第68話 放送
カトウはイリエの顔を覗き込む。
「おい」
「あ、何ですか」
「これからお前はどうする。地上に戻るのか?」
「はい……二十五階に行く理由もなくなったので……」
イリエは唇を噛んで目をそらす。
脳裏に浮かぶのは、アサバとナベの死だった。
「ここは十七階だ。無事に脱出できると思えんが」
「そこはまあ……頑張ります」
「殺人鬼に捕まれば、どんな目に遭うか分かってんだろ。簡単に死ねれば楽だろうな」
「…………」
上体を起こしたイリエは黙り込む。
誤魔化してきた不安と恐怖がぶり返し、彼女は暗い面持ちで頭を抱えた。
一方、カトウは大げさにため息を吐く。
顎髭を掻いた後、彼は葛城に告げた。
「なあ、こいつ預かっといてくれ。最上階に行った後、一階まで見送るから」
「別に私は構わないが、なかなかのサービス精神だね。どういう風の吹き回しかな。君に何の得もないじゃないか」
「……同情しただけだ」
「優しいね」
「うるせえな」
舌打ちしたカトウは、イリエの頭を乱暴に撫でた。
それからぶっきらぼうに命じる。
「というわけで、勝手に動かずここで待っとけ。分かったな?」
「えっ、いや、その……」
イリエが戸惑っていると、室内にノイズ音が走る。
それは天井に設けられたスピーカーから発せられたものだった。
ノイズはやがて女の声になる。
『あー……聞こえますか? 朽津間ビルにいる皆さん、こんにちは。突然ですが、今からスペシャルイベントを開始します』
「な、何」
「スペシャルイベント?」
イリエとカトウが怪訝な顔をする。
マナカとヒヨリは笑顔で放送に集中していた。
葛城は優雅にコーヒーを飲んでいる。
『イベント会場は二十四階です。詳しい内容はそこで説明します。今から一時間以内に集合してください。以上です』
放送はあっけなく終了し、ノイズ音も消えた。
その途端、カトウは葛城に詰め寄る。
「イベントって何だ」
「管理者の戯れだよ。不定期にレクリエーションを開催するのさ。内容は様々だが、人間の命が二束三文の扱いをされるのは共通しているね」
「最悪じゃねえか、くそったれ。これから最上階に行こうってのに……」
ぼやくカツオの横では、マナカとヒヨリが手早く支度を済ませていた。
二人は急かすように他の面々を手招きする。
「早く行こうよ! 遅れちゃう!」
「待ち切れないよ」
「お前らイベントに参加するのか?」
カトウが尋ねると、マナカとヒヨリは同時に頷いた。
「だってイベントに勝ったら賞品をもらえるんだよ! 参加するに決まってるじゃん」
「賞品欲しい」
「あっ! 集合前に他の奴らを殺しまくったら優勝の確率が上がるよね?」
「天才だ」
「じゃあすぐに行かなきゃ!」
早口で言い終えた二人は、大騒ぎで部屋を出て行った。




