第7話 悪臭の正体
一同を乗せた車はビルの隣に停まる。
カメラマンのアサバが、ビルの外観をじっくりと撮り始めた。
その間、ナベがカトウを車から引きずり降ろし、何度か蹴り飛ばして大人しくさせる。
倒れたカトウに唾を吐き、ナベはイリエに告げる。
「このシーンは音声切ってナレーションを貼る。台本作って録音しとけな」
「えー、台本くらいそっちで考えてよ」
「あ? 口答えすんじゃねえ」
ナベとイリエの言い争いを見て、アサバはため息を吐く。
二人の喧嘩は日常茶飯事で、そのたびに撮影スケジュールが遅れるのだった。
「ったく、面倒臭いなぁ……ん?」
カメラを回すアサバはふと違和感を覚えた。
彼はビルの一か所にピントを合わせる。
壁を覆う鉄板の隙間から、誰かが外を覗いていた。
その誰かとアサバの目が合った。
「あ、あれっ」
アサバはカメラのズーム機能で改めて確認する。
鉄板の隙間には誰もおらず、暗闇だけが広がっていた。
「今のって……」
「どうした。何かあったのか?」
ナベが後ろから声をかけた。
アサバは少し不安げな面持ちで言う。
「いや……誰かがこっちを見てて……」
「そんなわけねえだろ。このビルはただの廃墟だ」
「でも、人喰いビルなんだろ?」
「ただの噂だ。真に受けるなって」
アサバの懸念をよそに、一同は朽津間ビルへ踏み込んだ。
ナベがスマートフォンのライトで通路を照らす。
先頭を歩かされるカトウは、絶望に満ちた声で呟いた。
「ぜ、んいん……しぬ……」
「オッサン、何か言ったか?」
ナベが尋ねるも、カトウはうわ言を繰り返すだけだった。
その後、ナベ達はエレベーターを発見する。
ボタンを何度か押すが、一切反応がない。
「電気が通ってないな」
「廃墟だもんね」
「別の道を探そう」
ナベとイリエがさっさと歩き出す。
カトウはエレベーターの前で呻いていたので、アサバが袖を引いて誘導した。
「オッサン、こっちだ。ちゃんとついてきてな」
「うう……」
アサバが前の二人に追いついた時、鼻の曲がりそうな異臭を感じた。
反射的に手で鼻を覆って口呼吸に切り替える。
それでも吐き気が込み上げてきたので必死に耐えた。
涙目になったアサバは二人に訊く。
「こ、これ何の臭いだよ……?」
「……見れば分かる」
鼻をつまんだナベが、すぐ近くの部屋を指差す。
その部屋は生ゴミが床を埋め尽くしていた。
足の踏み場はなく、夥しい量のハエが空中を飛び交っている。
変色した食材と容器には、蛆虫がびっしりとへばりついていた。