第74話 それぞれの役割
上原はぐらつく梯子を上がって二十三階に辿り着く。
ゴミが散乱し、異臭の漂うそこには数人の男達が待ち構えていた。
その光景に上原は怯えるも、先行していた古賀は彼らと親しげに話している。
「古賀さん、その娘が例の?」
「ああ、そうだよ。説明より先に休憩させておくれ」
「飲み物は?」
「冷えた麦茶がいいね。あんたはどうする」
古賀が上原に話を振る。
上原は困惑気味に答えた。
「じゃ、じゃあ……オレンジジュースとかあります?」
「おうとも。しかも百パーセント果汁だぜ。ちょいと待ってな」
男の一人が駆け足で部屋から出て行った。
他の男達はそれぞれ座り込んで休んだり、武器の手入れを始める。
割れたテレビでニュース番組を観る者もいた。
男達が敵ではないと認識した上原だが、率先して仲良くなる気にもなれず、部屋の端で縮こまる。
古賀は不思議そうに声をかけた。
「どうしたんだい」
「なんか安全そうな場所だなぁと……」
「アタシ達が来るまでに掃除するよう頼んでおいたのさ」
上原は床に注目する。
ゴミの中に真新しい血痕や、刃物や銃、誰かの指や眼球が転がっていた。
それらに気付いた上原は驚いてひっくり返る。
彼女の醜態を男達はけらけらと笑っていた。
上原の慌てぶりに苦笑した古賀は補足する。
「安心しな。死体は別の階に移動させてある」
「は、はあ……」
別の部屋に移動した男が、麦茶とオレンジジュースを持ってきた。
飲み物を受け取った二人はその場で開封して飲み始める。
喉の渇きを癒した上原は、遠慮がちに切り出した。
「あ、あの……」
「何だい」
「工藤さんは大丈夫ですかね。怪我とかしてないといいんですけど」
「あいつはたぶん死んでるよ」
「え?」
上原は呆けた顔で思考停止する。
そんな彼女に古賀は冷酷な事実を突きつけた。
「人斬りヨネは強敵だ。真っ向勝負じゃ絶対に敵わない。工藤のことだからタダじゃ死なないだろうが、生き残るのは厳しいね」
「そ、そんな……」
「工藤もそこは承知の上で囮を買って出たのさ」
「…………」
「あいつの死を無駄にしたくないなら、自分の役割を全うすればいい。それが弔いになる」
少し離れた場所で銃声が轟いた。
扉を叩く音、複数人の怒声も聞こえてくる。
男の一人が古賀に報告した。
「たぶん追い出した連中です。増援を呼んだようで」
「まったく、ティータイムすら満足にできないのかい」
「それが朽津間ビルですよ」
「ハッ、言い返せないね。行くよ。次はあんたの出番だ」
古賀が上原を手招きする。
オレンジジュースを飲み干した上原は、浮かない表情で歩き出した。




