第51話 闇医者との問答
沢田は葛城に鉈を突きつけた。
彼は冷め切った双眸で言う。
「誰がお前みたいな人間を信じるかよ。治療は自分でやる。妙な真似をすれば殺す」
「ふふ、穏やかじゃないね」
葛城は愉快そうに両手を挙げて、敵意がないことをアピールする。
そんな彼女を横目に、沢田は棚に置かれた包帯や薬といった医療用品をひったくり、自身の傷を処置し始めた。
全身に消毒液を振りかけて、傷口をホッチキスで乱暴に綴じていく。
目視できない箇所は、手鏡を使って確認をする。
処置を傍観する葛城は、感心した様子で微笑んだ。
「荒療治だが、なかなかの手際だね」
「仕事柄、厄介なことに巻き込まれることも多いもんでな。ある程度の処置は覚えてある」
腕に包帯を巻きながら沢田は返答する。
一通りの治療行為が済んだところで、彼は改めて葛城に尋ねた。
「お前は何者だ」
「葛城。このビルで医者をやっている」
「医者だと。何のために?」
「もちろん怪我人や病人を救うためさ。こういう混沌とした場所にこそ、医療は求められているのだよ」
語る葛城の背後――カーテンの仕切りの奥から物音がした。
布の擦れる音に、人間のくぐもった声も混ざっていた。
目を細めた沢田は鉈を構えて問いかける。
「誰だ」
「患者だよ。手術を終えて休んでいるのさ」
「へえ、そうかい」
沢田は乱暴にカーテンを開く。
中の様子を目にした彼は、すぐさま振り返って葛城を睨みつける。
その顔には、はっきりと嫌悪の感情が浮かんでいた。
「サイボーグ作りが趣味なのか?」
「人類の進化……アップデートは得意だね。現状維持や改善、回復だけを良しとせず、ひたむきに身体機能の向上を……」
「御託はいい。お前の本性はよく分かった。やはり治療を任せなくて正解だった」
大きく息を吐いた沢田は、葛城の前に立つ。
彼は焦りと怒りを抑えて質問する。
「……なあ、黒スーツを着た若い女を見なかったか。上原という名前で、俺の助手だ」
「見ていないね。行方不明なのかな?」
「人喰いどもに攫われた」
「では今頃は彼らの胃の中だろうね」
葛城の首に鉈が添えられた。
刃が僅かに食い込み、切れた皮膚から血が滲み出す。
沢田は断固とした口調で言った。
「上原は必ず生きている」
「根拠はあるのかね」
「勘だ」
堂々と言い放つ沢田に、葛城が堪らず笑みを深めた。
首に触れた鉈も気にせず、彼女は満足そうに頷いてみせる。
「まったく話にならないが、悪くない。そんな君に頼もしい仲間を紹介しよう」
葛城が何度か手を打ち鳴らす。
数秒の静寂を経て、部屋の扉がゆっくりと開く。
恐る恐る顔を出したのは、アロハシャツを着た中年男だった。




