見つかる。


見つかる理由は単純。俺がまだ森に溶け切っていないからだ。


ある日、隠れている最中に気づいた。


(……ネズミの魔力が、わかる)


最初は錯覚だと思った。

だが、集中すれば確かに感じる。


小さく、淡く、森に溶けかけた魔力。


以前なら完全に見落としていたはずのもの。


成長している。

それは、疑いようがなかった。


同時に、理解してしまった。


(俺ですらネズミの魔力を感じ取れるなら)


(師匠もこのネズミの魔力を感じることができる。)


俺がどれだけ自然同調を深めても、

どれだけ魔力を抑えても、このネズミ以上に魔力を溶け込ませられる気がしない。

限界はある。


ただ隠れるだけでは、勝てないーー



何度目かのかくれんぼで、俺はまた見つかっていた。


隠れ場所としては悪くなかったはずだ。

風向きも、地形も、魔力の流れも考えた。

自然同調も、これ以上ないほど深く沈めた。


それでも、師匠は迷いなく俺の前に立った。


「そこだな」


それだけ言って、終わり。


悔しさよりも、先に来たのは疑問だった。


(……どこが、悪かった?)


魔力は抑えた。

森に溶けた。

動いていない。


理屈上、問題はないはずだ。


なのに、見つかる。


その夜、焚き火の前で一人考え込んだ。


自然同調魔法も感知魔法と同じく成長している。始めたころよりも隠れる時間が長くなっていることがその証拠だ。でも…


(師匠から見れば、俺はまだ……)


 ネズミよりは、ずっとわかりやすい存在なのだ。


 翌日も、翌々日も、結果は変わらなかった。


場所を変えても、

工夫を重ねても、

「溶け方」を変えても。


ただ隠れるだけでは、限界がある。それならどうやって一日隠れきる…


その答えを突きつけられたのは、森のさらに奥へ入った日だった。


異様に、魔力が濃い。


感知魔法を使うまでもなく、肌がざわつく。

空気が、重い。そして甘い。


(……なんだ、ここ)


慎重に進むと、それは見えた。


巨大な蜘蛛。【ネクタリア】だ――


樹皮のような体表。

苔と蔦に覆われ、もはや生き物というより地形の一部だ。


動いていない。

だが、周囲の魔力は異常だった。


魔力が、溜まっているというより、溢れている。


その周囲の植物は、明らかに様子が違った。

実りがよく、色が濃く、甘い匂いがする。


ネクタリアは自身の魔力で周囲の植物や果実の成長を促進させ、それに寄ってきた獲物が巣に引っかかるのを待つ。


捕食のために。


その光景を、少し離れた場所から見ながら、俺は妙な感覚を覚えた。


(……あれ?)


ネクタリア周辺の魔力が強すぎて、

周囲の細かな魔力が、ほとんど判別できない。


植物も、獣も、

全部まとめて「濃い魔力」としてしか感じられない。


感知魔法には、強烈な魔力の塊として映る場所。

だが、逆に言えば――雑音だらけだ。


ふと、思う。


(この中に、俺が混ざったら……?)


真っ暗闇の中に微かな光があれば当然目立つ。それなら強い光の中に微かな光を隠せばいい。


(……そうか)


その瞬間、今までの失敗が一本の線で繋がった。


師匠は、俺を感じ取っている。

それは変わらない。


でも、感じ取れるかどうかは、

俺だけの問題じゃない。


環境も、含めてだ。


心臓が、少し早く打った。


怖い。

だが、これ以上の答えはない気がした。


(…ここだ)


ネクタリアの影を見つめながら、

俺は初めて「勝ち筋」を思い描いた。


ネクタリアのすぐ横。

その巨体の影に身を寄せる。


恐怖は、正直あった。

一歩間違えれば、捕食対象になってもおかしくない。


それでも、動かない。


ゆっくりと魔力を溶かしていく。


ただ、自分をそこに置く。


時間が流れる。


数時間後、ネクタリアの巣に獲物がかかった。

目の前で始まる捕食。


引き裂かれる音。

血の匂い。

大地に染み込む熱。

甲高い助けを求めるような鳴き声。


胃の奥がひっくり返りそうになる。


それでも、動かない。これが自然だ。


師匠の魔力が近づいてくる。


方向も、距離も、速度もわかる。

以前より、はっきりと。


(……来る)


逃げたい衝動を、噛み殺す。


ただ、そこに在る。


師匠の魔力が、すぐ近くまで来た。


ネクタリアの濃い魔力の中で、

俺の輪郭は、完全に溶けていた。


師匠の魔力が、わずかに揺れた。

立ち止まったような、気配。


俺は、瞬きすらしなかった。


――そして。


師匠の魔力は、通り過ぎていった。


一瞬、理解できなかった。


だが、遠ざかっていく気配を感じた瞬間、

胸の奥が静かに震えた。


夜が明ける。


木々の隙間から朝の光が差し込み、

森がまた一日を始める。


三年。


失敗と試行錯誤を積み重ねて、

ようやく辿り着いた朝。


その日、初めて。


俺は、師匠に見つからずに夜を越えた。


――かくれんぼに、合格した。

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