第71話 大金星
ヨネは進路上の物体を無差別に切り刻んで疾走する。
焦る沢田は、田宮に大声で訊いた。
「このままじゃ殺されるぞ! 何か手はないのかっ!?」
「ヨネは重傷を負ってます! そのせいで斬撃の威力が不安定です! 窓の鉄板を切り裂くことができるのに、さっきは鉈を折っただけでした!」
「それがどうした!?」
「普段のヨネならありえないことなんです! 動きも粗く、判断力も鈍い! つまり騙し討ちで勝てるかもしれませんっ!」
「……よく分からんが、信じるしかねえようだな!」
沢田と田宮が廊下の曲がり角で消える。
すぐさまヨネは追跡するも、そこに二人の姿はなかった。
代わりに近くの部屋の扉が半開きとなっている。
その奥から足音が聞こえてきた。
ヨネは躊躇なく部屋へ飛び込み、暗闇に包まれた室内で目を凝らす。
前方で僅かに人影が揺らいだ。
「よう、誰を探してるんだ?」
人影から眩い光が放たれた。
懐中電灯の明かりがヨネの顔を照らし、一瞬で彼女の視界を奪う。
ヨネは咄嗟に刀を振り回すも、壁を削っただけだった。
懐中電灯を持つ人影、沢田が叫ぶ。
「今だ!」
「は、はいっ!」
床に伏せていた田宮がクロスボウを発射する。
ヨネの額に矢が突き立ち、土下座のような姿勢で崩れ落ちた。
汗だくの田宮を沢田が立たせて賞賛する。
「よくやった。百発百中ってのはあながち間違いじゃねえな」
「あ、ありがとうございます……」
「しかし、滅茶苦茶なババアだったな。危うく――」
会話の途中、いきなりヨネが跳ね起きて沢田に斬りかかった。
沢田は刀を紙一重で躱しつつ、ヨネの腕を掴んで背負い投げを繰り出した。
床に叩き付けられたヨネに無骨なレンチが振り下ろされる。
「ふざけんなよ、クソがッ!」
沢田はヨネを滅多打ちにする。
十数回の殴打を経て、ヨネの顔面は陥没していた。
血を噴き出して痙攣していたが、やがて完全に止まる。
片時も手放さなかった刀が、ごとんと床に転がった。
息を切らした沢田は、レンチを片手に悪態をつく。
「ったく、油断も隙もあったもんじゃねえな」
「ですね……上手く倒せてよかったです」
「こんにちは! 少しお時間よろしいでしょうか!」
唐突な明るい声に、沢田と田宮は固まる。
廊下側の扉から笑顔で顔を覗かせるのは、眼鏡をかけた七三分けの男だった。




