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朽津間ビル25階3号室  作者: 結城 からく


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第98話 渇望

 高瀬の運転するワゴン車が獣道をゆっくりと進んでいく。

 カーナビには一面の森が表示されており、他には何もない。

 ルート案内は最寄りの道路から外れた段階でオフになっていた。


 車内では数十年前の歌謡曲が流れている。

 ハンドルを握る高瀬は、脱輪に気をつけながら呟いた。


「えっと、もうすぐ到着ですかね」


「そうだな。見覚えのある道だ」


 後部座席に腰かける沢田の足元には、黒のゴルフバッグが置かれていた。

 物を無理やり詰め込んでいるのか、あちこちがゴツゴツと出っ張って歪な形になっている。


 僅かに開いたジッパーを閉じた後、沢田はしみじみと言う。


「七年ぶりか……まさか再び来ることになるとは」


「本当に予想外でしたか?」


 隣に座る上原がじっと見つめて問う。

 彼女の足元にはバイオリンケースが置かれている。

 耳を掻いた沢田は横目で応じる。


「どういう意味だよ」


「あのビルと私達には、切っても切れない因縁がありますから。私はいつか再訪すると思っていましたよ」


「まあな……」


 沢田は背もたれに上体を預け、深々と息を吐く。

 冷めた目は遠い過去を見据えていた。


 封筒の差出人について、二人はおおよそ見当がついていた。

 要求を拒むことも容易だったが、朽津間ビルを目指して進んでいる。


 沢田は平穏な日々に飽きていた。

 七年間、どうにか一般人として振る舞ってきた。

 加齢もあり、無茶なことはしないよう己を律してきた。

 しかし、混沌を求める衝動は燻り続け、決して消えることはなかった。

 そうして茶封筒が最後の一押しとなり、積み上げた日常を捨てたのである。


 本来ならそういった行動を止める役割である上原も今回は賛同した。

 彼女も退屈を打ち壊す出来事を渇望していたのだ。

 結果、探偵事務所のメンバー総出で朽津間ビルへ向かうことになった。


 運転手の高瀬は、顔を紅潮させて笑う。


「それにしても、朽津間ビルに入る日が来るなんて思いませんでした! お二人からずっとお話を聞いていたので夢みたいですっ!」


「テーマパークみたいに喜ぶじゃねえか。人が死にまくる場所だぞ」


「先生と上原さんの思い出スポットですからね! 恐怖よりワクワクします!」


 張り切る高瀬に呼応するように、助手席のパンチが元気よく吠える。

 沢田と上原は思わず笑った。

 狂気のビルへ赴くとは思えないほど和やかな空気だった。

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