第89話 男の正体
初老の女、上原の名乗りを聞いた瞬間、カトウは強烈な頭痛に襲われた。
脳裏で数々の光景がフラッシュバックし、彼は堪らず膝をつく。
鼻血を出したカトウは、揺れる視界で唸る。
「ぐっ……」
苦悶するカトウを、上原は静かに見つめていた。
その表情から内心を察することはできず、どこか達観した眼差しだった。
なんとか立ち上がったカトウは、掠れた声で告げる。
「俺は……俺は、お前を知っている……どこかで、会ったことが……」
「まだ記憶が混乱しているようですね。でも思い出しつつあるみたいでよかったです」
上原は神妙な様子で頷く。
その時、イリエが拳銃を構えて上原に向けた。
震える銃口が眉間を狙っている。
上原は表情を変えず、じっとイリエを見つめ返した。
イリエは震える手で拳銃を突きつける。
「あ、あなたのせいで……アサバとナベが殺された。許せない……!」
「イリエさん。あなたの怒りは正当です。報復の権利があります」
「……ッ!」
イリエが目を見開き、引き金にかけた指に力を込めようとする。
弾が放たれる寸前、カトウがイリエを殴り飛ばした。
そして床に押さえ込んで動きを封じる。
イリエは声を上げて抵抗した。
「放してくださいっ!」
「駄目だ。撃たせねえよ」
カトウはイリエの首に腕を回して締め上げる。
イリエは手足を振り回して抵抗するも、意識を断たれて気絶した。
拘束を解いたカトウは、続けてマナカとヒヨリを睨みつける。
彼はイリエから奪った拳銃を手にして二人を脅す。
「おい。お前らも余計な事すんなよ」
「えー、どうしよっかなー」
「殺したいかも」
おどける二人に対し、カトウは天井に向けて二度発砲した。
カトウは銃口を下ろして命じる。
「動くな。次は当てるぞ」
「はーい」
「ごめんなさい」
マナカとヒヨリは両手を上げて素直に謝る。
未だ殺意を保つカトウを今度は上原が諭した。
「少し話をしましょう。色々と説明したいのですが、まずはあなたについてです、先生」
「せんせい……?」
カトウは首を傾げる。
同時にどこか慣れ親しんだ呼び方であると感じた。
その懐かしさの正体が分からず、カトウはまた頭痛を覚える。
深呼吸をした上原は静かに明かす。
「――あなたはホームレスのカトウではなく、探偵の沢田先生です」




