第96話 交代
立ち止まった沢田は、無抵抗の葛城に詰め寄る。
いつでも殴りかかれるよう、拳は固く握られていた。
「お前が管理者になるだと? 妙に都合がいいな。一体どういう風の吹き回しだ?」
「単純な話さ。この状況で君の要求を拒めるだけの手札がない。ならば余計な損害を負う前に従うのが合理的だろう」
葛城はひらひらと手を振って答える。
諦めと開き直りの入り混じった態度は、彼女の本音を余さず曝け出していた。
急展開に未だついていけていない上原は、探るような目つきで確認する。
「あなたに任せていいんですね……私は、解放されたんですね」
「残念ながらその通りだよ。君は管理者として非常に優秀だった。願わくば継続してほしいが、沢田君がそれを許してくれそうにない」
「当たり前だろうが」
沢田が葛城を突き飛ばす。
それでも葛城は文句一つ言わなかった。
彼女はコレクターの死体を撫でて自虐的に笑う。
その際、年齢不詳の美貌に陰りが差し、その姿を枯れ果てた老婆のように見せた。
「本当は色々と画策していたのだがね。たった一発の弾丸で駄目になってしまった。いやはや、人生とは不条理なものだよ」
愚痴を吐いた後、葛城は髪を掻き上げて微笑する。
くたびれた気配は瞬く間に霧散し、元の雰囲気を取り戻していた。
葛城は拍手で二人を称賛する。
「おめでとう、君達は途方もない苦難を乗り越えて無事に再会できた。さあ、退屈で平穏な日常へ戻りたまえ。私は管理業務で忙しいのだよ」
半ば追い出されるようにして、沢田と上原は25階3号室から出た。
沢田は拍子抜けした様子で言う。
「やけにあっさり帰してくれたな。最後に殺し合うと思ったぜ」
「平和的に済むならそれがベストじゃないですか」
「まあそうなんだが……」
どこか釈然としない様子の沢田は、廊下に倒れた三つの死体に近づく。
マナカとヒヨリの死体は頭部が潰れて見分けがつかない状態になっていた。
松本は後頭部が弾けて中身が露出している。
三人分の出血で床が真っ赤に染まり、濃密な臭いを漂わせていたが、沢田と上原は平気な顔をしている。
沢田はヒヨリの死体から警棒を拾った。
さらにマナカの手から拳銃を剥ぎ取り、ポケットに入れてあった予備弾倉も拝借する。
「やっぱ丸腰だと落ち着かねえな」
「わかります。何か持っていないと不安ですよね」
「完全にビルの生活に馴染んでるよなぁ……」
沢田はぼやきながら歩く。
隣を進む上原はふと気になって尋ねた。
「ところで先生の記憶はどの程度戻ったんですか?」
「あー……断片的だから正確には分からんが、一割もなさそうだ。特にここ数年はボケてたから曖昧な部分が多い。ったく、人生を損した気分だ」
「まあまあ、これから楽しい思い出を作っていきましょうよ」
「発言だけは若いままだな」
「もう、相変わらず先生はデリカシーがないですね」
「俺にデリカシーを期待する方が悪い」
沢田の断言を聞いて、上原は思わず苦笑してしまう。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。




