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朽津間ビル25階3号室  作者: 結城 からく


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第55話 明かされる出生

 眠る上原を起こしたのは、あまりにも陽気な機械音声だった。


『おいしいポップコーンだよー! みんなで一緒に食べようー!』


「……ッ!」


 上原は勢いよく起きる。

 彼女の目の前には、自動販売機のような機械が設置されていた。

 熊を模した可愛らしいマスコットキャラクターがポップコーンのレプリカを掲げている。

 ただし機械全体が汚れている上、部分的に破損しているせいで不気味な雰囲気を醸し出していた。


 上原は恐る恐る後ろに下がる。


「何これ……」


「元ポップコーンマシンだね。今はただの殺戮装置だが」


 上原の背後にいた老女、古賀が簡単に解説した。

 彼女が小石をポップコーンマシンに投げる。

 小石がぶつかった瞬間、機械からノコギリやナイフ、ハンマーといった凶器が飛び出した。


 ギミックを目の当たりにした上原はぎょっとする。

 機械の後ろに立っていた金歯と銀歯の男、工藤は愉快そうに笑った。


「間抜けを殺す罠なんだ。迂闊に近寄るなよ」


「は、はい」


 怯える上原はなぜか正座をした。

 そんな彼女に古賀は状況を伝える。


「ここは十九階。隠しルートでショートカットしたんだ。フロアの別名は休憩所。完全な安全地帯じゃないが、ビルの中ではマシな部類だね」


「なるほど……」


「とは言え、まったく争いがないわけじゃない。くれぐれも油断するんじゃないよ」


「…………」


 上原はきょろきょろと辺りを見回す。

 埃臭い部屋はこれといった調度品もなく、唯一の特徴がポップコーンマシンだった。

 それでも上原の視線が止まらないのを見て、工藤が尋ねる。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」


「なんか、この場所……見覚えがあります。」


「そりゃそうだろう。二歳までここで過ごしたんだから」


 工藤があっさりと言った。

 動きを止めた上原は戸惑う。


「……え?」


 古賀が工藤の頭を叩いた。

 拳骨を構えたまま、古賀は悪態をつく。


「馬鹿。まだ話すべきじゃなかった」


「ここから先は真の地獄だ。むしろベストなタイミングだろ」


「物事には順序が……」


「だからこそ今だ」


 工藤が静かに断言すると、古賀は深々と息を吐いた。

 髪を掻いた彼女は、億劫そうに話し始める。


「……あんたはこのビルで生まれ育った。アタシと工藤は、あんたの母親と親友でね。出産や育児も手伝ったものさ」


「わ、私は……朽津間ビルの出身……ということ、ですか?」


「ああ。そして二歳の誕生日の後、あんたはビルの外に捨てられた。平穏な人生を歩んでほしいという母親の願いを込められてね」


 古賀は苦々しい表情で述べた。

 暫し黙り込んでから、上原はゆっくりと告白する。


「私、幼少期の記憶がないんです。無理に思い出そうとすると頭痛がして」


「本能的に記憶を封じてるんだろうな。こんな場所での出来事なんて、忘れちまった方が都合が良い」


 工藤が同情したように頷く。

 そこで上原は疑問を二人に投げかけた。


「あの、どうして私が母の子だと分かったんですか。上原って苗字は養子になった時のもので……」


「顔を見てすぐに確信したよ。あまりにも母親に似てるからね」


 古賀が写真を取り出して渡す。

 そこには若き日の古賀と工藤が映っていた。

 中央では、上原と瓜二つの女性が、赤ん坊を抱いて笑っていた。

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