第87話 報酬
満身創痍の松本は、葉巻とライターを握ったまま膝をつく。
抉られた片目を押さえて、彼は血を吐き捨てた。
そんな松本をマナカとヒヨリが労わる。
「おじさん、大丈夫?」
「死んじゃいそう」
「……お前らも似たようなもんだろ」
松本の指摘通り、マナカとヒヨリも瀕死だった。
多量出血に骨折、内臓破裂で肉体は滅茶苦茶になっている。
意識を平然と保っているのは奇跡だった。
血みどろの二人は照れ笑いをする。
「えへへ、確かにそうだね」
「すごく痛い」
「これやばいよね?」
「致命傷かも」
そこに葛城が颯爽と駆け寄ってきた。
ナラクの死体を一瞥した後、葛城は三人に告げる。
「とりあえず止血しよう。こっちに並びたまえ」
「……頼む」
「はーい」
「お願い」
葛城は持参していた道具で処置を開始した。
凄まじい速度で傷を縫合し、容赦なく注射を打ち込む。
いずれも麻酔を使わない乱雑な治療ではあったが、それで泣き言を言う三人でもなかった。
一連のやり取りを眺めるカトウは、疲れた様子でイリエに言う。
「とんでもねえ殺し合いだったな」
「はい……」
「怖かったか?」
「そりゃもちろん」
「はは、俺もだ」
苦笑したカトウは、松本の握る葉巻を指差した。
「ちょうどいい。吸わせてくれよ」
「断る」
「ケチだな。そんなに大事なものなのか」
「……形見だ」
松本の発言を受けて、カトウは意外そうに眉を曲げる。
彼はそれ以上の要求をせず、死体だらけのフロアを見渡した。
「ひでえ有様だ。さすがにスペシャルイベントとやらも中止だな」
『いいえ、中止ではありませんよ』
天井付近のスピーカーから女の声がした。
朽津間クリニックでイベントの告知放送があった時と同じ声だった。
カトウは頭上を見上げながら話しかける。
「こんな状況で何をするってんだ。俺達だけで殺し合いでもするか?」
『今から皆さんを二十五階にご招待します。それがイベントの報酬です』
カトウは僅かに驚きを示した後、顎髭を撫でつつ言葉を返す。
「へえ……やけにあっさり許可してくれるんだな。最上階に入るのはもっと難しいもんかと思っていたが」
『……困難は道中で十分に味わったでしょう』
「そりゃそうか」
続けて質問をしたのは葛城だった。
彼女はマナカの傷を縫いながら尋ねる。
「我々全員が二十五階に入れるのかね」
「もちろんです。部屋の奥の通路へ進んでください。扉のロックは外しておきますので」
それきりスピーカーは沈黙した。




