第97話 新たな依頼
探偵事務所の扉を、見習いの高瀬が慌ただしく開いた。
彼は血相を変えて叫ぶ。
「先生! 沢田先生っ!」
「騒がしいな。一体どうした」
革椅子に腰かける老人、所長の沢田は鬱陶しそうに応じる。
彼はプレイ中だった携帯ゲーム機を中断して机に置く。
息を切らした高瀬は、満面の笑みでチケットを掲げてみせた。
「さっき町内会の抽選会に行ったら、なんと一等の温泉ペア旅行が当たったんです!」
「へえ、よかったじゃねえか。いつから行ってくるんだ。友達とか彼女いるだろ。ちょうどいいから有給を消化しとけよ」
「僕は行きませんよ! これは先生と上原さんにお譲りします」
高瀬がチケットを沢田に差し出した。
やり取りを見守っていた上原は、少し驚いた様子で訊く。
「高瀬君が当てたんでしょ。どうして私達なの?」
「お二人には日頃からお世話になってますからね。たまには休んでほしいんです……! 留守中のパンチの世話はお任せください!」
そう言って高瀬は、雑種犬のパンチを撫で回す。
パンチは嬉しそうにひっくり返り、腹を見せて尻尾を振った。
沢田は腕を組んで考え込む。
彼はパンチと戯れる高瀬に質問した。
「その温泉旅館はペットを連れていけるか?」
「えっと……そうですね。特に問題ないって書いてあります」
「じゃあお前とパンチの分を出すから全員で行くぞ。これは所長命令だ」
沢田が宣言すると、高瀬はぽかんと口を開けて固まる。
我に返った彼は、勢いよく立ち上がって頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「旅行の準備よろしくな」
「了解です!」
敬礼をした高瀬は、嬉々としてパソコンを開いて作業に取りかる。
七年前、朽津間ビルから生還した沢田と上原は探偵事業を再開した。
現在は雑用係の高瀬を雇って悠々自適に過ごしている。
依頼は決して多くないものの、平穏な毎日だった。
旅行の予約を進める中、高瀬は思い出したように切り出す。
「そういえば、ポストに何か届いてましたよ。結構分厚いですね」
彼が沢田に渡したのは茶封筒だった。
沢田は神妙な面持ちで受け取る。
「これは……」
「先生……」
上原も張り詰めた面持ちで注目している。
沢田は意を決して封筒の端を破って中身を確認する。
出てきたのは札束だった。
少なく見積もっても百枚はありそうだ。
突然の大金に高瀬は狼狽する。
「えっ!? あ、あの、これってどういう……」
「静かにしろ。問題ない」
沢田は札束に挟まれたメモ用紙に気付く。
老眼鏡をかけた沢田は、そこに記された一文を読む。
――朽津間ビル地下25階3号室にお越しください。




