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朽津間ビル25階3号室  作者: 結城 からく


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第65話 男の正体

 イリエはこれまでの出来事を現在に至るまで順番に説明する。

 時間をかけて話し終えた後、彼女はカトウに頭を下げた。


「……というわけで、撮影とか言って巻き込んですみません」


「いや、気にするな。俺も記憶喪失でその辺りはよく分からんからな」


「でも本当に申し訳なくて……」


「別にいいって。お前も仲間が死んで辛いんだろ。ここで喧嘩しても意味ねえし、もう水に流してくれ」


 カトウは面倒臭そうに手を振る。

 これまでに受けた仕打ちも、今のカトウにとっては他人事に近く、怒る気にもなれなかったのだ。

 退屈そうにしていたマナカとヒヨリは話し合う。


「どうする?」


「捕まえて売る感じじゃないかも」


「別の獲物を狙おっか」


「そうだね」


 会話が聞こえていたイリエは胸を撫で下ろす。

 ひとまず標的から外れたことが分かり、彼女は少し安堵した。


 これまで静観していた葛城が、意味深な口ぶりで述べる。


「そもそもカトウ君は巻き込まれた側ではないがね」


「は? どういうことだよ」


 カトウが怪訝そうに葛城を睨む。

 葛城はメスで彼を指し示した。


「君はビルの住人だ。ここにも何度か来院して、そのたびに私が診ているよ。記憶喪失で憶えていないようだがね」


「初耳だぞ」


「訊かれていないからね」


「じゃあなんで今になって明かしたんだ」


「ここで教えてあげたら面白くなると判断したのだよ」


「悪趣味だな、畜生め」


 盛大に舌打ちしたカトウは、床に置かれた薬品箱を蹴り飛ばした。

 マナカとヒヨリは、彼の顔をまじまじと見つめる。


「カトウ……うちらも会ったことあるのかな」


「見たことない気がするけど」


「君達の記憶能力は壊滅的だからね。忘れていたとしてもおかしくない。カトウ君がそこまで特徴的な風貌をしていないのも大きいだろう」


「地味で悪かったな」


 カトウは苛立たしげに鼻を鳴らす。

 続けて彼は葛城に詰め寄った。


「それで? 俺の詳しい過去を教えてくれるってのか?」


「詳細は自分で探したまえ。その方が盛り上がる――」


 葛城の鼻先に銃口が突きつけられた。

 カトウは冷酷な声音で問う。


「まだ寝言を言うか?」


「私に脅しは効かないよ」


 葛城は涼しい笑みで応じる。

 両者の視線が交わる中、イリエが「あの……」と遠慮がちに挙手をした。

 舌打ちしたカトウが彼女を一瞥する。


「何だ。空気を読めよ」


「すみません。お取り込み中なのは分かるんですけど、先に怪我の治療をしたくて……」


「私は手が放せないから、勝手に処置するといい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 会釈したイリエは、近くの棚から消毒液や包帯、絆創膏を拝借する。

 異常な空間に適応しつつあることに、彼女自身はまだ気付いていなかった。

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